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アジア・国際>ニュースを斬る
シカゴ首脳会議はNATO漂流のプレリュードに
その存在意義はもはや失われた
2012年5月25日 金曜日 菅原 出
これほど中味に乏しかった国際会議は珍しい。5月20〜21日に、オバマ大統領の地元シカゴで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議のことである。
NATOは、米国と欧州諸国が中心となって結成している世界最大の軍事同盟。その首脳が集まる会議なのだから、その決定事項は、将来の世界の安全保障を左右するインパクトを持ちそうなものである。しかし、そんなニュースは一切出なかった。世界のメディアは会議閉幕の翌日、「NATO戦闘部隊“2013年”にアフガンから撤退」「深刻化する米・パキスタン関係悪化」を報じただけだった。
新しいこと、具体的な中味のあること、長期的な将来のことは、ほとんど議論されなかった。内部の不信感や後ろ向きの関係を取り繕うような、抽象的なコンセプトや美辞麗句ばかりが躍った。後世の歴史家は、このシカゴ首脳会議をNATOが目標を失い、漂流と衰退が始まった決定的な分岐点と位置づけるかもしれない。
華々しく発表された「スマート・ディフェンス」の本質
2日間の会議の1日目は、アフガニスタン問題以外の懸案事項について話し合った。オバマ大統領の言葉を借りれば、NATO同盟国は「今後10年間の防衛能力を強化するための一連のステップに合意した」。
「一連のステップ」の一つは、欧州におけるミサイル防衛網のことだ。NATOはブッシュ前政権の頃から、弾道ミサイル攻撃から欧州全域を防衛するミサイル防衛網の整備を進めてきた。
今回NATOはその第1段階として、ミサイル防衛システムが「暫定的に運用可能になった」(NATOのアンデルス・ラスムセン事務総長)ことを宣言した。米国がトルコで運用していたレーダーシステムの指揮権をNATOの司令部に移譲し、米艦船に搭載されているミサイル防衛システムをNATOが直接指揮できるようにしたのである。
だが、実態として何かが変わったわけでも、新しいことが決まったわけでもない。コンセプトに多少の変化はあったものの、これはブッシュ時代から続いている話で、米国のつくった防衛システムを配備するというだけのことである。
日本のメディアの多くが「初期段階の運用開始を宣言」と報じたが、正確には「暫定的に運用可能」になっただけだ。「初期段階の運用開始は2015年」までに達成するめどは変わっておらず、フル稼働はさらに先の2018年の予定である。
「一連のステップ」のもう一つの「目玉」は、「NATO同盟対地監視システム(Alliance Ground Surveillance system:AGS)」の導入である。これは無人機を飛ばして敵の地上での活動を監視し、敵の動向に関する情報をリアルタイムで伝達するシステムである。対リビア戦争の際に米軍が運用して脚光を浴びた。NATOは、このシステムで使う無人機「グローバルホーク」5機を、米大手兵器メーカーのノースロップ・グラマン社から17億ドルで購入する契約に調印した。首脳会議ではこの調印式が大々的に催された。
ラスムセン事務総長は、このミサイル防衛やAGSがNATOの掲げる「スマート・ディフェンス」戦略の代表例だと胸を張る。だが、その実態は「お金がないので共同でお金を出し合って米国の兵器を買う」という程度のことにすぎない。要するに、いずれの加盟国も財政難で苦しいので、共同で出資して能力を共有しようというものである。
ミサイル防衛とAGS導入で米国に媚び
しかもNATOが今回AGSシステムの導入に踏み切ったのも、米国が「これくらい自前で用意しろ」と迫ったからであった。米国は、リビア戦争を通じて、欧州勢のあまりのふがいなさに激怒していた。
昨年6月10日のNATO国防相会議で、当時のロバート・ゲーツ米国防長官が何と言ったか思い出してみよう。ゲーツ長官は、リビア戦争におけるNATO加盟国の対応に不満をぶちまけた。加盟国28カ国すべてが作戦を支持したにもかかわらず、実際の軍事作戦に参加したのは14カ国だけ。さらに「攻撃」に参加したのは8カ国にすぎなかった。
加えてゲーツ長官は、多くの加盟国が合同で軍事作戦を実施するための能力を満たしていないこと、すなわち、欧州諸国がAGSシステムを持っていないために、情報面で米国に過剰に依存していると批判した。「とりわけインテリジェンス、監視や偵察などの能力が欠如しているため、より多くの同盟国が参加する道が阻まれている。どんなに最先端の戦闘機を持っていたとしても、軍事目標を識別し、情報を分析してターゲットを叩く統合された作戦を遂行するためのシステムを持っていなければ意味をなさない」。
ゲーツ長官は、「将来にわたって、米国がインテリジェンス面の支援を続ける保証はない」と、NATOの同盟国にいわば最後通牒を突きつけていたのである。
NATO諸国は、ゲーツ長官に公の場でここまで言われ、しかも、欧州へのコミットをやめてアジア太平洋へシフトすることをあれだけ明確に宣言されてはじめて、グローバルホークを5機買った。これが実態であろう。
米国がアジア太平洋に向けて軍事的リソースを大きくシフトしている中で、NATO同盟国の動きは鈍い。ミサイル防衛とAGSを導入することで何とか米国の関心を引きとめようとしているだけで、将来の任務に関わる新たなテーマはほとんど議論していない。
今回のNATO首脳会議は、本来なら、2014年以後の世界情勢にNATOがどのように対応していくのか、それぞれの国がどのような役割を担うべきか、について議論すべきだった。それにもかかわらず、マケドニアやグルジアなどの新たな加盟を含めたNATO拡大は議題にすら載せなかった。流血の内戦が続くシリアへの介入もはじめから否定しており、当面新たな任務に乗り出すつもりはなさそうである。
新たな任務を模索したポスト冷戦時代
新たな任務がない……。この現実はNATOの存在意義にかかわる深刻な問題である。現在のNATOが置かれている立場を理解するために、冷戦後のNATOの活動を振り返ってみよう。
そもそもNATOは、1949年に西側自由主義陣営の多国間軍事同盟として発足した。当時のソビエト連邦を中心とする共産主義圏に対抗するためだ。冷戦時代は、東側陣営という明確な「敵」が存在したため、NATOはその共通の敵に対抗する軍事同盟としての明確な機能を持っていた。
しかし1991年にソ連が崩壊し、共産主義勢力という敵が消滅してしまうと、NATOは新たな存在意義を模索する必要性に迫られた。そこで「新戦略概念」という新しいコンセプトを策定した。周辺地域における紛争を新たな脅威と位置づけ、域内外の紛争予防や危機管理を主たる任務としたのである。
ちょうど1992年にはボスニア・ヘルツェゴビナで内戦、99年にはコソボ紛争が勃発し、欧州域内における安全保障上の脅威が明らかになった。NATOはこうした新たな危機事態に対処する任務を帯びた。99年にはセルビアに対して制裁のための空爆を行うなど、NATO初の軍事行動も展開した。
90年代の後半は、冷戦時代に共産主義陣営にあった旧東側諸国をNATOに取り込んでいく、いわゆる「NATOの東方拡大」が進んだ時期であった。旧東側諸国に市場経済が導入され、新たな投資機会が拡大するのに合わせ、NATOはこれらの国々を新加盟国として飲み、西側の兵器システムの市場を広げた。さらにロシアを牽制するという一石二鳥を狙った戦略だった。
2001年9月11日に米同時多発テロが発生すると、NATOはなんと、遠く離れたアフガニスタンでの軍事紛争に介入。国際テロ組織アルカイダや武装反乱勢力タリバンとの「対テロ戦争」という新たな戦いに突入した。
こうした経緯を経て、NATOは今、アフガニスタン作戦をどのように終結させるかに最大の関心を寄せている。シカゴで開催されたNATO首脳会議の2日目はアフガニスタン問題についてのみ話し合われた。
また早まったNATOアフガンからの撤退
オバマ大統領は首脳会議終了後の記者会見で次のように述べ、「幕引き」のための具体的なスケジュールについて説明した。
「我々はアフガニスタン戦争の幕を責任のある形で引くための計画に合意した。その計画とは、アフガン治安部隊を訓練し、アフガン人に権限を移譲し、われわれの戦闘任務終了後も継続していけるパートナーシップを構築することだ」
「我々はアフガン治安部隊が2013年半ばには戦闘任務を主導することで合意に達した。その頃にはNATOの部隊は、アフガニスタンのすべての地域で戦闘から支援へと役割をシフトさせる」
この発表は、アフガニスタンからのNATO軍の撤退のペースがまた早まったことを意味している。2010年11月にリスボンで開催された前回のNATO首脳会議では、「2014年末までに戦闘任務から支援任務に移行し、アフガン治安部隊への権限移譲を終わらせる」となっていた。その後、任務の移行は1年間早まり2013年末までとなった。今回「2013年半ばまで」と、また少し早まっているのである。しかも「半ば」がいつを指すのか不明である。日本のメディアは、撤退ペースの変化にあまり注目しなかった。
今回のNATO首脳会議では、どのタイミングでどれくらいの規模の部隊を撤退させるのか、具体的な数字は発表されなかった。「2013年半ば」を6月と仮定すると、NATOは今から約1年後にはアフガニスタン全土で戦闘任務を終了させて支援任務に移行する。すべての戦闘作戦でアフガン治安部隊に主導権をとらせることになる。戦闘任務から支援任務に移行させるということは、戦闘部隊の一部撤退も意味している。
オバマ政権はこれまでに、2012年9月までに2万3000人を撤退させることを決定している。しかし、それ以降、残りの6万8000人をどのようなペースで撤退させるかは明らかにしていなかった。しかし今回の発表により、今年の9月以降、2013年6月までに6万8000人のうち「戦闘部隊」に当たる部隊が撤収することになる。戦闘と訓練を同じ部隊が行う場合もあるので正確な数字は分からない。しかし、撤退のペースがさらに加速する可能性が高い。
存在意義が問われるNATO
フランスのフランソワ・オランド新大統領は、アフガンに派兵しているフランス兵を2012年末までに撤収させることを公約にして大統領選に勝利した。首脳会議直前のオバマ大統領との会談でも、オランド大統領は「今年末までに3300人の仏軍兵士を撤退させる」計画を堅持した。
NATO全体の撤退ペースも、加速することはあっても遅くなることはないだろう。この流れはもはや不可逆的になっている。
さらに今回の首脳会議では、アフガニスタンに対する今後の支援について、どの国も積極的に手を挙げようとせず、及び腰であることが明白だった。
オバマ大統領は、次のようにと述べたが、これは単なる外交辞令である。「2014年以後もNATOは、アフガン部隊が強力になるのに応じて訓練、助言そしてさまざまな支援を継続する。この首脳会議は支援の額を表明するための会議ではないもかかわらず、たくさんの国々が、今後数年間にわたって、アフガニスタンの進歩を持続させるために多大な資金を援助すると表明した。このことに勇気づけられている」。
オバマ政権は本当は、2014年以降にアフガン治安機関を訓練するための資金がなくて困っている。なんとか少しでも資金を拠出してくれるよう、参加国に懇願して回っているのが実情だ。
NATOは現在、以下の人員計画を立てている。オバマ政権はそのための資金の見通しをつけたいと考えていた。2012年中にアフガン治安部隊を35万2000人にまで拡大し、それを2014年まで維持する。それから徐々に規模を縮小して、2015年からは22万8000人規模にまでスリムダウンさせる。この22万8000人規模のアフガン治安部隊を最低2017年まで維持する。
この規模の治安部隊を維持する経費は、米国の見積もりでは年間に41億ドルかかる。そのうちアフガン政府が自分で負担できるのは50万ドル程度であり、残りは国際社会から集めなくてはならない。
今回の首脳会議を前に英国は1億1200万ドル、ドイツは1億9100万ドルの支援を表明した。首脳会議の閉幕までにカナダ、オーストラリア、デンマークやイタリアも支援を表明した。それでも、まだ全部で10億ドル程度だという。
このままでは米国が経費の半分以上を負担しなくてはならない。消極的な「同盟国」の尻を叩きながら、アフガン治安部隊を維持するための協力をなんとか得ようと米国が駆けずり回っている、というのが実態である。
軍事作戦を中途半端にしたまま、アフガンから撤退へ
オバマ大統領やNATO指導部は、「アフガン作戦の成功」「責任ある終結」を強調する。しかし、撤退ペースがどんどん早まっていることを考えると、軍事作戦を中途半端にしたまま、準備不足のアフガン治安部隊に引き継いで撤退することになるのは確実だ。
NATOのアフガニスタンにおける任務は当初、次の4ステップとされていた。第1段階は「クリア」、つまり敵を掃討すること。第2段階は「ホールド」。敵を掃討した地域の安全をしっかりと「堅持」する。その上で第3段階の「ビルド(建設)」、つまり国家建設に進む。そうした基盤を整備した上で、第4段階の「トランジッション(転移)」、つまりアフガン治安部隊への移譲を行う。
しかし、オバマ政権はすぐに「ビルド」は無理だということに気づき、「クリア→ホールド→トランジッション」の3段階に、移行手順を簡略化した。
さらに、ここに来て米国は、アフガン治安部隊への権限移譲をさらに早める計画を明らかにした。ジョン・アレン アフガニスタン駐留米軍司令官は4月の議会で、「クリアしたら即トランジッションする」と証言したのだ。つまり、米軍がタリバンを追い散らした後、その地域の治安を一定期間「堅持」することはせずに、一気に「転移」する、というのだ。ここまで来ると、もはや戦略ではなく、一か八かの賭けになっている。
NATO首脳会議終了後の記者会見で、記者がオバマ大統領に「もし早まった撤退であることが明らかになった場合、米軍を再派遣する可能性はあるのか?」と質問した。これに対する同大統領の答えが非常に興味深い。
「これですべての任務は終了した、これで完璧だ、さあ、荷物をまとめて帰れる、と言えるような最適な瞬間が来るとは思わない。これは過程であり、イラクの時もそうだったが、時に混沌としたものになる。(中略)我々はあそこにもう10年もいるんだ。我々は既に、2013年の権限移譲に向けて動き出している。しかも完全な移譲はほぼ2年先だ。それにアフガン治安部隊だって、責任をとる過程をどこかで開始しなければいつまでたっても準備万端にならないだろう」
「率直に言って、我々がアフガニスタンに大規模な部隊を置くことは、長い目で見れば逆効果になる。我々はもうあそこに10年もいるのだ。我々の兵士や外交官や文民たちがどれだけ素晴らしかったとしても、10年間もいれば話は変わってくる。我が国の重荷になるだけではない。アフガニスタンにとっても、主権というセンシティブな問題にかかわってくる」
つまり、もう何があっても撤退の方針は変わらないということである。NATO加盟国は皆、治安権限をアフガン部隊に移譲してもうまく行かないことを知っている。しかし、これから先、その真実に目をつぶり、「任務終了」「成功」のオブラートで包んで撤収を進めることになる。それぞれ国内事情が優先である。
こうした後ろ向きの状態で、2014年以後に向けた新たな任務の話ができるはずがない。今後NATO加盟国が域外の任務に出ていく可能性は、極めて低くなると言わざるを得ない。
そうなると「NATOという軍事同盟の役割は?」「存在の意味はどこにあるのか?」を問わざるを得なくなる。NATOをすぐに解体するようなことにはならないだろう。けれども、歴史的な文脈の中で現在のNATOを見れば、もはやその存在意義は失われていると言っても過言ではない。NATOシカゴ首脳会議はその現実を如実に表したと言えるのではないだろうか。
新たな目標を見い出せなかったNATOシカゴ首脳会議は、NATO漂流のプレリュードとして記録されることになるかもしれない。
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菅原 出(すがわら・いずる)
1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。
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