08. 2013年1月30日 08:22:35
: xEBOc6ttRg
公共投資の経済効果を考える私はなぜ公共投資主導型の経済政策に反対するのか(中)〜政権復帰の経済学3 2013年1月30日(水) 小峰 隆夫 私が公共投資主導型の経済政策に反対する理由には、短期的な側面と長期的な側面がある。短期的な反対理由は、公共投資が経済を成長させる効果はそれほど大きくなく、むしろ財政赤字を増やすという副作用が心配というものだ。今回述べるのは、この短期的な側面である。長期的な側面の問題は次回述べることにする。 短期的に見た公共投資の問題点 まず、短期的な視点からの反対理由の概要を述べておこう。前回も述べたように、公共投資は経済にとって必要である。これを否定する人はいない。しかし、それには、公共投資によって整備される社会資本がもたらす便益が十分大きいという前提が必要だ。 一方、公共投資で景気を良くしようという発想は、「公共投資を実行すればお金が落ちる」という効果(需要効果)を期待したものである。この場合は、極端に言うと「どんな公共投資でもいい」ということになる。景気対策で「5兆円公共投資を増やそう」という掛け声がかかると、必ずしも社会資本としての便益が十分大きいとは言えないような分野にも金がばらまかれる恐れがある。これが第1の懸念だ。 また、それは本来一時的なものである。公共投資の景気刺激効果は、公共投資を実行している時にだけ現われるものだからだ。公共事業が完成してしまうと、その時点で景気刺激効果は止まり、その後は公共投資が減った分だけ経済にマイナスの圧力が出る。しばしば公共投資による景気刺激は「カンフル剤」のようなものだと言われる。公共投資で成長し続けるには、カンフル剤を打ち続けなければならないのだ。 それでも、リーマンショック後のように、極端に経済が落ち込んだような時はカンフル剤が必要だという議論も分からないではない。しかし明らかに、現時点はリーマンショック後のように大きく経済が停滞しているわけではない。不必要なカンフル剤を打つことになるのではないか。これが第2の懸念だ。 一方、財政赤字は確実に拡大する。時々、公共投資で景気を刺激すれば、税収が増えるのだから赤字は増えないという議論も出るが、それが正しいとすると、「歳出を増やせば増やすほど政府の歳入が増える」という夢のような世界が実現することになる。そんなうまい話はない。考えてみれば当然のことだ。政府が1兆円の公共投資業を行い、その1兆円が建設業者に渡ったとしよう。この1兆円の支払いが回り回って建設業関連分野の企業収益や従業員の所得となり、全体で1兆円の所得(付加価値)が形成されるわけだが、これら増加した所得から1兆円以上税金が支払われることはあり得ない。 ただでさえ深刻な日本の財政がさらに深刻な状態になり、破綻に至る日を早めることになる。これが第3の懸念だ。 要するに、経済の状況、財政の現状を踏まえれば、公共投資で無理に経済を刺激するような状況ではないということである。 さらに私は、その公共投資の成長促進効果そのものにかなり疑問を持っている。以下、詳しく説明しよう。 公共投資の成長促進効果 政府は、1月11日に「緊急経済対策」を決定したが、その本文で経済効果について次のように述べている。「この対策の予算措置による経済効果を現時点で概算すれば、実質GDP押し上げ効果は概ね2%程度、雇用創出効果は60万人程度と見込まれる」 この「成長率2%、雇用創出60万人」は、分かりやすいので新聞の見出しにもなったりしているが、民間エコノミストからは過大だという批判が出ているようだ(日本経済新聞2013年1月12日「『雇用60万人増』疑問の声」)。 では、政府はどのようにしてこの数字を出したのか。私はこれに実際にタッチしたわけではないので、確かなことは言えないが、ある程度見当はつく。この手の計算には計量モデルの「乗数」というものを使う。では「乗数」とは何か。そもそも経済は実験ができないので「試しにやってみる」ということができない。そこで、経済の動きを数式で表した計量モデルを作る。この計量モデルでは、世界経済などの外的環境や財政・金融政策などの政策変数は、モデルを操作する人が外から与える(これを「外生変数」という)。出発点の経済状況とワンセットの外生変数をモデルに入れると、あとは自動的に民間需要、GDP、物価、雇用などがモデルから計算されてくる(これを「内生変数」という)。 さてこの計量モデルを用意すれば「実験」ができる。公共投資の効果を求める場合を説明しよう。まず標準的な外生変数のセットをモデルに入れると、標準的な経済の姿が出てくる(これを「標準ケース」という)。次に、公共投資の部分だけを、例えば、名目GDPの1%だけ増やしたセットをモデルに入れて経済の姿を見る(これをケースAとしよう)。標準ケースとケースAの差は、公共投資を増やしたことだけによってもたらされたものである。したがって、この両ケースの差が公共投資の効果だということになる。 内閣府経済社会総合研究所の計量モデルによると、名目GDPの1%分公共投資を増やすと、1年目の名目GDPは1.2%増えるという結果が得られている。つまり、1単位の公共投資を追加すると、1.2単位のGDPが増えることになる。この1.2を「乗数」という。これが1より大きいことを指して「乗数効果」と呼ぶこともある。昔の話を掘り返して恐縮だが、かつて菅元総理が財務大臣の時、国会答弁で「乗数効果」と「消費性向」を混同したことがあったようだが、その「乗数」がこれである。 この乗数を使って、1月に決まった経済対策の効果を計算してみる。経済対策でこの乗数の対象になりそうなものとしては、復興防災対策の事業規模5.5兆円、民間投資の喚起が3.2兆円で、合計8.5兆円がある。乗数が1.2とするとGDPは10.2兆円増えることになる。これは2012年度の名目GDP(約475兆円)の2.1%になるから、2%の成長率押し上げ効果というのはある程度は根拠がある。ただし、ここで紹介した計算は私が勝手に2%になるような計算をやってみただけであり、実際はもう少し精緻な計算をしているはずだ。 しかし実は私も、今回の公共投資の成長促進効果は、「2%、60万人」よりはずっと小さいだろうと考えている。 公共投資をめぐる90年代の苦い経験 公共投資による景気刺激策については、日本には苦い経験がある。バブル崩壊後の90年代に公共投資主導型の景気対策を繰り返したのだが、成長率は一向に高まらなかったという経験だ。 これについては、私はかなりしつこく調べたことがあり、その成果は、内閣府経済社会総合研究所が刊行した「日本経済の記録」という本に収録されている(第1巻第3部第3章「経済対策の発動と景気回復」)。これは私が代表編集者となってバブルとその後の日本経済の記録を全2巻約1200ページにまとめたものである。税金で作成したものなので、全巻公開されている(リンクはこちら)。 ただし断っておくが、私が編集した歴史編は、読んでも面白くないから、「ぜひ読んでください」とは言いにくい。座長を務めた寺西重郎先生が「これは歴史の記録なのだから、面白くなくても、無味乾燥でも良い。とにかく客観的に叙述する。それでこそ価値があるのだ」という方針を示したからだ。 この中で私は、1992年以降次々に打ち出された経済対策について、原典に当たって調べてみたのだが、この間に打ち出された公共投資は、92年から99年の6回の経済対策で合計38.8兆円にもなる。で、その経済効果だが、これらの対策が発表されるたびに政府は「これによってGDPが○%増える」という試算を明らかにしている。この経済効果の試算は正式文書としては存在しないので、これをたどるのにえらく苦労したのだが、その苦労話を始めると長くなるので結論だけ述べると、この間の経済対策の効果を合計するとGDPは11.7%も拡大することになる。 しかし、これほど大規模な公共投資が追加されても、90年代を通じて経済は低迷した。90年代の公共投資はどうして効果がなかったのか。これは私の大疑問だったのだが、その後、小泉内閣以後は、公共投資を削減する政策に転じたので、この問題を考える意味がなくなり、しだいに忘れつつあった。その公共投資が、今回のアベノミクスによって再び脚光を浴びるようになった。そこで、なぜ公共投資の増加は効果がなかったのかをもう一度考えてみることにする。 効果がなかったとすれば、二つの理由が考えられる。一つは、公共投資そのものが計画通りの規模で実行されなかったことであり、もう一つは、実行しても思ったほど波及効果がなかったことだ。 実際は増えなかった公共投資 前者の「公共投資が計画通り行われない」ということがあるのだろうか。政府が予算を付けたのだから、実行されないということはあり得ないと誰もが思う。ところがこれがあり得るのだ。 この点について、1995年に発足した村山内閣で経済企画庁長官を務め、経済対策の取りまとめに当たった宮崎勇氏は、次のように述べている。「補正予算の時に追加対策が積み上がって、その時には『わあ、増えたな』ということになるんですが、翌年度の本予算の時に絞り込む形になるんです」「公共投資を中心にした固定資本形成は(筆者注:正確には公的固定資本形成)は、増えたと言われていますが、実はあまり増えていないんです」と述べている(『証言 戦後日本経済』岩波書店、2005年)。 国全体の公共投資の動きは、GDPの名目公的固定資本形成によって見ることができる。その動きを見ると、92、93年度は増えているが、94年度は減少している。その後、95年度は再び増えたが、96、97年度は減少している。絶対額で見ても、91年度の31.7兆円からスタートして93年度には40.3兆円になったのだが、その後は一進一退であり、99年度は37.4兆円である。確かに、国全体としての公共投資はあまり増えていなかったのだ。 なぜそんなことが起きたのか。これには二つの理由が考えられる。一つは、宮崎氏が指摘しているように、補正で増やした後、本予算で減らしている可能性がある。経済対策を実行するには補正予算を組む必要がある。ここで公共投資を増やし、「経済対策を打った」とアピールする。しかし、次の本予算の時には、補正で十分手当てしたからという理由で、公共投資の予算を減らす。補正と本予算を合計してみると、公共投資は経済対策で計画したほどには増えないというわけだ。 もう一つは(私はこちらの方があり得ると考えているのだが)、地方政府が公共投資を減らすことだ。それはこういうことだ。地方政府が行う公共投資には、国からの補助を受ける「補助事業」と、地方独自の財源で行う「単独事業」がある。国が経済対策で公共投資予算を増やすと、地方にとっての補助事業が増える。すると、地方の公共投資の財源を補助事業の方に使ってしまうから、単独事業の方を削る。この場合も、国全体の公共投資は、経済対策で計画したほどには増えないことになる。 つまり、「経済対策で1兆円公共投資を増やせば、国全体の公共投資も1兆円増えるはずだ」と考えるのは、「他の部分は不変である」という部分均衡的な発想なのだ。補正予算で国の公共投資を増やすと、本予算の公共投資や地方の公共投資が減ってしまう可能性があるわけだ。 公共投資の波及効果は低下したのか 次に、波及効果について考えよう。前述のように、最新の計量モデルでは、公共投資の乗数は1.2である。1兆円の公共投資を行うと、それ自身がGDPを1兆円増やす(ただし、輸入に漏れる部分があるので、1兆円は増えないのだが、ここではとりあえず無視する)。残りの0.2兆円が波及効果によって生み出された需要である。 この点については、しばしばかつてよりも乗数が低下しているのではないかという指摘がある。この指摘の実例を探していたら、あと1時間で原稿を送るというギリギリのタイミングで実例が目の前に現われた(探している情報は向こうからやってくる)。1月26日の日本経済新聞「膨張・公共事業(下)」がそれで、その中に「内閣府の計量モデルによると、…乗数は1前後にとどまる。高度成長期の1960年代には2を超えていた」という文章がある。 確かに、私が経済企画庁で計量分析を行っていた頃の乗数は大きかった。経済企画庁の経済研究所が1970年に作成したモデルの乗数は2.02、76年モデルは1.86だった。これを見ると、公共投資の波及効果は昔より小さくなったと言えそうだ。 しかし、この議論は正確ではない。違うモデルで異なった時点の経済を比較しているからだ。これは、基準の違う温度計で異なった地点の温度を測っているようなものだ。例えば、70年代のモデルの消費関数は、基本的には「現時点の消費は現時点の可処分所得で決まる」というタイプのものだった。しかし、最近では、恒常所得の考え方に基づいて、「ある程度持続的な所得でないと消費は増えない」というタイプの消費関数を使うようになっている。 すると、古いモデルでは、公共投資によって増えた所得が直ちに次のラウンドの消費を増やすから、乗数は大きくなる。しかし、恒常所得モデルでは、一時点だけの所得増はすぐには消費を増やさないので、乗数は小さくなる。つまり、「経済がどう変わったか」ではなく「モデル(またはその背景としての経済理論)がどう変わったか」によって乗数は変わってしまうのである。 この点を克服するには、同じモデルで過去の経済と現在の経済を表現するモデルを作り、乗数を比較すれば良い。「すれば良い」と言うのは簡単だが、これはマニアックな分析の極致のようなもので、大変な労力を必要とする。ところが経済研究所はこれをやったことがあるのだ(その結果は98年の計量モデルの報告に出ている)。それは次のようなものだ。 まず、85〜97年のデータを使ってモデルを作る(最新モデル)。次にデータだけ77〜89年に変更して同じようにモデルを作り(80年代モデル)、両者の乗数を比較するのである。すると、乗数は最新モデルが1.21、80年代モデルが1.30となった。結論は、最新の方が乗数が小さくなってはいるものの、それほど顕著な低下ではないということである。 それでも乗数は下がっているのだが、これは先ほど説明を省略した輸入の影響だと思われる。つまり、国内で輸入が増えた時、所得が海外に漏れ出してしまう割合が大きくなるため、乗数が小さくなるのである。日本では傾向的に輸入性向が上昇しているので、これが乗数を低下させているものと考えられる。この点については、1994年の「経済白書」が、輸入性向の上昇が公共投資の乗数を低下させているという結論を出している。 さらに議論を進めると、私は、最新モデルの結果である「乗数1.2」という点についても「怪しい」と考えている。それは次のようなことである。公共投資はGDPを増やす。GDPが増えると、消費や設備投資が増える。これが乗数効果を生む。ところが、普通の計量モデルでは、基本的には、どんな需要でも、とにかくGDPが増えたらその後の波及効果は同じという構造になっている。例えば、減税をすると消費が増えてGDPが増えるが、その増えたGDPがもたらす波及効果は公共投資と同じである(ただし、公共投資の方が最初のGDPを増やす効果が大きいので、乗数は公共投資の方が減税よりも大きい)。 私は、この点について異論があるのだ。つまり、経済対策によって追加する公共投資は「一時的に増えた需要」だと多くの人が認識するはずだ。そういう認識の下では、設備投資や安定的な雇用が増えることはないだろう。簡単に言えば、建設業者の売り上げが一時的に増えても、その業者は新しい建設機械を買ったり、正規雇用を増やしたりはしないのではないかということだ。 以上、経済対策で追加された公共投資の成長押し上げ効果はあまり大きくないというのが私の結論である。(1)公共投資の総額が追加分ほどには増えない可能性があること、(2)輸入に漏れる分が増えていること、(3)一時的な需要の増加にとどまるので、波及効果が小さいことなどがその理由である。 (次回は、長期的な公共投資のあり方について考えます。掲載は2月13日の予定です) 小峰 隆夫(こみね・たかお) 法政大学大学院政策創造研究科教授。日本経済研究センター理事・研究顧問。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。著書に『日本経済の構造変動―日本型システムはどこに行くのか』、『超長期予測 老いるアジア―変貌する世界人口・経済地図』『女性が変える日本経済』、『データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問』、『政権交代の経済学』、『人口負荷社会(日経プレミアシリーズ)』ほか多数。新著に『最新|日本経済入門(第4版)』 小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか
進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。 |