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運転停止中の原発こそ危ない
再稼動反対が叫ばれていて、再稼働するかどうかだけが反原発、脱原発運動の焦点になってしまっている感がある。もちろん、運転している方が停止しているよりもずっと危険であることは事実で、その意味では当然再稼動反対はするべきことだ。
ただ、どうも、日本の場合は、原発事故を誘導されていると考えるべきで、戦後日本が急速に復興し、工業化がされたのは、日本を原発立地国にして、地震で事故を起こさせて国土を放射能汚染させ、そこを世界の核廃棄物処分場にしたいという計画があったからと考えるといろいろなことがきれいに説明が付く。
日本を反共の砦とするのであれば、韓国や台湾と同程度の工業化をやらせれば良かったわけで、日本の工業化の規模の大きさは群を抜いていた。それだけ日本全国に原発を造らせて、なるべく早く原発事故を起こさせることを狙ったのだろうが、結果的に東の端にある福島第一原発で事故が起こるという皮肉な結果になっている。なぜ皮肉かと言えば、西風が卓越している日本では、東の端での事故は日本の国土への影響が少ないからだ。やはり、神は不正を許さずと言った面がここにも出ていると思う。
気になるのは、西日本の原発で、加圧水型の原発は原子炉が大きいためにフィルター付きベントを早急に設置する必要がないとされていて、このままでは、西日本の原発に事故が起こって、ベントで比較的半減期の短い核種のみがどんどんと環境中へばらまかれるという事態になりそうなことだ。
こんな心配をするのも、どうも、本格的な原発事故ではなくて、ある意味軽微な原発事故を起こさせて、日本の国土だけを汚染するということが狙われている可能性があるからだ。
そのことが示唆されているのがもんじゅのナトリウム漏れ事故だ。もんじゅは1995年(平成7年)8月29日に発電開始、同年12月8日にナトリウム漏洩事故発生という経過をたどっている。たったの3か月ちょっとしか運転していない。多分、同年3月の阪神大震災で地震衝撃波の被害が日本でも観察されたのを見て、もんじゅをそのまま運転させると世界的な大事故に至ると判断して、運転をさせないように舵を切ったはずなのだ。なお、それなら、もんじゅ自体を作らせなければよかったではないかと言う反論があるだろうが、放射能漏れ事故が数十年後もかなりひどい影響を与えるということがもんじゅの建設時には分かっていなかったからだ。もんじゅの本体建設着工は1985年でチェルノブイリ原発事故よりも前であり、原子炉そのものが爆発したとき、プルトニウムなどの長寿命核種がどの程度エアロゾルとなって拡散するかは分かっていなかった。
もんじゅは水で原子炉を冷やすのではなく金属ナトリウムを使う。原子炉の燃料棒の周りを流れる一次系ナトリウムと一次系ナトリウムから熱を受け取りタービンを回すための水蒸気を作る二次系のナトリウムの回路がある。一次系のナトリウムは当然かなりの放射能を持つが、二次系のナトリウムはあまり放射能を持たない。もんじゅのナトリウム漏れ事故は二次系の回路に取り付けてあった温度計が破損して起こった。温度計は鉛筆状のものが液体ナトリウムの中に突き出るように取り付けてあり、径が途中で変化していて、その変化が階段状になっていた。このため、液体ナトリウムに渦が生じ、それが大きな振動を発生させ、温度計の破損に結びついたとされる。なお、温度計の設計指針は定められていなかった。しかし、このことは大変に奇妙だ。流体の中へ表面がなだらかに変化はしていないものを入れれば渦ができることは流体力学にとって常識なのだから。
しかも、二次系のナトリウム回路が動き始めてから3か月余りで事故が発生している。一次系のナトリウム回路は二次系のナトリウム回路よりも17カ月も長く動いていて、一次系の温度計は破損していない。もし、同じ温度計が使われていたら一次系が先に破損していたはずであり、そうであれば放射能を強力に帯びたナトリウム漏れなので事故処理はとても大変であったはず。
今年になってから明らかになったもんじゅの重要設備の点検漏れも奇妙なものであり、事故に至れば全地球的な影響があるために、意図的に本格的な運転を回避していると見るべきものだと思う。
つまり、このことを考えると福島第一原発事故が起こったこと自体が、原発事故を起こさせて日本を世界の核廃棄物処分場にしようという計画にとっては予想外のことであったはずだ。
そして、それだけに、次なる原発事故を予定通りの規模で起こさせるために巧妙にかつ強力に世論操作がされていて、それによって再稼動反対という形で反原発運動がコントロールされていると思う。核燃料が原子炉やプールにいつまでも保存されることを当然視する世論が作られつつあるからだ。小泉純一郎元首相の、核廃棄物の処分場がないという反原発論も、ある意味、この狙いに沿ったものだったと解釈ができる。
停止中の原発で冷却水の注入が出来なくなれば、今でも当然メルトダウンが起こる。メルトダウンが起これば、原子炉内部の圧力がどんどんと高くなり、原子炉爆発の危険性が出てくるので当然ベントをしようと言うことになる。注水が出来たり出来なかったりという状況が続けば、ベントを何十回何百回と続けることになり、原子炉の爆発事故のようにウランやプルトニウムのエアロゾルが環境中に漏れだすことはないだろうが、希ガスやヨウ素、及びセシウムのような沸点の比較的低い核種は環境中にどんどん漏れ出すことになる。
だから、こういった核物質の環境中への漏れ出しがないようにするには、単なる原発運転停止だけでなく、核燃料の乾式キャスクでの保管にまで行かないといけないのだと思う。反原発運動は、まず再稼働反対を叫ぶしかないが、それで安心することなく、代替えエネルギーの提示をして、原発廃炉、つまり、核燃料の乾式キャスクでの保管までを視界に入れる必要がある。
なお、乾式キャスクでの保管ができるまでに使用済み核燃料は5年程度は水で冷却する必要があるという。水で冷やすことが必要なほど発熱量が高いからだ。このことを考えると、次なる原発事故は、この数年のうちに起こる可能性が高い。
2013年11月12日14時15分 武田信弘 ジオログのカウンターの値:38599
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