02. 2013年1月21日 02:56:01
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【第29回】 2013年1月21日 安東泰志 [ニューホライズン キャピタル 取締役会長兼社長] 日本は共産主義国家か? 粗製乱造「官民ファンド」の欺瞞 「官民スキーム」は 国民負担の隠れ蓑 安倍政権の経済政策の司令塔となる経済財政諮問会議と日本経済再生本部が始動した。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という「3本の矢」の具体化が始まるという。 しかし、不思議なことに、これらの会議が始まる前から、官主導で民間企業や産業を救済していくスキームが次々に表面化している。各省庁が主導権争いの一環として観測気球を上げているのかもしれないが、「民間でできることは民間で」という、経済合理性を担保するための資本主義の大原則がないがしろにされていくのであれば、由々しき事態である。 やっかいなのは、これら官僚は極めて巧妙に、常にこれらが「官民」のスキームであるとを、ことさらに強調することである。極めつけが、昨年12月31日付の日経新聞が大々的に報じた「官民共同会社による製造業の工場や設備の買い取り」スキームである。これは、設備更新サイクルが短い産業に対し、過去の古い設備を官民が作るリース会社が買い取って、これら企業の減価償却費負担を抑えようというものだと報じられている。 しかし、考えてみればおかしな話だ。もし、それが経済合理的なディールなのであれば、民間のリース会社がリスクに見合ったリース契約に基づいて手掛けるべき話であって、政府が出る幕はない。また、企業の減価償却費は、名目的には費用であるがキャッシュアウト(現金支払いが発生)するものではないのであって、新規投資を減価償却の範囲で行なえば、何ら企業の資金繰りには影響しないはずではないか。 要するに、このスキームは、「本来価値がなくなった工場や設備を政府が簿価で買い取る(リース業界的に言えば、「残価リスクを政府が取る」)という形で、企業に巧妙に資金を流し込む」という、もとより国民負担を前提としたスキームなのではないのか。 特定の企業(恐らく電機メーカー)に直接補助金を渡すのがはばかられるゆえに、裏道を探ったのであろうが、補助金なら補助金と明示して、それがなぜ日本のために必要かを説明し、国民(国会)の審判を仰いで実施するのが王道ではないのか。政府が民間企業の経営に裏口から介入し、国民には何も知らしめないというのでは、共産主義国家と変わらない。 各省庁から 続々登場する官製機構 企業支援分野に限らず、最近は各省庁とも息のかかった官製機構の「勢力」伸長に余念がないようだ。 農水省が音頭をとり、2月にスタートする農林漁業成長産業化支援機構は、農業など第1次産業と流通、医薬、家具など異業種をマッチングして、高収益な販路や成長力のある海外市場を開拓すると謳い、国が300億円を投融資して株式会社を作り「民間の出資も募る」という。これも「官民スキーム」という目くらましを使って、わざわざ「機構」というハコを作っているが、もともと収益がでるはずもない事業であり、これも国民負担を誤魔化し、官僚の天下り先を確保するための方策であろう。 また、7日付日経新聞によれば、企業の海外展開支援のために「官民ファンド」を創設し、日本企業が海外企業のM&Aなどの投資をする際に、資本性の資金を出すという。出資先には中堅・中小企業も広く対象とするとする。そして目的の一つは円高の是正だとも報じられている。 これもおかしな話だ。企業が海外展開するのは企業の判断であって、その際の資金調達手段も資本市場のルールに基づいて、費用対効果が判断されるべきものだ。そもそも、そのような官製機構に、多数の中堅・中小企業一つ一つの海外展開を審査し、フォローアップすることが可能なのか。可能でないとすれば、これも、初めから国民負担を前提とした補助金でしかない。円高の是正がしたいなら、財務省・日銀による介入を強化するのが王道だ。 そもそも、「ファンド」というのは、金融商品取引法で「集団投資スキーム」として有価証券と定義され、同法の投資家保護規則が適用されるものである。官民ファンドであれば、民間の投資家はもちろんのこと、政府出資もその大元を出す国民という投資家が保護されねばならない。「政策目的であるから投資家(国民を含む)利益は二の次」というのであれば、それは「ファンド」とは呼べないシロモノであり、「補助金」と正しい名前を使って、各省が正々堂々と予算を取ればよいのではないか。 官製ファンドの変質と モラルハザード 一旦「機構」「官民ファンド」が作られると、それは政策目的を離れてとんでもない方向に行くことがある。 2003年に発足した産業再生機構はその先例だ。同機構の発足前、筆者は、企業再生ファンドの運営ノウハウや、新機構が果たすべき役割について、内閣府などの担当官僚から何度もヒアリングを受け、意見交換をした。そして、少なくとも同機構が発足する前までは、同機構の主な役割は、民間ファンドや民間投資家の補完として、国の力を背景に、複雑に絡み合った債権者(銀行)間の調整をすること、そのために必要であれば主力行以外の銀行の債権を買い取ること、であったというのが筆者の理解である。 しかし、一旦発足してしまうと、「企業再生のモデルケースを作る」と宣言し、民間の企業やファンドが買い取りに手を挙げていた案件に、彼らと競合してまで資本出資するようになっていく。筆者は、発足後に企業再生機構に参画した方々とは志が近いし、彼らがやったことを非難するつもりはないが、官製の機構やファンドというものが、当初の意図と違う方向に走り始める傾向があることは間違いない。 2009年に発足した産業革新機構も同様である。これについても、筆者は、発足前から担当官庁と突っ込んだ意見交換をしていたが、もともとの主目的は、企業に埋もれている休眠特許、企業間にまたがる技術を有効に活用することや、民間のVC(ベンチャーキャピタル)や企業再生ファンドの補完であって、特に、こうした民間のファンドに、いわゆる「ファンド・オブ・ファンズ」として出資し、民間ファンドの規模拡大を支援する機能を持つことなどを確認していた。 しかし、現在の投資先を見ると、必ずしもそうはなっていないようである。ルネサスエレトロニクスへの出資については、複数の民間投資ファンドが手を挙げているにもかかわらず、出資を実行したと筆者は理解している。ましてや、投資家募集に地を這うような死にもの狂いの苦労をしている民間のVCや企業再生ファンドへの支援など、全く視野から消えているようである。 厳しい投資家・資本市場のプレッッシャーを受けて、緊張感を持って臨む民間ではなく、国民の税金を安易に使って官が行なう経済合理性のない再生支援が(単に損失が出るかどうかというレベルではなく、民間が取り組む場合の利益と比べて)良い結果を生むのか、筆者には疑問である。もし税金を使って企業支援をする方が良い結果になるというのなら、日本企業はみな国有化すればよいのである。 企業再生支援機構の 改組方針を誤るな 元旦の日経新聞の報道によると、政府は、同じく09年に発足し、今年3月に支援業務の受付を終了する予定であった企業再生支援機構の改組を検討しているという。この企業再生支援機構も、もともとは、民間の企業再生ファンドの目が届かない地域零細企業や、三セクの再生を目的に設計された「地域力再生機構」構想が原点であった。まさに民間の補完が目的だったのだ。しかし、結果的には巨大企業である日本航空の支援に大きなエネルギーを取られ、当初の目的を果たしているとは到底言えない。 報道によれば、新組織は「地域活性化支援機構」(仮称)で、地域金融機関が運営する再生ファンドに出資するほか、企業への直接出資も続けるとされている。 ところで、地域金融機関(あるいはメガバンク)が運営ないし運営に直接間接に関与するファンドというのは、いわば自分で自分の融資先の債権を買い取り、または当該企業に出資して、融資先企業の資産査定を正常先にするというのだから、連載第21回、連載第26回で詳細に述べたように、債権者である銀行と投資家の間に明らかな利益相反があり、どう考えてもファンドの投資家の利益は保護されていない。 すでに述べたように、投資ファンドというのは金融商品取引法で投資家保護規制を受けているのであって、仮にその投資家が官製の機構(=国民)であったとしても、その利益が保護されなければならないのは当然である。 日本が、こうした「まがいもの」のファンドを企業再生ファンド(一般的な言い方をすれば「PE〈プライベートエクイティ〉ファンド」)として公に認知している特殊な国である限り、金融商品取引法の趣旨に則り真面目に投資家利益を守っている日本の正当なPEファンドにさえ、世界の投資家の資金が集まらなくなる。それが、結局は、欧米に比べて、まっとうなPEファンドが日本で育たない原因となり、日本企業の起業・再生・成長を阻害するのだ。 さらに付け加えれば、こうした地域金融機関の役職員に、投資家の利益を守りつつ企業の経営に積極関与し、企業再生を実現するPEファンド運営のノウハウがあるとは到底思えない。したがって、こうした地域金融機関が運営するファンドを支援することで、中小企業の再生という政策意図が果たせるはずがなく、単なる問題の先送りであり、国を挙げた「飛ばし・粉飾」であると言っても過言ではない。 中小企業の真の再生のためは、金融庁の資産査定基準を厳格化し、銀行が適切に引き当てや債権放棄を行なうことが解決の第一歩であり、然る後に、生き残るべき企業に対して、民間のファンドや投資家による資本市場の規律が効いた資金を投入していくしかない。企業規模に関係なく、投資家の信認が得られて、はじめて企業は再生するのだ。なお、銀行は公的存在であるから、正しい自己査定に基づく引き当てや債権放棄などの結果として、金融機関の自己資本が毀損する場合は、銀行の経営者の責任を問うことなく、国が資本注入すればよいのである。 国はシードマネーを 民間独立系ファンドに提供せよ ただし、筆者は、今回の改組で、企業再生支援機構が、民間ファンドへの出資を行なうという大きな方向性があるなら、それについては賛同する。先述のように、投資家や資本市場のプレッシャーを受けていない国の機構が、民間企業の経営に参画するのは間違っている。 しかし、内外投資家のプレッシャーを受けて運営する民間の企業再生ファンドに、国がシードマネー(民間投資家の呼び水)として出資を行なうことは、大いに意義がある事業である。これをさらに押し進め、公的年金や郵貯資金の運用多様化の一環として、民間のVCや企業再生ファンドに出資を行ない、規律の効いた形で産業支援をするという、世界では常識になっている王道の政策が早急に取られることを期待したい。正しい政策がそこまで進めば、大手電機メーカーから中小企業に至るまで、民間の力だけで再生ができるようになる。 繰り返しになるが、ここで最も重要なのは、国が出資支援を行なう対象先は、銀行が運営に関与するファンドではなく、銀行と利益相反がなく、資本市場のプレッシャーにさらされている、ガバナンスの効いた民間の独立系のファンドにすることである。日本経済再生本部には、「民間でできることは民間で」の意味を正確に理解している委員が多いと思うので、企業再生支援機構の改組方針についても、正しい方向性を出していただきたいものである。 http://diamond.jp/articles/print/30764 |