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中国に「日本と軍事協定を結ぶな」と脅される韓国
朝鮮半島で、いま米中の“激突”が始まった
2012年7月10日(火) 鈴置 高史
「日本と軍事協定を結ぶな」と中国が韓国を脅す。だが、この協定は米国の強い意向を受けたものだ。果たして米中どちらの言うことを聞くべきか――韓国は板挟みだ。
米国主導で“陣構え”
中国が韓国に結ぶなと要求している協定は日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA、通称「情報保護協定」)。
日韓両国政府の公式見解は「この協定で第3国への情報の流出に歯止めをかける。それにより両国間の安全保障に関する情報交流を増やす」。両当局ともに「交換するのは主に、3代目が継いで不安定化する北朝鮮の情報」と説明している。
韓国人の反米感情をかきたてることを恐れてだろう、米韓両国政府は「米国主導」を否定する。しかし、韓国各紙は「数年前から米国はこの軍事協定を結ぶよう強く求めていた。最終的には今年6月にワシントンで開いた外務・国防閣僚会合(2プラス2)で米国が韓国に受け入れさせた」(朝鮮日報6月29日付)と報じている。
日本の安全保障専門家も「膨張志向を露わにする中国に備え『米日韓』3国で“陣構え”を整えるのが目的」と解説、米国主導をはっきりと認める。ただ「当面はあくまで“構え”に過ぎず、情報交流が急増することはない」と見る。
別の専門家も「米国や日本から得た軍事情報を韓国軍は中国人民解放軍にこっそり伝えてきた。日米の防衛当局は韓国を信用していない」と指摘したうえで「この協定を結んだからといって直ちに日本が微妙な情報を韓国に与えることにはならないし、米国もそれを望まない」と言う。
「3国軍事同盟」昇格を恐れる中国
それでも中国は韓国を脅した。この協定がいずれは「米日韓3国軍事同盟」に昇格しないかと恐れてのことだ。
「韓国に影響を及ぼせる手段を中国は数多く持つ。李明博政権による中国に対する非友好的な動きを、韓国の内側から止められない場合、中国はそれらの手段を使って自らの立場を明らかにせねばならない」――。
7月3日付環球時報の社説「米日が中国に圧迫を加えるのを韓国は助けるな」の一節だ。「中国への圧迫」とは「対中包囲網」を意味する。「中国に対する非友好的な動き」とは日韓軍事協定を指す。大国が小国に対し力を見せつけて自分の思い通りに操る際の典型的な恫喝だ。
同紙は人民日報の姉妹紙で中国共産党の本音を表明する。“対外威嚇用”メディアでもある。3日付では第1面全面も使ってこの協定を扱い、韓国を徹底的に脅した。1面の見出しは「韓日軍事協定が蜂の巣をつつき、中国を刺激した」である。
この社説は「韓国に影響を及ぼせる手段」に関しはっきりとは示さなかった。しかし「韓中貿易は米韓、韓日貿易の合計よりも大きい」と書き、経済面での報復を匂わせた。実際、香港を含む中国への輸出は韓国の総輸出の約30%に達し、断トツの1位だ(グラフ参照)。
韓国の輸出相手国ランキング(2011年、%)
出所:韓国貿易協会
一転、「日韓協定」反対に傾く保守系紙
中国は相手国に言うことをきかせるためなら、大人げない嫌がらせを堂々とする国だ。日本へのレアアース輸出禁止もそうだし、今も南シナ海で領有権を争うフィリピンのバナナの検疫を強化し、輸入を事実上禁止している。中国にとってへ理屈をつけての韓国製品の輸入禁止など朝飯前だろう。
軍事、外交面でも、韓国を圧迫する「数多くの手段」を中国は持つ。ソウルの表玄関でもある黄海で、強大化した中国海軍が大演習し威嚇すれば、規模が小さく訓練も不十分な韓国海軍は手も足も出ない。中国が北朝鮮へのコントロールを緩めれば、北の韓国へのテロ攻撃が一気に増える可能性が高い。
興味深いのは、中国は日本に対しては「韓国と軍事協定を結ぶな」と言わないことだ。それは日本人を怒らせ「中国がやめろというなら絶対にやる」との合意が生まれると読んだためと思われる。裏返せば、韓国人は脅せば効果があると考えているのだ。
実際、効果はすぐに出た。当初は日韓軍事協定に賛成し「感情論を抑え日本と協力しよう」と国民に理解を求めていた韓国の保守系各紙が、環球時報の威嚇の後、一斉に否定的トーンに転じたのだ。
7月6日付中央日報の社説「軍事大国化を急ぐ日本」は「日本が集団的自衛権を持って自衛隊を国防軍に再編する可能性が出てきた。原子力基本法の改正で核武装にも道を開いた。日本は軍事大国化を急いでいる。これは韓国にとってもアジア各国にとっても悪夢だ」と主張した。
「反日」より「恐中」で動く韓国
注目すべきは、この社説が「軍事大国化した日本が中国との対立を激化させ域内の緊張を高める可能性が高い。両国に挟まれた韓国は安全保障上の負担を増す」と日中対立に言及、そのうえで「『情報保護協定』騒ぎで見られたように、韓日間の円滑で正常な協力関係は難しくなる」と日韓軍事協定に否定的な姿勢を打ち出したことだ。
同日付け朝鮮日報社説「日本、再解釈で“平和憲法”無力化の地ならし」も同じ論理で日本の軍事大国化に警鐘を鳴らした。そして「我が政府は日本の実情を知らないため情報保護協定を密かに推し進めた。今後、国民は政府の外交・安保政策を監視せねばならない」と、やはりこの協定を問題視し始めた。
余りに過敏としても韓国人が日本の軍事大国化を懸念するのは分からないでもない。だが、それを日韓の情報保護協定の締結に否定的に結び付ける論理は相当に苦しい。
韓国紙の社説をじっくり読むと「これから軍事大国化しかねない日本」への反発よりも「すでに軍事大国化した中国」への恐怖から「協定棚上げ」に軌道修正し始めた本音が透けて見える。
朴槿惠氏の突然の変心
環球時報が外国を威嚇するような場合、前後してその国の要人――政治家やメディア幹部に対して中国の密使が「説得」に出向くことが多いという。
日本の政治家の中にも中国の“ご進講”を受けて立場を急に変える人が多い。日韓軍事協定に関しても中国は韓国に密使を放った可能性がある。
注目されるのが、与党セヌリ党の最高実力者で次期大統領の呼び声が高い朴槿惠氏の突然の変心だ。同協定は6月26日の閣議で了承された。6月29日には東京で署名されるはずだった。
しかし、賛成派と見られた彼女が「国会への説明が不十分」という理由を突然に掲げ反対に転じたため、署名1時間前に韓国側がキャンセルすると言うハプニングを呼び、協定は今も宙に浮いたままだ。朴槿惠氏の周辺は「次期政権で結論を出すべき」と先送りを主張している。
朴槿惠氏の変心には韓国メディアも首を傾げる。確かに、国民感情を揺らしかねない日本との軍事協定というのに政府による国民への説明は不十分だった。反対しなければ大統領選で彼女自身が“親日派”との攻撃を受ける恐れもあった。だが、いずれも前から分かっていた話だ。
「米国ではなく中国が韓国を守る」
環球時報の社説(前掲)も「李明博政権の非友好的な動きを、韓国の内側から止めろ」と呼びかけている。やはり、最有力大統領候補に対し中国からの“強い説得”があったのかもしれない。中国は以下のように語ればよい。
「米国は中国の台頭を抑えようとしています。中国はこれを認めません。いずれ中国と米・日の間で軍事的衝突が起きます。その際、『準』の水準だろうと『米日韓3国同盟』に加わっていれば、中国にもっとも近いあなたの国土や領海が戦場にされるでしょう。それでもいいのですか?」
これに対し韓国は「しかし、北朝鮮の脅威から守ってくれている米国が、日本との軍事協定を結べと言って来たのです。断れば守ってくれなくなるかもしれません」と反論するだろう。すると中国はこう、決め球を投げるに違いない。
「北朝鮮の攻撃からは私が守ってあげます。あなたが日韓軍事協定を結ばなければ、北を後ろから羽交い絞めにすると約束します。我々の経済援助でかろうじて生き残っている北は、我々の意に反して本格的な戦争はできません。さらに韓国が米国との同盟を打ち切れば、北よりも南を大事にします」。
もちろん、これは想像上の会話だ。しかし、来年から韓国を率いようとする政治家が中国からこう言われたら、よほどの親米派でない限り心を揺らすはずだ。環球時報の品のよくない威嚇ではなく、「中国のバックアップ」という“アメ”付きなのだ。
米韓同盟の矛盾が露呈
「韓国の指導者が、安全保障面で米国よりも中国を頼りにするだろうか」と疑問に思う読者も多いだろう。だが、米韓同盟の本質的な矛盾がついに露呈し始めたことを知れば納得できるはずだ。
韓国の主要敵は北朝鮮だ。その暴発を止める役割を、中国に期待する心情が韓国には育った。中国は韓国にとって旧宗主国であり、経済的にはもっとも近い国だ。北にもっとも影響力のある国でもある。一方、米国の主要敵は中国に確定した。中国を抑え込むためなら北朝鮮とも野合しかねない。
「米韓」が「中朝」を共通の敵としていた冷戦時代はとっくに終わった。今や米国と韓国の、主要敵と潜在的友好国が完全に入れ替わった。もし米中対立が厳しさを増せば、米韓同盟は存続の危機に直面する。
そこに降ってわいた、ややこしい日韓軍事協定。「米国に義理立てして結ぶつもりになったけど、我が国にとってたいして意味のある協定でもない。それが、昔のように保護してもらうかもしれない強大な隣国から睨まれる材料になるのはかなわない」――中国から脅された後は、ほとんどの韓国人がこう考えるだろう。
「従軍慰安婦で協定結べず」?
もっとも、米国からの圧力も相当なものと思われる。「日本との密室の合意」と与野党から徹底的に批判されても、李明博政権が締結にこだわることからもそれが伺える。では、米中の板挟みになった韓国はどう切りぬけるつもりだろうか。
韓国では“運よく”左派が「反日」を理由に協定締結に反対している。韓国はこれを利用し協定を棚上げする手がある。まず、中国に対しては「ご指示通り軍事協定は断りました」と歓心を買う。
米国に対しては「ご指示通りに協定を結ぼうとしたのですが、日本のせいでできません。従軍慰安婦問題や独島(竹島)問題で日本が強情なため、我が国の左派が反対するのです」と責任を転嫁する。
協定署名をドタキャンされて驚く日本に対しては「慰安婦で韓国の要求を受け入れず、軍事大国化を狙うお前が悪い」と居直る。「反省と謝罪が足りないので韓国との関係がうまくいかない」と常に主張する日本の“リベラル派”がそれをオウム返しにしてくれるだろう。
まだ、どうなるかは分からない。でも、相当に飛躍した論理を駆使して日本の軍事大国化批判を強める韓国の新聞を読んでいると、こうなっても不思議ではないと思えてくる。
「反日ひとり相撲」のカゲで
日本では「また、韓国の『反日ひとり相撲』が始まったな」とあきれ顔の人が多い。確かにそうなのだが、見落としてはいけないこともある。
最近、小さく報じられたニュースがある。「中国と韓国の軍当局が事実上の物品役務相互提供協定(ACSA)締結を目指して交渉中。結べば米国に続き2番目」(7月3日付韓国各紙)である。
「日本とのバランスをとるため中国にも申し込んでいる」(朝鮮日報5月21日付)と韓国政府が説明していた軍事協定だ(「“体育館の裏”で軍事協定を提案した韓国」参照)。「日韓」が事実上棚上げとなった今も、「中韓」は交渉が進んでいることが判明した。
FTA(自由貿易協定)交渉でも、韓国は日本よりも中国を優先した。中国に脅された結果だ(「中国から“体育館の裏”に呼び出された韓国」参照)。
排他的経済水域(EEZ)に関する国際交渉で、韓国は中国に追従し、日本や米国と対立するようになった。保守派の朝鮮日報も「韓中連携で日本に大陸棚境界交渉を要求しよう」(7月7日付)と堂々と訴えるようになった。もう、韓国は少し前までの韓国ではない。
台頭する中国に備え、米国は日韓を従え“陣構え”を急ぐ。でも、中国だって、脅したりすかしたりしながら南北朝鮮を従え“陣構え”を作っているのだ。それも結構、着実に(注)。
(注)拙著『朝鮮半島201Z年』は地政学的な位置と中国の宗属国だった歴史から、韓国が米国との同盟を打ち切り、北朝鮮とともに“中華圏”を構成する近未来を予想した。
鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)
日本経済新聞社編集委員。
1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。
77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87〜92年)、香港特派員(99〜03年と06〜08年)。04年から05年まで経済解説部長。
95〜96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)ジェファーソン・プログラム・フェロー。
論文・著書は「From Flying Geese to Round Robin: The Emergence of Powerful Asian Companies and the Collapse of Japan’s Keiretsu (Harvard University, 1996) 」、「韓国経済何が問題か」(韓国生産性本部、92年、韓国語)、小説「朝鮮半島201Z年」(日本経済新聞出版社、2010年)。
「中国の工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120709/234259/?ST=print
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