04. 2013年3月14日 01:01:37
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【第6回】 2013年3月14日 坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員] 「100ミリ・シーベルトまで安全」は本当か? 「帰還基準緩和」で注視すべきポイント 環境省の基準では、年間1mSv(ミリ・シーベルト)を公衆被曝の上限とし、時間当たりに換算した0.23μSv/h(マイクロ・シーベルト) 以上の市町村を除染対象地域としている。比較的高い濃度の0.4μSv/h(毎時マイクロ・シーベルト)前後の空間放射線量を観測していた東日本の各地域は、かなりの地域で0.23μSv/h以下へ下がったと思われる。福島原発事故から2年経過し、除染の進捗とともに半減期2.06年のセシウム134が減少しているからだ。セシウム134は半減も 福島県「除染特別地域」では「除染」進まず 環境省ホームページより 拡大画像表示 降下したセシウム134と137の量は1:1だとされている。三重大学の勝川俊雄准教授によると、セシウム137の半減期は30年だが、半減期2.06年のセシウム134は急速に減少し、1年で全体の十数%が消え、3年で3割近く減る。両セシウム総量の半減期は6年ということになる(参照:2011年7月1日付DOLレポート「除染を急げば大幅に放射線量は減少する 市民の健康を守れるのは自治体」)。
環境省は除染対象地域を大きく2つに分けている。政府が直轄する「除染特別地域」と、自治体が除染する「汚染重点調査地域」である(地図参照)。 後者の「汚染重点調査地域」の市町村数は、岩手県(3)、宮城県(9)、福島県(40)、茨城県(20)、栃木県(8)、群馬県(10)、埼玉県(2)、千葉県(9)の合計101だ。これらの地域は0.23μSv/h以下にするよう自治体に指示されている。各市町村の進捗状況は自治体のホームページに随時掲載されている。 一方、基本的には前者の「除染特別地域」である福島第一原発から20km圏内の「警戒区域」、および放射性物質が大量に降下した北西方向の「計画的避難区域」の9市町村の除染は、田村市を除いてほとんど進んでいない。 現在、「警戒区域」と「計画的避難区域」は3つに再編されている。まず、年間被曝量が50mSvを超える「帰宅困難区域」で、5年以内の帰還は不可能という。次に年間20−50mSvの「居住制限区域」、そして年間20mSv未満の「避難指示解除準備区域」である。 政府直轄除染の対象地域は「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」の市町村だ。田村市を除いてはほとんど進捗していないことが環境省のホームページを見るとよくわかる。 除染の数値目標は、ICRP(国際放射線防護委員会)の「2007年勧告」に準拠し、2013年度(2014年3月)までに「居住制限区域」は年間20mSv以下へ、「避難指示解除準備区域」は「長期的に年間1mSv」以下、つまり毎時0.23μSv以下にする、と2011年に決まっていた。 しかし、大半の地域は進んでいない。あと1年である。この進捗状況では間に合わないだろう。政府はこの夏までに新しい工程表を作成する、としているが課題は多い。 たとえば首都圏の埼玉県や千葉県の「汚染重点調査地域」でも同じことだが、けっきょく除染しても放射性廃棄物の保管の問題が立ちはだかるのである。現在は適当な場所に袋につめて一時貯蔵しているわけだが、30年間収蔵するという「中間貯蔵施設」がまだ存在していない。「最終処分場」は、もちろん日本にはない。この問題は原発開発の初期からまったく解決していないので、当面、一時貯蔵が続くことになる。 福島県では3月10日の双葉町長選挙で、中間貯蔵施設建設の現地調査を受け入れる新町長が当選し、動き出しそうだ。政府は早期に調査し、5月には着工するとしているが、まだわからない。放射性廃棄物の処分問題を未解決のまま原発を作り続けた「政府の失敗」である。 「100mSvまで安全なのだから」 という論調への疑問 最近は「年間1mSv基準は厳しすぎるので、引き上げるべきではないか」という論調を全国紙で散見するようになった。このような記事には必ず、「100mSvまでは健康に影響しない」という見解が付されている。これらの論調は自民党の意向が反映していると思われる。 たとえば「『20ミリ・シーベルト帰還』へ安全指針」と題された「読売新聞」(2013年3月11日付1面)の記事は、「政府は長期的な目標として1ミリ・シーベルトの除染基準は維持する。一方で新たな指針は、年間積算線量が5ミリ・シーベルトや10ミリ・シーベルトなど、線量の段階ごとに、安心して生活するために必要な対応策を示す。国際放射線防護委員会(ICRP)は、年間積算線量が100ミリ・シーベルトまでなら健康への影響は明確に検出できないとしている」。 また、「日本経済新聞」(2013年3月12日付2面)は「帰還基準線量緩和へ」へと題してこう報じている。「原発周辺では、一度の除染で5−10ミリ・シーベルトまで放射線量を減らした後に作業を繰り返しても、1ミリ・シーベルトまで低下させるのは困難なことがわかってきた。(略)1ミリ・シーベルトの目標は、前民主党政権が国際放射線防護委員会(ICRP)が示す1−20ミリ・シーベルトの下限を採用した経緯がある。一方で放射線の影響による発がんリスクは、100ミリ・シーベルト以下なら喫煙に伴う発がんリスクと差はないとされる。」 読者も、1mSvなんかたいしたものではない、現に健康被害は何も起きていない、と思われるかもしれない。 2年前にも書いたが(参照:2011年5月7日付DOL特別レポート「学校の放射線許容量はなぜ迷走しているのか」)、もう一度これらの数値について説明しておきたい。これをよく理解していないと、「年間100mSvまで問題ない」、という奇妙な議論になってしまう。以下、2011年のレポートと重なる部分があることを前提にお読みいただきたい。 日本の自然放射線量(空気中のラドン、食物などからの放射線量)は、年間1.4mSvだとされている。年間1.4mSvは平均的な推定値である。平時の関東地方の空間放射線量は、毎時にすると0.04μSvくらいである。除染基準の0.23μSvは平時より5倍高いことになる。 人によって異なるが、レントゲン写真などの医療被曝もある。つまり、「年間1mSv」自体、危険な数値ではないのだ。では、「年間1mSv」基準の根拠はなんだろうか。 “100mSvまで許容”は「緊急事態」に適用 「ICRP2007年基準」の正しい読み方 ICRPは1960年に一般公衆の許容量を年間5mSv程度とした。この基準が長く続いたが、チェルノブイリ原発事故(1986年4月)を経て、1988−90年に一般公衆の年間被曝許容量を1mSvまで下げている。この基準が現在も続いているのである。 一般公衆とは、作業者と異なり、意図せざる被曝を受ける市民のことである。作業者の場合は、報酬を得て計測しながら被曝(計画被曝)するので、一般公衆の意図せざる被曝とは区別される。一般公衆の場合、医療放射線などの計画被曝を除き、原発事故や核戦争などによる意図せざる被曝の上限を年間1mSvとする、という意味である。 原発事故による内部被曝はカウントされていない。日本では現在、意図せざる内部被曝も年間1mSvを上限として食品のセシウム137含有量を規制している。 ICRPは2007年に大きく改定した。基準を変更したのではなく、原発の重大事故や核攻撃を受けた場合の緊急事態を想定した数値を発表したのである。 「ICRP2007年勧告」は邦訳が出版されており(★注@)、図書館で閲覧が可能だ。「1990年勧告」に比べ、被曝対象者の分類などが細かくなり、事故や核戦争を想定した緊急事態時の対応が記されていることなどから、非常に分かりにくくなっている。しかも翻訳の文章が難解だ。重要なポイントだけを中央放射線審議会の中間報告から抜き書きする。これも2年前に紹介したが、もう一度簡略に書いておこう。 ★注@『国際放射線防護委員会の2007年勧告』(日本アイソトープ協会訳刊、2009) 「ICRP2007年勧告」のポイント ●放射線防護の生物学的側面 ・確定的影響(有害な組織反応)の誘発――吸収線量が100ミリ・グレイ(グレイはシーベルトとほぼ同じ)の線量域までは臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない ・確率的影響の誘発(がんのリスク)――LNT(直線しきい値なし)モデルを維持 100mSv以下だと特定の機能障害は見られないという。累積100mSv以上の短期集中被曝で確定的影響が出るという意味だ。確定的影響とは、脱毛、白血球の減少、白内障などの明らかな病変である。 長期にわたる低線量被曝でも累積100mSv以上で影響が出る。これを確率的影響という。年間20mSvだと5年で100mSvに達することになる。年間1mSvならば100年である。1mSvの根拠は、100歳まで生きたとして年間1mSvを上限にする、ということである。実際には内部被曝、医療被曝、自然放射線などもあることに注意されたい。 100mSv以下の確率的影響は、閾値(しきいち)はないとするLNTモデルを想定している。ガンが発現するリスクは、放射線被曝ゼロから線量率に比例して直線的に上昇する考え方だ。すなわち、可能な限り被曝を避けるべき、という発想である。 ●線源関連の線量拘束値と参考レベルの選択に影響を与える因子 ・1mSv以下――計画被曝状況に適用され、被曝した個人に直接的な利益はないが、社会にとって利益があるかもしれない状況(計画被曝状況の公衆被曝) わかりにくい表現だが、事故などで公衆が意図せざる被曝状況にあり、被曝を避けなければならない、しかし、年間1mSvまでなら社会活動上の利益があるので許容する、と解釈する。 ・1−20mSv以下――個人が直接、利益を受ける状況に適用(計画被曝状況の職業被曝、異常に高い自然バックグラウンド放射線及び事故後の復旧段階の被曝を含む) ・20−100mSv以下――被曝低減に係る対策が崩壊している状況に適用(緊急事態における被曝低減のための対策) 「計画被曝」とは作業者のことである。したがって、この項目を公衆レベルで読むときは、太字にした「事故後の復旧段階」と「緊急事態」が適用される。 つまり、事故直後の「緊急事態」では対策が崩壊しているので、短期的に20−100mSvまで許容、「復旧段階」では一般公衆の被曝量は1−20mSvまで認める。 1mSvなんて厳しすぎる、という議論がこれからたくさん出てくるだろうが、福島県の「除染特別地域」で「20mSv/yへ抑え、長期的には1mSv/yへ」と数値目標を定めているのは、環境省が「ICRP2007年勧告」を以上のように適用しているからである。 「年間100mSvまで安全」というのは誤解で、「累積100mSv」までは確定的影響は観察されず、100mSvで発がん率が0.5%上昇する、ということである。 事故で意図せざる被曝状況にある場合、累積100mSvから割り返して、緊急事態の超短期では100mSv以下へ、復旧段階では20mSv以下へ抑えようという意図である。 20mSvだと5年で100mSvに達するので、復旧段階の期間が重要になる。そして、事故収束後は1mSvを上限とする。ちなみに、「作業者」つまり放射線作業のプロの被曝限度は年間50mSvで上限は100mSvである。 環境省はホームページで非常にていねいに除染の進捗状況などを公表しているので、ときどきチェックすることを勧めたい。 |