04. 2012年12月14日 15:59:26
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北朝鮮、予想より高度だった打ち上げ能力「核保有国か経済破綻か」が今後の焦点に 2012年12月13日(木) 松浦 晋也 2012年12月12日午前9時49分頃、北朝鮮は朝鮮半島の西岸の付け根近く、黄海に面した平安北道・東倉里(トンチャンリ)にある西海衛星発射場から、ロケット「銀河3号」を発射した。日本政府はこれを「人工衛星と称するミサイル発射」と称しているが、この打ち上げそのものは衛星打ち上げと考えて間違いない。打ち上げの方角はちょうど真南の方位角90度。北朝鮮の事前情報によれば、高度500kmの太陽同期軌道への打ち上げだという。 その後、北朝鮮が事前に通告してきた3海域に、それぞれ1つずつの落下物が確認された。それぞれ第1段、衛星フェアリング、第2段と思われる。予定海域に予定通りに落下したということは、第2段までの飛行が正常であったことを意味する。次の第3段が正常に動作すれば、北朝鮮は初の人工衛星の打ち上げに成功したことになる。 北朝鮮は過去の打ち上げ失敗でも、「衛星打ち上げに成功」と声明を出しているので、何を言っても信用できない。衛星の成否は、第三者の確認を待つことになる。具体的には衛星が出している電波を第三者が受信したか、あるいは軌道上物体を監視するレーダーを保有している米戦略軍(USSTRATCOM)が、軌道上物体のリストに北朝鮮が言う通りの軌道に入った新たな物体を追加するかどうかだ。 午後0時過ぎ、米戦略軍のリストに、新たな物体が登録された。国際標識番号「2012-072A」。軌道高度、軌道傾斜角(赤道からの軌道面の傾き角度)から見て、北朝鮮が打ち上げた物体と見て間違いない。やがて、ほぼ同じ軌道を巡る072Bと072Cも登録された。過去の登録状況から見て、Aが衛星本体、BとCは燃え尽きた第3段と、衛星を固定していたアダプターと考えてまず間違いはない。 次のステップは衛星からの電波が受信できるかどうかだ。軌道が明らかになったので、世界中のアマチュア無線愛好家が4月の打ち上げ時と同じ470MHz帯で一斉に受信を試みているが、12月13日朝現在、受信に成功したという情報はない。「衛星打ち上げは成功したが、衛星は動作せずに失敗したのではないか」というところである。 地球を1周以上回る軌道に人工物体を投入すると、それは人工衛星と見なされる。米戦略軍の確認によって、北朝鮮は初の衛星打ち上げに成功したことが確定的となった。世界的に見ると北朝鮮は、ソ連(現在はロシアとウクライナ)、米国、フランス、日本、中国、英国、インド、イスラエル、イランに続く、10カ国目の衛星打ち上げ能力保有国となった。 ただし、これは快挙ではない。北朝鮮は現在、国連安保理決議1874号により平和利用であるかどうかを問わず、いかなるミサイル関連技術の利用を禁止されている。衛星打ち上げは当然ミサイル関連技術の利用なので、今回の打ち上げは国際的な安全保障体制への公然たる反抗ということになる。 また、北朝鮮は衛星で使用する周波数を打ち上げ直前になって国際調整を行う組織の国際電気通信連合(ITU)に一方的に通告したり、打ち上げ事故で起きる損害の賠償責任を規定した国際的な条約の宇宙損害責任条約を締結していないなど、責任をもって宇宙開発を行う体制の整備も怠っている。 「衛星と言いつつ、衛星が欲しいのではなく核ミサイル技術が欲しくてやっている」――これが北朝鮮の衛星打ち上げロケット開発に対する国際的な見方であり、向けられている視線は冷たい。 第3段が精密な軌道制御を実施 今回の打ち上げにより、北朝鮮のロケット技術がかなり高い水準に到達していることが明らかになった。 打ち上げた衛星を、北朝鮮は「光明星3号-2」と呼称している。今年の4月13日に打ち上げに失敗した衛星が「光明星3号」だったので、その同型機と考えていいだろう。投入された軌道は、軌道傾斜角97.4度、近地点高度491.87km、遠地点高度585.12kmというものだった。 今回の打ち上げ方位角が真南の90度であったことを思い出してもらいたい。落下物があるとされた海域は、射場からまっすぐ真南の方角だった。つまり第2段までの飛行は真南に飛び、第3段で軌道を曲げて軌道傾斜角97.4度の軌道に入ったのだ。これは、北朝鮮が第3段でかなり精密に自律的な軌道制御を行ったことを意味する。 今回北朝鮮は、衛星を高度500kmの太陽同期軌道に投入すると事前に発表していた。太陽同期軌道というのは、軌道直下の地方時がいつも一定という特殊な軌道だ。地方時が一定なので、直下はいつも同じ方向から太陽光が当たる。地表の観測に適しているために、主に地球観測衛星が使用する。 太陽同期軌道は、地球が完全な球体ではないことから発生する軌道のぶれを利用して、軌道直下の地方時一定という軌道条件を維持する。このため使用する軌道高度と軌道傾斜角の組み合わせが限定される。高度500kmの円軌道の場合、軌道傾斜角はぴったり97.4度でなくてはならない。 軌道傾斜角97.4度の軌道へ衛星を投入する一番簡単な方法は、打ち上げ地の東倉里から方位角97.4度で打ち上げることだ。しかし、東倉里から97.4度の方向にまっすぐ向かうと、中国沿岸の人口稠密地帯の上空をロケットが飛ぶことになる。そこで可能な限り海上のみを飛行するコースとして方位角90度で打ち上げ、第3段で軌道を曲げる手法を選んだのだろう。 北朝鮮はロケット飛行経路に沿ってロケットの飛行を監視する追跡局を持っていない。また、洋上に派遣する追跡管制船を持っているという情報もない。つまり今回の打ち上げでは、1)第3段は地上局のアシストなしに飛行する方向を搭載センサーで計測し続け、その情報に基づいてエンジンの噴射方向を制御して軌道を曲げていった、2)第2段が燃焼終了後に姿勢を制御して、制御機構を持たない第3段を噴射後の軌道が傾斜角97.4度になる方向に正確に向けて分離した――のどちらかということになる。いずれにせよ、これはかなりの高度技術である。 衛星が投入された軌道は近地点が低すぎ、遠地点が高すぎる。しかし、この程度は衛星搭載のスラスターという小さなロケットエンジンで修正可能な範囲内だ(ただし、「光明星3号-2」にスラスターが搭載されているかは不明である)。 大抵の国は、初めての衛星打ち上げでは、ここまで精密な軌道投入は行わない。とにかくどんな軌道でもいいから地球を回る軌道に人工物体を投入することに集中する。その場合、真東に向けて打ち上げるし、最終段は余裕を持って加速するので遠地点高度がぐっと高くなる。1970年2月11日に打ち上げられた日本初の人工衛星「おおすみ」は、近地点軌道傾斜角31度、高度350km、遠地点高度5140kmの軌道に投入された。軌道傾斜角の31度、打ち上げ地の鹿児島県・内之浦宇宙空間観測所の緯度とほぼ等しい。ちなみに日本は1987年2月19日、N-IIロケット7号機による海洋観測衛星「もも1号」で初めて太陽同期軌道への打ち上げを行っている。 核保有国になるか、経済が破綻するか 北朝鮮は1998年以来、3回の衛星打ち上げ実験を実施したが、すべて失敗に終わっている(1998年8月、2009年4月、2012年4月。最初の2回で北朝鮮は「成功」と発表している)。4回目の今回で初めて成功したことで、1990年代に金正日体制になってから延々と開発し続けてきたロケット技術がきちんと動作することを実証した。 北朝鮮が狙うのは、核実験とロケット発射の成功の2つを揃えることによって、国際的に核保有国に準ずる国として待遇されることだ。今回の打ち上げ成功で、ステップを1つクリアした。が、私は、北朝鮮の目標達成は今回の成功でますます遠のいたのではないかと考える。 まず、衛星打ち上げ成功だけでは、大陸間弾道ミサイルの完成にはほど遠い。そのためには最低でも大気圏再突入技術が必要だ。大気圏再突入技術の実証のためには更なる複数回のロケット打ち上げが必要となる。今年の2回の打ち上げ実験にかかった費用は、2兆円程度と推定される北朝鮮のGDPの5%以上らしい。そのコストに北朝鮮経済はどこまで耐えられるだろうか。 また、2006年10月と2009年5月に実施した過去2回の地下核実験は、共に予定よりも小さな爆発で終わっており、完全な成功ではない。核兵器を保有したと国際社会に認めさせるには今後行う核実験で、1)事前に爆発規模を予告し、2)相応の振動と核実験特有の核種の拡散が世界各国で検出されること――が必要となる。これもまた、そのコストに北朝鮮経済が耐えられるかどうかは不明だ。 今回の打ち上げ成功を受けて、国際社会の経済制裁は厳しさを増すことだろう。これまで北朝鮮の後ろ盾となってきた中国も、「遺憾の意を表明」という一歩踏み込んだ表現で非難している。今回実証した技術だけでも、かなりの性能のミサイルの開発が可能になる。成功が、北朝鮮を囲む各国の警戒感を刺激したことは間違いない。 北朝鮮は、米レーガン政権の軍備拡張に呼応して軍備を増強した結果、経済が破綻した旧ソ連と同じ道を歩もうとしているように思える。 松浦 晋也(まつうら・しんや) ノンフィクション・ライター、科学ジャーナリスト。東京都出身。宇宙作家クラブ会員。慶應義塾大学理工学部卒業、同大学院メディア・政策科学研究科修了。日経BP社にて、機械工学、宇宙開発、パソコン。通信・放送などの専門媒体で、取材と執筆を経験。2000年に独立し、主に航空宇宙分野での取材・執筆活動に続けている。BPnetにて、コラム「宇宙開発を読む」を連載した。 ブログは「松浦晋也のL/D」、ツイッタはこちら。 宇宙開発の新潮流
宇宙に興味がある人は多いですが、人類が実際に宇宙で行っていることや、その意味や意義を把握している人は少ないです。宇宙開発は「人類の夢」や「未来への希望」だけではなく、国家の政策や経済活動として考えるべき事柄でもあります。大手メディアが触れることの少ない、実態としての宇宙開発を解説していきます。 |