http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/155.html
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(回答先: 真の完全独立を果たすための「統一戦線」論(過去ログから) 投稿者 仁王像 日時 2014 年 2 月 17 日 22:33:47)
下に縷々述べられているように、民主政体の下、誰かに独裁権力(例えば昔日の小沢)を与えて対米交渉をすれば完全独立が果たせるだろうか。筆者はそうは思わない。そんな政治技術的方策ではどうにもならないところに来ている。
そのような静構造では手を変え品を変えた数々のスキャンダルを仕掛けられただけでも、今の日本の独裁者の立場は危うい。全土にわたる広汎な国民運動の持続的かつ執拗なうねりが絶対に欠かせないと思う。「国民統一戦線」の再構築である。これは烏合の衆の寄り集まりではないので、全国的な組織である。そして司令部としての牢固とした中核が必須である。そこには例えば日本が育て日本が産んだ国家戦略家たちも集うのである。彼らは、防衛上覆面参加でもよい。
広汎で持続的な国民運動の支えがあってこそ、政治家たちは守られ背中を押され前に突き進むことができる。ひいは独立運動のなかに殉じても良いぐらいの心意気を持った政治家や運動家も生まれてこようというものだ。
細かいことではいちいち疑義があり指摘したくなるだろうが、それは承知である。筆者は国家戦略家ではないので、大まかな構想しか示すことができない。このモドカシサを是非次の世代が引き継ぎ実現していってほしいのである。
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/285.html#c2から再録
正常だった頃の副島隆彦は次のように指摘する。
<国民主権という不可解な虚妄>
・日本人はdemocracyを「民主主義」などと訳して、わかったつもりになっている。なぜdemos-kratiaが「民主」の「主義」などであろうか。Demosとは民衆、貧乏人大衆のことである。Kratiaとは、制度、体制、支配のことである。ゆえにデモクラシーとは「代議制民主政体」(民主政)と訳さなくてはいけない。即ち、国民の大多数である貧乏人大衆が、自分たちの代表を選び、その者に権力を握らせる政治体制のことである。民主政もまた冷酷な支配体制(政治体制)の一種なのであって、「無条件に素晴らしい」ことなどまったくないのだ。
主権なるものは、もともとは国王にある。国王が領土も民衆もすべて自分のものにしていたのである。ところが、民主政では、代表者が主権(権力)を握るのだ。日本の学者は、「国民主権」などという話を頭から信じ込んでいる。とんでもないバカたちである。保守派の人々までが、「国民主権」などという、外国では通用しない言葉を信じている。権力とは、民衆の代表者が持ち、行使するのである。そして、もしこの代表者が間違った政治を行い、国家と民族を危機に陥れた場合には、民衆がこれを引きずり下ろして殺す。これがデモクラシーなる政治体制なのである。だから、デモクラシーも、民衆に対する支配体制の一つなのだ。そして、このデモクラシーの対立概念は何かというと、それはシオクラシーtheocracy(神権政治)なのである。
『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ』副島隆彦/講談社α文庫‘04年
『田中角栄の遺言』小室直樹/クレスト社 H6年から抜粋
第5章 デモクラシーとは何か
<デモクラシーと独裁制は矛盾しない>
デモクラシーとは何か。「民主主義」というのは答えにならない(訳しただけ)。
デモクラシーの反対は何か。多くの日本人は「独裁主義」なんて答える。とんでもない。民主主義独裁というのだってある。これはギリシャやローマの政治学者が充分に研究したことで、いちばん簡単なのは、委任独裁という形態。国が危急存亡の危機に陥ったとき、有能な人に独裁権を与えて、国を救ってもらう。これでローマでもギリシャ諸国でもずいぶん危機を脱している。委任独裁はデモクラシーと矛盾しないというのが、政治学学者の結論。
最近の例としてはヒトラーが政権をとった頃、欧米諸国ではヒトラーのやっていることはデモクラシーではないと批判した。けれどもドイツの学者は、これだって立派なデモクラシーだと反論した。ドイツ人の総意によって、ヒトラーは独裁権を握ったんだ。その度に国民投票を行っているではないかと(四年間の時限立法、全権委任法ができて独裁権力を掌握した)。
<デモクラシーの反対はシオクラシー>
デモクラシーには平和主義のデモクラシーもあれば、軍国主義のデモクラシーだってある。スパルタなどは典型的な軍国主義のデモクラシー。
語源的にデモクラシーの反対は何かというと、シオクラシー。神聖政治である。「デモ」というのは人という意味だから、極端に言えば、神様が政治と関係なくて、人間が行う政治であれば、専制王制であろうと貴族政治であろうと、民主政治であろうと、みんなデモクラシー。その反対が、シオクラシ−。
シオクラシーの例を挙げれば、(古代)独立をしていた頃のユダヤ人。ソロモン王とかダビデ王の時代は、王様が大きな権力を持っていたけれども、根本的にはシオクラシーである。なぜかといえば、どんな専制国王だって、預言者に叱られれば縮み上がった。
・Re.ファシズムは民主主義を煮詰めたところに発生する!
http://www.asyura2.com/09/senkyo73/msg/644.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 10 月 22 日 12:51:33: jdZgmZ21Prm8E
・Re: 借問の意味が難解でよく呑み込めませんが
http://www.asyura2.com/09/idletalk37/msg/173.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 8 月 04 日 18:39:13: jdZgmZ21Prm8E
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