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(レビュー)「硫黄島からの手紙」−−大島渚監督が湾岸戦争中に語った敵を撮る事への渇望
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5つ星のうち 5.0
敵を撮りたいと思ふ映画人の渇望, 2007/8/24
By 西岡昌紀 -
湾岸戦争(1991年)の時の事である。映画監督の大島渚氏が、『朝まで生テレビ』の討論の中で、戦争報道の在り方について、こんな言葉を口にした事が有った。−−「敵を撮る事は出来無い。」−−どんなに良心的なジャーナリストやドキュメンタリー作家であっても、戦場で敵を撮る事は出来無い。それが、あらゆる戦争報道の宿命であり、限界だと言ふ意味である。(湾岸戦争の際、イラクに滞在して取材したピーター・アーネットの様な例は有るが、その場合は、アメリカ側を同時に取材する事は出来無く成る。)大島監督のこの言葉は、戦争と報道に関する金言である。そして、同時に、「敵を撮る事は出来無い」と言ふ大島監督のこの言葉は、それでもその敵を撮りたいと言ふ、全ての映像作家の渇望の表現なのである。
この映画を見た時、私は、大島渚監督の上の言葉を思ひ出した。大島監督の言葉通り、第二次大戦中、日米の戦いを日本側から取材、撮影したアメリカ人ジャーナリストは居なかった。しかし、同時に、それらのアメリカ人ジャーナリストの中には、あの戦いを敵側(日本側)から取材したい、撮影したいと渇望したジャーナリスト、カメラマンが、居たに違い無いのである。クリント・イーストウッド監督が、この映画を作った動機は、もし、自分が、あの時代に映画監督だったならば、敵(日本人)を撮ってみたかったと言ふ渇望だったのではないだろうか?そして、その敵が、本当に「悪魔」だったのかどうかを、自分の目で確かめたいと思ったのではないだろうか。−−そんな気がして成らない。
(西岡昌紀・内科医/戦後62年目の夏に)
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