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地下水が溜まり続ける原子炉建屋
福島原発、終わりのない「水」との戦い 〈現地ルポ〉廃炉への遠い道のり(上)
http://toyokeizai.net/articles/-/14368
2013年06月19日 中村 稔 :東洋経済 記者
東京電力が6月11日、報道陣に福島第一原子力発電所の現場を公開した。報道陣への公開は今年3月以来となる。その取材内容をレポートする。
取材の焦点はまず、汚染水への対応状況。福島第一原発では、地下水の流入により1日当たり400立方メートル(=400トン)の汚染水が発生しており、増え続ける汚染水の問題が廃炉を進めていくうえで最も深刻な課題となっている。この汚染水の発生をいかに減らし、貯蔵し、浄化していくかだ。
4号機の使用済み燃料プールからの燃料取り出しの準備状況も焦点。1〜4号機の廃炉に向けた実施計画である「中長期ロードマップ」では、4号機の燃料取り出し開始までが第1期とされており、今年11月の開始予定に向けて作業が順調に進んでいるかだ。
■原発へ向かう途上、楢葉町や富岡町の現状は…
6月11日午前8時、集合場所のJヴィレッジでまず各自の取材前の内部被爆線量をホールボディカウンターで測定(取材後も測定)。その後、取材スケジュールや積算線量計など装備品の説明を受け、カメラ、ICレコーダーなど機材養生(ラップなどで包装)を行う。
福島第一原発から約20キロメートル、福島県双葉郡の楢葉町と広野町の町境にあるJヴィレッジは、もともと1997年に開設された日本最大規模のサッカートレーニング施設。が、東日本大震災後は事故収束作業の拠点として、出資者でもある東電が利用している。施設からは大勢の作業員が続々とバスに乗り込んでいく。建物内には作業員に対する全国からの励ましの寄せ書きや千羽鶴が数多く飾られていた。
9時20分にJヴィレッジをバスで出発し国道6号を北上、楢葉町と富岡町を通り大熊町にある福島第一原発へ向かう。車中では通常のマスクと綿手袋、靴カバーの簡易な装備。Jヴィレッジでの空間線量は毎時0.9マイクロシーベルトだった(東京都心の線量は毎時0.05マイクロシーベルト前後)。
楢葉町は昨年8月に日中の出入りが自由な避難指示解除準備区域に指定され、交通量はかなり多い。ガソリンスタンドも一部営業している。昨秋から除染も進められており、車窓からは除染作業員の姿や、除染で発生した汚染土が黒いビニール袋に入れて大量に積み上げられているのが方々に見える。ただ、汚染土の最終的な処分場は決まっていない。
その北の富岡町は今年3月25日に警戒区域を解除され、放射線量に応じて帰還困難区域・居住制限区域・避難解除準備区域の3つに再編された。
避難解除準備区域と居住制限区域は日中の立ち入りが可能になったが、帰還困難区域との境界には検問があり、許可証のある人しか入れない。
稼働を停止している福島第二原発は富岡町にある。この日は霧(ガス)が濃く、車窓から第二原発の建屋は見えなかったが、そこにつながる送電線と巨大な鉄塔が見えた。震災当時、やや内陸にあるこの辺りの国道6号は津波の被害を免れたが、海沿いにあるJR常磐線では富岡駅の駅舎などが流された。現在、JR常磐線は広野駅までで寸断されている。
検問を経て帰還困難区域に入ると、窓ガラスが割れ、品物が棚から散乱したままの商店が目立つ。地震後、住民は片付ける間もなく避難し、今も戻ることがままならない。
大熊町に入って第一原発まであと3キロメートル地点の空間線量は毎時4.8マイクロシーベルト。Jヴィレッジで胸に装着した積算線量計は、この時点で0.000ミリシーベルトから0.001ミリシーベルト(1マイクロシーベルト)へ初めて表示を変えた。出発から約30分で福島第一原発に到着。
■「免震重要棟がなかったら、と思うとぞっとする」
免震重要棟に入り、現場取材のための装備品を着用。暑さを和らげるための3つの保冷剤と線量計を入れたベストを着て、つなぎ型のタイベック製防護服で頭から足まで包み込む。さらに二重のビニール手袋、二重の軍足、専用の靴を身につける。
免震重要棟というのは、災害発生時に対策活動の拠点となる緊急時対策室や通信・電源などの重要設備を集合させた建物。震度7クラスの地震が発生しても支障を来さないよう設計されている。
福島第一原発では2010年7月から運用を開始。原発事故の収束作業で重要な役割を果たし、事故当時の清水正孝社長は12年6月の国会事故調査委員会の聴取において、「あれ(免震重要棟)がなかったら、と思うとぞっとする」と証言している。
今、全国の原発では新規制基準に対応するために免震重要棟を建設中だが、東電の原発にあったのは、震度7を記録した07年の新潟県中越沖地震時に、柏崎刈羽原発の建屋内部の緊急時対策室が大損害を受けたという反省があったためだ。
■原子炉注水用の配管を短縮する「復水貯蔵タンク」初公開
10時40分ごろ、発電所構内の取材のため免震重要棟前でバスに乗車。まず、1号機のタービン建屋海側にある復水貯蔵(CST)タンク前で降車する。空間線量は毎時135マイクロシーベルトだ。
この緑色をした巨大なCSTタンクは、今回初めて公開された場所のひとつだ。周辺には、津波でひっくり返った自動車などそのままのガレキも多い。その側では黙々と数人の作業員が作業していた。
東電では、メルトダウン(炉心溶融)した1〜3号機の原子炉を水で冷やす注水用の水源として、6月下旬からこのCSTタンクを使う予定だ。現在は、原子炉から離れた高台にあるバッファタンクの水を使用しているが、建屋に近接したCSTを利用することで屋外に張られた配管の全長が1キロメートル短縮され、3キロメートルになる。これによって配管からの水漏れのリスクが低減するという。水源の保有水量も従来の1.8倍の1800トンとなる。
また、CSTタンクは原子炉と同じ海抜3メートルの低地にありながら、事故時の地震と津波でも損傷はなく、耐震性も増すという。2014年度末には建屋内のみの水循環で、全長をさらに1.3キロメートルまで短縮する計画だ。
もっとも、短縮できる配管は処理済みの汚染水が流れる部分であり、原子炉建屋からの高濃度汚染水が流れる配管についてはそのまま。その厳重な安全管理は怠れない。
■難航する汚染水抑制策、地下水バイパス計画に地元反発
CSTタンク前で約15分間、説明を受けた後、再びバスに乗り、1〜4号機のタービン建屋海側を南下。3号機前で空間線量はこの日最大の毎時1100マイクロシーベルト(1.1ミリシーベルト)を記録した。周辺に作業員の姿はない。猛烈な線量の高さが廃炉作業を妨げている。
バスは4号機建屋の山側に回った後、「地下水バイパス揚水井」の前を通過する。これも今回初めての公開となる。
地下水バイパスは、東電が資源エネルギー庁と一緒になって進めようとしている汚染水抑制策のひとつだ。地下水がメルトダウンした原子炉建屋に入って放射能汚染される前に、敷地山側に掘った12本の井戸(揚水井)で1日に1000トン程度くみ上げ、建屋付近の地下水位を低下させることで、建屋への地下水流入を抑える。くみ上げた地下水は一時的にタンクに貯蔵し、水質確認をしたうえで海にバイパスさせて放水する仕組み。設備的にはすぐにでも稼働できる態勢にある。
しかし、地元の漁業関係者や住民らの反発で実施は遅れそうな雲行き。東電や資源エネルギー庁は揚水井でくみ上げた地下水の水質分析結果を基に安全性を説明しているが、海洋放出による風評被害への不安や東電自身への不信感などから、十分な理解が得られていない。福島第一原発の高橋毅所長は、「厳しい意見が出たのは承知しているが、われわれとしては調べた事実を丁寧にご説明していくしかない」と話す。
同意が得られてバイパスが稼働したとしても、建屋への地下水流入を防げるのは1日当たり100トン程度と見込まれており、全流入量の4分の1にすぎない。
■どの汚染水抑制策にも残る不確実性
東電が計画している汚染水抑制策としては、@地下水バイパスに加え、Aサブドレンによる水位管理、B建屋の貫通部の止水、さらに政府が設置した汚染水処理対策委員会で追加抜本策として採用されたC凍土による遮水壁がある。
サブドレンというのは、建屋底部への地下水流入防止や、建屋に働く浮力の防止を目的として建屋のすぐそばに数多く設置された井戸。大震災で損傷して稼働できなくなっているが、これを復旧して建屋周辺の地下水をくみ上げることにより、建屋内の地下水流入を抑制する計画。地下水バイパスに比べ、建屋周囲の地下水位をより直接的に管理できる。2014年度半ばからの運用開始を目指しており、建屋への地下水流入量は1日当たり120トン(地下水バイパスと合わせると220トン)程度減らせると見込む。
しかし、サブドレンでくみ上げる大量の水(大震災前は1日850トン)の行き先は決まっていない。水質調査もまだで、放射能濃度によっては稼働できない可能性がある。
建屋の貫通部の止水については、建屋外壁の配管・ケーブル用の穴や扉などが地下水の流入経路になっている可能性が高いため、これら貫通部を止水して地下水の流入を抑えようというものだ。1〜4号機建屋には合計で880カ所以上の外壁貫通部があり、東電はこれまでに3カ所の止水を実施している。直接的な止水効果は高いと見られるが、止水すべき個所の特定や高線量下での作業の難しさなど、技術的課題は多い。
■原子炉建屋を氷の壁で囲む世界に例のない試み
凍土による遮水壁というのは、東電の対応策が予定通り実施できない場合に備えて、政府が5月末に決めた対策。建屋を囲むように遮水性の高い壁を設置し、建屋内への地下水流入を抑えるため、ゼネコン各社から粘土壁など3種類の提案が出されたが、最終的に鹿島建設の凍土方式が採用された。
そのやり方は、1〜4号機の建屋を囲むように1メートル程度の間隔で地下20〜30メートルの難透水層まで凍結管を埋め込み、その管内に零下数十度の冷却材を循環させて凍結管のまわりに凍土の壁を造る。粘土壁などに比べて施工が容易で工期が18〜24カ月と短い。遮水機能が高く、残土も発生しない。地震でヒビが入ってもすぐに再凍結する。2015年度上期の運用開始を目指しており、これによって建屋への汚染水流入は1日100トンまで減らせると試算している(100トン残るのは、雨水流入などのため)。
ただ、凍土による遮水壁には、これまで2年程度の運用実績はあるものの、大規模かつ10年を超える運用実績はない。世界でも例のない初めての取り組みだ。30〜40年とされる長期の廃炉工程で耐久性を維持できる保証はない。東電側も「技術的に難しい」(広瀬直己社長)ことを認めている。また、継続的に冷凍機を運転したり、冷却材や凍結管・配管を交換したりする維持コストもかさむ。そうしたコストはまだ明らかにされていない。
こうした対策によって、東電と政府は2015年中に地下水流入量を100トンまで段階的に減らした後、建屋内の滞留水を徐々に処理することで、21年には流入量ゼロとする試算を立てている。成功してもあと8年。何か問題が生じれば、10年以上、地下水流入と汚染水増大が続くリスクは否めない。
■約1000基、30万トンに増えた汚染水タンク、今後2年で容量は倍以上へ
バスは敷地南部の廃スラッジ(放射性廃棄物)貯蔵施設前に停車。降車して外階段で地上11メートルの施設屋上に上る。南から西方一帯には、数えきれないほどの汚染水貯蔵タンクが立ち並ぶ光景に目を奪われる。タンクに混じって、廃棄物を貯蔵する四角いコンクリート製の容器群。また、北方には建屋が一部崩壊した原子炉1〜4号機を一望できる。空間線量は毎時5マイクロシーベルト。
増え続ける汚染水をどう保管するか、これも難しい課題だ。建屋内に溜まっていく汚染水は汲み出された後、処理施設でセシウムや塩分を除去されたうえ、原子炉注水冷却用を除いたものが中低レベル汚染水の貯蔵タンクに保管される。1000トン入る円筒型タンクや100トンの枕型タンクなど、現在敷地内には約1000基のタンク(総容量約33万トン)があり、総貯蔵量は約30万トンに及ぶ。東電では2015年度中ごろまでに総容量70万トンへ増設する計画。さらに2016年度中には80万tまで増設することを検討している。増設のために敷地内の林が伐採され、整地された土地も見えた。
高橋所長によれば、「福島第一は他の原発に比べて敷地がたいへん広く、土地としては80万トンのタンクを置く余裕はある」という。ただ、タンクを増やせばいいという問題ではない。タンクはあくまで一時保管用。根本的対策ではない。今の汚染水抑制対策ではタンク容量80万トンで何とか対応可能との試算だが、これもあくまですべての対策がうまくいっての話だ。
(写真は梅谷秀司・日本雑誌協会代表撮影)
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