03. 2013年3月19日 01:13:18
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JBpress>海外>アジア [アジア] 金正恩政権が核ミサイルを開発する本当の理由 「北朝鮮の思惑」のリアリズム的分析(前篇) 2013年03月19日(Tue) 黒井 文太郎 朝鮮戦争休戦協定の白紙化や、板門店の南北軍事ホットラインの遮断など、挑発を続ける北朝鮮・金正恩政権の狙いは何か? といった分析報道が連日、新聞紙上に掲載され、テレビで放送されている。 しかし、それらはすべて“推測”に過ぎない。独裁政権の本当の考えは独裁者本人か、日常的に独裁者と接している家族・側近にしか分からないからだ。米韓の情報機関にも分からなければ、朝鮮問題の専門家にも分からない。もちろんマスメディアにも分かるはずはない。 だが、入手できる情報をもとに、それなりに根拠のある推測はできる。いわゆるインテリジェンス(情報収集・分析)とは、無数に考えられる仮説の中から、より蓋然性の高い仮説を選択していく作業にほかならない。 そこで「北朝鮮はなぜ挑発を続けるのか?」だが、その前に、さらに基本的なテーマである「北朝鮮はなぜ核ミサイル開発をするのか?」を考えてみたい。 アメリカと平和条約で狙う金正恩体制の維持 まず、1つの前提をもとに“金正恩政権の意図”を検討してみる。その前提とは、「金正恩政権が最優先するのは政権の維持であり、そのために合理的な行動を取る」ということである。 あれだけの個人独裁を親子3代にわたって世襲してきた実績から考えると、この前提は妥当なものだ。個人独裁であるから、独裁者の考え一つで合理的でない行動を取る可能性はあるが、独裁体制維持という目的のために合理的でない行動を取っていれば、すでに政権が崩壊していた可能性が高いことを考慮すると、やはりそれなりに合理的な政策、というよりむしろ“極めて合理的”な政策をこれまで選択してきたと見るべきである。 確かに北朝鮮の対外政策は、普通の国家の安全保障の基準からすれば、軍事的緊張を不要に高める非合理的なものになるが、独裁維持という目的からすれば、それなりに理に適っている。今後のことは分からないが、厳しい国内外の環境の中でこれまでサバイバルしてきた独裁体制は、これからもそれなりに独裁体制維持のため、合理的に行動していく可能性が極めて高い。 では、その合理的な政策とは何か? これには様々な考え方があるが、力(パワー)を重視するリアリズム的な視点からすると、その基本路線は国内的には「統制・監視による恐怖支配」を、対外的には「軍事的に米韓軍に負けないこと」を最優先するということになる。 本稿では今回、後者である対外政策を考察するが、ここでまず押さえておきたいことは、「北朝鮮の体制は常に米韓側と潜在的敵対関係にある」という現実だ。 南北はいまだ国際法的には戦争状態であり、北朝鮮軍と米韓軍は休戦ラインを挟んで対峙している。現在の休戦状態が続くうちは北朝鮮の体制も対外的な安全保障が保たれるが、休戦が未来永劫に続くという保証はない(冒頭に述べたように、北朝鮮側が今回、休戦協定白紙化を宣言しているが、実際には戦闘は再開していない)。 北朝鮮の金王朝3代はもともと“金王朝による南北統一”を悲願としているが、そのためには(1)軍事力で米韓軍を撃破、(2)韓国で親北朝鮮革命を誘発、(3)圧倒的な力を示して交渉で韓国を屈服させる、(4)以上のいずれかを同時に実行、のどれかしかない。 このうち、(1)と(3)については、北朝鮮軍は米韓軍よりも戦力が圧倒的に弱小だから、現実的に不可能だ。仮に同盟国である中国が全面的に軍事介入すれば状況が変わってくる可能性もあるが、それも現状では考えられない。他方、(2)も現状ではまず可能性はゼロである。つまり、現状では、北朝鮮主導の統一はあり得ないことになる。 それどころか、前述したように潜在的敵対関係にある米韓軍は、北朝鮮にとっては大変な脅威になる。もしも実際に戦争になったら、北朝鮮軍は瞬時に打ち負かされ、金正恩政権は打倒されるだろう。北朝鮮の好戦的な言動に対して、米韓あるいは国際社会を「威嚇している」「脅迫している」といった見方が散見するが、客観的に見ればむしろ逆で、北朝鮮は常に「米韓軍の戦力に怯えている」のが実態である。 そこで北朝鮮は、韓国の背後にいるアメリカと直接交渉し、平和条約を結ぶことで、金正恩体制への保証を得たいとの希望を持っている。その先には、韓国から米軍を撤退させ、やがては北朝鮮主導の統一を果たしたいとの夢想(悲願)があるが、現状ではとにかく金正恩体制のサバイバルが優先事項だ。 核ミサイル開発で対米抑止力の確立へ この点に関し、特にソウル発の分析報道で、「アメリカを直接交渉に引きずり出すために北朝鮮は軍事的挑発を仕掛けて、緊張を高めている」「アメリカを振り向かせるために核ミサイル開発に邁進している」との解説を見かけるが、それは本当だろうか? 確かにアメリカと直接交渉し、平和条約を締結して体制保証を得ることは金正恩政権の利益になるが、それが今の北朝鮮の最優先事項かと言えば、大いに疑問がある。 自分たちの戦力が圧倒的に不利な状態のままでは、どんな交渉事も、北朝鮮にとっての安全保障には十分とは言えない。口約束などは状況次第でどうにもなるし、まずは実力として十分な抑止力を持つことの方が先決だ。交渉を進めるにしても、自分たちに有利な内容とするためには、軍事的に十分な抑止力を確立することが前提条件になる。金正恩政権にとっては、まず優先すべきは対米抑止力の確立なのである。 十分な抑止力があれば、アメリカを交渉に引きずり出すために軍事的緊張を高めることは有効かもしれないが、戦力が不利なうちに戦争になれば、北朝鮮にとっては元も子もない。現時点では、北朝鮮側の方が絶対に戦争を避けたい弱い立場にある。したがって、北朝鮮は本気で軍事的緊張を高めているわけではないと見るべきだ。 そもそも国力が圧倒的に弱い北朝鮮は、米韓軍と対峙する状況の中、通常戦力で張り合うことを早々にあきらめ、抑止力に特化した戦略的戦力の構築に乏しい軍事支出を集中してきた。その3本柱が「ソウルを射程に収める長距離砲」「韓国に侵入して破壊工作を行う特殊部隊」「核ミサイル開発」である。 このうち前の2点はすでにそれなりに達成しているが、それらはあくまで対韓国の抑止力であって、アメリカには通用しない。世界最強の米軍に対する抑止力は事実上、唯一、核ミサイル武装だけである。要するに対米抑止力が核ミサイル開発の目的であり、したがって核ミサイル開発こそが最優先すべき政策ということになる。 国際的な圧力の中で密かに続けられた開発 実は、北朝鮮が核ミサイル開発に乗り出したのは、朝鮮戦争休戦直後のことだ。1956年、金日成はソ連と原子力平和利用研究協定を締結し、北朝鮮の科学者をソ連の研究所に送り込んでいる。後に韓国に亡命した黄長Y・元朝鮮労働党書記(故人)も、「58年に金日成は『核戦争に備えるべきだ』と繰り返し話していた」と証言している。 北朝鮮はさらに61年、第4回朝鮮労働党大会で、「長期的展開に立ち、自力で核エネルギー開発の科学的研究を進める」と決定。寧辺に原子力研究所の建設を始めている。64年に中国が核実験に成功すると、それに刺激を受けて核開発を加速。65年にはソ連から導入した小型研究炉を稼働させている。 他方、ミサイル開発では、やはり65年に金日成が「再び朝鮮戦争が始まればまた日米が介入するはずであり、これを防ぐためには、彼らの心臓部を狙う長距離ロケット部隊が必要だ」と演説している。つまり、核武装は50年代から、長距離弾道ミサイル武装も60年代には国策となっていたのである。 こうして北朝鮮の独裁政権はサバイバルを懸けて核ミサイル開発に邁進したが、ここで重要なのは、彼らは常に“密か”に開発してきたということだ。特に核開発は、戦後の世界秩序が核拡散防止でコンセンサスがほぼできている中、露呈すれば国際社会の反発を受けるのが確実であり、特に米軍の軍事介入を誘発する可能性が極めて高かったことで、こっそりと続けられてきた。 そうした北朝鮮の野望は80年代にはアメリカの偵察衛星などに察知され、90年代には大きな国際問題に浮上したが、その後の経過を振り返ると、北朝鮮は常に国際社会を欺いて秘密裏に核開発を進め、それを察知されて国際的な圧力を受けるようになると、妥協するふりをして圧力をかわすということを繰り返してきた。90年代の枠組み合意、2000年代の6カ国協議などの交渉事はすべて、結果から見れば、北朝鮮の密かな核開発の時間稼ぎに使われてきただけだ。「条件さえ揃えば、北朝鮮は核開発を放棄する可能性がある」との考えは、北朝鮮の意図を読み誤っていたと言えよう。 したがって、「北朝鮮はアメリカに振り向いてほしくて核実験やミサイル発射を行っているのだから、反応するのは相手の思う壺」「無視すればいい」との考えも間違っている。無視すれば、北朝鮮は堂々と核ミサイル開発に邁進するだけだ。 外交カードでも経済援助要求の手段でもない 同様に、核ミサイル開発の主目的を、経済援助を引き出すための「外交カード」だと捉える分析も、本末転倒である。 北朝鮮は密かな核開発をアメリカなどに察知されて妥協を余儀なくされる際、しばしば引き換えに経済援助を要求した。これは「瀬戸際外交」と呼ばれたが、北朝鮮はべつにカネが欲しくて核ミサイル開発をしているのではない。経済制裁による損益や核ミサイル開発の膨大な経費を考えれば、明らかに赤字である。経済援助などはいわば“行きがけの駄賃”であり、核ミサイル武装そのものこそが、サバイバルを懸けた北朝鮮の最大の目的なのである。 さらに言えば、核やミサイルの開発を「輸出や技術移転による外貨獲得のため」だとする見方も、やはり一面だけを捉えたものだ。核技術によって外貨を獲得したという確たる情報はないし、ミサイル輸出も、武器輸出自体が国内産業基盤の乏しい北朝鮮の貴重な外貨収入源だったのは確かだが、制裁によってミサイル輸出がほぼブロックされた後も、ミサイルの開発は続けられている。 もっとも、過去、北朝鮮が核開発で実質的に妥協したことが2度ある。1度目は94年の金日成=カーター会談による再処理凍結だが、これは当時の米クリントン政権が寧辺への限定的空爆オプションまでチラつかせたことで、米軍の軍事介入を恐れた金日成が妥協したものだった。ただし、その後も北朝鮮は核の起爆装 置開発を継続したほか、長距離ミサイルの開発も続けて98年にはテポドンの発射実験を行っている。 2度目の妥協は2007年のこと。北朝鮮の秘密資金決済に使われていたマカオのバンコ・デルタ・アジアの口座凍結である。これは北朝鮮指導部には大きな痛手だったようで、6カ国協議への復帰と、寧辺の核施設の稼働停止を受け入れた。もっとも、北朝鮮はその時点ですでに核爆弾7〜11発分程度のプルトニウムを備蓄しており、その後は起爆装置の改良に邁進。2009年には2度目の核実験を成功させているほか、ウラン濃縮を本格的にスタートさせている。 このように、経済的利益は北朝鮮の妥協の動機になり得るが、それはあくまで核ミサイル開発を完全停止させない範囲でのことだ。現在も、外交カード論の中には、「経済制裁を解除してもらうためにアメリカと交渉をしたがっている」との分析があり、それも一面では当たっているだろうが、それは北朝鮮にとって、最優先事項である核ミサイル開発の継続から比べれば、はるかに重要度が低い目的であろう。 核ミサイル武装が金王朝3代の生き残りのための最優先事項だとすれば、これまでの核とミサイルの実験の経緯も分かりやすい。北朝鮮はこれまで2006年と2009年に核とミサイルの実験を行い、今回も2012年12月にミサイル、2013年2月に核の実験を行ったが、その内容を見れば、いずれも基本的には核・ミサイルともに技術的に必要な実験を着々と行ってきたと言える。 これらの実験のタイミングに関して、国内向け・対外向けに政治的な思惑を指摘する見方があるが、核ミサイル開発そのものが北朝鮮独裁政権の最優先事項であることと、実際に実験内容が前述したように必要な技術ステップそのものだったことからすれば、実験そのものはあくまで技術的な要求が主だったと考えられる。特に核実験は、北朝鮮の核物質の備蓄状況から見ても、政治的なアピールのために浪費することはまず考えにくい。 もちろん細かな日程については政治的に効果的なタイミングが選ばれているのだろうが、そちらもやはり“行きがけの駄賃”のようなもので、基本的には核ミサイル開発を粛々と進めるというのが主な目的であろう。 アメリカの出方を見て巧妙に挑発 ただし、駆け引きということで言えば、北朝鮮は核ミサイル開発が国際社会、特にアメリカの本格的な軍事介入を誘引しないように、国連安保理の流れや中国との関係への影響なども含めて、緻密なスケジュールが事前に計画されていたものと思われる。現在の北朝鮮の挑発的な言動も、まさにその一部と見ていい。 現在、アメリカが主導して国連安保理が制裁に動いているが、北朝鮮としてはとにかく国際的な包囲網をかわし、現在の難局を乗り切ることと、なし崩しに核ミサイル武装を既成事実化させ、さらには対米抑止力強化のために「アメリカの敵対行為のために、さらなる核ミサイル開発を余儀なくされた」と今後の核ミサイル戦力増強の道を確保したいとの考えがあるだろう。 戦力に劣る北朝鮮は本当に戦争になっては困ると思っているはずで、軍事的挑発はいわば“寸止め”に留まるだろうが、アメリカの出方に応じて、さらなるジャブを出すことは当然、すでに準備済みと思われる。 現時点ではまだ“口喧嘩”の段階だが、アメリカの出方によっては、さらに西海あたりでの対艦ミサイル威嚇発射や水上艦艇を南下させての威嚇射撃など、本格的な戦争に至らないレベルの挑発は、充分にあり得る。北朝鮮としては、そうした“小競り合い”を演出することで、将来の“手打ち”の際に少しでも自分たちが有利となる得点を加算しておきたいはずだ。 ただ、北朝鮮の寸止め挑発はいつものことだが、今回は従来よりかなり強気な傾向にあるのは、核ミサイル武装がほぼ実現段階に入ったことで、それなりに強力な抑止力を手にしたとの自信が背景にある可能性もある。いまだアメリカ本土を狙えるレベルではない北朝鮮の核ミサイルは、完全な対米抑止力のレベルまでは達していないが、韓国・日本・在韓米軍・在日米軍が核脅威下に入るということは、抑止力としてはこれまでと比較にならないほど強化されると言っていい。 北朝鮮の強気の言動は、確かにブラフではあるが、単なるコケ脅しでもない。これですぐに戦争になるということはないが、すでにこの数カ月で格段にアップした北朝鮮の軍事的脅威度が、今後さらに上がっていくことは覚悟した方がいいだろう。
外交ツールとしての武器輸出 対インド武器輸出にみる米中ロの外交戦略 2013年3月19日(火) 長尾 賢 日本政府は2013年3月1日、F-35戦闘機の部品製造に、日本国内の企業が参画することについて、武器輸出三原則の例外とすることを決めた。この戦闘機は国際共同開発なので、日本が輸出した部品を各国が使用することになる。現時点で日本、アメリカ、イギリス、イタリア、ノルウェー、デンマーク、オランダ、オーストラリア、トルコ、イスラエルが配備する見込みだ。 政府はこのような武器輸出の検討を徐々に進めてきた。1983年から2004年までは、アメリカに対してのみ、武器の技術や部品を提供していた。小泉政権が2005年、弾道ミサイル防衛システムの日米共同開発・生産に範囲を拡大した。2007年にはインドネシアに巡視艇を供与した。2010年にはオーストラリアとの間に物品役務相互提供協定を結び、武器の部品提供を可能にした。 そして野田政権が2011年、武器輸出三原則を若干緩和した。現在ではイギリスとの化学防護服の共同開発、ベトナムとフィリピンへの巡視艇の供与を検討している。さらに、武器ではないものの、海上自衛隊が運用している救難飛行艇をインドに輸出することも検討中である(関連記事「日本の救難飛行艇をインドに輸出しよう!」)。中国の軍事的台頭に直面する日本は、諸外国に比べれば小規模ではあるものの、武器輸出による友好国強化の方向へ徐々に向かいつつある。 米中ロの対インド武器輸出 武器輸出とは一体どのようなものなのだろうか。外交政策上どのような効果を持つのか、日本ではあまり議論されていない。議論されるべきだ。 そこで本稿では、米中ロの対インド武器輸出を例に、各国が武器輸出を外交政策としてどのように利用しているか、検証する。ロシア、中国、アメリカの順番でインドと、インドに対抗する周辺国(パキスタンなど)への武器輸出を分析する。そして、日本への教訓を示す。 1)友好関係を強化するための武器輸出(ロシア⇒インド) 図1を見ていただきたい。過去にインドに対して武器を輸出した国のうち、累積額が多い上位9カ国を示した。この9カ国を合わせると、インドの武器輸入累計総額の96%以上を占める。 図1を見ると、そのほとんどを旧ソ連とロシアが占めているのが分かる。インド軍の兵器の約7割は旧ソ連・ロシア製である。修理部品の輸入なども含めて考えると、ロシアの存在感は圧倒的だ。 いっぽうロシアは、インドに敵対しそうな周辺国には武器をあまり輸出していない。インドが嫌がるからだ。つまり、ロシアのインドに対する武器輸出は、友好関係にある国に対する武器輸出戦略の一例と言える。 図1:インドの武器輸入額推移(累計総額で上位9カ国を示した) 出典:ストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute )のデータベースより筆者が作成 縦軸はSIPRIによる1990年換算の米百万ドル単位 ロシアのこのような武器輸出には別の意図もある。ロシアは、インドが軍事行動を決定する際に強い影響力を行使できるのだ。例えば、インドがパキスタンに対して軍事行動を検討している時に、ロシアがインドに武器を売らない、と決めたらどうなるだろうか。インドは軍事行動を実施できないかもしれない。なぜなら、インドは軍事行動で使用する武器の修理部品を入手できないからである。 修理部品は極めて大事だ。武器は高度かつ精密な製品であるにもかかわらず、乱暴に扱われ、よく壊れる。例えば戦闘機は、重力の何倍もの力がかかる環境で使用する。戦闘となればもっと激しい。専属の整備部隊を整え、修理し続けて使うものだ。武器輸入国は、修理部品を長期安定的に入手できる環境をつくることが重要になる。 つまり、ロシアは、修理部品を通じてインドの軍事行動を左右することができる。ロシアはインドと、容易には切れない強い安全保障関係を形成していると言える。一方、アメリカと友好関係を強化する方向にシフトしたインドにとって、ロシアとのこの容易に切れない関係は、困った存在にもなっている。 2)敵対的な武器輸出(中国⇒インド周辺国) 中国はどうだろうか。1962年に戦争をして以来、中国とインドの安全保障関係は友好的ではない。だから、中国はインドには武器を輸出していない。一方で中国は、インドの周辺国――スリランカやバングラデシュ、ネパール、ミャンマー――には武器を輸出している。特にパキスタンへの武器輸出は顕著である。図2および表1にその状況を示した。中国はインド国内の反政府武装勢力に武器を提供したこともある。中国によるこうした武器輸出に、インドは強い懸念を持っている。 このような敵対的な武器輸出は、中国にとって、インドと取引する上で外交カードになっている。例えば、1979年に訪中したインドの外相は、インド国内の反政府武装勢力に武器輸出などの支援をしないように求めた。中国は「過去のものになる」と回答した。インドの要請に応じたものとみられている。もともと相手を害しているのに、その行為を止めるだけで大きな譲歩をしたことになるわけだ(ただし、本当に止めたのかどうか、疑問視する見方もある)。 図2:中国によるパキスタンへの武器輸出の推移 出典:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースより筆者が作成 縦軸はSIPRIによる1990年換算の米百万ドル単位 表1:インド周辺国が保有する武器の中で中国製が占める割合 パキスタン スリランカ バングラデシュ ミャンマー 戦車 66% 0% 100% 63% 水上戦闘艦 30% 0% 20% 0% 戦闘機 45% 33% 91% 89% 出典:The International Institute of Strategic Studies, The Military Balance2012より筆者が作成。ネパールやスリランカはより小型の武器を含めると中国製の割合が増加する 3)新規の友好国を獲得するための武器輸出(アメリカ⇒インド) アメリカはどうだろうか。アメリカはインドを味方として獲得したい。そのために武器を売って関係を強化したい。だからアメリカからインドへの武器輸出額が近年、増えつつある。また、インドは、イスラエルなどアメリカの友好国からの武器輸入も増やしている。図3にその状況を示した。結果、インド軍が保有する武器の中でロシア製が占める割合は減りつつある(図4参照)。 図3:アメリカ・イスラエルによるインドへの武器輸出額推移 出典:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースより著者が作成 縦軸はSIPRIによる1990年換算の米百万ドル単位 図4:インド軍が保有する武器の中でロシア製が占める割合 出典: IISS, The Military Balance2012より筆者が作成。 しかし、アメリカのインドへの武器輸出は再開したばかりである。インド軍に配備されているアメリカ製の武器は少なく、修理部品の輸入も少ない。図1を見ても、アメリカの武器輸出額は、ロシアに遠く及ばないのである。インドが軍事行動を検討している時に、アメリカが「修理部品を輸出しない」と言って制したとしても、インドの軍事行動を止めることはできないだろう。 しかも、図5に示したようにアメリカはインド周辺国、特にパキスタンに対して武器を輸出している。このこともインドとアメリカが関係を強化する障害となっている。アメリカがインドを味方につけたければ、もっとインドに武器を売り、インドの周辺国には売らないよう注意する必要がある。長期にわたる努力が必要だ。 図5:アメリカによるパキスタンへの武器輸出額推移 出典:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデータベースより筆者が作成 縦軸はSIPRIによる1990年換算の米百万ドル単位 4)日本にも武器輸出外交の戦略が必要だ このように見てくると、武器取引には外交ツールとしての側面がある。安全保障上の国益が非常に深く絡んでいる。味方には無償で供与してもいい。敵には売らない。純粋なビジネスではなく、外交政策上の意向が明確に反映される。 武器取引が持つこうした特徴の中で、最も注目するべきは、修理部品が持つ強い影響力である。上記の例で言えば、ロシアはインドの軍事行動の決定に強い影響力を持つ。アメリカにはその力がない。しかしアメリカはインドへの武器輸出を拡大し、インドを味方につけようとしている。ロシア製のシェアは減りつつあり、アメリカ製がより増えてくれば、米印の友好関係はより強い基盤を持つと予想される。武器輸出を進めるにあたっては、修理部品の供給が相手国の安全保障を左右する外交手段となることを念頭に考えなくてはならない。 今、日本は、圧倒的な軍事力で世界秩序を維持していたアメリカが衰退する中、軍事的に急速に台頭する中国から挑戦を受けつつある。これまでのような穏やかな外交安全保障政策だけでは立ち行かなくなっている。そのため、アメリカとの同盟関係の再確認、オーストラリア、東南アジア諸国、そしてインドとの連携を模索する方向性にある。 その中で、日米の弾道ミサイル防衛システムの共同開発・生産、多国間による戦闘機の国際共同開発、日英間の化学防護服の共同開発、日豪物品役務相互提供協定の署名、東南アジア諸国への巡視艇の供与、インドへの救難飛行艇の輸出などを検討するようになった。昨年からオーストラリアやインドの専門家が日本のそうりゅう級潜水艦の輸出への期待を表明し始めた(注)。実際オーストラリアは、そうりゅう級潜水艦の推進機関の技術を提供するよう打診してきている。日本は武器輸出を外交上どのように位置づけるのか。友好国を増やす手段として、より戦略的に検討することが求められている。 (注)(オーストラリアの例)Harry Kazianis, “Australia’s Japanese Sub Play”, The Diplomat, 12 July 2012 (http://thediplomat.com/flashpoints-blog/2012/07/12/australias-japanese-sub-play/ ). (インドの例)Arun Kumar Singh, “Japan as partner in the East”, The Asian Age, 18 Jan 2013 (http://caughtwww.asianage.com/columnists/japan-partner-east-027 ). ※筆者が『日経ビジネス』誌に発表している文章は、個人の責任において執筆しており、所属する機関の意見を代表していませんので御了承ください。 長尾 賢(ながお・さとる) 海洋政策研究財団研究員 2001年、学習院大学法学部政治学科卒業。自衛隊、外務省勤務の後、学習院大学大学院においてインドの軍事戦略を研究し、博士号を取得。2012年4月より現職。専門は安全保障、インド。 ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 |