04. 2013年1月28日 01:15:39
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地政学リスクの次元が変わるアルジェリア人質事件 2013年1月28日(月) 北爪 匡 前代未聞の事件に発展したアルジェリアの天然ガス施設襲撃テロ。突然の軍事作戦、情報の錯綜、周辺情勢の一層の不安定化──。地政学上のリスクがこれまでの常識を超えて日本企業に襲いかかる。 「イナメナスのプラントがテロリストに突破されるのは想定外だった」(日揮の遠藤毅広報・IR部長) 1月16日にアルジェリア東部の天然ガス関連施設が襲撃された人質テロ事件は、日本人を含む多数の犠牲者を出すという凄惨な事態となった。事件発生当初、日本の関係者や専門家の多くは、「人質解放交渉などで事態は長引く」と見ていた節がある。しかし、翌17日に事態は急転した。 アルジェリア政府が国軍を動員し、関係国への通達もないまま、武装テロリスト集団を攻撃。日本政府に限らず、関係各国に混乱と動揺が走った。 今回、日本人社員や現地スタッフが拉致され、犠牲者が出たプラント建設大手の日揮は、隠れたグローバル化先進企業だ。世界各地で事業を展開し、「国境なき技師団」を自負する。地政学上のリスクについても、相応の覚悟と対策を持ち合わせていたはずだった。 その日揮が、これほどまでの事態に巻き込まれた。背景には、これまで日本の政府や企業が想定してきた地政学上のリスクが、別次元のものへと変容しようとしている現実がある。 裏切られた日本の常識 変容の1つは、今回の事件が日本の常識を覆す形で展開したことだ。 現場には警備兵が配備されていたが、それを突破するほどの武力を持ったテロ集団が襲撃。しかも、武装集団の要求は隣国マリからのフランス軍の撤退だったにもかかわらず、多国籍の人材が集まる現場が標的にされた。 さらに、アルジェリア政府の対応にも衝撃が走った。人質の安全よりも、まるで報復を優先するような強硬姿勢でテロ集団を攻撃した。その後の人質の安否を巡る情報も、様々な内容が飛び交い、関係国を戸惑わせた。 従来、日本人が関係する人質事件では、人質救出のための粘り強い交渉や、人命を最優先した救出作戦が取られてきた。しかし、テロ行為に対して、あくまで強気の姿勢を示そうとするアルジェリア政府の対応は、日本の常識の範疇を超えたものだった。 もう1つの変容は、こうした情勢不安が同国にとどまらない点にある。2011年の「アラブの春」で、中東から北アフリカ一帯のイスラム圏では民主化運動が盛り上がった。しかし、その後の民主化は円滑に進まず、混乱が拡大。むしろテロの温床となり、現在も安定化に向けた糸口は見えていない。 シェール革命が招く地域情勢不安
さらに、今後の中東・北アフリカ情勢は一段の不安定化が懸念されている。背景にあるのが米国発の「シェール革命」。非在来型の石油・天然ガスを低コストに生産し、エネルギーの自給自足を視野に入れた米国は、巨額の軍事費がかかる中東情勢の安定化に関与を薄めるとの見方が広がっている。 「中国などとの覇権争いを考えれば、米国が完全に手を引くことは考えにくいが、絶対的な影響力は弱まっていく」(在中東のエネルギー業界関係者) 盛り上がるシェール革命の裏側で広がるこの動きは、原油を中東からの輸出に頼る日本にも大きな影響を及ぼしかねない。大手商社の首脳は、「イージーオイル、イージーガスはなくなりつつある」と話す。安全かつ低コストで原油や天然ガスを採掘できる地域は限られ、新規開発案件は洋上や僻地へとシフトが進む。アルジェリアにしても、天然ガスの産出量は世界9位と、日本にとって重要な国となっている。 従来の常識が全く通用しない領域にまで高まってきた地域情勢不安の懸念。北アフリカで事業を展開する大手商社幹部は、「一企業ではどうしようもない。できることには限界があるが、そこから退くこともできない」と漏らす。日本人が被害を受けた中でも過去最悪レベルの人質テロ事件は、地政学リスクの増大という重い現実を、国や企業に突きつけている。 菅原 出[国際政治アナリスト、G4SJapan元取締役]に聞く 武装勢力の脅威、格段に大きく 海外で事業を手がける多くの日本企業に大きな衝撃を与えた今回のテロ事件。その背景と日本企業の安全対策について、英国の危機管理セキュリティー会社G4S(旧ArmorGroup)の日本法人G4SJapanの元取締役で、国際政治アナリストの菅原出氏に話を聞いた。 まず認識を改めなければならないのは、北アフリカのイスラム系武装勢力の脅威が数年前と比べて格段に高まっているということだ。「アラブの春」では、エジプトやリビアで独裁体制が崩壊した。これは民主化の道を開くものと期待されたが、実際には、何十年間も力で抑え込まれてきた反体制勢力が解放され、彼らに「春」が来たことを意味する。その中にはイスラム系の過激な武装勢力も含まれる。 では、どれぐらい武装勢力の戦闘力は上がっているのか。昨年9月11日、リビア東部のベンガジで米国の領事館が襲撃され、大使ら4人の米国人が殺害される事件が起きた。この襲撃事件では、数十人の重武装した民兵が計画的な攻撃を行っている。この事件を調べると、「これはもはやミニ軍事作戦だ」と思わざるを得ない。これまで、イラクやアフガニスタンを除けば、西側の政府が警備をしている拠点に対し、武装勢力側が襲撃してくることは、あまり想定されなかった。特にアフリカ諸国では、あっても自動車爆弾テロといった攻撃だろうと考えられてきた。 今回のアルジェリアの事例で言えば、同国の治安機関が警備をしているガス関連施設自体を攻撃するのではなく、施設と空港などの間で外国人が乗った車両を襲うのがこれまでのやり方だ。「危ないのは移動中であり、施設の中に入ってしまえば安全だ」というのがこれまでの常識だった。 しかし、リビア・ベンガジの米領事館襲撃事件といい、今回のアルジェリアの事件といい、政府の治安機関が警備を固めている拠点を、重武装した集団が堂々と襲撃してくるようになっている。それだけ武装勢力側が自分たちの能力に自信をつけていると考えられる。 武装勢力の脅威が新たなフェーズに入る中、日本人の安全を確保するためには、情報収集を含む、新たな脅威に応じたセキュリティー体制の構築に官民を挙げて取り組まなければならない。例えば、緊急事態が起こってから「何か情報はありませんか?」といった問い合わせが来るが、何か起きてからでは遅い。ネットワークは、緊急時に機能させるために、普段からお金をかけて築いておく必要がある。 それは、現地で根を張って、各地域の政府やメディア、有力な経済人たちと関係を構築しておくということ。アルジェリアでの日揮のネットワークと情報収集能力のレベルは政府とは比較にならないほど高いはず。それでもこのような事態に陥っていることを重く受け止める必要がある。 (聞き手は 瀬川 明秀) 北爪 匡(きたづめ・きょう) 日経ビジネス記者。 |