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『from 911/USAレポート』第565回     「アフガンでの米兵銃乱射事件とオバマ政権の困難」
http://www.asyura2.com/12/warb9/msg/111.html
投稿者 MR 日時 2012 年 3 月 17 日 14:12:09: cT5Wxjlo3Xe3.
 

 『from 911/USAレポート』第565回

    「アフガンでの米兵銃乱射事件とオバマ政権の困難」

    ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』               第565回
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 アフガン派兵軍の米兵が3月11日の日曜日に、勝手に兵舎を抜け出し、カンダハ
ール郊外の地元民の住宅に押し入り、銃を乱射し女性や子供など16人を殺害したと
いう事件は、現場のアフガンだけでなく、アメリカでも大きな衝撃と共に伝えられて
います。

 事態を重く見たオバマ政権は直後に、パネッタ国防長官をアフガンに派遣(事件の
前から予定されていた訪問という発表もありますが、真相は不明)して、派遣軍の中
に広がる動揺を抑えるとともに、オバマ大統領はアフガンのカルザイ大統領に対して
電話で謝罪するなど、必死の対応が続いています。

 それにしても、毛布にくるまった子供の遺体を含む事件直後の映像は、何とも言え
ないインパクトがあります。一体、この兵士には何が起きたのでしょう? 米軍は極
めて慎重になっています。兵士の身元は軍事法廷で起訴されるまでは厳秘だそうです
し、38歳という兵士の家族(妻と二人の子供)は「保安上の理由」により基地内で
保護という名の拘束を受けているようです。

 事件当初まず指摘されたのは、この犯人が所属していた米本土ワシントン州にある
「ルイス=マコート連合基地」が事件のカギを握っているのではないかと言う点です。
特に『シアトル・タイムス』などの地元メディアでは、この基地に在籍している兵士
が、DVや自殺、あるいは一般市民を巻き込んだ乱射事件など度重なる不祥事を起こ
していることから、非常に詳細な報道を続けています。

 アフガンでは米兵による不祥事が後を絶ちません。コーラン焼却事件は大きな暴動
を引き起こしましたし、タリバン兵の遺体に対する侮辱事件なども起きています。そ
うした一連の事件の背景には、PTSDを発症した兵士が早期に再派兵の対象になっ
てしまう問題があるようです。

 ちなみに、事件直後から現地では「アフガニスタンの地での処刑を」という声が高
まっており、現地入りしたパネッタ国防長官も、「事実関係が報道の通りであれば死
刑が適当」という発言を行なっています。ところが、報道によると、この兵士は14
日の水曜日にアフガンからクエイトに護送されているそうです。カルザイ大統領は早
速抗議をしていますが、形として米軍からISAF(NATOと共に構成する国際治
安支援部隊)に出向しており、このISAFによる軍事法廷容疑者の保護拘束の基準
からすると、そうせざるを得なかったというのです。

 とりあえず、これが事件発生直後の状況です。とにかく大変な事件が起きてしまい
ました。

 その後の動きですが、まずアフガンでは、カルザイ政権がISAFに距離を置き始
めています。事件への反発に加えて、容疑者をさっさとクエイトに護送してしまった
ことへの反発が世論に広がる中、アメリカが「据えた」政権ではあっても、アメリカ
とNATOから距離を置かなくては求心力を維持できないでしょう。アメリカはタリ
バンとの将来的な和平を模索した交渉を続けてきましたが、タリバン側からは今週一
切の交渉に応じないという通告も出ています。

 次にISAFつまり、米国とNATOのアフガン派遣軍としては、事件を受けて動
揺していると見て良いでしょう。パネッタ長官が飛んできたのも、何よりも現場の士
気を維持するためですが、そのパネッタ長官を狙ったと思われるテロが空港で発生
(長官は無事でしたが)するなど、事態は非常に厳しいと言わざるを得ません。

 アメリカ以外のNATOの側も、これで更に厭戦ムードが加速するでしょう。丁度
今週は英国のキャメロン首相がオバマとの首脳会談に来米していますが、恐らくアフ
ガンからの撤兵問題で相当に突っ込んだやり取りがあったものと思われます。勿論、
2014年の撤兵を繰り上げる方向での検討ということです。

 厭戦気分というと、何か退廃的な印象を与えますが、実際問題としてこうした事件
が起きてしまった以上、アフガンでの治安維持であるとか、戦局を有利に持っていき
ながらの段階的撤兵というのは難しくなってきたように思います。

 一つには前線の士気の問題があります。パネッタ長官が「死刑もやむなし」という
発言に至ったのには、アフガンの現況を考えると、どうしようもない必然性があるわ
けです。ですが、米軍の立場からすれば、戦闘を通じてPTSDなどの症状が出て、
結局それでも前線に派兵されて、それが最悪の事態になったからと言って、それで死
刑はないだろうという思いが出てくるのではないかと思います。

 また、軍事法廷で一般の市民社会並みの責任能力チェックということになれば、
「先に死刑ありき」という裁判もまた不可能でしょう。そんなことをすれば、それこ
そアフガン派遣軍だけでなく、ワシントン州の基地で治療を受けている兵士たちなど、
軍全体の広範な士気に関わるからです。

 この問題に関しては、この兵士がアカデミー作品賞を受賞した映画『ハート・ロッ
カー』で有名になったTBI(トラウマティック・ブレーン・インジャリー=外傷性
脳損傷)であったという報道が事件直後にはありました。ただ、その後には報道では、
PTSDであるという表現、あるいはもっと「ぼかした」表現に変わったり報道は揺
れ動いています。

 ここで、PTSDとTBIの違いに関してですが、これまでの経緯としては、まず
イラク戦争帰還兵のPTSDが大きな問題になっていました。悲惨な戦場での経験、
特に殺す・殺されるという恐怖感の連続する環境が、多くの帰還兵を悲惨な症状に追
い込んだのです。その一方で、TBIというのは比較的新しい概念です。同じTBI
でも実際に頭部に目に見える外傷のある、例えば頭蓋骨陥没などを伴っているものは
昔もありました。

 ですが、イラク戦争以降で問題になっているのは道路脇の爆弾テロなどによる「音
速を越える」という爆風に兵士が晒された際の問題です。分厚いヘルメットや戦闘服
で保護していれば良いとは言えず、比重の重いもので防御していても衝撃波は伝播し
て、脳内の神経系統を麻痺させるというケース(医学的にはまだ完全にメカニズムが
解明されたわけではないのですが)が問題になっています。

 つまり、外見からは分からないが、脳には明らかに異常が起きており、場合によっ
てはCTのイメージなどで損傷が分かるケースもあるわけです。PTSDでは、妄想
や幻覚、不安感情といった症状が多い一方で、この「見えない」TBIでは言語障害
や平衡感覚の異常などより脳の基本的な機能でのトラブルがあるとも言われています。

 当初はPTSDに比べて、TBIへの対策や症状の認知が遅れていたのですが、こ
こ数年は患者や家族の運動の成果もあって、軍や社会での認知は進んでいます。です
が、ここに大きな問題があるように思います。

 例えば今回の事件に関する責任能力ですが、PTSDならあるのか、TBIならど
うなのかという点は、非常に難しいように思います。漠然としたイメージとしては、
「外傷」のあるTBIの方が深刻であり、深刻だとすれば本人の責任能力は問えない
一方で、ではどうしてそんな症状の人間を再派兵したのかという責任問題は増すよう
に思います。

 その一方で、仮に幼い子供を含めた非戦闘員への攻撃という異常行動の背景には、
何らかの心的な外傷から発展した統合失調症的な症状があるとすれば、TBIという
よりもPTSD的な問題ではないかという見方もあるわけです。ではその場合の責任
能力はどうなのか、これも難問です。

 そんな中、16日には狙撃犯である二等軍曹のヘンリー・ブラウンという弁護人か
ら、具体的なコメントが出ています。ブラウン弁護人には、「この事件はアフガンの
世論や戦争の行方など大きな可能性の中の特殊な事件だということは十分に認識して
おり、死刑が要求されている事情も理解している」と断った上で、この二等軍曹がT
BIとPTSDの二重の治療を受けていたということを明かしています。

 ブラウン弁護人によれば、イラクへの派兵は合計3回あり、その際に「2010年
に爆弾攻撃による車両横転事故に遭ってTBIを受傷」しているそうです。また派兵
経験全体としてPTSDの症状も見られるために、そちらの治療も受けていたといい
ます。また最初の方のイラク派兵の際には、下肢に受傷して「切断治療」も受けてい
るというのです。

 このブラウンという弁護人も、勿論市民社会における被告の代理人というニュアン
スとは異なる軍内部の人間ですから、発言を100%信用するわけには行きません。
ですが、仮にこのコメントの通りだとすれば、下肢を失い帰国した後に何度もイラク
に派兵され、後には爆弾攻撃で車両転覆の際に脳の損傷も受け、結果的にPTSDと
TBIのダブルで治療中であった人間を、今度はアフガンに再派兵したところ、今回
の事件を起こしたというストーリーになります。

 では、仮にこうした話が事実であったとして、どうして軍はこの男をアフガンの最
前線に送ったのでしょうか? 三つの可能性があります。一つは、「このぐらい」の
状態・症状の人間なら再派兵しなくてはならないほど兵士が足りないという事情。二
つ目には、この二等軍曹がスナイパー(狙撃手)として優秀であった可能性。三つ目
には、何らかの事情で本人が再派兵を志願した可能性です。もしかしたら、こうした
事情が組み合わさっているのかもしれません。

 また、ブラウン弁護人によれば、事件の前日に敵側の攻撃があり、攻撃を受けたシ
ョックなどが事件の引き金になった可能性も指摘されています。尚、乱射事件での犠
牲者は子供9名、成人女性3名、成人男性2名の16名で、一つの村の一軒を襲撃後、
更に移動して数キロ先のもう一軒を襲撃したという事実関係の情報もあります。
(こちらはブラウン氏ではなく、アフガンからの情報としてCNNが紹介した内容)

 そんなわけで、この問題についてどのように真相が解明されていくのかは、全く予
断を許さないように思います。ですが、アフガンの人々の側からすれば、犯人がどん
な症状であったかなどということは、重要ではないわけで、要するに米兵が大量殺戮
をしたというだけです。

 一方で米軍の側では、アフガンの世論を意識した場合には死刑が視野に入ってくる、
一方で症状が重度の人間だった場合は責任能力は問えない、またそんな人間をどうし
て再々度派兵したのか、など非常に根深い問題になるわけで、いずれにしても、今後
の捜査と法廷は非常に困難なものとなる可能性があります。

 さて、現在は大統領選へ向けて、共和党の候補者選びが佳境を迎えています。火曜
日の13日には、アラバマ州とミシシッピ州という南部の二州で予備選が行われ、予
想に反してこの二州をリック・サントラム候補が連取しました。勿論、獲得代議員数
ではロムニー候補が着実に点数を稼いでいるので、大きな情勢に変化はないのですが、
仮にギングリッチ陣営がサントラムに合流して、政治的に中間的な大規模州でロムニ
ーを脅かすと分からなくなります。

 共和党というと、このアフガン戦争を開始したのはブッシュ大統領ですし、そのブ
ッシュ政権は「戦時の結束」を訴えて8年の任期を全うしているわけです。この8年
を通じて、「共和党=好戦的なタカ派」というイメージが世界では出来上がっている
わけです。では、現在のアフガン戦争についてはどうかというと、共和党の四人の候
補は非常に消極的です。

 今回の事件を受けたリアクションとしても、サントラム候補は「戦略の見直しが必
要で、場合によっては2014年の撤退を前倒しすることも」という言い方、ギング
リッチ候補は「アフガンでの任務遂行はもはや不可能」、政府機能の極小化を主張す
るリバタリアンのロン・ポール候補に至っては最初からアフガン戦争の意義を認めて
いません。

 本命のロムニー候補は「軍事上の判断は派遣軍の具申に伴う統合参謀本部の決定を
尊重することを基本としたい」とか「一人の人間の異常な行動で米国の軍事戦略を左
右することはしない」と事件に対して「クール」に振舞っていますが、この問題に関
してはその冷静さが「強さ」というよりは「古臭さ」という印象を与えてしまってい
ます。そのぐらい、共和党内部には撤兵論が強いのです。

 ギングリッチ候補に至っては「アフガンだけでなく、中東地域全般の安定について
もアメリカはもう責任を負い切れない。中国やインドに応分の負担をしてもらう時期
だ」などという、まるで往年のモンロー主義のような発言もしているのです。そのぐ
らい共和党は変化しています。

 この点に関しては、オバマ大統領の立場性は非常に微妙です。オバマは2004年
に上院議員に当選して以来、イラク戦争への批判で支持を集めてきたわけです。です
が、アフガンに関しては、再三この欄でお話ししてきたように「イラク戦争は間違い
だが、アフガン戦争は正しい反テロの戦いだ」という立場で一貫してきました。

 2009年秋に、自身がノーベル平和賞を受けたにも関わらず、アフガン増派を決
定したり、2011年にはオサマ・ビンラディンの殺害を命じたりしたことで、アフ
ガンの問題には言動を一致させてきた形です。ということは、今はもうアフガンとい
うのは「オバマの戦争」になっているのです。ですから今回の一大不祥事も、政治的
な責任からオバマは逃げることはできません。

 では、この問題がズルズルと尾を引く中で、前線の士気は上がらないままタリバン
が攻勢を強め、カルザイ政権にはどんどん距離を置かれ、撤兵時期は繰り上げるしか
なくなったとして、今年11月の大統領選挙で、オバマが負ける可能性はどのぐらい
あるのでしょうか?

 実は、こうした「最悪のシナリオ」についてアメリカの世論はもう「織り込み済み」
なのだと思います。他でもない反対党であり、そして戦争を開始した責任のある共和
党ですら早期撤兵を主張しているということもありますが、アメリカの世論は「もう
殺戮も交戦も何もかも止めて欲しい。それ以上に戦費の流出を止めて欲しい」という
心情で固まりつつあるからです。

 従って、今週もそうであったように、今後もアメリカの経済指標や市場がどんどん
好転し続け、特に雇用統計の数字が改善して、夏から秋にかけて失業率も7%台に下
がってくるようですと、オバマの再選は相当程度の可能性になってくると思います。

 この辺は非常に敏感で、例えばここのところのオバマの支持率はやや下降気味なの
ですが、それは「ガソリンの高騰」が足を引っ張っているからのようで、とにかく雇
用と物価という生活実感への関心がものすごく高いわけです。逆に失業率が改善すれ
ば、その意味は大きいのです。

 そうは言っても、この「アフガンという闇」そして「近代のゲリラ戦の標的にされ
たという暗黒の経験」にアメリカは傷ついています。実務的な対応の失敗や、軽率な
発言ということが続けば、オバマの支持率が急降下する可能性は十分にあると思いま
す。また、軍の内部に健康管理や全体の士気など複雑な問題を抱える中では、イラン
にしてもシリアにしても、新たな軍事作戦というのは非常に難しくなるでしょう。

 いずれにしても、2001年10月に開始され、11年と5ヶ月を経過したアフガ
ン戦争は重大な局面を迎えました。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media]                No.679 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】100,039部
【WEB】   ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )   

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