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福島原発事故による放射能汚染から逃れるために、いまから自主避難を望んでいる人たちが困惑している。国は自主避難者たちに家賃補助をしてきたが、その新規申請の受け付けが閉じられてしまったからだ。代替策と位置付けられ、前政権時代に成立した「原発事故子ども・被災者支援法」の運用は政権交代で事実上、棚上げされている。被災者の「避難する権利」が奪われた形だ。(荒井六貴)
「長女の中学卒業を待って、避難するつもりだった。市内の放射線量は除染した後も高いまま。ところが、制度が変わってしまった。これでは避難できるのは、お金がある人たちだけに限られてしまう」
福島県郡山市に住む主婦野口時子さん(48)はそう話す。野口さんらは家賃補助の申請継続を求めて昨年末、約10万人分の署名を県に提出した。だが、反応はまだない。
福島市や郡山市では、いまも除染目標の年間1ミリシーベルトを超える場所が少なくない。除染効果に失望して、事故後2年たった現在になって、避難を計画する人たちがいる。ところが壁が築かれた。
県によると、事故により避難している人は県内外で約16万人(県外は5万6000余人)。このうち、避難指示区域(11市町村)の住民ではなく、福島市や郡山市から自主避難した人の数は約2万8000人に上る。
ただ、この数字は行政の補助を受けている人に限られ、実際の自主避難者数はこれよりも大きいとみられている。
避難期間中の金銭的補償については避難指示区域の人たちは原則、1人当たり月10万円を受け取っている。一方、自主避難者には一括で妊婦と子ども(18歳以下)に60万円、その他の人には8万円が支払われた。
避難者にはこのほか、災害救助法に基づく住宅支援がある。適用の実態は都道府県によって異なるが、一般に避難者が民間住宅を借りた場合、みなし仮設住宅の位置づけで、国から一世帯当たり(4人以下の場合)月6万円以下の家賃が補助される。これは自主避難者にも適用される。
ところが、この補助の新規申請が昨年末に打ち切られた。今後、新たに自主避難する場合には、完全に自腹で家賃を賄わなくてはならない。
本来なら、昨年6月に超党派で成立した「原発事故子ども・被災者支援法」で、打ち切り後の支援策を示すことになっていた。しかし、年末に自公政権が誕生。基本計画はおろか、支援策の予算付けもしていない。
たとえ政権が代わっても、全会一致で成立した法律が放置されたままでよいわけがない。
県避難者支援課の原田浩幸主幹は「国に対して自主避難を選択する方法をなくさないでほしいと要望してきた。だが、打ち切られた」と語る。
県は独自に県外の子どもや妊婦がいる世帯が、自宅とは別の県内の自治体に戻ってくる場合は、住宅を提供する制度を始めた。しかし、自主避難者の間では、避難者を県に戻すことが本当の目的ではないか、という懐疑の声も上がっている。
一方、復興庁の斉藤馨参事官は「県からは県民の流出を防ぐため、支援策をやめてもいいと聞いた。支援法の基本計画は早くつくりたいが、検討段階だ」と説明した。
国と県の言い分は食い違う。ただ、新たな自主避難者が置き去りにされることは疑いない。
住宅支援の新規申請打ち切り後、福島市で活動する市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が10世帯の枠で、引っ越し代20万円を補助する計画を公表したところ、福島市や郡山市などの13世帯から応募があった。
代表の佐藤幸子さん(54)は「まだまだニーズがある。原発事故はまだ収束してない。それなのに国や県は被災者を見放し始めた」と指弾する。
不安を抱いているのはこれから自主避難する人たちだけではない。すでに自主避難した人たちもいら立ちを隠さない。
それというのも、現在の国からの家賃補助は来年3月までの期限付きになっており、延長されるかが不透明だからだ。
郡山市から新潟市に小学生の子ども2人を連れて、避難している女性(38)は、家賃補助を受けた住宅で生活している。
「補助の問題がはっきりしないと、新潟で今後も暮らしていけるのかどうか、将来の計画が立てられない。長期で支援を考えてほしい。夫は郡山に職場があるため、いまは二重生活。経済的にどんどん追い込まれており、子どもに習い事をさせるのもあきらめた」
新潟県内に避難する人たちの交流の場「ふりっぷはうす」(新潟市)には、同じような悩みを持つ自主避難者たちが集まる。経済的な理由で福島に戻る人たちも増えてきているという。
この施設を運営する福島大の村上岳志講師(地方行政論)は「自主避難者たちの声が反映されている施策がない。自主避難者たちの生活状況を調査したデータもなく、実態を把握しようとしていない」と批判する。
村上講師らは今月14日、参議院議員会館で国会議員らに、自主避難者の取り巻く環境を説明した。避難指示区域と異なり、家賃を除けば、継続的な金銭支援はない。
必然的に東京電力に対して生活費や慰謝料を求めることになる。東電に直接求めるか、原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)を利用するかに分かれ、東電と和解できない場合には、訴訟に持ち込まれる。
山形県で暮らす自主避難者たちの相談に乗っている外塚功弁護士は「これまで二重生活を送る自主避難者たちの福島と避難先を往復する交通費については、補償されてこなかった。しかし、今年に入り、その8割が認められるようになった」と話す。「しかし、生活費として事故直後に渡された8万円(妊婦や子どもを除く)以外、いまにいたるまで、東電側は慰謝料の支払いなどを一切拒否している」
こうした事態を打開するため、自主避難者を含む被災者らは各地で集団訴訟に動いている。東京や千葉では、今月11日に提訴。避難者が多い山形、新潟、群馬の各県の被災者たちは6月までに訴訟を起こす方針だ。
避難指示区域の双葉町から愛媛県に避難しているNPO法人「えひめ311」事務局長の沢上幸子さん(37)は、自主避難者たちの苦境をおもんぱかり、こう訴える。
「避難指示区域の人たちと、自主避難者との間で溝が深まっている。自主避難者らの状況は深刻だ。国が被災者の『避難の権利』を認めていないことが最大の問題だ」
[デスクメモ]
自主避難を「勝手に逃げた」と曲解する人がいる。避難するか否かは、国や電力会社が決めることではない。まして「すぐに影響はない」なんて言われた日には、逃げて当然だろう。東電は賠償を減らしたい。国はゼネコンへ「名ばかり除染」でカネをまく。避難者たちがたたかれる汚れた背景がある。(牧)
2013年3月25日 東京新聞 朝刊[こちら特報部]より
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013032502000133.html
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