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(プロメテウスの罠)医師、前線へ:27 仕事に終わりはない
http://www.asahi.com/articles/TKY201311140634.html
2013年11月15日05時00分 朝日新聞
2012年4月に福島県立医大へ籍を移した熊谷敦史(40)は、全国から集まる医師らと住民の健康相談を続けている。
原発事故後、住民は身近な保健師に放射線の健康影響を聞いていた。しかし保健師にしても専門的な知識が豊富なわけではない。多くの保健師が答え方に困っていた。
保健師任せにするのではなく、専門家の自分たちが住民に答える必要がある。そう熊谷は考え、12年5月から相談所を始めた。
足を運びやすいように、「よろず健康相談」と名付けた。ポスターにはイラストも添えた。
市町村の健康診断会場の一角に相談所を設け、話を聞く。
長崎大時代、熊谷は韓国などに住む在外被爆者や、旧ソビエトの核実験場となったセミパラチンスクで住民の話を聞いてきた。
生い立ちや家族関係から始め、通訳をはさんで5時間以上話を聞くこともあった。福島でもときには1時間以上をかける。じっくりと住民の悩み、疑問に耳を傾ける。
住民の悩みは変化している、と熊谷は感じている。
相談を始めたころは「自宅で栽培した長芋を食べても大丈夫?」などの具体的な内容が多かった。
事故から2年を過ぎると心や体の不調を訴える住民が増えた。
仮設住宅が狭いため家族がばらばらになったことを悩み、不眠の症状が出た高齢の女性。避難生活の憂さをお酒で紛らわすようになり、アルコール中毒になった男性――。
仮設住宅では生活習慣病的な相談を受けることも多い。「出歩くことがなくなって、体重が増えた」。高齢者からそんな悩みを聞けば、童謡を歌いながら健康体操を教える。
熊谷は長崎ではがん治療に携わっていた。しかし、福島に来てから専門的な医療からは遠ざかり、白衣を着る機会さえ少なくなった。専門としてきた外科の世界には、もう戻れないと考えている。
それでも福島に来たことを後悔していない、と熊谷はいう。
「大学病院の医療としては、患者の話を何時間聞いても評価はされません。でも僕は、そういうことが医師の原点だと考えています」
放射能に悩み、避難に悩む人がいる限り、熊谷たちの仕事に終わりはない。(麻田真衣)
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明日から第39シリーズ「マツバヤ復活」に入ります。
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