06. 2013年7月17日 07:37:33
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朝日新聞特別報道班による連載記事をまとめた『プロメテウスの罠』は、海水注入問題の事実関係について、P251-254で後述のように記しています。 (要約すると、「東電から官邸に派遣された、東電の武黒フェローが、菅さんのあずかり知らぬところで、独断で吉田所長に電話して海水注入を指示した」ということです。)また、アエラの記者大鹿靖明による『ドキュメント福島第一原発事故メルトダウン』は、P97-101及びP102で後述のように記しています。 (要約すると、「東電の武黒フェローが独断で吉田所長に海水注入を指示。空気を読んだ武黒の『おもんぱかり』を受けて、東電本店の清水正孝社長も午後7時25分、現地の吉田所長に対して、海水注入を止めるよう指示。それらを受けた吉田所長は、そうでもしないと海水注入を続けられないと判断して、一芝居打って、現場に海水中断を指示したように見せかけて東電本社の目をごまかしながら海水注入を続けさせた。だから、実際には海水注入の中断はなかった。しかし、東電本社の人間たちは、55分間、菅首相の命令によって海水注入が止められた、と思い込み、『非常に厳しい状況下における【55分間の空白】は炉の健全性を損ねた』という“被害者”意識を共有していった」ということです。 そしてその共有された“被害者”意識を耳にした安部氏が例のメルマガを書き、「プロメテウスの罠」や「メルトダウン」や、同様に「海水注入指示は武黒フェローの独断」と記している政府事故調の報告書が公刊されたあとも、今に至るまでずっと、そのメルマガを削除することなくサイトで公開しつづけてきたわけです。) *『プロメテウスの罠』P251-254 「炉へ海水注入せよ」 首相の菅直人や経済産業相の海江田万里らが海水注入の実施について話し合ったのは12日午後6時。だがそれまでにも官邸では早期の海水注入の実施が話題になっていた。 その日の午後早く、官邸地下の危機管理センターで内閣危機管理監の伊藤哲郎と原子力安全・保安院の幹部職員が海水注入を巡ってやりとりをしているのを何人かが聞いている。 伊藤「冷却水注入といっても、普通の水じゃ足りないだろう。海水を注入できないのか」 保安院「炉に海水を入れたらいけません。炉が使えなくなります」 伊藤「その真水はどこからどれくらいを運べばいいんだ」 保安院「・・・・・・・・・・」 1号機にはこの日早朝から消防車を使って、1000リットル単位の真水を注入していた。真水は量に限界がある。原発は海の近くだ。大量の海水を入れて、とにかく原子炉を浸してしまおうというのが海水注入だ。 東京電力社長の清水正孝は午後2時50分、海水注入の実施を了解した。その4分後、福島第一原発所長の吉田昌郎は、所長権限で海水注入を実施するよう指示を出した。 そのころ、官邸の海江田は「海水の注入をいつまでもやらないのなら命令を出す」と発言した。 午後3時半になって、やっと海水注入の準備が整う。 その直後、1号機が爆発した。海水注入の作業が止まった。 海江田は、原子炉等規正法に基づき1号機の原子炉を海水で満たす応急の措置を撮るように命じた。同時に保安院に海水注入をを命令する文書を準備するように指示した。 そして、午後6時。総理執務室がある5階に、菅や海江田、官房副長官の福山哲郎、首相補佐官の細野豪志が集まった。 それに、原子力安全、保安院次長の平岡英治、原子力安全委員長の斑目春樹、東電はフェローの武黒一郎、原子力品質・安全部長の川俣晋。 武黒は「爆発で機材が損傷を受けた。海水注入に1時間半から2時間かかります」と言った。 その場では、海水に含まれる塩分によって炉が腐食する可能性や燃料棒が溶けて再臨界状態になる危険性などについて議論になった。 「準備に2時間ほどかかるなら、その間に再臨界があるかどうかも検討しておいてくれない」 菅はその場にいた人間にそういい渡し、20分ほどで散会とした。武黒が電話をかけた。 次の手、提案がない。 12日夕、海水注入を巡る官邸での会議が終わった。その後、東京電力フェローの武黒一郎は、福島第一原発所長の吉田に電話した。 海水注入について、総理は再臨界を含めて懸念している。総理の理解を得ることが重要だ・・・・・・・・・・・ 吉田は「もう海水の注入を開始している」と報告した。それに対し、武黒は「官邸で検討中なので、海水注入は待ってほしい」と伝える。吉田から相談を受けた本店側も中断はやむを得ないという意見だった。 だが吉田は中断せず、そのまま注入を続けた。 政府の事故調査・検証委員会の中間報告はその線で書かれている。 官邸では、東電内部でのそんなやりとりを知らなかった。 午後7時35分、首相補佐官の細野豪志が総理執務室に入り、海水注入が可能になったことを報告した。 官房副長官の福山哲郎のノートにはこうある。 <ポンプ動く><管(ハイプ)生きている> 官邸側はこのときに初めて海水注入ができるようになったと認識した。 以上が、後に『首相が海水注入を止めた』と野党から批判されることになる事件のいきさつだ。 菅は振り返る。 「注水を真水から海水に変えることと再臨界とは関係がない。武黒さんも技術者だから、そのことは分かっているはずだ」 「それなのに、どうして海水注入と再臨界が結びつけられて、注水を止めた止めないの話になったんだ」 細野は、海水注入の話しのほか、1号機の爆発が格納容器の爆発ではなかったと報告した。 「爆発直後は線量が上がりましたが、午後4時15分からは急速に落ちています。爆発は建屋で、格納容器ではありません」 ほっとした空気が流れた。 中枢メンバーの会議が再開された。菅は午後7時55分、経済産業相の海江田万里に海水注入をするよう指示した。その後、海水注入開始が菅に報告されることになった。 以上、『プロメテウスの罠』 P251-254 *ドキュメント福島第一原発事故メルトダウン』P97-101
柳瀬(経産省官房総務課長)が総理執務室や秘書官室のある官邸5階に着いたのは、3月12日午後5時ごろだった。 広めの応接室に、東電、保安院、原子力安全委員会、原子炉メーカーの東芝などからやってきた人間が30人前後いた。すでに参集しているほとんどの者がパニック状態に陥っているように柳瀬には見えた。官邸地下の危機管理センターでは携帯電話がつながらず、かえって情報過疎に陥る。しかも、地下には、三陸の津波被害に対応するため、各省庁から集められた緊急参集チームが陣取っており、騒がしく話がしにくい。そこで菅の執務室がある5階の応接室が代わって指揮所に使われている。そこに総理が出入りする。 午後6時ごろ菅が姿を現した。斑目が「とにかく水を入れる。真水が入らないのならば海水注入を」と言っていた。官房長官の枝野も加わって激論を戦わせている。 このときに菅が「海水を入れて再臨界をしないのか」と斑目たちに問いただした。再臨界とは、いったん止まっていた核分裂反応が何らかの理由で再び始まることを意味する。いちど核分裂反応が連鎖的に始まると、もはや制御することも難しく、大規模なエネルギーが発生して原子炉は爆発しかねない。そうなれば放射性物質は広範に撒き散らされ、東日本の広範囲が汚染にさらされる。このとき菅の「海水を入れて再臨界しないのか」という質問に対し、斑目は「再臨界の可能性はゼロとはいえない」と答え、この場にいた者たちを驚かせた。そばにいた福山は「ゼロとはいえない」という斑目発言は、「可能性がある」ということと同義と受け止め、再臨界が起きかねない危機感を感じている。斑目は「可能性としてはゼロではないでしょう、再臨界の危険性がないのかと言われれば、絶対にない、と言うはずもない。それはゼロではない」と思っていた。 菅が「海水を注入することで問題はないのか」と聞くと、誰かが「海水を入れたら塩ができて流路がふさがる可能性があります」「塩分で腐食する可能性があります」などと問題点を列挙する。菅はさらに「ホウ酸を活用してはどうか」などと畳み掛ける。 このとき東京電力の武黒フェローから、「1号機の爆発の影響で、現地で海水注入の準備が完了するには1時間ほど時間がかかる」と伝えられたため、そのあいだの時間を利用して海水注入に課題がないかどうか調べることとなった。協議は1時間半後に再開という仕切りになって、いったん官邸での話し合いはお開きとなっている。 ちょうど、官邸での協議が中断しているころだった。福島第一原発の現場では、1号機の爆発によって損傷した消防車のホースに代わって、消火栓のホースをかき集めて消防車につないで、海水注入の準備が完了した。午後7時4分、現地の吉田所長の判断で注入にゴーサインが下され、やっと海水注入を始めることができた。 武黒は官邸での会議が再開されるまでに、海水注入のためのポンプはあるのか、注入用の配管に破断はないのか、海水をいれて原子炉の制御が可能なのか−の3点について調べるよう求められた。このときことを福山は、武黒が水が入るかどうかわからないと危惧してたい、と記憶している。武黒は吉田に問い合わせてようと電話を入れた。すると吉田は「もう海水注入を始めていますよ」と言った。それを聞いて武黒は驚いた。海水注入が現場の判断ですでに始まっているとは知らなかったからだ。 武黒は「判断される方(菅)の了解を得られていない段階で海水注入を続けることはできない」と「場の空気」を読んだ。吉田がやっと始めることのできた海水注入を。「いったん停止したほうがいい」そう吉田に命じた。「いま官邸で検討中だから待ってほしい」。強い命令口調だった。すでにちゅうにゅうしてしまった海水については、原子炉内に入れることができるかどうかを試すための「試験注水」という位置づけにしよう。そういった。後に官邸のホームページに「試験注水」と記載されるようになったのは、だからだった。 このときの武黒には、菅直人から明示的に海水注入をやめろという命令があったわけではない。むしろ官邸の「空気」を察してのことだった。 「まったく、そういうおもんぱかりをするわけだ。あの連中は。官邸にいる人と本店にいる人と現場の人と全部コミュニケーションがずれている。何かを隠しているか、あるいは判断ができないんだ」 菅はこのときのことをそう振り返った。武黒の余計な「おもんぱかり」である、と。 空気を読んだ武黒の「おもんぱかり」を受けて、東電本店の清水正孝社長は午後7時25分、現地の吉田所長に対して、海水注入を止めるよう指示した。 それを聞いた吉田は、だが、従わなかった。やっとスタートできた海水注入をいまさら中断する気になれない。冷やし続けなければ、危機が深刻化するのは自明の理だったからである。そのためには海水を注入し続けなければならない。 そこで吉田は一芝居打つことにした。海水注入の担当者を呼んで、テレビ電話会議システムのマイクで音を拾われたり、周囲に聞こえたりしないような小声で、「これから海水注入の中断を指示するが、絶対にやめないでくれ」と、因果を含めた。 その後、免震重要棟の緊急時対策室全体に響き渡るような大声で、「海水注入を中断」と叫んだ。清水ら東電本店の対策本部にいた面々を始め、オフサイトセンターにいた武藤栄副社長も、さらに福島第一原発にいたものの多くも、吉田が海水注入を中断した、と信じ込まされた。だが、吉田はそ知らぬ振りをして海水を入れ続けた。 以上、『メルトダウン』P97-101 *ドキュメント福島第一原発事故メルトダウン』P102 東電本店の対策本部にいた者たちの中には、午後7時25分に清水が注水停止を命じ、同8時20分に「再開」するまでの、55分間、菅首相の命令によって海水注入が止められた、と受け止めたものがいた。実際にはそうではなかったのだが、東電の中には、「海水注入を東電が開始したあとに、官邸から一旦ストップがかかった」と、被害者意識が醸成されていく。自衛隊機にいったん搭乗して帰京しようとした清水を再び名古屋に引き戻した失策と同様、民主党政権の大失策と彼らには映った。 実際には海水注入は中止されなかったし、すでに燃料は熔融し、メルトダウンが起きてしまった後なので、東電が問題にする「55分間の空白」が、ただちに原子炉に大きな影響を与えたとは考えにくい。それなのに菅への嫌悪感や反発から、東電の中には「非常に厳しい状況下における「55分間の空白」は炉の健全性を損ねた」という意識が共有されていく。後の「菅降ろし」につながっていく政権への敵愾心の深層に芽生えている。 以上、『メルトダウン』P102より。 |