02. 2013年1月21日 02:47:12
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【第15回】 2013年1月20日 浜田宏一・内閣官房参与 核心インタビュー「アベノミクスがもたらす金融政策の大転換 インフレ目標と日銀法改正で日本経済を取り戻す」 金融政策、財政政策、成長戦略の「3本の矢」で経済回復を目指すと宣言した安倍晋三首相。この「アベノミクス」において金融政策の柱となるのが、インフレターゲット(物価上昇率目標)を2〜3%に定め、大胆な金融緩和によって、デフレと円高から脱却するというシナリオだ。市場ではこのシナリオを好感して円安・株高が続く一方、物価上昇を不安視する声もある。果たして、日本は「失われた20年」を取り戻すことができるか。安倍政権が進める金融政策の理論的な柱となっている浜田宏一・内閣官房参与(米エール大学名誉教授)に、日本再生の鍵を握る金融政策のポイントを詳しく聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 編集長・原英次郎、小尾拓也) 安倍首相に様々な意見を申し上げ それを政策の参考にしていただく はまだ・こういち 経済学者、米エール大学経済成長センター名誉教授。1936年生まれ。神奈川県出身。東京大学法学部・経済学部卒。東大とエール大で経済学修士、エール大で経済学博士取得。東大経済学部教授、エール大経済学部教授、理論・計量経済学会(現日本経済学会)会長、内閣府経済社会総合研究所長、中央大学大学院総合政策研究科特任教授などを歴任。瑞宝重光章受章。2012年12月、第二次安倍内閣で内閣官房参与に就任。専門は国際金融論、ゲーム理論。『経済成長と国際資本移動――資本自由化の経済学』『損害賠償の経済分析』『国際金融の政治経済学』『アメリカは日本経済の復活を知っている』など著書多数。 ――政権を取り戻した安倍自民党は、金融政策、財政政策、成長戦略の「3本の矢」で経済回復を目指すと宣言しました。この「アベノミクス」において柱となっているのが、大胆な金融政策です。浜田教授は、安倍政権に内閣官房参与として参画し、経済・金融政策に対して提言を行なうお立場にいます。現在は、どのような活動をしていますか。また、安倍首相とはいつ頃からお付き合いがあるのですか。
現在は、政府の非常勤公務員という立場です。安倍晋三首相には、経済・金融に関する様々な意見を申し上げ、首相がそれを取捨選択し、政策の参考にされることになります。 安倍首相とは、小泉内閣時の経済財政諮問会議に内閣府の研究所の所長として陪席したときからの知り合いです。当時、内閣官房副長官を務めていらっしゃった安倍首相は、よく意見を理解していただきました。 また、お父上である故安倍晋太郎外相を記念する国際交流基金日米センターの研究奨学金プログラム「安倍フェローシップ」に選ばれ、経済政策の決定過程の研究をさせていただいたご縁もあります。 ――安倍内閣の金融政策の柱となるのが、インフレターゲット(物価上昇率目標)を2〜3%に定め、大胆な金融緩和によって、デフレと円高から脱却するというシナリオです。こうした政策が必要なのは、なぜですか。 世界各国のマクロ経済の状態を見ると、新日銀法が施行されてからの15年間、日本だけが名目、実質の経済成長ともに1人遅れをとっていることです。他の国も原燃料高や財政難に悩んでいるのに、日本だけ何が違うのか。それはデフレ気味に経済を運営し、金融政策を引き締め、円高を容認してきたことに大きな原因があります。そこから脱却するには、やはりインフレ目標と大胆な金融緩和が必要だと思います。 こうした考え方を持つ、いわゆる「リフレ派」と呼ばれる学者たちは、たとえば岩田規久男氏の「昭和恐慌研究会」などを通じて「デフレ円高のように、貨幣に関することは金融政策で直せる」と主張してきました。私も彼らの考え方に賛同しています。 各国とも経済成長の天井となる、完全雇用、設備の完全利用で達成できる潜在GDP経路が決まっています。人口減少が進む日本にとって、潜在成長率が低下するのは仕方がないことです。潜在成長経路は、金融政策だけでは変わりません。 奇跡と言われた輸出産業が 苦しんでいるのは超円高のせい しかし、今日本が直面している問題は、経済が潜在生産能力のはるか下のところで運行していることです。金融を引き締めし過ぎていて、日本経済は実力を発揮し切っていないのです。つまり、失業、過剰設備の存在のために需給ギャップがあって、潜在生産能力の一部が失われているのです。 円高でエルピーダメモリがつぶれ、奇跡と言われた高度成長を担っていた輸出産業、ソニー、パナソニック、シャープなどが苦しんでいるのは、超円高のせいです。円高はドルに対して円の価値が高過ぎ、デフレはモノに対して貨幣の価値が高過ぎるのです。それを是正するには、他の要因も副次的には関係しますが、お金を刷って円の量を増やすのが第一歩です。 ――少なくとも、リーマンショック以降に行なわれた各国の金融緩和策を比べると、対GDP比で見た日本の資金供給量の水準は、他国と比べて低いわけではありません。にもかかわらず、なぜ日銀は「金融緩和が足りない」と言われるのか。また、なぜこれまで大きな成果を出せなかったのでしょうか。 それぞれ決済の習慣が違う国を、通貨比率の水準だけで比較することには意味がありません。日本はモノやサービスを買うときに現金で支払うのが一般的ですが、米国はクレジットカードや小切手で支払うことが一般的。つまり、日本は市中に出回る現金の量が、もともと米国よりも圧倒的に多いのです。 それを無視する日銀の自己擁護論は、日銀の用いる多くの詭弁の1つです。記者の方も言いくるめられてしまうのですね。 リーマンショック後は、米国も大幅な金融緩和を行ないましたが、現金社会である日銀の金融拡張の度合いは、何もしていないのと同じでした。各国のベースマネーの絶対量を比較するのではなく、変化量を比較しないと、金融緩和が十分か否かを論じることはできません。 インフレターゲットは次善の策 目標は3%でもよいのではないか ――そうした状況を踏まえて、インフレターゲットが必要というわけですね。 私は、インフレ―ターゲットに対しては次善の策だと思っています。正しい経済理解に基づいて金融政策をやっていれば、こんなに円高になることもないし、高度成長期のように緩やかなインフレ率は実現できるはずですから。 日銀が正しい経済学に従うのなら、それに任せてもいいのです。しかし、この20年間を振り返ると、日本銀行は正しい経済観に従って金融緩和をして来なかった。だから、目標の義務付けが必要なのです。 デフレ期待がこれだけ定着してしまった現在、個人的には、世界の有力経済学者の言うように、インフレ目標はそれより高く3%でもいいのではないかと思います。 ――しかし世間には、「景気が停滞する中でお金だけ増やしても、インフレにならないのではないか」と疑問視する声も少なくありません。 確かに、学者や実務界のエコノミストの中には、「効果がない」とおっしゃる人も多い。それはケインズが言った「流動性の罠」という現象で、いくら市中に出回るお金の量を増やしても、皆がお金を貯め込んで投資をしない状況を指します。 背景にあるのは、金利が低いから何かに投資してもお金で自分で持っているのとあまり変わらないし、しかも金利が上がったら債券の価格が値崩れして損をするのではないかという不安です。だから、ゼロ金利の下でお金を増やしても、経済を活性化する効果がないという考え方ですね。
しかし、そういう人たちは、債券市場だけ見ていて、株式市場や不動産市場を見ていない。20世紀が生んだ大経済学者の1人で、恩師のジェームス・トービンは、企業の資産と市場での評価を測る指標として「q理論」を提唱しました。 この理論では、株式や不動産への投資機運の高まりが、株価を上昇させ、その結果企業がより投資しやすくなるということを指摘しています。日本でもこの効果が、本多祐三教授らによって確かめられています。 別の経路も考えられます。ゼロ金利下で金融機関に行って「ゼロ金利でお金を貸してくれ」と言っても、その人に返済のアテがなければ貸してくれるわけがない。「それなら高額の担保を差し出せ」と言われるでしょう。ところが、今の日本のように株式も土地も下がっている状況では、担保物件の価値は低くなります。 そこで、お金を借りることは難しい。金融緩和で担保となる不動産価格が上がると、お金が借り易くなり、多少のリスクを伴っても新しい投資を行ない、利益を増やそうと考える人が増える。これは米FRB議長バーナンキの主張です。 後でちゃんと売却できるなら 国債を直接引き受けてもよい ――では、日銀はインフレターゲットに向けて、どんなことができるでしょうか。 伝統的な短期債を買う手段に比べて、日銀はやろうと思えばかなりのことができます。長期債券を買えば長期金利が下がり、経済にそれなりのインパクトを与えられるし、もっとドラスティックにやるならCP(社債)を買ってもいいでしょう。 個別株式の購入はモラル的に問題がありますが、ETF(上場投信)を買ってもいいし、場合によっては外国通貨や外国債券を買ってもいい。また、後でちゃんと売却(市中から資金を吸収)できるなら、国債を直接引き受けてもいいのではないか。 アベノミクスが整合的に続けられ、国民の政策に対する信用を得られれば、かなりの効果を出せるはずです。それに大胆に賭けていくことが、金融政策で景気を浮揚させることにつながっていくと思います。 ――とはいえ、日銀が国債を大量に買い入れても、市中銀行が企業への貸し付けや運用などにお金を回さず、準備預金残高が積み上がって行くだけで、インフレ期待は醸成されないのではないかという意見もあります。 そうですね。現在日銀は預け金に0.1%程度のわずかな金利を付けています。それは主に、銀行間の短期資金の仲介を行なう短資市場の保護を目的にしていますが、預け金の金利がゼロに近い市中金利と比べていくらか有利なため、市中銀行の資金が日銀に戻ってきてしまうという、金融緩和に日銀自身がブレーキをかける現象を生んだ。その結果企業への貸し出しにお金が回らず、これは悪いやり方だと思います。 インフレ期待を醸成するには、日銀は包括的金融緩和の名の下で、色々な資産を買うと称してちょっぴりしかやっていない。それは株などのリスク資産も含むので、彼らはやりたくない。そのため、投機に対する影響が小さい国債、それも短期国債ばかりを買う状態が続いています。 外債購入は金融政策にとって有効 法律論でやらないのは筋違いでは ――日銀は外国債などを購入して円安誘導すべきという声も以前からありましたが、それは金融政策の枠を越えて、為替介入と捉えられる可能性があります。他国から批判されることはないでしょうか。 政治的なコンセンサスは必要だと思いますが、経済学者は法律家と違い、法や政治的意味での行為の正当化に興味はありません。外債などを買えば円は安くなるため、金融政策にとって非常に有効です。実体を伴わない法律論でとるべき政策をとらないのは、筋違いではないでしょうか。 麻生副総理も言っておられたように、今まで日本だけが我慢して他国にいいことを続けてきたのに、今自国のために金融緩和しようとするときに、他国に文句をつけられる筋合いはないのです。日本の金融政策は日本のためであり、ブラジルや他国のためではないのです。 ――インフレ期待が大きく醸成されると、長期金利が高騰するのでないかと心配する声も多いですが……。 ノーベル経済学者のマンデルは、、期待インフレ率が上がるほどには国債の金利が上がらないことを証明しています。 実質金利は名目金利から期待インフレ率を引いたものですから、金融緩和によって名目金利が一定に抑えられている環境では、期待インフレ率が上がると実質金利は下がります。よって、その影響が名目金利に多少ハネ返って来たとしても、結果的に実質金利が下がって、投資し易い環境になることは変わらず、景気が刺激されることになります。 重視すべきは、名目金利ではなく実質金利なのです。たとえば、我々が住宅ローンを組んで家を購入するときも、返済時にいくら返せばいいかの指標になるのは実質金利なのですから。 名目賃金は上がらないほうがよい その理由はあまり理解されていない ――では、こうした金融政策をやれば、経済はどのような経路で上向くことが考えられますか。デフレから脱却して「名目成長率」が上がり、それがどう実質成長率の上昇に結び付いて行くのでしょうか。 物価が上がっても国民の賃金はすぐには上がりません。インフレ率と失業の相関関係を示すフィリップス曲線(インフレ率が上昇すると失業率が下がることを示す)を見てもわかる通り、名目賃金には硬直性があるため、期待インフレ率が上がると、実質賃金は一時的に下がり、そのため雇用が増えるのです。こうした経路を経て、緩やかな物価上昇の中で実質所得の増加へとつながっていくのです。 その意味では、雇用されている人々が、実質賃金の面では少しずつ我慢し、失業者を減らして、それが生産のパイを増やす。それが安定的な景気回復につながり、国民生活が全体的に豊かになるというのが、リフレ政策と言えます。 よく「名目賃金が上がらないとダメ」と言われますが、名目賃金はむしろ上がらないほうがいい。名目賃金が上がると企業収益が増えず、雇用が増えなくなるからです。それだとインフレ政策の意味がなくなってしまい、むしろこれ以上物価が上昇しないよう、止める必要が出て来る。こうしたことは、あまり理解されていないように思います。 ――今後の政府の方針として、日銀法の改正まで踏み込む可能性はありますか。 有権者の信任を得た政治家が金融政策の舵取りをきちんとするのが政府の役目であり、その目標を達成するために具体的な手段を使って金融政策を実施するのが日銀の役目。そうした体制にするために日銀法を改正すべきだという意見に、私も賛同しています。きちんと約束しなければ、国民の信頼を得られないでしょう。 白川(方明日銀総裁)緩和がうまく行かないのは、「もうそんなことをやりたくない」という意思を言外に示し、自ら「金融緩和策には効果がない」と吹聴しているためです。本気さが見えない中央銀行の政策を、誰が信用するでしょうか。 安倍首相が日銀法改正を唱え始めたとき、金融政策に対する権限はありませんでしたが、それでも関係者は、特に市場は真剣に耳を傾けた。そこには「期待をつづる効果」があったのです。「(日銀擁護の)論より(市場の成果という)証拠」なのです。 現状では、アコード(政策協定)をいくら書いても、日銀が「イヤだ」と言うことを強制できる法的根拠が、残念ながらないように思います。やはり日銀法改正は必要です。 日銀には豊富な知識と経験があるが 金融政策の目標を決められるのは問題 ――具体的な政策は日銀に任せるにしても、いざというときには政府が乗り出し、方向性をきちんと指し示すということですね。 どんな資産をどのタイミングで買うか、金利水準をどう変えるかといった具体的な政策は、日銀に任せればよい。第一次石油危機後に金融を緩めて「狂乱物価」を引き起こしてしまった日銀が、第二次石油危機時にインフレをスムーズに封じ込めたように、日銀には豊富な知識と経験があります。
実際、彼らだけで「デフレの番人」を務めることは、十分可能でしょう。しかし、中央銀行が金融政策の目標を決められてしまう状況は、やはり問題です。 ――これまで金融政策について詳しく聞いてきましたが、財政政策とのポリシーミックスはどうなりますか。足もとでは大型の補正予算が出される見通しで、国債の発行がさらに膨らむことは確実。それにより悪い金利上昇が起きると、金融政策の効果が相殺されかねません。 それについては、本来私も金融政策だけで十分ではないかと思っています。 ただ、政府内には「最後の一押しは財政政策が必要」という意見がある。一方、「金融政策で財政危機を救えるのに、財政で大盤振る舞いすると救えなくなるのではないか」と不安を持つ人もいて、私はどちらかと言えばその意見に賛成です。 それでも財政政策をやるならば、金融政策を全開で行なう必要があります。財政拡大で国債を大量に発行し、金利が上昇すると、海外資金の流入を招き、円高につながります。円高で輸出減、輸入増が起きると、外需が縮小し、財政出動で喚起した内需を相殺してしまう。これは、マンデル・フレミングモデルの考え方です。 そうならないために、金融政策による金利の安定化を同時に図ると、つまり金融緩和を十分にやっているときは、財政政策も効いてきます。その意味でも、私は金融政策が主で、財政政策を従と考えています。 しかし、内外の学者の中でも、多少のニュアンスの違いは見られます。あのクルーグマンでさえ、一緒に財政政策を使えと言っています。金融政策だけではすぐにデフレを解消できないと思っている人は、日銀にも考える時間を長期的に与えるべきと唱えていますが、安倍首相はそれではかえって期待をつづる効果を弱めるので、「せめて中期を目指す」ようにと理解を求めています。これは全くの正論です。 リフレ派は一生懸命やって来た アベノミクスで争点が転換された ――いわゆるリフレ派の学者たちの主張は、これまでなかなか受け入れられない土壌があったように感じます。今後、世の中の考え方は変わるでしょうか。 「日銀はこれ以上の金融緩和をしてはいけない」と言わんばかりの理由を、合理的な理屈を付けて説明する人はたくさんいました。彼らが経済原理と全く離れたことを言っているのは、不思議だったし、不安に思いました。 我々は無力感を感じながらも一生懸命やって来ましたが、争点を転換して見せたのが、アベノミクスでした。まさに、政治的リーダーシップがあったからこそです。今、やっと反対派の人たちと同じ土俵で議論できるようになったのは、大変嬉しいと思っています。 【第8回】 2013年1月21日 【テーマ6】世界政治の行方(2) 安倍政権誕生で国際政治から孤立か 世界中が警戒する“日本の右傾化”の波紋 ――藤原帰一・東京大学法学政治学研究科教授に聞く【後編】 2012年末に行われた衆議院選挙では自民党が294議席を獲得し、圧勝。安倍新政権が誕生した。「民主党政権への不信任によって自民党が返り咲いた」という見方が日本では強いが、領土問題を巡って関係が緊迫化する中国のみならず、アメリカなどの主要国も自民党政権の誕生、石原慎太郎氏率いる日本維新の会の躍進を好意的には見ていないようだ。図らずも世界から“右傾化”が懸念されることとなった日本は、これから世界政治のなかでどう見られていくのか。前回の欧米・中東編に続き、今回は日本を中心にした2013年の東アジア情勢について、東京大学法学部政治学研究科・藤原帰一教授に話を聞く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子) “日本の右傾化”に世界中が警戒 安倍政権の賞味期限は「参院選」か ――先の衆議院選挙では自民党が圧勝した。安倍政権発足によって日本は今年、世界各国からどのように見られるようになるか。 ふじわら・きいち 東京大学法学部法学政治学研究科教授。1956年生まれ。専門は国際政治、東南アジア政治。東京大学法学部卒業後、同大学院単位取得中退。その間に、フルブライト奨学生として、米国イェール大学大学院に留学。東京大学社会科学研究所助教授などを経て、99年より現職。著書に『平和のリアリズム』(岩波書店、2005年石橋湛山賞受賞)など 不安定要因になる可能性がある。その焦点は歴史問題だ。中国と韓国の反発については日本でもよく知られているが、アメリカ、ヨーロッパも安倍政権や日本維新の会の躍進を見る目が非常に厳しいことに注意しなければならない。歴史問題が中国・韓国の二国との関係だけだと考えるなら、たいへんな誤りだ。
私自身は、日本の有権者が右傾化したから自民党の圧勝や日本維新の会の躍進が実現したとは考えていない。有権者は民主党政権の下での不安定にかわる安定を求めて、自民党に投票したに過ぎないからだ。また、変化には様々なものがあるが、日本維新の会が唱える変化(地方分権、官僚国家論の打破、中国へ毅然とした態度をとるなど)の方が、日本未来の党(反原発、対米関係の見直し)などの示したものよりも受け入れやすかったのだろう。 昨年は、尖閣諸島をめぐる中国との軋轢が拡大した。この背景に中国による外洋への軍事的展開があったことは事実であり、日本政府の責任を問うのはバランスを失している。だが同時に、尖閣諸島を実効支配しているのは日本であることも注意すべきだろう。領土問題は打開が難しいからこそ、実効支配している側は挑発行為を控える必要があるからだ。 昨年の尖閣諸島をめぐる危機に際しても、人民解放軍はいたちごっこのように国境と国境の境界線の中に入っては出て行くということを繰り返していたに過ぎず、南沙諸島におけるベトナムの既得権に食い込むような態度をとっていたわけではない。その点から言えば、石原慎太郎氏が都知事時代に都有地にしようとしたのは明らかな挑発行為である。その人物が代表を務めている政党が多くの議席を取ったことは、海外に非常に明確なメッセージを与えることになった。ただ、この領土問題に限ってみれば、中国・韓国・台湾の三国は強く反撥する一方、アメリカ、オーストラリア、ASEAN諸国、インドなどは日本の立場に近い。日本の脅威よりも中国の脅威の方がずっと強いと考えられているからだ。 他方、歴史問題については、たとえば慰安婦に関する河野談話の見直しを求める立場に賛成する声は、日本国内を除いてないといっていい。安倍首相がもし河野談話の撤回を含む歴史問題における新たな立場をとるならば、中国・韓国ばかりでなく、アメリカ、ヨーロッパから見ても、日本が信頼できる交渉相手にはならないことを示している。領土問題と歴史問題に関して日本をめぐる情勢にはこのようなギャップがあることを認識する必要がある。 安倍首相は、中国に対して日本が強硬姿勢をとった場合も、アメリカが日本との共同歩調を崩さないと確信しているが、私はそう考えていない。確かにアメリカ、特にオバマ政権は中国に対する警戒が非常に強く、海軍力の拡大などの軍事行動を喜んでいるわけではない。ただ、アメリカは中国との危機が拡大することを望んでおらず、そこに日本がいかに関与するかが問われている。 私は中国に対しては「海上安全通行の確保」によって、対抗する基本を設けるのがふさわしいと考えている。領土・領海の話になると他国は同調しづらいが、安全通行を阻害する行為を認めないという話になれば、同調しやすい。この立場を取れば、日本が実効支配している地域では挑発的な行動を中国が取らないことにつながる。 自民党政権は選挙において、尖閣諸島の実効支配の強化を訴えたが、日本が尖閣諸島に新たな施設をつくるなどすれば、自ら危機を進めることになる。とても防御的な措置とは受け取られない。そのとき、アメリカとの軋轢が生まれることは覚悟しなければならない。尖閣諸島の実効支配強化に加えて、靖国神社の参拝や河野談話の撤回まで推し進めれば、領土問題については日本と協調する国を遠ざける結果に終わるだろう。 安倍首相の賞味期限は、参院選の結果次第だろう。本人は勝つ気でいると思われるが、参院選は政府に対する批判票が集まりやすい選挙でもあり、簡単には勝てないはずだ。 周辺国の領土・領海への侵攻で孤立 中国国内では統制能力の衰退も ――藤原教授は昨年から中国は世界から孤立を深めていくと予測されていたが、習近平氏の国家主席就任した2013年以降もその傾向は続くか。 胡錦濤政権の後半である2009年以降、中国に対する警戒がASEAN各国、日本、韓国などに高まった。その原因となったのは、外洋における人民解放軍の展開だ。領土・領海について、他の国の排他的経済水域や領海に属するものを自分の国のものだと主張することで、各国の中国への厳しい見方が加速したのは事実だろう。それを変えるような方向性は習近平政権に移行する過程でも見えておらず、むしろ強めるような発言が続いているのが現状だ。 また、中国最大の問題は、デモなどが続く国内治安の統制だろう。軍事予算よりも多くの予算を公安につかっていることからも、いかに国内治安の安定が第一の国家であるかが分かる。しかし、それにもかかわらず暴動を抑えることができないのが現状だ。反日暴動についても煽った政治家がいたのも事実だと思うが、政府が強制したから国民が行った暴動では全くない。現在の政府に対する批判も含めて反発が起きている。その意味では、中国政府が国内社会を統制する力は衰えていくだろう。 ただ、国内第一の国である中国がその方向を変えることはない。経済的に豊かになったこともあって、外国の要求によって自分たちの選択を揺さぶられる必要はないという態度を取り始めていることからも明らかだ。 そして、東アジアで最大の問題は中国問題であると同時に、北朝鮮問題だろう。現在、北朝鮮は膠着状態だが、この状態が続けば続くほど、中国との関係が問われることになる。2010年に韓国哨戒艇を撃沈させ、年末11月には韓国・延坪島(ヨンミョンド)を攻撃させることもしながら、中国は韓国と北朝鮮が協議するのが望ましいという立場をとって、批判をしなかった。このポジションは基本的に変わりがないだろう。そのことによって、北朝鮮問題の膠着が中国の孤立とも結びつくことになる。今でもすでにそうなっているが、それが今後も続くと思われる。 一方、昨年末の北朝鮮のミサイル発射に対して、中国が容認しなかったことは北朝鮮側に立たなかったという意味で、中国の大きなメッセージといえるだろう。ただ、6ヵ国協議に加わっている中国、北朝鮮以外の国からすれば、容認しないだけでは済まない問題だ。伝統的に、中国は北朝鮮を国防の手駒に使ってきた。韓国主導で朝鮮半島を統一されたら、中国との国境まで国連軍がやってくることになるため、それは是非止めたいという思いが中国側にはある。さらに北朝鮮の解体によって、政治が不安定化し、人民が中国側に入ってくるなど、不安定な地域を国境に抱えることは是非したくないのが第一だろう。 中国の軍事的な脅威へは 核の「軍備管理」で対応を ――中国との緊張が続くなか、軍事的な不安要素を取り除くためには、中国と日本、韓国、アメリカなどの間でどのような関係性を作って行くべきか。 理想論にはなるが、今、核については「軍備管理」の道を築くことがふさわしい。 もちろんこれは、核がなくなれば世界が平和になるといった一般論から言っているわけではない。現在、中国においては、核兵器はそれほど優先順位の高いものではなく、ミサイルの命中精度が上がること、空母が最も大きな課題となっている。中国であまり重視されていない今、新たな兵器配備にモラトリアムを設け、それと引き換えに、西側はミサイル防衛の施設の配備に猶予期間を与える。そうして合意できるところから軍備の上限やモラトリアムを設けたりして、軍備管理の枠組みをつくることで、危機が起こったときにエスカレートすることを防げるはずだ。 しかしこうした問題は、あまり日本では相手にされないだろう。というのは、1つには核兵器のおかげで安全が実現している、核を減らすとは何事かという議論があるからだ。実のところ核の削減は、核抑止を安定させることにつながっていることが認識されていないのが現状としてある。 一方で、ハト派、平和運動の側からは、核兵器において重要なのは廃絶であり、抑止を保ちながら核兵器を減らしていくのはむしろ核兵器容認論だと考えられる。しかし問題はそこにあるわけではない。 中国との緊張は、領土問題、北朝鮮との問題をめぐり、これからどんどん高まっていく。そのなかで、しかも今度は、日本がアクセルを踏む可能性が安倍政権の発足によって高まった。紛争がエスカレートしたときに、どこで留まるか。外の枠組をつくることが必要だ。 対中政策面でも韓国との協力は重要 朴新政権で日韓関係改善は? ――中国と同じく領土問題を抱える韓国に対して安倍首相は、朴槿恵(パク・クネ)新大統領に特使として額賀福志郎元財務相を派遣するなど日韓関係の改善を目指す方向を示した。今後、日韓の関係はどう動くことになるか。 2013年は参議院選挙を控えているため、その間には外交問題で強い姿勢はとらないこと、憲法改正についても強い立場をとらないことが安倍政権にとって最も望ましい。公明党が連立のパートナーであり、参議院で多数派でないという立場からは、外交政策で強硬姿勢はとらないことが安倍首相本人の政治生命のためになるだろう。 この問題において困ったことは、強硬政策に賛成する世論が日本側にも中国側にも韓国側にもあり、人気も高いことである。しかし実は日本にとってはこれほど損なことはない。中国との関係が長期的に課題であるときには、アメリカだけではなく、韓国、ASEANとの協力が絶対不可欠である。 李明博(イ・ミョンバク)前大統領による竹島上陸は、実効支配している国としての挑発行為であり、全く必要なかったと思うが、この問題で朴新大統領が日韓関係の修復のためのイニシアティブを投げてくる可能性がある。そのレスポンスを日本側がするかどうか。その対応が引き続き問われているが、応じる可能性は低いだろう。 http://diamond.jp/articles/print/30804 【第6回】 2013年1月21日 グローバル経済進展で社会的分裂を深める日本と世界 安倍政権が経済格差に拍車をかける年に ――福山大学客員教授 田中秀征氏 2012年はまれに見る政治の年だった。日米中露仏韓と世界の主要国で、政権が替わるか、新政権が発足した。それを投影して経済も不安定だった。さて、安倍新政権は、対外的には日中、日韓の関係改善という難題を抱える一方、大幅な金融緩和と財政出動を掲げてスタートを切る。政府部門はGDPの200%にも達する借金を抱え、再生は容易な道ではない。「巳年」の巳は草木の成長が極限に達して、次の生命が創られることを意味するという。果たして、日本は再生の糸口を見つけらるのか。そうした状況下、2013年を予想する上で、何がポイントになるのか。経営者、識者の方々にアンケートをお願いし、5つののポイントを挙げてもらった。 たなか・しゅうせい 元経済企画庁長官、福山大学客員教授。1940年長野県生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒業。83年、衆議院議員初当選。93年6月、新党さきがけ結成、代表代行。 細川政権発足時、首相特別補佐。第一次橋本内閣、経済企画庁長官。現在、「民権塾」塾長も務める。 @グローバル経済の進展による分裂の深刻化
グローバルな市場経済の急激な進展により、先進国、新興国、途上国を問わず経済格差が一段と拡大し、政治的、社会的分裂状態が深刻化する。 理由:この世界的な経済格差の拡大傾向に対して、今のところ有効な本格的国際協調の努力は始まっていない。 筆者は1997年のアジア経済危機以来、「野放しのグローバル経済を檻に入れろ」と強く警告してきた。しかし短期資金の暴力的な動きや複雑怪奇な金融商品の出現さえ今もって有効に規制できず、数年に一度は世界的な経済危機となってわれわれの経済や生活を根底から脅かしている。 功罪半ばするグローバル経済の負の部分をいかに減じていくか。それが国際的な重要課題になる年としたい。 A中国の覇権主義が国際問題化 中国の覇権主義が、周辺国の脅威となり、国際問題化してくる。 理由:習近平総書記は就任直後に、「中国は覇権主義をとらない」と明確に言明した。 だが、総書記があらためてそう言わねばならないほど、多くの国が中国の覇権主義に警戒感を強めている。 西沙、南沙諸島問題でのフィリピン、ベトナムなどとの関係、尖閣問題での日本との関係をはじめ、中国は周辺国との関係で多くの領有権問題を抱えている。これらをめぐる中国の一方的な主張や行動は今や「アジアの問題」にとどまらず国際問題にも発展する雲行きだ。 尖閣問題も今後は日中の二国間問題の域を越え、国際社会で覇権主義の展開の一環と受け取られるだろう。 B経済格差による日本国内の分裂が深刻化 日本国内でも経済格差による分裂状況が深刻化する恐れがある。 理由:社会的、政治的分裂は、地方対大都市圏、世代間、大企業対中小企業、そして個人間で急速に進行している。それは既得権益をめぐる分裂抗争でもある。 これは、景気対策の手法、TPP参加問題、あるいは原発対応などに関する政策対立として表面化しつつある。 韓国では年末の大統領選挙で「経済格差の是正」が与野党共通の方向となり、日本と比べて一歩先んじた感がある。 C2013年内に安倍政権の政権維持が困難に 安倍政権は逆にこの分裂状況に拍車をかけるおそれがあり、年内にも政権維持が困難になりかねない。 理由:安倍政権は、良し悪しはともかく、政、官、財、米と一体となり、(1)原発維持、(2)TPP推進、(3)集団的自衛権の行使の方向に突き進み、その結果国民世論の分裂は修復困難な段階に至るかもしれない。 だが、与党である公明党は今まで一貫してこの3点について自民党に距離を置いてきた。衆議院での再議決にキャスティングボートを握る公明党は「与党内でのチェック機能」を強く期待される。 D「経済」と「生活」への骨太な構想 グローバル経済の欠陥を克服する「経済」と「生活」への骨太な構想が求められる。 理由:年末の総選挙において、第三極中心の政権樹立が不発に終わったのは、中・長期的な構想力が欠如していたことも1つの原因である。 日米の軍事的一体化、窮極の財政金融政策、憲法の全面改正によって一体どんな国を目指すのか。それで本当に日本が政治、経済両面においても立ち直ることができるのか。 今回の総選挙が戦後最低の投票率、過去最大の無効票となったのは、結局のところ政党や政治家が明確な方向を指し示すことができなかったからだろう。 http://diamond.jp/articles/print/30757 |