http://www.asyura2.com/13/genpatu35/msg/677.html
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http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/2d995439e3b92dc395bf26c079249d4e
山下達郎氏などとシュガー・ベイブをバンドとしても組んでいた、著名なミュージシャンの大貫妙子さん。去年の7月には公式サイトにこのような記事が出ていました。
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「みなさま ご無沙汰しておりました。
ここ2年ほど 震災のこともあり
翌年は私的環境が大きく変化し
今後のことなど考えつつ
ぼちぼちぼ仕事をしながら 旅などしながら
過ごしていました。」
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それが、北海道新聞でインタビュー取材に応じていて、きのうの文化面に次のような記事が掲載されています。私的環境の変化は、被曝回避でお住まいの拠点を札幌に移されていたようです。記事の内容を該当部分のみ引用します。
「札幌に部屋を借りて3度目の冬が来た。自宅は神奈川県にあるが、行ったり来たりを繰り返している。
東日本大震災が起き、原発が爆発して放射性プルーム(雲)は関東にもやってきた。東京が仕事場である私は、その直後から咳が止まらない日々が続いていた。風邪ではないとわかっていた。乾咳がコホコホと出続けた。
私のまわりのとくに幼い子どものいる友人は東京を脱出した。ほとんどは関西、そして沖縄まで。その時私は札幌に行こうと決めた。」(北海道新聞 2014/1/6 文化面より)
正月の紙面というのは、何度も言いますが、その頃なら出せる記事をいろんな形で記者が取材して、成果を示す場でもあります。そういう意味で、考えて取材した記者がいて、こうしたインタビューになったのだと思います。
それ以上に、当然ながら人気商売であるミュージシャンが、被曝回避で行動していることを公にすることには、本当は難しい部分もいろいろあったと思います。それを敢えて言うことには、相当の覚悟があると僕は思います。三年という時間の経過がこうした事を可能にし始めている、僕はそういう風に考えています。
乾いた咳は、今も多く報告がありますし、その咳が止まらないという身体症状は懸念はよく理解できます。
東京から意識のある人々が一定数脱出したのは、当然のことですし、その流れは今も続いています。これは、僕が書き続けていることでもあります。
そういえば、彼女の音楽上の師は、大滝詠一氏。彼が最近、突然に亡くなったことも、僕には妙に感じ入る部分があります。
彼女の公式サイトには、こうした決意につながる要素が感じられる部分もありますから、一度読んでみてください。⇒http://onukitaeko.jp/info/top.html
さて、琵琶湖畔高濃度放射能汚染木材チップ放置事件の続報です。
現地よりの連絡を掲載します。
「1/5夕方以降〜1/6未明にかけて、現地で撤去済みチップの一部が搬送されました。
滋賀県庁琵琶湖環境部へ抗議の電話を!077-528-3475(TEL) -4845(FAX)
搬出先を明確にしておらず、処理方法も不明です。市民にそれを明示しきちんと合意するまで、搬出を止めろ!と抗議の一報をお願いします!」とのことです。
何か「善意の第三者」という単語を使っていて、どういう話で搬出になり、何処に行くのかを、滋賀県はいわないそうです。こうした情報を隠蔽する対応はこちらから突き上げて確認するしかありません。
本当に、放射能や被曝問題になるとその組織の実体や人の実像があからさまになります。ある意味、おもしろいほどに。このことは、環境保護派である滋賀県知事とその下で働く滋賀県職員のレベルも浮き彫りにしていると僕は思います。
★大貫妙子さんは坂本龍一とも友達だからね。
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