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この記事は3月2日付けです。
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シリアのアサド政権による国民の“虐殺”が止まらない。
市街地への無差別砲撃などで連日100人以上が殺害されるなど、犠牲者は急増していて、昨年末までに約5000人と見られていた総死者数はすでに8000人を超えるまでになっている。
国際社会もただ手をこまねいているわけではない。2月13日にはピレイ国連人権高等弁務官が武力弾圧を「人道に対する罪」と認定し、安保理に国際刑事裁判所への付託を提案。続いて同16日には国連総会が、中露などの反対を圧倒的多数で押し切ってシリア非難決議を採択した。潘基文・国連事務総長も同日、弾圧を「人道に対する罪」だと明言している。
また、国連とアラブ連盟は同23日、シリア問題の合同特使として、アナン前国連事務総長を任命。翌24日には、欧米諸国やアラブ諸国、日本など約70カ国から成る「シリアの友人」連絡グループが初会合を開催し、トルコを本拠とする「シリア国民評議会」を正統な反体制派代表と承認するとともに、シリア政府に人道支援受け入れを要求した。
さらに、同27日にはEUがシリアへの追加制裁を決定。翌28日には国連人権理事会が4回目となる緊急会合を開催し、「人道に対する罪」認定が話し合われた。同日には、人道支援を主眼とする新たな国連安保理決議案の根回しも始まっている。
米政府は現時点では軍事介入を否定しているが、23日にクリントン米国務長官が反乱軍の武装強化を示唆し、24日にはオバマ大統領が「あらゆる手段を模索している」と発言するなど、アサド政権への圧力を日増しに強めている。
デモ隊に容赦ない銃撃を浴びせた「アムン」「シャビーハ」
こうしたことから、国際報道でもようやくシリア情勢がトップニュースとして扱われるようになってきたが、むろんシリアの流血は今になって急に始まったわけではない。「独裁反対を叫ぶ国民を、独裁政権が暴力で“弾圧”する」という構図は、基本的には昨年(2011年)3月からまったく変わっていない。これまで約1年間近くも、シリア国民は無残に殺され続けてきた。シリア国民にとって、それは絶望と希望が交錯する長い長いレジスタンスの日々だった。
シリアの反体制運動が昨年春に始まった時の経緯は、前号で紹介した。南部ダラアで爆発した反体制デモの嵐は、瞬く間にシリア全土に拡散したが、アサド政権はそれを徹底的に暴力で圧殺した。
当初は、いわゆる“公安警察”に相当する内務省総合治安局(通称「アムン」)の私服要員グループおよび同局所属の治安部隊を中心に、一般警察の機動隊が加わった形で弾圧は行われたが、3月末頃から、そこに奇妙な一団が加わった。自らを「シャビーハ」(亡霊)と呼ぶ私服姿の若者たちのグループである。
シャビーハはもともとアサド大統領の従兄弟をボスとする小規模な犯罪組織だったが、アサド政権から資金が回され、無法者を多数雇って全国規模の“体制派民兵”に改編された。シャビーハは事実上、アムンの下部組織となり、警察やアムンの前面に出て、デモ隊に容赦ない銃撃を浴びせた。アサド政権はそれを「無法者に殺害されている住民を守るために、治安部隊の出動が必要だ」という論法にすり替えた。
こうした欺瞞はアサド政権の常套手段で、例えば国際社会に弾圧停止を約束しながら、現在でもデモに対して「一部の過激派テロリストが住民を人質に暴れている」とし、「テロリストが軍に危害を加えているから、しかたなく抗戦している」などと強弁している。
詭弁は他にもある。「改革を約束する」と口では言いながら、実際には何もせずに、逆に弾圧を徹底した。万事がこの調子で、例えば「政治犯を釈放する」と発表すれば、釈放した人数の数倍も新たに逮捕した。アサド政権に反体制派と妥協する気などさらさらないことは明らかなのだ。
これはアサド政権からすれば、当然のことだ。アサド政権は極端な独裁政権であり、民主化すれば瞬時に権力を失う。それどころか、これまで多数の国民を殺害してきた責任を問われ、カダフィと同じような運命を辿るだろう。殺人者が生き残るためには、殺人を続ける以外に道はないのだ。
逮捕・拘束された筆者の友人たち
筆者がシリア反体制派のフェイスブック・コミュニティに参加していたことはすでに述べたが、それ以外にも、シリア国内の“友人”たちとも直接コンタクトし、話を聞いた。
実は筆者はまだ学生だった1984年に同国を初めて旅して以来、この国は何度も訪問しており、それなりに古い知己が多い。昨年3月以降、筆者はこうした友人たちと盛んにSNSやヤフー・メッセンジャー、スカイプ、あるいは第三者を介したネット上のルートなどで連絡を保ってきた。シリア当局のネット検閲の影響からか、ときおり“繋がりにくく”なったことはあるが、今日に至るまで連絡ルートが完全に途切れたことは一度もない。
そんな友人の1人、アハマド(仮名)が逮捕されたのは、昨年4月半ばのことだ。仲間たちは必死でその行方を探した。シリアには複数の秘密警察があるが、大統領直属の「総合情報局」(通称「ムハバラート」)あるいは「軍事情報部」「政治治安局」「空軍情報部(注:空軍所属の情報機関だが、実際には大統領直属の秘密工作機関)」あたりに拘束されれば、そのまま密殺される可能性も高かった。
だが、幸いなことに、アハマドは他のデモ参加者とともにアムンの末端部門に捕まっており、1週間の勾留の後、釈放された。アハマドはその後、仲間の助けで海外に逃亡し、欧州を拠点とする反体制活動に加わった。現在は某国にてシリア国民評議会の活動家として活動している。
別の友人であるアリ(仮名)が拘束されたのは、昨年5月半ばのこと。彼は反体制活動家というわけではなかったが、小さな誤解からアムンに逮捕され、なんと4カ月も勾留された。家族が必死で所在を捜し、アムンの担当者に多額の賄賂を渡してなんとか釈放させた。アムン要員の中には、まるで誘拐ビジネスのように、こうして多額のウラ収入を得ている者が少なくなかった。
筆者の友人で殺害された例はまだないが、親族が殺害された友人はいた。サイード(仮名)は、仲のよかった従兄弟が6月初めにムハバラートに逮捕された。従兄弟は数週間後に拷問死体となって発見されたが、その死体の映像もYouTubeでアップされ、筆者も目にした。サイードとはスカイプで直接話したが、筆者はただ話を聞くだけで、慰める言葉すら出なかった。
いずれにせよ、そんな例がシリアでは至るところにあった。それまで政治活動とは無縁の“普通の住民”だったほんの数人の筆者の友人だけでも、このような話は日常的な出来事になっていた。
アサド政権に対する怨念は、もはやシリア全土を覆っており、どれほど弾圧を受けようとも、アサド打倒を叫ぶ声が消えることは、もうこの国では考えられなくなっている。
レバノンの難民キャンプで聞いた弾圧の実態
シリアでは昨年来、基本的には毎週金曜日の礼拝後に街頭デモが行われており、その際に治安部隊の弾圧によって必ず多数の人が殺害される。そして、翌土曜日に犠牲者の追悼集会が行われるが、それもまたシャビーハや治安部隊に襲われ、犠牲者が出る。こうして毎週金曜日と土曜日に大規模な衝突が繰り返されるというパターンになっている。
当初はシャビーハやアムンが中心だった弾圧も、デモの拡大とともにそれでは追いつかなくなり、昨年4月下旬からは陸軍が出動した。それも初めは地域を管轄する各師団が投入されていたが、逃亡兵が続出したため、5月初めにはアサド大統領の実弟マーヘル・アサドが司令官を務める最精鋭部隊「共和国防衛隊」「第4機甲師団」が最前線に投入されるようになった。マーヘル指揮下のこれらの部隊は、シリア各地を転戦し、一般部隊やアムン治安部隊を後方から監視する役目も果たした。
その後のエポックメイクな出来事としては、6月初めに、トルコ国境に近い北部のジスル・アル・シュグールで政府軍が戦車やヘリを投入して町を殲滅し、多数の難民がトルコに脱出した事件がある。
それまでもレバノンやヨルダンに難民が流出していたが、トルコにはこの時、1万人以上の難民が殺到したため、国境近くに大規模な難民キャンプがつくられた。難民問題に取り組んでいるハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが訪問するなど、欧米ではこの問題が大きく取り上げられた。また、この時は軍の兵士の中から、住民への発砲命令を拒否したために処刑された者が多く出たとみられる。
翌7月、筆者はシリア情勢を取材するため、中東に飛んだ。シリアには入国できないため、隣国のレバノンに入った。
レバノンでは、まずはシリア国境のワディ・ハレド地区を訪れ、国境線の様子と難民収容所を取材した。オリーブ畑が点在する丘陵地帯の、幅5メートルほどの小さな川が国境だったが、当時はまだシリア軍と秘密警察の監視が厳しく、国境を越えることは断念した。
難民収容所では、生々しい弾圧の様子を聞いた。顔面や頭部にもの凄い傷跡を残す若者は、「デモ参加中にナイフで切られ、病院に運び込まれたが、そこにもアムンがいて病院内で激しい暴行を受けた」と証言した。
難民の伝手により、レバノン北部に潜伏中の反体制活動家とも会った。ダマスカス近郊のキスウェという町の反体制指導者だった大学教授で、秘密警察に追われてちょうどレバノンに逃げてきたばかりだった。絶対に身元は明かせないというその活動家は、怒りに震えながら、こう断言した。
「大量殺人を命じた責任者はアサドだ。彼を権力の座から引きずり降ろすまで、シリア国民は決して諦めない」
反政府活動を世界に発信するイドリビー氏の試み
首都ベイルートでは、シリア国内のデモを主催・調整している「シリア地域調整委員会」の公式スポークスマンであるオマル・イドリビー氏を取材した。反体制派の幹部のほとんどは、家族に累が及ぶのを恐れて実名を公表していないのだが、ホムス出身ですでに人権活動家として身元が割れているイドリビー氏は、アルジャジーラにたびたび登場するなど、実名で活動する数少ないリーダーのひとりだった。
筆者は同委員会の公式フェイスブックを経由してイドリビー氏と接触したが、やはりシリア秘密警察に狙われているということで、市内の隠れアジトでの会見となった。
イドリビー氏は、反政府デモの当初から“仕掛け人”として関わっていた。YouTubeを活用することは以前から仲間たちと計画していたことで、彼自身が3月15日のダマスカスの最初のデモに参加し、その様子を隠しカメラで撮影してネットにアップしていた。
その後、秘密警察に追われてベイルートに拠点を移したが、彼はそこで、シリア国内から持ち出されてくる映像を精査し、YouTubeにアップしたり、国際メディアに提供したりする活動を続けていた。
筆者にとって意外だったのは、彼らはネットの迂回路か衛星回線を通じて映像データを持ち出しているのかと想像していたのだが、実際には仲間たちが毎日のように密入国を繰り返し、自らの手でデータを持ち出しているということだった。
その頃、シリアでは軍からの末端兵士の離脱が相次いでいて、反体制派の中からも武装闘争を主張する声が高まっていた。イドリビー氏はそれに対して「内戦になれば、さらに大きな犠牲が出る」として反対の論陣を張っていた。彼はあくまで平和的なデモを続け、その様子をインターネットで世界に発信することで国際社会を動かし、アサド政権の自壊を誘引するというソフトランディングを主張していた。
しかし、今から思えば、結果的には彼の望んだ方向には状況は動かなかった。デモはその後も続けられたが、アサド政権はただ弾圧を徹底するだけだった。独裁体制は揺らぐことなく、弾圧の犠牲者はそれからも増加し続けた。
「論より証拠」の衝撃的な弾圧映像
ここまで読んで、筆者が一方的に反体制派に肩入れしすぎていると感じた読者の方も、おそらくいることと思う。筆者がシリア問題に関して、このようなスタンスを取っているには、明確な理由がある。あの国で現実に起きていることを、膨大な量のYouTube映像で確認しているからである。
もちろん反体制派の中にも、血気にはやる暴力的な若者が皆無だったわけではないだろう。しかし、反体制デモが、アサド政権が言うような「一部のテロリスト」によるものなどでないことは、シリア全土から毎日アップされる映像を見れば一目瞭然だ。一部にはアサド政権賛美の官製デモの映像もあるが、「参加しないと命が危ない」デモと、「参加すると命が危ない」デモでは、どちらが真実の声なのかは言うまでもない。
個々の映像の一つひとつは、たしかに“現実のほんの一部”であり、かつ“一方的な視点”からのものだが、それが毎日、何十点もの数で発信され続ければ、これはもう現実そのものであることを疑う余地はない。筆者は昨年3月以来ほぼ毎日欠かさず数十点のこうした映像を見てきた。合計すればもう数千点になる。
論より証拠。すでに昨年春の時点で発信されていた映像を、何点か紹介しておこう。テレビのニュースでは、数ある映像の中から、お茶の間でも流せる当たり障りのないものだけがセレクトされているが、それでは現場のリアルが伝わらない。
いずれも衝撃的な映像だが、ぜひ一人でも多くの人に見ていただき、あの国で今、現在進行形で起きていることを知っていただきたいと思う。
▽総合治安局による住民襲撃(2011年3月22日・ダラア)
http://www.youtube.com/watch?v=TtrJzMwDfqU&feature=player_embedde
▽撃たれた犠牲者(4月8日・ダラア)
(注:残虐なシーンがあります。流血が苦手な方は見ないでください)
http://www.youtube.com/watch?v=J4YknWt0TSc&feature=channel_video_title
▽総合治安局に暴行を受ける住民(4月9日・ダラア)
http://www.youtube.com/watch?v=RlW3vt6wUxY&feature=channel_video_title
▽弾圧する治安部隊(4月9日・ダラア)
http://www.youtube.com/watch?v=WoofTCKiA2w&feature=channel_video_title
▽装甲車に立ち向かう若者たち(4月13日発信・バニアス)
http://www.youtube.com/watch?v=ErbscPXRYJE&feature=related
▽犠牲者を救出(4月22日・バイヤーダ)
http://www.youtube.com/watch?v=-CDKR1WZIaQ&feature=channel_video_title
▽犠牲者を救出(4月22日・ザマルカ)
(注:残虐なシーンがあります。流血の苦手な方は見ないでください)
http://www.youtube.com/watch?v=-2MjSkThWgk&feature=channel_video_title
▽住民弾圧(4月22日・イズラア)
(注:筆者がもっとも衝撃を受けた映像です。シリアで起きている現実をこれほど強烈に語る映像はありません。ただし、きわめて残虐なシーンがありますので、流血が苦手な方は絶対に見ないでください)
http://www.youtube.com/watch?v=ewn5FdpN_Wo&feature=channel_video_title
▽反政府大集会(4月28日・ジャアシム)
http://www.youtube.com/watch?v=zN0kGIEjnEg&feature=relmfu
▽銃撃される住民(4月29日・ホラン)
(注:残虐なシーンがあります。流血の苦手な方は見ないでください)
http://www.youtube.com/watch?v=I4IKARCAwyM&feature=channel_video_title
▽デモ隊 vs 治安部隊(4月30日発信・ホムス)
http://www.youtube.com/watch?v=aE7Ig5SAaY4&feature=channel_video_title
▽デモ隊 vs 軍(5月20日・ホムス)
http://www.youtube.com/watch?v=35GU7H3uhvU
▽発砲する治安部隊(5月20日・ハマ)
http://www.youtube.com/watch?v=YORrq2SXWb4&feature=related
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34633
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