http://www.asyura2.com/13/genpatu31/msg/400.html
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南大隅町の町長が福島原発事故の汚染土の最終処分地としての打診を前政権から受けていたとか、そればかりか、3点セットとして
“福島原発事故で発生した汚染土の最終処分場”
“高レベル放射性廃棄物の最終処分施設”
“使用済み核燃料の貯蔵施設”
の誘致をこの町長から委任を受けていたコンサルタントはすすめていたという。
しかし、南大隅町はほぼ50年おきぐらいにかなりの地震の揺れを全体が受ける地域なのだ。
それは南海地震の震源域が四国の高知沖にあるからだ。南海地震などの海溝型の巨大地震の震源域があった場合、その震源域を空白域にしてその周囲で地震前50年程度から地震後10年程度はマグニチュード5から7、場合によっては8程度の地震が頻発するからだ。頻発すると言っても南海地震の場合はその周囲の地域で年に1回程度であるだろう。だから、南大隅町が地震の揺れに襲われる確率はもっとずっと少なくなるのは確かだ。
しかし、それで地震被害を心配しなくてもいいかと言ったらとんだ間違えなのだ。
天気予報サイトのtenki.jp と言うところで、様々な地震についての統計を見ることができる。
過去の地震情報というページを出して、URLの末尾にある数字を適当に大きくすると、このサイトの最も古いデータがいつのものかが分かる。
具体的には、
http://bousai.tenki.jp/bousai/earthquake/entries?order=&desc=0&max_level=&p=659
の659を適当に大きなものにすればいい。
このサイトの過去の地震データベースで最も古いのは
2008年7月24日 11時28分頃 岩手県沿岸北部 M5.0
であることが確認できるはずだ。
次に、
http://bousai.tenki.jp/bousai/earthquake/entries_by_earthquake_center?earthquake_center_code=820
を見る。こちらは「大隅半島東方沖」を震源とする地震の一覧が載っている。
2013年4月27日の午前7時現在で18件の地震が記録されている。
2013年4月27日 4時5分頃 大隅半島東方沖 M3.6
2013年1月4日 5時10分頃 大隅半島東方沖 M3.6
2012年8月27日 19時58分頃 大隅半島東方沖 M3.7
2012年8月27日 19時54分頃 大隅半島東方沖 M4.1
2012年6月25日 13時53分頃 大隅半島東方沖 M4.0
2012年6月8日 14時15分頃 大隅半島東方沖 M3.6
2012年5月23日 3時45分頃 大隅半島東方沖 M4.0
2012年4月26日 9時32分頃 大隅半島東方沖 M3.5
2011年8月28日 9時52分頃 大隅半島東方沖 M4.2
2011年5月27日 19時30分頃 大隅半島東方沖 M3.9
2011年2月4日 18時11分頃 大隅半島東方沖 M4.7
2010年10月23日 16時11分頃 大隅半島東方沖 M2.9
2010年10月14日 21時26分頃 大隅半島東方沖 M2.9
2010年8月19日 16時5分頃 大隅半島東方沖 M3.6
2010年8月5日 8時31分頃 大隅半島東方沖 M3.8
2010年2月4日 20時29分頃 大隅半島東方沖 M4.4
2010年2月4日 17時41分頃 大隅半島東方沖 M3.8
2010年1月25日 16時15分頃 大隅半島東方沖 M5.3
1件〜18件(全18件)
上のリストで最も古いのは2010年1月のものだ。つまり、2008年7月24日以降2010年1月25日まではこの地域で震度を観測する地震が起きていなかったことを意味している。
つまり、
2009年は0回
2010年は7回
2011年は3回
2012年は9回
2013年は4月27日までに2回起きている。
2010年に7回で、2011年に3回へ減少しているのは、311の大地震が起こって、一時的に太平洋プレートと向き合っているフィリピン海プレート内部の応力が減少したからのはずだ。太平洋プレートもフィリピン海プレートも海洋プレートだが、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下へ潜り込んでいて、その潜り面では摩擦があるから、太平洋プレートの動きが変わるとフィリピン海プレートも影響を受けるのだ。
311の地震では東北地方が乗っている北アメリカプレートが跳ね上がり、東方へたわんでいった。結果的に北アメリカプレートは太平洋プレートの上面により広く重なり合うことになり、北アメリカプレートと太平洋プレートの間の摩擦は大きくなるため、太平洋プレートの西進が押しとどめられるのだ。
前回の南海地震は昭和南海地震であり、終戦のころに起こっている。そして南海地震は70年から100年程度で繰り返しているとされている。だから、既にだいたい1990年ごろから南海地震の周辺域では地震の頻発期に入っていると言っていいのだ。
実際鹿児島県でも1997年に鹿児島北西部地震が起こっている。M6.4とM6.1の地震が続けて起こったのだ。
大隅半島東方沖でも、2010年1月25日M5.3の地震が起こっている。南大隅町も震度3の揺れを受けている。
経験的にマグニチュードが1小さくなると地震は10倍の頻度で起こるとされる。つまり、南海地震の震源域の周囲では、南海地震の前50年程度から南海地震後の10年程度の期間でマグニチュード7程度の地震が10回、マグにチュード6なら100回、マグニチュード5なら1000回は起こるのだ。もちろんこれは九州全域から四国、そして中国地方や関西も含んだ地域でのことだから、大隅半島で起こるのはこの数十分の一だろう。しかし、マグニチュード5でさえ1000回程度起こるのだから、一回の南海地震で数回程度はほぼ確実に大隅半島の陸域で起こるはずだ。
そして、使用済み核燃料はアメリカでは100万年の安全保管が決められている。放射性物質には1億年以上の半減期のものもあるから100万年経っても放射能が無くなるわけではない。更に困ったことがある。それは放射性物質の多くが重金属であることだ。重金属毒性は永遠に消え去らない。多くの放射性物質は最終的には鉛になる。鉛を含んだ塗料が使われたとかいって幼児用の玩具が回収されたりすることがあるのは比較的経験することだ。
そして、地層処分と言ってもせいぜい地下1000メートル程度にしか埋めれない。それよりも深いと地熱の関係で安定した埋設ができないからだ。そして、地下500メートルとか1000メートル程度は地下水をくみ上げる範囲なのだ。大隅半島は温泉もある。ウナギの養殖もある。高地では灌漑にも地下水を使っている。一度地下に埋めたらそれを掘り出してもう一度管理しなおすことは至難の業だ。つまり、容器が腐食したり、地震で壊れたりしたら、もう手の付けようがなく、その地域一帯の地下水はほぼ永遠に使えなくなる。
福島原発事故で発生した汚染土であっても同じことだ。そんなものが地殻に埋められいたところの地下水で養殖したウナギなど誰が買うだろうか。誰が観光でやって来て温泉に入るだろうか。
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