03. 2013年4月09日 00:55:28
: xEBOc6ttRg
武器取引に法的正当性を与える武器貿易条約完璧ではないが歴史的な一歩 2013年4月8日(月) 森 永輔 4月2日の国連総会で武器取引条約が採択された。通常兵器の取引を規制する初めての国際条約だ。テロリストなどに武器が渡ることを防ぐ効果が見込まれる。ただし、不十分な点も多い。日本が規制の現場に携われる環境を作ることが望まれる。安全保障論(軍備管理)の専門家、佐藤丙午・拓殖大学教授に聞いた。 (聞き手=森 永輔) 4月2日の国連総会で武器取引条約(ATT)が採択されました。これは、どのような条約なのでしょう? 佐藤:これは通常兵器の取引に法的地位を与える、つまり合法化するための条約です。 佐藤 丙午(さとう・へいご) 拓殖大学海外事情研究所教授。前防衛庁防衛研究所主任研究官。一橋大学大学院修了(博士)。専門は、国際関係論、安全保障論、アメリカ政治外交。 禁止を目指すのではなく、合法化を目指すのですか?
佐藤:そうです。ただし、武器取引は、一定の条件の下に禁止される行為となります。 現在の武器取引は何が合法で何が不法なのかの区別がありません。合法と不法の間の線を明確にし、合法な武器取引を認めることが狙いです。合法性が規定されると、その中で共通の競争環境が現れるので、欧米の防衛産業が条約の締結を後押ししてきました。 具体的にはどのような線を引いたのでしょう。「通常兵器」というのは核兵器以外の兵器を指すのでしょうか? 佐藤:「通常兵器」は、核兵器などの大量破壊兵器以外の兵器を指します。 今回の条約は、通常兵器の「品目」と「用途」について線を引きました。「品目」は以下の8分野が対象です−−戦車、装甲戦闘車両、大口径火砲システム、戦闘用航空機、攻撃ヘリコプター、軍用艦艇、ミサイル及びミサイル発射装置、小型武器。 この8分野の通常兵器の仕様を見て、例えば「このような仕様の戦車の取引は合法」、「このような仕様の戦車の取引は不法」と線を引いたのでしょうか? 佐藤:残念ながら、そこまでは規定していません。合法と不法の間の線をどこに引くかは、輸出先の用途を踏まえた上で、規制されるべき具体的な品目が決定されます、その判断は締約国の政府に任されています。 それだと、線がないのと同じことではありませんか? 物事は易きに流れがちです。何でも合法になる可能性があります。 佐藤:そうですね。そのため武器の取引を厳しく規制したいNGO(非政府組織)などは不満の声を上げています。 過度な規制強化を警戒する防衛産業側にとっても、今回の条約は完璧に満足できるものではないようです。条約交渉会議では「合法」の範囲をめぐって様々な議論が闘わされました。 合法と不法の間に線を引く ただし、今回の条約には良い面もあります。条約の第13条は締約国に対して、それぞれが国内法で規制対象とした武器の情報に加え、拒否情報の通報を求めています。これは、「どの国に対して」「どのような仕様の通常兵器を売らなかったか」を国連に報告するものです。この報告を積み上げることで、合法の不法との間の線について国際的なコンセンサスを作れるようになります。 一方、「用途」に対しては、以下の用途に使用する兵器の輸出を規制対象にしています――(1)国連憲章7条に基づく国連の行為に違反するもの、(2)国際合意に違反するもの、(3)虐殺、人道に反する犯罪、ジュネーブ条約に違反するもの、市民に対する攻撃。国連憲章7条に基づく行為というのは国連決議に基づく禁輸制裁などのことを指します。 自国の企業が輸出する兵器がこうした行為に使用されることが取引時点で分かった場合、締約国の政府はこの輸出を規制しなければなりません。 兵器を輸入する側の国も義務を負います。輸出国の政府から、エンドユーザーが誰で、どのような用途に使うのかを明らかにするよう求められた場合、これを文書で明らかにしなければなりません。 日本にとっては朗報ですね。日本は武器輸出三原則等の運用において、「当該武器等が我が国政府の事前同意なく第三者に移転されないことを担保することを条件とすること」としています。テロ組織などに横流しされることなどを懸念してのことです。この運用が国際的なお墨付きを得られることになります。 これらの義務に違反した場合、締約国は罰則を受けるのでしょうか? 佐藤:罰則はありません。武器管理に関わる国家間の取り決めにおいて、罰則を定めたものはないのではないでしょうか。核不拡散条約(NPT)にも罰則はありません。 佐藤先生はこの条約をどう評価しますか? 佐藤:不備はいろいろあります。しかし、武器取引規制における歴史的な一歩になると思います。合法と不法との間に線を引く取り組みが結実したのですから。 中国とロシアは棄権 国連総会の採択において、北朝鮮とイラン、シリアの3カ国は「反対」票を入れました。中国とロシアは棄権しています。この意義と影響をどう見ていますか? 佐藤:反対した3カ国は以前から反対していました。驚くことではないと思います。中国とロシアは今後の交渉におけるカードを手にしたかったのでしょう。 交渉カードとはどういう意味ですか? 佐藤:中ロは今回の採択における手続きの不備を、棄権した理由にしています。今回の交渉は2012年7月と2013年3月に2回開催された「ATT最終国連会議」で議論されてきました。3月28日に開かれた同会議で採決する予定でしたが、これは見送られました。同会議は「コンセンサス」といって全会一致を原則とすると規定されました。しかし、先の3カ国が公式に反対を表明しており、否決されることが明らかでした。 そこで、採択の場を国連総会に移すことになりました。 総会の場で、賛成154票、反対3票、棄権23票で採択することになったわけですね。ロシアと中国のほか、インドネシア、キューバ、エジプトなども棄権しました。 佐藤:そうです。実は、当初、全会一致(コンセンサス方式)を主張していたのはアメリカなのです。そのアメリカが総会の場での多数決に転じた。この手続きを重視することを名目に中ロは棄権に回ったわけです。 今後、この2カ国は「ATTに参加するから、留保条件を受け入れるべき」といった交渉を持ち出す可能性があります。どの国も自国に有利なルールを作りたいですから。 次の課題は各国の国内体制の整備 アメリカでは全米ライフル協会(NRA)がだいぶ反対したそうですね。なぜ、反対していたのですか? 佐藤:ATTでは、誰が犯す違反行為を対象にするかについて紆余曲折をへてきました。交渉が始まった頃は「国」を対象にしていました。しかし、一時、「個人」を対象にする議論がありました。個人の兵器保有を対象にすると、NRAの主張と真っ向から対立することになります。 今回の条約で、個人による武器保有はどうなったのですか? 佐藤:対象外になりました。それで、アメリカも賛成することが可能になりました。 今後の課題は、兵器の取引額が大きいアメリカやNATO(北大西洋条約機構)加盟国が批准するかどうか、同じく中ロが参加するかどうか、でしょうか? 佐藤:実はアメリカやNATO加盟国はATTが規制の対象にしている兵器取引を、国内法で既に禁じています。 なので、課題は、締約国が義務を果たすための国内法をちゃんと整備できるかどうか、だと思います。先ほど輸入国の義務についてお話ししました。国内の誰が、どのような目的で兵器を購入するのかを把握し、それを報告できる体制を築かなければなりません。これは容易なことではありません。この点は、非国家主体に対する大量破壊兵器等関連汎用品の輸出管理の強化を求めた国連安保理決議1540においても課題とされています。 このため私は、日本人が事務局の一角を占めることができるかどうかが重要だと考えています。事務局は、途上国などがこの国内法の整備を進めるのをサポートする人たちです。具体的には、どのような支援が必要なのか、どのような支援を提供できるのかを調べ、マッチングを行います。 事務局に参加する要員は、実効性のある体制を築く作業の現場を知ることができます。ATTの見直し作業をする際には、大きな発言力を持つことになるでしょう。今後のATTの発展に貢献するためにも、最初からの提案国である日本の担当者が加わることが必要です。 森 永輔(もり・えいすけ) 日経ビジネス副編集長。
|