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産経から
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131215-00000059-san-soci
■「でも、帰れるなら帰りたい」
東京電力福島第1原発事故以来、建設が急がれていた中間貯蔵施設が、自民党政権でようやく動き始めた。政府は「県外最終処分」まで踏み込み、地元に理解を求める。「帰りたいけど帰れない」「誰も引き受けないなら…仕方ない」。30年以内の県外移設と言われても、住む者にとって膨大な失われた時間となる。「国有化、いいよ」。ある種のあきらめや怒りが、広がりつつある。
「第1原発の廃炉に30年、40年かかる。帰りたいけど帰れない。あきらめもある。『国有化、いいよ』とも思ってしまう」
東京電力福島第1原発のある福島県大熊町から会津若松市へ避難している山本千代子さん(61)は14日、「中間貯蔵施設の設置要請」のニュースにあきらめの表情を浮かべた。
大熊町で36年間、夫婦で飲食店2軒を経営していた。第1原発の4キロ圏内だが、ホットスポットと呼ばれる放射線量の高い場所になる。自宅は東日本大震災で壊れた屋根も直せず、屋内は雨ざらし。ネズミの巣のような状態だ。
震災の年から4回ほど自家用車で一時帰宅したが、「家の中は異臭がし、行くたびに落ち込んでしまう。今年7月を最後に帰っていない」という。
復興庁などが10月に行った住民意向調査によると、大熊町の2764世帯のうち「戻らない、戻れない」と答えたのは67%。「戻りたい」は8%、「まだ判断がつかない」は19%だった。今年1月の調査で「戻らない」は42%。この9カ月間で25ポイント増えた。
帰還困難区域が人口の96%を占める双葉町でも同様の調査結果が出ており、中間貯蔵施設の建設についても「やむを得ない」と容認する人も多い。
「国有化はいやだという人もいる。決めるなら国の責任でやってほしい」と山本さんは思う。
楢葉町で中間貯蔵施設の建設地として要請された波倉地区。いわき市の借り上げ住宅で避難生活を送るコメ兼業農家、四家徳美(しけ・のりみ)さん(53)の心は揺れる。
「誰も引き受けないなら、ここにつくるしかないのか。でも、帰れるなら帰りたい」
昭和40年代、福島第2原発の計画で現在の自宅へ移転した。わが家は東日本大震災の津波で流され、父の元大工、丞(たすく)さん=当時(79)=と母、聡子(としこ)さん=同(77)=を失った。納骨も終わっていない。
地区は福島第2原発とフェンスを挟んで隣り合う。海側を中心に除染で出た汚染土などの仮置き場となっており、汚染土を収納した「フレコンバッグ」と呼ばれる黒い袋が整然と並ぶ。
「国が説明に来たのは今年6月2日の1度きり。住民はかやの外だ。不信に思うのは当たり前だと思う。いまのところ、賛成でも反対でもない。国に勝手なことをされないよう、みんなで地区の将来を考えたい」
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