07. 2013年2月06日 00:41:48
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懸念されるマリの“アフガニスタン化”北部の武装勢力拠点を制覇したものの 2013年2月6日(水) 渡邊 啓貴 フランスは、マリへの軍事介入「サーバル作戦」(サーバルはサハラ砂漠以南に分布するヤマネコ)を実行し、イスラム武装勢力が支配するマリ北部への進攻に成功した。フランスは1月11日、まず、マリのイスラム武装勢力に対して空爆を開始した。翌日には中部の要衝地コンナを奪還。21日にはマリ中部のディアバル、その後25日にはマリ北部のガオに到達した。ガオはトゥアレグ族イスラム武装勢力(MUJAO=西アフリカ諸国統一・聖戦運動)の拠点である。そして28日には、空港のあるトンブクトゥなどの拠点を制圧した。 昨年からマリ北部はイスラム武装勢力が占拠し、マリ政府の影響力の及ばない「無法地帯」となっていた。主な武装勢力は、アルジェリアやニジェールなどに勢力を持っていた国際テロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」、それと結びついたMUJAOとアンサール・ディーン(Ansar Eddine)、それらとは別の組織であるトゥレグ族のアザワド解放民族運動(MNLA)などである。 これらのイスラム武装勢力が2013年1月に入って、マリを南北に分断する事実上の国境となっているブルー・ラインを超えてコンナに侵攻してきた。これを受けて9日、マリのディァンコウンダ・トラオレ大統領がフランスに対して介入を要請した。これがフランスによる介入の直接的な理由である。フランスは米英独の了解をとった上で介入を決定した。 1月末時点でフランスは、当面の作戦成功を「北部地域での最初の勝利」として高く評価している。トンブクトゥ攻略でイスラム武装勢力は50人の死者を出した。いっぽう、フランス・マリ政府軍に犠牲者はなかった。10回に及ぶ事前の空爆が効果を発揮した。 しかしフランスの攻勢にもかかわらず、この戦争がどのような形でいつ終息するのか、予断を許さない。イスラム武装勢力を本当に壊滅できるのか、散り散りになったイスラム武装勢力によるゲリラ戦が今後展開されるのか。現地では自爆テロの懸念もうわさされている。略奪行為もエスカレートしている。1月11日に作戦を開始した直後、オランド仏大統領は「この作戦は必要な限り続行する」という声明を発表したが、不安材料は山積みである。 イスラム武装勢力が北部で独立宣言 複数政党制の導入に成功したマリはこの20年間、仏語圏アフリカの模範的民主主義国家と言われてきた。しかし、昨年初めから政府は急速に統治力を喪失してしまっていた。リビアのカダフィ政権崩壊によってマリ人の傭兵数千人が重武装のまま帰国したことや、北部でのイスラム武装勢力の跋扈がその原因である。これに対して、弱体化したマリ政府は十分な治安能力を持たなかった。 混乱の中で、2012年3月にアマドゥ・サノゴ大尉率いるグループによるクーデターが勃発した。同グループは、「民主主義の復権と国家の再興」を掲げ、腐敗・コカイン密売などの不正を糾弾した。腐敗政権が倒れた後、再び民生が復活、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の後押しによってトラオレが暫定大統領に就任した。 この間にマリ北部では、国際テロ組織AQIMと結びついたMUJAO、アンサール・ディーンと、MNLAが北部のキダル、ガオ、トンブクトゥ3州を占領し、アザワド独立宣言を行った。6月末に、AQIM系勢力がMNLAを追放し、北部マリを支配した。 武装勢力に対抗する力を持たないマリ政府は9月になってECOWASに支援を要請。加えて、国連の介入を正式に要請した。その後反政府イスラム武装勢力が攻勢を強めたため、国連は12月11日にようやく国連決議2085に基づく軍隊派兵の命令を出した。 フランス軍は、マリが公式に要請する前から北部進行を視野に入れた出動準備をしていた。マリに投入されているフランス軍はチャド、ブルキナファソ、セネガル、ニジェールの駐屯軍で構成される。「ラファール」「ミラージュ2000D」「F1CR」を含む仏空軍戦闘機・爆撃機、偵察機、ヘリコプターなども投入した。サーバル作戦は当初、空軍の爆撃で始まった。その後、すぐに地上軍を投入(1月末現在3500人)、現在は総勢4500人の陣容である。 独仏関係の揺らぎと戦争の行方 フランスのマリ介入はやや意外性を持って国際的に受け止められている。オランド大統領は大統領選挙戦の時、シリア問題には言及してもアフリカにはほとんど触れなかったからだ。また、フランスによるアフリカ支援政策はこれまで、2国関係ではなく、多国間協力の枠組みによった。中央アフリカ諸国経済共同体(ECCAS)やECOWASなどに対する支援の形をとることが多かった。今年1月初めには反乱軍鎮圧のために中央アフリカ共和国にパラシュート部隊を派遣しているが、これはECCASの要請に応じたものだった。 昨年9月の国連演説でオランド大統領は、「マリ北部で起こっていることはこの国の政府だけに対する挑戦ではありません。西アフリカとマグレブ地方に対する脅威です。同時に国際社会全体に対する危険でもあります」と強い調子で述べた。強硬策に踏み切ったオランド大統領の姿勢は、かつてイラク戦争を強引に進めた「ネオコン(新保守主義)」のブッシュ大統領に例えられている。これまでの仏大統領のうち最速で人気が低迷したオランド大統領は、人気取りと、旧宗主国としてアフリカ勢力圏の維持を図ったと見られる。実際に、介入直後の世論調査ではフランス国民の63%が介入を肯定した。 しかしこの介入は、その数日後に起こるアルジェリア東部イナメナスでのガス施設テロ事件の口実となった。テロリストたちは、アルジェリアがフランス空軍の上空飛行を認めたことに対して抗議した。フランスの保守派仏野党は、オランド大統領の決断を強く批判している。 加えて、フランスの肝心の足元である欧州諸国は、マリ介入で、必ずしも実質的な支援はフランスに与えていない。1月22日には独仏条約(エリゼ条約)の50周年記念の式典がルドヴィグブルグで盛大に行われた。フランスの国会議員がドイツ議会に出席した。ドゴール仏大統領とアデナウアー西独首相によって結ばれたこの条約は、独仏連帯と欧州統合を象徴する条約のひとつである。 経済・青年交流・防衛の3本柱から成るこの条約は、冷戦時代の独仏の若者たちの交流が活発化し、両国の相互理解を深めた。1988年の25周年記念の時にミッテラン仏大統領とコール西独首相が合意して創設した独仏合同旅団は今日のEU統合軍の中核となっている。 しかし両国の間で経済格差が大きくなり始めている。成長の低迷と失業に悩むフランスは今や、経済的にはドイツのジュニアパートナーになりつつある。競争力強化政策がオランド大統領の喫緊の課題になっている。 独仏間の不協和音も聞こえ始めている。フランスのマリ介入について独メルケル首相は、ドイツがコミットしないことを懸念する野党からの突き上げがあるにもかかわらず、慎重姿勢を崩していない。昨年12月に提案されたEUによる(EUTM)マリ政府軍訓練教官の派遣と、支援国会議による財政援助への参加にとどまる予定であるる。 イギリスも兵站支援には協力するが、英軍の派兵はしないとしている。各国の輸送機支援は今のところ、英国(C17×2機)、ベルギー(C130×2機とヘリコプター×2機)、デンマーク(C130×1機)に留まっている。 今回の、フランスによるマリへの介入は、EUの支持を取り付けてはいるものの、実質的にはフランスの単独行動の様相を呈している。国内ではフランスの国際的孤立を懸念する声も強い。EUには共通防衛政策(ESDP)が存在し、これまでにアチェをはじめとする世界20か所以上の地域に統合部隊を派遣している(その3分の2は文民・警察活動)。しかし、今回はこの統合部隊を組織していない。 他方で、フランスとアメリカとの間には一時的に摩擦があった。アメリカは当初、大型輸送機(C17)の拠出に関して、2000万ユーロを請求しようとした(最終的には無料の拠出となった)。アメリカはフランスが旧宗主国としてアフリカでのプレゼンスを強化することについて常に警戒的である。 今後のイスラム武装勢力の掃討作戦の行方は楽観を許さない。C135やC160トランザールなどの輸送機の老朽化、偵察衛星数の不足(4機)など問題が多い。さらにフランスは、マリ政府軍の組織化、西アフリカでの治安確保のための軍事力育成、インフラ構築のための財政支援などの難題を抱えている。同国政府は長期化を覚悟していると伝えられている。 渡邊 啓貴(わたなべ・ひろたか) 東京外国語大学国際関係研究所長 東京外国語大学大学院総合国際研究学院教授 在仏日本大使館広報文化担当公使2008−10年 1954年3月1日、福岡県生まれ。 1976年、東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒 1980年、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了 1983年、パリー第一大学大学院パンテオン・ソルボンヌ校 現代国際関係史専攻 DEA修了 国際学修士, DEA 主な著書に『ヨーロッパ国際関係史』(有斐閣、2002年)、『冷戦後の国際関係』(芦書房、1998年)『ミッテラン時代のフランス』(芦書房、1992年)、『フランス現代史』(中央公論新書、1998年)、『ポスト帝国』(駿河台出版、2006年)、『米欧同盟の協調と対立』(有斐閣、2008年)など。 ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。
海外テロ情報の事前収集はないモノねだり
得意分野の情報を集め交換するのが現実解 2013年2月6日(水) 樋口 晴彦 アルジェリア人質事件が起き、日本政府の情報収集体制の課題が指摘されている。テロに関する情報収集とはいかなるものなのか。日本政府にできることは何か。危機管理の専門家で、警察大学校警察政策研究センター教授を務める樋口晴彦氏が解説する。 樋口氏は『組織の失敗学』『組織不祥事研究』などの著書がある。日経BP社のITProで「危機管理の具体論」を連載した。 アルジェリア人質事件の発生以来、日本では、海外で活動する日系企業や邦人をテロから守るため、政府に情報収集の強化を求める声が高まっている。 確かに民間レベルで行えるテロ対策には限度があり、政府がより一層の努力をするのは当然だろう。その一方で、政府がどんなに頑張っても、海外テロに関する情報収集には限界があるという現実も直視すべきではないだろうか。 ランク分けされる情報提供 マスコミに登場する識者には、「すべての日本大使館にテロ情報を収集する体制を整備すべきだ」と威勢よく論じる方が少なくない。しかし、話はそこで終わりであって、具体的にどうすればよいかを提示していない。そこで、テロ情報を入手する情報源の面から具体的に考えてみよう。 最初に思いつくのは、当該国の軍隊や治安部門などの情報機関である。しかし、「情報をください」「はいどうぞ」というわけにはいかず、重要な情報であればあるほど、そう簡単には教えてくれない。 大抵の場合、相手国を重要度や信頼性の観点から何段階かにランク分けして、提供する情報に差をつけている。欧米諸国と違って、テロリスト掃討のための軍事作戦に協力することができない日本は、重要度の面でランクがどうしても低くなることは避けられない。 また、信頼性の面では、大使館の担当者が誰かという点が大きく影響する。どこの国でも軍人や警察官は閉鎖的であるが、「仲間」である制服組には概して親近感を抱くものだ。したがって、日本大使館に防衛省からの駐在武官や警察からの警備官を配属していれば、それだけ情報を入手しやすくなる。 ただし、アルジェリア人質事件に関して、「自衛隊の駐在武官が現地の大使館に配置されていれば、襲撃に関する情報を事前につかめたかもしれない」とする一部論者の主張には首をかしげざるを得ない。そもそもアルジェリア側がテロ組織の襲撃計画をつかんでいれば、今回のような事態になるはずがない。逆に待ち伏せや先制攻撃によって殲滅していただろう。 情報ネットワークの鍵となる専門職 第2の情報源としては、当該国の政治家、実業家、宗教家、部族の長老などの有力者が挙げられる。こうした情報源を作り上げるには、担当者の超人的な努力と長い年月が必要となる。日本大使館の場合は、いわゆるキャリア組ではなく、同じ国(あるいは地域)で何十年も働き続けている専門職の中に、驚くほどの情報ネットワークを構築している方がいる。 その一方で、自前では十分なネットワークを持たず、今回の事件で標的とされた日揮や商社などの日系企業に情報を依存している大使館も少なくない。この点については、外務省のこれまでの組織管理に問題があると認めざるを得ず、特に専門職を軽視する人事方針の改善を進めていくべきだろう。 ただし、こうした情報ネットワークは、大局的な情勢分析には非常に役立つが、テロ計画の事前情報のような個別具体的な話についてはそれほど期待できない。そもそもテロ組織と直に接点を持つような人たちではないからだ。一口に情報と言っても、その性質には大きな違いがある。 また、情報ネットワークの基盤となるのは個人的な人間関係である。特に学生時代の友人知己のつながりが非常に重要だ。その点で、アフリカ諸国における情報収集については、かつての宗主国である西欧諸国と比べ、日本が大きなハンデを背負っていることも忘れてはならない。 テロ組織の内部情報を入手するのは至難の業 第3の情報源は、テロ組織の周辺者である。内部情報に通じている点で情報源として非常に有用であるが、そもそも大使館職員がそういった人物と接点を持つこと自体が至難の業である。当該国の情報機関が総力を挙げても、なかなかそうした情報源を獲得することはできないのに、日本大使館にそこまで期待するのは無理というものだ。 しかも、この種の活動をするには、膨大な体制が必要となる。例えば、相手の素性を見極めようと動静を監視するだけでも、10人以上の訓練されたチームで1年以上の時間を要するだろう。もちろん、そうした任務に当たる職員が高度の生命の危険にさらされることも覚悟しなくてはならない。要するに、生半可な覚悟でやれるような話ではないということだ。 そもそもテロ組織が存続していられるのは、彼らの情報統制が極めてシビアであるからだ。9.11以来、米国があれだけの予算と人員を注ぎ込み、偵察衛星と全世界に張り巡らした通信傍受システムを活用しても、ビン・ラーディンの所在をつきとめるのに10年もかかったことを思い出していただきたい。現実の情報活動は、映画の007とは大違いなのだ。 外交とはギブアンドテイク 第4の、そして最も一般的な情報源は、西側諸国など他国の大使館との情報交換である。例えば、アルジェリアの場合であれば、旧宗主国である上に地理的にも近いフランスの大使館が良質の情報を有していると考えられる。 米国のような超大国であればともかく、世界のあらゆる場所で日本独自の情報源を開拓することは現実的に不可能なので、こうした情報交換の比重が高くなるのは当然である。ただし、こうしたルートに頼り切りになり、独自の情報収集努力を怠る日本大使館が少なくないのは困りものだ。 外交とは基本的にギブアンドテイクの関係であって、こちらから「ギブ」する情報がなければ、相手から「テイク」する情報もそれだけレベルが落ちる。したがって、外国大使館が欲しがるような情報を日本側が持っていることが必要となる。 ただし、テロ関係の情報をある国から「テイク」する際に、こちらもテロ関係の情報を「ギブ」しないといけないわけではなく、経済関係の情報と交換してもよい。また、外交とは国家レベルの交渉事なので、個々の大使館ごとに「ギブ」と「テイク」の帳尻を合わせる必要もない。例えば、日本がアジア方面で「ギブ」超過になっていれば、アフリカ方面で「テイク」超過になってもかまわないのだ。 その意味では、回り道のように見えても、外交全体の底上げを図るとともに、アジアにおける日本のプレゼンスをさらに強化することがテロ情報の収集に役立つだろう。ただし、最初に述べた当該国の治安機関からの情報収集の場合と同様に、本当に重要な情報は、テロリスト掃討作戦に関与できない日本には、なかなか提供されないと考えたほうがよい。 Crying Babyの日本人 マスコミ報道は「政府の情報収集が足りない」と連呼する。確かに、これまで色々と不十分な点があったことは否めないが、だからといって、政府は何もしてこなかったわけでは決してない。例えば、近年、テロ情報の窓口となる警備官を配置している大使館の数は相当に増え、外務省内でもテロ対策の重要性は浸透している。それでもこの程度しかできていないということだ。 今後、外国の情報機関や大使館との情報交換をさらに進めていくにせよ、情報力の改善はそれほど期待できないだろう。そもそもの話として、海外のテロ組織に関する情報が不足しているのは、日本に限ったことではないからだ。 例えば、アルジェリア人質事件でテロリストの標的とされたのは、イギリスのBPとノルウェーのスタトイル(いずれも石油・ガス関係の巨大企業)がアルジェリア側と一緒に立ち上げた合弁企業である。また、人質の中には米国人やフランス人も含まれていた。要するに、今回の襲撃に関しては、ここに挙げたいずれの国も事前情報を取れなかったということだ。 情報機関や外交機関は、その活動を秘密のベールに包んでいるので、何かとてつもない活動をしているのではないかと思われがちである。しかし、9.11以降の新聞の国際記事を眺めれば、テロとの戦いが遅々として進まず、その原因が情報不足にあることは自明であろう。 多数の邦人が殺害されたことに衝撃を受け、そのフラストレーションをどこかにぶつけたいという気持ちは理解できなくはない。しかし、Crying Babyのように、喚きたてれば政府が何とかしてくれると期待するのは、大人の態度ではない。 海外テロに関する情報収集は非常に難しく、いかに政府が努力しても、将来的に状況が大きく改善することは見込めない。そうしたリアルな現実を直視することが、今後の危機管理の第一歩となるのではないだろうか。 樋口 晴彦(ひぐち・はるひこ) 1961年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、国家公務員上級職として警察庁入庁。愛知県警察本部警備部長、外務省情報調査局、内閣官房内閣安全保障室などを経て現在は警察大学校警察政策研究センター主任教授として危機管理分野を担当。94年、フルブライト奨学生として米ダートマス大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得。危機管理システム研究学会常任理事。失敗学会理事。主な著書に『不祥事は財産だ プラスに転じる組織行動の基本則』『組織行動の「まずい!!」学』『「まずい!!」学 組織はこうしてウソをつく』(以上、祥伝社)、『企業不祥事はアリの穴から』(PHP研究所)など。 ニュースを斬る
日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。
リスク感性を磨き、常に最悪のシナリオを考えよ
亀井克之・関西大学社会安全学部教授に聞く 2013年2月6日(水) 峯村 創一 1月16日にアフリカのアルジェリア東部の天然ガス関連施設で起きた襲撃テロ。政府軍の突然の軍事作戦に伴って、日本人を含む多数の人質が犠牲となり、アフリカに進出している日本企業の関係者には衝撃が走った。この前代未聞の惨劇を受けて、アフリカをはじめとする新興国市場開拓の戦略やリスクマネジメントのあり方をどう見直すべきなのか──。BOP市場戦略や危機管理などの専門家の見解を聞く。 今回は、日本リスクマネジメント学会の副理事長を務め、企業のリスクマネジメントに詳しい亀井克之・関西大学社会安全学部教授が、事件から日本企業がくみ取るべき教訓と、取り組まなければならない課題について論じる。 今回、アルジェリアに赴任しているプラント建設大手・日揮の関係者の中から、多数の日本人犠牲者が出てしまいました。 亀井:まさに最悪の事態が起きてしまったと言えます。テロ事件でいえば、2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロ事件は本当に想像を絶する出来事でしたが、今回は「現実に起こり得る想定内では最悪」の事件だと言えます。 日揮のリスクマネジメントは十分だったのでしょうか。 亀井:詳細が分からないので何とも申し上げられませんが、私は海外に進出している日本の大手企業のほとんどは、海外でのリスクマネジメントを十分にやっておられると思います。しかし今回は、想定をはるかに凌駕することが起きてしまったわけです。 亀井 克之(かめい・かつゆき)氏 関西大学社会安全学部教授。日本リスクマネジメント学会副理事長・事務局長。1962年生まれ。90年大阪外国語大学大学院修士課程フランス語学専攻修了。関西大学大学院商学研究科博士課程を経て94年関西大学総合情報学部専任講師。同教授を経て2010年4月から現職。この間フランス政府給費留学生としてエクス・マルセイユ第三大学にて経営学DEA取得。博士(商学)。渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン ジャパン特別賞受賞。近著に『リスクマネジメントの基礎理論と事例』(関西大学出版部)がある。(写真:山田 哲也) 例えば、海外渡航者に必須の情報源として、外務省の「海外安全ホームページ」があります。国・地域別に、治安情勢や犯罪、法律や文化、宗教などについての最新情報を掲載している、とても有用なサイトです。
1月11日にフランスがマリで軍事行動を開始すると、同サイトでは1月15日付けで「仏軍のマリ派遣に伴う注意喚起」が発表されました。その中で、特にフランスとイスラム諸国への渡航・滞在者に対し、「イスラム過激派がフランスを含む欧米権益等をテロの標的とする可能性」があるという警告が発せられました。しかし、果たして、この時点でアルジェリア南東部のイナメナスにあるプラントに危険が迫っていると認識できたでしょうか。 一方、この時点では、同サイトのイナメナスを含む地域の危険度は、4段階のうち最も低い「十分注意して下さい」となっていました。退避勧告でも、渡航の延期・検討でもなく、注意喚起にとどまっていたのです。残念ながら、こうした情報の下に、今回の事件は起きてしまいました。 想定にとらわれず、常に最悪の事態を考えよ 亀井:実は、これと似た状況が、東日本大震災でもありました。事前に発表されていたハザードマップを見て、被害が比較的少ないと予想された地域の住民が「ここまでは津波は来ない」「来てもたいした高さではない」と判断し、地図上で危険と警告を受けた地域の住民よりも避難が遅れ、結果として多数の犠牲者を生んでしまったのです。 長年にわたり岩手県釜石市の小中学生に防災教育を行い、「釜石の奇跡」*をもたらした群馬大学大学院の片田敏孝教授は、「想定にとらわれるな」を「避難三原則」の第1に挙げておられます。 結果論ですが、フランス軍のマリへの軍事介入によって状況が一気に悪化していることを感じ取る「リスク感性」があれば、たとえ危険度は低くとも、何らかの手段を講じることができたかもしれません。やはり、どんな情報に接しても「常に最悪のシナリオを考える」姿勢が大切です。 *釜石の奇跡:東日本大震災発生当日、釜石市内の小中学生のほぼ全員が、気象庁などからの情報を待たずに避難することで津波を逃れることができたという出来事。 具体的に、海外に進出している日本企業が気をつけなくてはならないのはどういう点でしょうか。 亀井:ちょうど1月12日、私どもの学部(関西大学社会安全学部)で、「企業の新興国における危機管理取り組み事例」をテーマに講演会を開催しました。その時にうかがった、パナソニック前海外安全室室長の辻廣道さん(現パナソニックエクセルインターナショナル株式会社執行役員 Global Safety & Security Solution Center所長)のお話から、同社がいかにリスクコントロールを経営戦略の1つとして重要視しているかを知りました。 同社では、1982年にコスタリカ松下の社長がゲリラに誘拐され、公安部隊との銃撃戦に巻き込まれ被弾、死亡するという事件に見舞われた苦い経験があります。同社はこの事件を教訓として海外安全対策室を開設し、全社を挙げてリスクマネジメントに取り組んでこられたということです。 辻氏は、「予防こそが最高の危機管理。海外では事故や事件に巻き込まれることを想定する。日本の常識では通用しない」ことを指摘。「行動の三原則」として、(1)目立たない(2)行動を予知されない(3)いつも用心を怠らない、の3点を提起されました。 そして重要なポイントとして、(1)万が一に備えて準備し、楽観的に行動する(2)その国の風俗、習慣、文化、さらに価値観を十分に考えて行動する(3)現地社会に溶け込み、ネットワークを作る、の3点を挙げられました。 私はこの中でも、現地でのネットワーク作りが日本企業にとって肝要だと考えています。現地に信頼の置けるパートナーを作り、進出国の当局と日本の本社とが最短でつながるパイプを持つこと。日本人の現地通も重要ですが、緊急時には、現地在住者で当局ともコネクションを持ち、情報を収集できる人が最も頼りになります。 北アフリカの場合は、フランス語が必須です。例えば、日本に留学経験のあるアラブ系の人など、信頼の置ける現地の方とのパートナーシップを築く必要があるでしょう。 フランスをはじめ西側諸国でも警戒が必要 今回の事件を受けて、北アフリカではテロのリスクが高まったと言えますか。 亀井:北アフリカもそうですが、欧州をはじめとする西側諸国全体にリスクが高まっています。むろん、今回のテロにおける直接の原因はフランスによるマリへの軍事介入ですから、フランス国内でのリスクは特に高まっていると言えるでしょう。 振り返れば、1990年代半ばにも、アルジェリアとフランスの両国内でテロに対する緊張が高まった時期がありました。 当時、アルジェリアではイスラム主義の反政府軍と政府軍との間で10年に及ぶ内戦が行われており、それがフランスへテロとなって飛び火し、1995年7月にパリで地下鉄爆破事件が発生。8人が死亡、約120人が負傷するなどの惨事が続きました。また、翌96年には、アルジェリアでフランス人司教がイスラム過激派に誘拐され、1カ月後に遺体で発見されるという不幸な事件も起きています。 さらに、2004年のスペイン・マドリードの列車爆破事件や、2005年の英ロンドン同時爆破事件の例もあることから、フランスに限らず西側諸国全般に警戒が必要だと言えます。 政情悪化により、テロを呼ぶリスクが上昇 亀井:リスクマネジメントでは、「ハザード(事故の可能性に影響する環境・条件・事情)」、「リスク(事故発生の可能性)」、「ペリル(事故)」、「ロス(損失)」に分けて考えます。 例えば自動車事故であれば、路面が凍結しているという状況が「ハザード」、スリップの可能性が「リスク」で、実際にスリップするという「ペリル」が発生し、自動車の破損という「ロス」が生じる。 今回の事件の「ハザード」は、「リビアのカダフィ政権の崩壊後、大量の武器が中東や北アフリカのイスラム武装勢力の手に渡った」→「マリ北部のイスラム過激派の動きが活発化し南進」→「それを阻止するためフランスが軍事介入した」という一連の動きです。これらの「ハザード」が除去されない限り、報復という「ペリル」が発生するリスクは高く、警戒の手を緩めることはできないでしょう。 日本企業は一刻も早く、現地に情報源や当局とのつなぎ役となる信頼できるパートナーを得る必要があります。 峯村 創一(みねむら・そういち) 1965年兵庫県西宮市生まれ。業界誌、編集プロダクションを経てフリー。ビジネス誌などで、主に企業・大学の取材・執筆に当たってきたほか、書籍の編集も手がける。 アルジェリア人質事件の波紋
1月16日にアフリカのアルジェリア東部の天然ガス関連施設の襲撃テロ。政府軍の突然の軍事作戦に伴って、日本人を含む多数の人質が犠牲となり、アフリカに進出している日本企業の関係者には衝撃が走った。この前代未聞の惨劇を受けて、アフリカをはじめとする新興国市場開拓の戦略やリスクマネジメントのあり方をどう見直すべきなのか──。BOP市場戦略や危機管理などの専門家の見解を緊急に聞いた |