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震災がれきの広域処理をめぐり、住民の反対運動が続いている。富山市では最終処分場への焼却灰の搬入を阻止しようとした母親らが刑事告訴された。一方、国や企業が事業を進めるため弱い立場の個人を訴える「スラップ(恫喝(どうかつ))訴訟」も相次ぐ。行政などが抗議活動を萎縮させたり、住民分断を狙う告訴の乱用は許されるのか。(佐藤圭、林啓太)
「あまりの暴挙に驚きと怒りを禁じ得ない。絶対に許せない。私たちは納得のいく説明を求めているだけだ。普通のお母さんを告訴してまで震災がれきを受け入れるのはなぜなのか」
「池多の未来を守る会」代表の中山郁子さん(44)は、市民に牙をむいた行政にこう憤る。同会は、最終処分場を抱える富山市池多地区の母親115人がメンバーだ。
同市など5市町村でつくる富山地区広域圏事務組合は7日付で、がれきの試験焼却の際、処分場への灰搬入を妨害したとして市民ら十数人を威力業務妨害の疑いで県警に告訴した。組合理事長は森雅志富山市長(60)だ。組合は告訴した市民らの名前や性別を公表していないが、中山さんら同会メンバーが対象になっているものとみられる。
がれきを被災地以外で受け入れる広域処理をめぐっては、大阪で反対派住民が次々と逮捕される事態に発展したが、今回のように行政が市民を告訴するのは異例だ。
試験焼却は昨年12月16〜18日、富山県立山町の施設で行われた。18日午前9時ごろ、焼却灰を積んだトラック2台が処分場付近に到着。中山さんら地元の母親など十数人が道をふさぎ、「事前に説明するのが筋だ」と抗議した。中山さんによれば、池多地区の反対署名は住民の約8割に達したが、富山市は試験焼却前、処分場周辺の一部住民だけを対象にした説明会しか開かなかった。
市の要請で駆けつけた警察官が「道路交通法違反になるので道を開けてほしい」と注意。最終的に「威力業務妨害になる」と警告され、中山さんらは歩道に退去。トラックは10時間後の午後7時ごろ、処分場に入った。
組合は今月13日、岩手県山田町のがれき3,000トンを受け入れた場合の処分費を含む新年度予算案を可決。本焼却に向けた説明会を17日に富山市で開いたが、批判的な声が上がった。試験焼却から2カ月近くもたってなされた告訴は、地元紙の報道で明らかになり、中山さんらは24日に抗議声明を出した。
組合の田中伸浩事務局次長は、告訴について「刑事訴訟法によれば、公務員は犯罪があると思量するときは告発をしなければならない。理事長の決裁を経て告発した」と説明する。
中山さんと一緒に灰の搬入を阻止しようとした社民党の田尻繁県議(61)は「何かを壊したわけでもないし、けが人も出ていない。組合に実害はなかった。反対住民への脅しが狙いだ」とみる。
社民党は2009年の前回市長選で、自民党などと相乗りで森市長を推薦した。選挙対策本部の副本部長だった田尻さんは言う。「敵と分かれば容赦しない。自分に反対する勢力をつぶしにかかるのが森市長の手法だ」
◆基地や原発で係争中
国や企業が自ら進める事業に反対する住民や個人を相手に、話し合いによらず高額の損害賠償請求など法的手段に訴える手法は「SLAPP(スラップ)」と呼ばれる。大きな組織が弱者を「恫喝」し、運動を抑圧したり分断させようとする点で、富山の告訴もスラップに似ている。
スラップ訴訟は現在、基地と原発をめぐって係争中だ。沖縄県北東部の東村には、貴重な動植物が住む「やんばるの森」がある。そこで沖縄防衛局が米軍の新型輸送機オスプレイ訓練用の離着陸帯(ヘリパッド)の建設を進めるが、2008年、反対派住民15人について仮処分を申し立てた。工事関係者の通行を妨害したとの理由だ。
那覇地裁は国の請求を棄却し、裁判の被告は今や男性一人だ。夫が被告だった飲食店経営の安次嶺雪音さん(42)は「事実上の国による住人いじめだ」と話す。
というのも、訴えられたのは地元の住民ばかり。県外から来てテントに常駐する支援者は「おとがめなし」だ。「住民と支援者を仲たがいさせるための策略」とみる。
裁判では、住民がインターネットに書き込んだ現地での集会の呼び掛けさえ、国側が「通行妨害」の証拠として提出した。雪音さんは「こんなことがまかり通ったら、ネットで自由に意見が言えなくなってしまう」と危機感を募らせる。
もう一つは、山口県が26日、建設に必要な海の埋め立て免許の延長を中国電力に対して認めるかどうかの判断を見送った上関原発(上関町)をめぐる訴訟だ。同社は09年、反対派の住民4人に当初約4,800万円の損害賠償を請求した。
同社は「埋め立て作業を妨害され、工事の遅れで損害が出た」と主張するが、被告の岡田和樹さん(26)は「訴状には事実関係に間違いが多く、裁判が進まない。高額の請求はしんどいし、早く終わらせたい。中国電力は意図的に裁判を長引かせ、われわれを困らせようとしているとしか思えない」と訴える。
米国では、30近くの州が法律でスラップの防止を図る。裁判所がスラップだと認めた裁判は、原告が被告の弁護士費用を負担することに加え、被告が原告に損害賠償を請求することを認める例もある。
スラップに詳しいジャーナリストの烏賀陽弘道氏によると、むやみに訴えを起こす「濫訴」は不法行為とされている。スラップを「濫訴だ」と訴え返すことも可能だが「たいてい裁判所に認められない」と指摘。「日本も米国と同様のスラップ防止の法律をつくり、抑止していく必要がある」と語る。
東村と上関町の反対闘争は、被告住民を支援する体制が整い、運動を収束させたい事業者の思惑通りにはなっていない。
◆住民守るべき公務員が逆に
では、富山の告訴は許されるのか。烏賀陽氏は「スラップよりひどい。本来なら住民の権利を守るべき公務員が正反対のことをしている」。
東京法律事務所の加藤健次弁護士も「現場にいた警察官は住民の行為は犯罪にならないと判断していた。それを行政が後に告訴するのはおかしい」。刑訴法に基づく告訴についても「税関による麻薬の密輸、税務署による脱税の摘発などを想定した条文を乱用している。行政機関が住民運動を訴える根拠にはなりえない」と断じる。
千葉大名誉教授の新藤宗幸氏(行政学)はこう話す。「きちんとした話し合いもしないうちに、(刑事告訴や高額な賠償請求など)法的手段に訴えるのは過剰な対応だ。公的な行政機関が、(住民運動を弱める)威圧の手段として使うのは好ましいことではない」
[デスクメモ]
早春の沖縄やんばるの森。ノグチゲラなど希少種の営巣繁殖期となる3〜6月は騒音を出す工事はできない。重低音を響かせるオスプレイの飛行も許されないはずだ。固有種の多い「奄美・琉球」が世界遺産登録を目指すが、現実は逆に核心部分で自然破壊が進む。辺野古の海同様に住民監視も続く。(呂)
2013年2月28日 東京新聞 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013022802000137.html
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