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「あまちゃん」が終わった。ほとんど、異常人気だ。
しかし、なぜ、この社会現象を社会学者たちは例の心情右翼兼左翼ボーイ漫画私小説「風立ちぬ」ほど、分析・評価しないのだろうか。いやできないのだろうか、
かつての「東京志向」は陰鬱な封建的な田舎社会からの脱出を意味していた。田舎は因習とひがみねたみに満ちた自由と反対の封建地帯と見做されていた。(今でもあまりかわってないだろうが)
あまちゃんの人気は、おそらく、70年代の「熱中時代」以来だろうが、水谷豊演じる主人公は礼文島から世田谷に赴任してきた、北海道なまりまるだしの青年だった。
そう、当時のドラマは「前略おふくろさん」はじめ、田舎から上京した主人公が東京で成長していく物語がとても人気を博していたのだ。東京から田舎に行くドラマなんてやるプロデューサーは狂気の沙汰と思われてただろう。まあ、「北の国から」ってのがあったけど、地方化しきれない東京人の後ろ向きの物語だった。
しかしだ、いまや「いじめ」「社蓄」社会と化した東京は、もはや精神的にも経済的にも生存圏以下の場所となってしまった以上、やれることは「北帰行」(福島を通過して?)(ちゅらさんは南帰行だった?)だけだ。宮城出身のクドカンも下北沢以外で東京でやっていけたんだろうか。
注意が要るのは、各キャラが皆、岩手回帰する中で主人公だけが、東京出身だ。彼女だけは結局、クドカンいうところの「地元民」じゃない。決然と産まれた場所と決別し「回帰」せず、未知の場で世界を切り開く物語だ。秋が不自然なくらい岩手弁を使うのも、その決意の表れなんだろう。
そういう意味でこれは実は東京圏住民へ向けた「自分探しロードムービー」のドラマだったのだ。昨今緒の若い女性がイタリア留学するのと同じベクトルだ。
そういう意味で「あまちゃん」はまさに時代を映した秋の冒険喜劇だった。
北三陸の田舎者を演じる連中も典型的な都会人であることは視聴者にもあきらかで、そういう意味で「田舎で暮そ」的、田舎ごっこだった。これがご当地の役者を多用したら、都会人視聴者はドン引きしていただろう。それは、弁証論的に田舎の因習を消去させるキャスティングとはなった。(そういや、似た構造の「おもひでぽろぽろ」ってのがあったけど、農村工作隊的な左翼エリート視点の完全なる失敗作だった。)
ちなみに関西じゃ視聴率が悪かったそうだが、それは大きな村である大阪にはあまちゃんの暖かい共同体は当たり前にしか見えなかったんだろう。なにしろ岸和田ムービー「カーネーション」をわだかまりなく喜んで見るんだから。(もちろん「カーネーション」の前半は外人が見ても面白い傑作だったが。クドカンじゃ大阪の若い人はむしろ、都会的な木更津キャッツアイのほうが若者受けしていたんじゃないか)
田舎はたしかに因習があるが、東京の会社や学校はそれ以上だ。そう東京圏住人が遅まきながら、気づいたのだろうが、遅すぎる「帰ろかナ」ではある。しかし、田舎は少なくても自然はあるし、伝統的社会の息苦しさは東京砂漠の飢えよりはましだろう。
そして、当初から「夢の都、花の東京」に希望を見出したジャパン人は確かに「あま」かったのだろう。挫折アイドルの秋の母親の若い頃の分身が最後に涙を流したのはそういうことだ。
で、ジャパン人社会学者が「あまちゃん」分析をせず、月並みな評論しか、できないのは、彼ら社会学者のほとんどが大都会に居場所を見出し成功した「教育官僚」だからだろう。その「勝ち組」?たちがこの現象を理解できないのは当然ではある。
「あまちゃん」は「負け組み」「東京からの落ちこぼれ」への応援歌だったのだから。
って、わけで、じぇじぇ。
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