[日本経済の幻想と真実]
小泉元首相の「原発ゼロ」発言は大いなる錯覚
エネルギー政策の練習問題を事実で検証する
2013年11月07日（Thu） 池田 信夫
　小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」発言が話題を呼んでいる。彼はかなり前からこういう発言をしていたが、「脱原発」や「卒原発」を唱えた政治家が選挙で軒並み落選して敗色濃厚のところへ、最後の救いの神として現れた格好だ。小沢一郎氏や社民党まで、小泉氏に秋波を送っている。
　小泉氏の話の内容は目新しいものではないが、彼らしく政治的な思惑なしに率直に語っている。おそらく一般国民の認識もこの程度だろう。その意味で、彼の発言はエネルギー政策についての初心者向け練習問題として面白い。
　YouTubeの動画「小泉元首相が原発について語る/神奈川新聞（カナロコ）」をもとに、これを事実に照らして検証してみよう。
原発の変動費は火力より圧倒的に安い
　小泉氏は「2年前の大震災の前は、原子力の知識はそんなにありませんでした」と認めた上で、震災後にいろいろな専門家の話を聞いたり、本を読んだりして勉強した結論として、こう言う。
　「おかしいんじゃないのか。コストが安いか？ あの原発の立地、建設するためにどれだけの税金を投入したのか。住民から了解を得るために、どれだけの税金をその地域の住民に与えていたのか」

　　「そういうことを考えているとね、安全でもないし、コストも一番安いなんて言うのは、違うんじゃないか。今ではもう、原発は安全でもない、コストは他のエネルギーよりももっとかかるというのが分かるようになりました」

　そうだろうか。電力会社も民間企業である。そんなに高くつく発電所を、なぜ政治的なリスクを冒して建設したのだろうか。初期には「国策」で無理に建設させられた面もあるが、今は電力会社も原子力が圧倒的に安いと考えている。
　これを数字で見てみよう。いま日本には新規の原発建設計画はないので、立地コストを考えても意味がない。こういう固定費は、運転してもしなくてもかかる。問題は既存の原発を運転することによって生じる変動費である。
発電コスト（円／kWh）出所：エネルギー・環境会議 コスト等検証委員会
　政府のコスト検証委員会の参考資料を読めば分かるように、原発の燃料費は1〜2円／kWhで、運転維持費3円を加えても変動費は4〜5円／kWh程度だ。これに対してLNG火力でも変動費は9円／kWh、石油火力に至っては19円／kWhである。
　少なくとも変動費の比較では、この優劣が覆ることは考えられない。事実、原発を止めて1〜2円／kWhで済むウランの代わりに最大19円もする火力発電を使っているから、毎年3兆円以上も燃料輸入が増えているのだ。
　固定費を入れても、原発のコストは8円／kWh程度である。今後、考えられるのは老朽化した原発を安全なものに更新することだが、その建設コストは十分安い。軽水炉は成熟した技術なので、研究開発費もあまりかからない。
小泉氏のよくある錯覚
　小泉氏は「福島第一の事故で原発が高くつくことが分かった」と言っているが、これは錯覚である。原発事故の処理費用はすでに発生したサンクコストなので、今後の原発のコストにそのまま乗せてはいけないのだ。
　建設コストは確率1で発生するが、事故のリスクは今後、1000年に1度クラスの地震が来て同じように津波で浸水し、同じように全電源が失われる事故が起こるかどうかという確率的な期待値だから、確率で割り引く必要がある。
　原発事故のコストを最大限に見積もって10兆円とし、同じ規模の地震が今後1000年に1度起こるとすると、そのリスクは10兆円÷1000＝100億円／年。これを原発の年間発電量（250TWh＝2500億kWh）で割ると、0.04円／kWh。100年に1度としても0.4円で、コスト推計の誤差の範囲内である。
　小泉氏が最も力説するのは、核廃棄物の最終処分場の問題だ。彼が脱原発に転向したきっかけは、8月に財界のツアーでフィンランドの最終処分場を視察したことらしい。
　「どんなに強い指導者が現れても、住民の反対を無視して、10万年も保管しなきゃならない処分場ができると思いますか。『処分場を造ることができるんだ、それを政治が進めろ』というのは無理」

　これもよくある錯覚だ。すでに核廃棄物は大量に存在するので、原発ゼロにしてもなくならない。処分場がないことと、原発の運転は別の問題なのだ。もちろん運転すると廃棄物は増えるが、将来ゼロにするとしても処分場は必要だ。
　使用済み燃料は核燃料プールにあふれ、プルトニウムは原爆5000発分以上ある。このための処分場はいずれにしても必要だが、小泉氏も言うように技術的には解決済みの問題で、必要なのは政治決断である。
　「10万年後の安全」というのも錯覚で、10万年は永遠より短い。プルトニウムよりはるかに経口毒性の強い水銀や砒素などの重金属の毒性は永遠に続くが、誰も「10万年後の水銀の安全をどうするか」とは言わない。
　水銀は年間22トン（3万8000人分の致死量）以上、海中や大気中に薄めて放出されている。有機水銀は魚などの体内で食物連鎖によって濃縮されるが、プルトニウムはほとんど水に溶けないので、10万年後に最終処分場が壊れて地下水に漏れても何も起こらない。
再生可能エネルギーは見果てぬ夢
　「ちょっと前まで『太陽光なんて太陽が陰ったらダメだ、風力なんて風が吹かなかったらダメだ』と言われましたけれど、今は蓄電技術が進んできたじゃないですか」

　さすがに小泉氏らしく、問題の本質をよくとらえている。再生可能エネルギーのボトルネックは蓄電技術なので、これが飛躍的に進歩すれば、実用化する可能性がある。しかし蓄電技術は、コンピュータの「ムーアの法則」のように性能が急速に上がることは期待できない。
　電気自動車で世界最大手のテスラのCEO（最高経営責任者）でさえ「蓄電池のコストは200ドル／kWhが限界だ」と言う。
　これを1ページの図と比較すれば、コストの差は明らかだろう。原子力も火力も5円〜20円／kWhだが、蓄電池は2万円／kWhで、その差は1000倍以上である。今のところこの差を埋める革命的な新技術はない、とテスラは言っている。
　もちろん新技術の可能性はゼロではない。日本の蓄電技術は世界的にも高いので、政府が研究開発を支援することには意味があるが、今の再生可能エネルギーは原子力や火力とは競争にならないので、これに補助金をつぎこむのは無駄である。
　小泉氏は「日本はかつては『自動車から排ガスが大量にCO2を出すからダメだ』と（言われたが）、今や石油ショック以来、世界一厳しい排出基準を作って、世界で売れているじゃないですか」と言うが、こういう精神論で埋められる差と埋められない差がある。
　1000倍のコスト差を技術者の根性だけで埋められると思っているとすれば、小泉氏の議論は「必勝の信念があれば10倍の戦力を持つアメリカにも勝てる」と豪語して日米戦争に突入した東條英機と変わらない。
　原子力の問題は、あらかじめ立場が決まっていて政治的に発言する人が多いが、小泉氏の問題提起は予断なく論理で勝負しているところに好感が持てる。これを素材にして、自民党の政治家もエネルギー問題を勉強してはどうだろうか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/39119


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