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今後5年 東京で何があっても不思議はない 後藤玄利
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7464862.html
2013年12月22日09:06 とある原発の溶融貫通(メルトスルー)
震災後、即、福岡へ移転今後5年、東京で何があっても不思議はない--後藤玄利・ケンコーコム社長
--2011年3月11日の東日本大震災を機に、日本の社会全体でもリスク管理への関心が高まりましたが、本社移転となると慎重になる企業が多いのが現状です。その中で、御社はだいぶ早い段階で本社機能の一部を福岡県に移すことを決断しました。
当社のネット通販サイト「ケンコーコム」は、健康食品を中心に日用雑貨や化粧品など17万点の商品を取り扱っています。
震災時は、水をはじめ需給が逼迫していたものをアグレッシブに確保しました。“ケンコーコムは生活を支えるライフラインである”とお客様に改めて認識していただけたのではないでしょうか。福岡オフィス新設も、“ライフライン”としての使命を果たすための取り組みの1つです。
僕は福島第一原発のメルトダウンをほぼ確信していたので、震災から10日ほどで本社機能の移転を決断しました。社員の福岡勤務は5月から開始しています。当時は国民に対して情報が開示されていませんでしたが、実際のところ官邸は最悪の事態を想定していたし、実際メルトダウンもしていたわけですよね。
今となっては最悪の事態を免れたので当社の福岡移転は多少、大げさに映っているかもしれませんが、あの時点で判断をするだけの理由はあった。
後悔はしていません。昨年の3月11日以前に比べても、余震や放射能などいろいろな意味で首都圏はリスクが高まっています。今後5年間のことを考えれば、東京で何があっても不思議はない。
僕は1%のリスクであれば切り捨てる場合も多いですし、東京に居続けても何も問題が起こらないかもしれないけど、さまざまな角度から5年後を見据えたうえで損がないと判断した。だから福岡へ移転しました。
リスク分散をしっかり行い、ビジネスを継続できる環境をきちんと作っておくことは、いずれにせよやっておかなければいけないことだと思います。
--なぜ移転先を福岡に決めたのでしょうか。社員は混乱しませんでしたか。
もともと福岡に物流センターがありましたし、取引先も多いので。賃料は東京の半分ですし、人件費も安い。
人材に関しては、配偶者が東京の会社に勤めているなど家庭の事情によって福岡へ移れない社員もいるので、部署単位で福岡に人を移すということはしていません。移転してからもうすぐ1年ですが、それでも支障はありませんし、何とか業務は順調に回っています。
逆に転勤を希望する社員も何人かいました。子どもがいるので安心して過ごしたいということで、旦那さんに勤め先で異動願いを出してもらうなどして家族全員連れて福岡に引っ越してしまった女性社員も何人かいます。
現在、社員は東京オフィスに70人、福岡オフィスに80人おり、福岡オフィスが増え続けているような状況です。福岡はヒトを集めやすい。東京のように大企業がたくさんあるわけではないので、高学歴の人をはじめTOEIC950点以上といった人も応募してきています。
--東京、福岡、そしてご家族のいらっしゃるシンガポールを転々としながらの生活ですが、滞在時間はどこがいちばん長いですか。
月2回週末を絡めてシンガポールに行きます。ちょっと前まで週3日は福岡でしたが、最近は東京が多いですね。福岡オフィスが軌道に乗ってきたというのもありますが、外部の人と接触をする機会はやはり東京が多い。
日本はみんな東京が便利だからといって、離れることができないでいます。本当はこのパラダイムを変えないといけない。震災は絶好のタイミングだったはずなんですけどね。復興庁にしたってなんで東京なんかでやっているのか。
まずは公的機関が出て行くとか、一度分散させてしまえばみんな適合を始めると思うんですが、一極集中している限りは真っ先に出ていくのはアホらしいので誰も出られないでいる。このままでは日本は、ゆでガエルになってしまうと思うのです。
ごとう・げんり
1967年02月大分県で80年の歴史を持つ地場の製薬会社の創業家に生まれる。89年03月東京大学教養学部基礎科学科第一卒業、同年04月アンダーセンコンサルティング入社、同社の戦略コンサルティンググループ設立メンバー。94年うすき製薬取締役、同年11月ヘルシーネット(現ケンコーコム)設立、代表取締役就任。97年うすき製薬代表取締役(01年より取締役)、2000年05月ケンコーコムを立ち上げ。(撮影:梅谷秀司)
東洋経済ONLINE 2012年03月29日
http://toyokeizai.net/articles/-/8900
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4-Sea 太平洋が死んだ311に黙祷を @4_Sea_
ケンコーコム、震災後、即、福岡に移転。社長の家族はシンガポール「放射能等で今後5年間、東京はどうなるかわからない」でも、社長自身はどうしても東京滞在が多くなる。一極集中打破すべしと http://matome.naver.jp/odai/2136551283967027501 …
2013年12月21日 5:36 PM
Ⓜペッコ @pecko178
震災後、即、福岡へ移転 今後5年、東京で何があっても不思議はない--後藤玄利・ケンコーコム社長
2012年03月29日
http://toyokeizai.net/articles/-/8900
「僕は福島第一原発のメルトダウンをほぼ確信していたので、震災から10日ほどで本社機能の移転を決断しました」社長
2013年12月21日 5:57 PM
震災後、即、福岡へ移転 今後5年、東京で何があっても不思議はない--後藤玄利・ケンコーコム社長 | CEOへの道 | 東洋経済オンライン
--2011年3月11日の東日本大震災を機に、日本の社会全体でもリスク管理への関心が高まりましたが、本社移転となると慎重になる企業が多いのが現状です。その中で、御社はだいぶ早い段階で本社機能の一部を…
東洋経済オンライン @Toyokeizai
行動を起こすのに5年待つ必要はありません。
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