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中国共産党の政治指導能力に関する研究 ―国内的不安定が対外関係に及ぼす影響についての予備的考察
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投稿者 MR 日時 2012 年 11 月 10 日 23:44:03: cT5Wxjlo3Xe3.
 

中国共産党の政治指導能力に関する研究
67
中国共産党の政治指導能力に関する研究
―国内的不安定が対外関係に及ぼす影響についての予備的考察―
山口 信治
はじめに
中国の国内社会は経済成長に伴い大きく変化する途上にあり、その中で貧富の格差をは
じめとするさまざまな社会矛盾が深まり、時に暴動・抗議活動のような形で噴出してきた。
確実な統計はないものの、中国における暴動・抗議活動は、2003 年に 6 万件、2004 年
に 7.4万件、2005 年に 8.7 万件、2008 年に12.7 万件、2010 年に18万件起きたとされ、
一貫して増加傾向にある1

中国の国内的矛盾は比較的幅広く知られているが、これが中国の対外行動に対し影響を
及ぼすとする研究が近年みられる。これまでの研究を大まかに分ければ、国内的矛盾が
対外的拡張をもたらすという説と、対外的妥協をもたらすという説の二つに分けることがで
きる。
第一に、中国の国内矛盾が対外的拡張をもたらすという説には、以下のようなものがある。
a)「転嫁理論、ガス抜き(diversion)」:ロバート・ロス(Robert Ross)によれば、本来中
国はグローバルな影響力を持ちえない大陸国家であり、海軍力を強化するのは非合理的行
動であるが、対外的に強硬な行動をとっているのは、国内の社会的不安定と海軍ナショナ
リズムが存在するためであるという。この議論によれば、中国の対外行動が脅威である場合、
その脅威の源泉は国内社会にあるということになる2
。スーザン・シャーク(Susan Shirk)
は、党・政府が、国民の不満の矛先をそらすために強硬な対外行動をとる可能性があり、
国内の不安定さこそが米国にとって最も危険であると論じた3
。また排外的ナショナリズムの
圧力が党・政府の強硬な政策の源泉となっているとの議論も幅広く見られる 4
。b)「オーディ
エンス・コスト」:中国の政策決定において世論の重要性が増しており、この世論の監視が
1 防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観 2012』防衛省防衛研究所、2012 年、83頁。
2 Robert Ross,“China’s Naval Nationalism: Sources, Prospects, and the U.S. Response,”International
Security, Vol. 34, No. 2, 2009, pp. 46-81.
3 Susan Shirk, Fragile Super Power: How China’s Internal Politics Could Derail Its Peaceful Rise, Oxford
University Press, 2007. またミンシン・ペイも同様の議論を展開している。Minxin Pei, China’s Trapped
Transition: The Limits of Developmental Autocracy, Harvard University Press, 2006.
4 Christopher R. Hughes,“Reclassifying Chinese Nationalism: the Geopolitik Turn,”Journal of
Contemporary China, Vol. 20, No. 71, 2011, pp. 601-620; Peter Hays Gries, Qingmin Zhang, H. Michael
Crowson and Huajian Cai,“Patriotism, Nationalism and China's US Policy: Structures and Consequences of
Chinese National Identity,”The China Quarterly, Vol. 205, 2011, pp. 1-17.68
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
あるために、特に危機時の対外政策において妥協ができないという説もある。シャークや
リンダ・ヤーコブソンとディーン・ノックス(Linda Jakobson & Dean Knox)は、中国政治
において、世論の重要性が高まっており、指導者はこれに常に気を配らなければならないこ
とを指摘した 5
。特に外交問題が起きた時に妥協すると、国内世論に背くことになり、政府批
判が高まる可能性があることから、妥協することができなくなると論じられている。
第二に、中国の国内矛盾は対外的妥協をもたらすとする説もある。この説の代表的論者
はテイラー・フラヴェル(Taylor Fravel)である。フラヴェルによれば、国内的矛盾が拡大
すればするほど、政府はその関心と資源を国内の問題に割こうとするため、拡張的行動をと
ることができず、むしろ妥協・譲歩を選択するという6
。また松田康博はフラヴェルの説に基
本的に賛同しつつも、対外行動を抑制する国内問題が、場合によってはもろ刃の剣のよう
に対外的拡張に転化する可能性を指摘している7

先行研究の中には優れた研究も多いが、問題は、なぜ、どのようなメカニズムで国内的
不安が対外行動に結びつくのか、という点が解明されていないことである。国内的不安は
全ての国家において常に対外行動に影響を及ぼすわけではなく、影響を及ぼすには何らか
の条件を必要とする。これまでの研究は社会の不安定と対外行動を直接的因果関係で説明
しており、その間を媒介する変数を捨象していたのである。その変数が明らかにならない限
り、この問題に対する理解は過度に直線的とならざるをえない。本稿の課題は、この国内
の問題と対外行動をつなぐメカニズムについての分析的枠組みを提供することにある。
本稿は、国内問題と対外政策をつなぐ媒介変数は、政治体制の安定性であると主張する。
そしてそうした観点から見た場合、中国の政治体制の不安定性は限定的であり、国内問題
が対外政策に転嫁される可能性は現段階ではそれほど高いとは言えない。
本稿は、国際関係論や比較政治学の理論を参照・援用しつつ上述の問題を分析する。
中国の政策決定についての研究に伴う方法的な問題は、確実な資料による実証が極めて難
しい点にある。事実関係を詳細に検討していくことはもちろん重要であるが、細部に集中し
すぎるあまりに全体像を見失う危険もある。そうした事態を避けるためには、分析の枠組み
5 Susan Shirk, Fragile Super Power; リンダ・ヤーコブソン、ディーン・ノックス『中国の新しい対外政策』(辻康
吾訳・岡部達味監訳)岩波書店、2011年(原書:Linda Jakobson and Dean Knox, New Foreign Policy Actors
in China, SIPRI Policy Paper, No. 26, 2010)。
6 Taylor Fravel, Strong Borders, Secure Nation: Cooperation and Conflict in China’s Territorial Disputes,
Princeton University Press, 2008; Taylor Fravel,“International Relations Theory and China's Rise:
Assessing China's Potential for Territorial Expansion,”International Studies Review, Vol. 12, No. 4, 2010,
pp. 505-532; Taylor Fravel,“Economic Growth, Regime Insecurity, and Military Strategy: Explaining the
Rise of Noncombat Operations in China,”Asian Security, Vol. 7, No. 3, 2011, pp. 177-200.
7 松田康博「中国の対外行動を制約する国内政治要因」『平成 18 年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛
研究所、2007年。中国共産党の政治指導能力に関する研究
69
が必要となる。本稿は、理論を参照しつつ議論を整理することで、重要な要素を特定し、
後の実証作業のための枠組みを提示する。本稿が扱おうとする問題の全体像は非常に大き
く、本稿で十分に議論しつくすことはできない。特に本稿の主眼は問題提起とその分析枠
組みの提供に置かれるため、実証については今後の課題とせざるを得ない。
それでは、なぜ中国の国内の状態と対外行動との関連を検討する必要があるのだろうか。
この問題が重要であるのは、以下の理由による。第一に、現実の中国の外交・安全保障
政策を見る際に、国内の要素が重要になりつつある、という認識が、学術界のみならず実
務界においても幅広く共有されているにもかかわらず、これまでほとんど研究がなされてこ
なかったことである。
第二に、中国の対外行動が何に基づいているか、という議論に対して貢献できる。中国
の対外行動の説明について、先のロスの説明のように、仮に国内の過激なナショナリズムが
決定的に重要な要素であり、それに基づいて中国が拡張的政策をとるのであるとすれば、
それが意味するのは、過激なナショナリズムが存在する限り、中国は拡張的政策をとり続け
るということである。そしてその場合、外国の対中政策は中国の行動に対してほとんど影響
を与えることができないであろう。しかし国内問題と対外政策を直接的因果関係で説明す
るのは過度な単純化につながりかねない。ここに政治体制の安定性という媒介変数を加え
ることで、より幅の広い理解が可能となる。社会の不安や過激なナショナリズムが存在して
も、安定的な政治体制がそれらの影響を制限できるならば、中国の政策が常に拡張となる
とは限らないことになる。その意味でもこの問題の解明は重要なのである。
最後に本稿の構成は以下の通りである。1では、本稿にとって必要な理論的検討を行う。
そこで重視されるのが、国際関係と比較政治の理論である。2では、理論的検討に基づき、
中国の政治体制の安定性を検討する。
1 理論的検討
(1)国内政治と対外政策の関係に関する議論
ここでは国内政治と対外政策の関係に関する理論として、「転嫁理論(diversionary
theory)」と「オーディエンス・コスト」をめぐる議論を参照する。
@ 転嫁理論
「転嫁理論」とは、国内的不安に苛まされ、政権の地位が不安定となった支配者は、紛
争を起こすことで国内問題から国民の目をそらし、支持を高めようとする、と主張する議論70
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
である8
。こうした議論は、メディアなどにおいてもしばしばみられる。例えば 2010 年の尖
閣諸島沖漁船衝突事件の時には、中国側の対応について、「尖閣問題で『政府は弱腰』と
の印象を与えれば、国内経済格差などへの不平や不満に『引火』し、中国国民の矛先が
共産党指導部に向けられかねない。そんな懸念もあって、中国政府は今回、日本に高圧的
な態度をとっているのだろう9
」といった議論が見られた。
しかし、こうした議論が成り立つには、以下の点が重要であることを忘れてはならない。
それは、社会の不満や過激なナショナリズムの圧力があったとしても、国内社会に問題が
あるというだけで、自動的に政策への影響が決定されるわけではないということである。そ
うした問題が政策決定者にとって、致命的に重要でなければ、不満や圧力が政策に対して
影響を与えることはできない。換言すれば、国内社会の問題が政権の転覆につながる可能
性を、政策決定者が認識していなければ、国民の目をそらすために対外政策を利用しよう
とすることはないであろう。
完全に一枚岩の全体主義体制であれば、政策決定に対する国内社会の影響はほとんど
ないであろうという想定が可能である。むしろ政策決定者は、大衆運動などの形で国内社
会を動員・利用する。また、成熟した民主主義体制においては、民主的制度によって社会
からの利益表出が可能であるがゆえに、社会からの不満や圧力がそのまま対外行動に大き
な影響を与えることはないであろう10

反対に、政治体制が不安定化した国家、例えば何らかの要因により民衆の政治参加が
拡大し、それを制度化することに失敗した国家においては、体制が不安定であるがゆえに
噴出する社会からの不満や、過激なナショナリズムを抑えることができず、攻撃的対外行動
をとることがありうると考えられる。またエドワード・マンスフィールドとジャック・スナイダー
(Edward Mansfield & Jack Snyder)によれば、民主化移行過程にある国家も同様の理由
で不安定であり、こうした国家が最も攻撃的対外行動をとる傾向にあるという11

ブライアン・ライとダン・スレイター(Brian Lai & Dan Slater)によれば、非民主主義体
8 Taylor Fravel,“The Limits of Diversion: Rethinking Internal and External Conflict,”Security Studies,
Vol. 19, No. 2, 2010, pp. 307-341の定義による。
9 「尖閣沖漁船衝突 中国は『反日』沈静化に努めよ」『読売新聞』2010 年 9月16日。
10 民主主義体制において、世論や支持率は重要である。本稿の観点から言えば、支持率が低い不安定な政権は、
世論の影響を受けやすく、逆に支持率の高い安定的政権は比較的自由な政策選択が可能であると考えられる。
11 Edward Mansfield and Jack Snyder,“Democratization and the Danger of War,”International Security,
Vol. 20, No. 1, 1995, pp. 5-38; Edward Mansfield and Jack Snyder,“Democratic Transitions, Institutional
Strength, and War,”International Organization, Vol. 56, No. 2, 2002, pp. 297-337.中国共産党の政治指導能力に関する研究
71
制の中では、軍事独裁体制の方が一党体制よりも攻撃的な政策を取りやすい12
。その理由は
リーダーの性質が戦争を好むからではなく、軍事独裁体制下では、エリートの派閥主義を
うまくコントロールし、大衆の異議を制限するような効率的な制度が存在しないからである
という。その結果、政党という制度を持つ一党体制が比較的政権を安定させ、安定的対外
政策を取ることができるのに対し、軍事独裁体制の指導者は、制度を欠くがゆえに、対外
政策を利用して支持を集めようとすると彼らは論じた。
よって、国内の社会的不安定やそれと結びつく形での強烈なナショナリズムが、中国の
対外行動に影響するとすれば、政治体制が不安定化している可能性が高いと考えられる。
A 妥協説
それでは妥協についてはどうであろうか。妥協説は、国内的矛盾が拡大すればするほど、
政府はその関心と資源を国内の問題に割こうとするため、拡張的行動をとることができず、
むしろ妥協・譲歩を選択すると考える。
ここでも重要となるのは、政治体制の安定性である。政府にとって対外政策において妥
協することはさまざまな政治的リスクを伴うと考えられる。そうしたリスクがありながらも妥
協を選択することができるためには、政治体制が安定していなければならない。仮に国家が、
国内のさまざまな問題に資源を振り分けて解決し、またさまざまな要求を制度化し、そのた
めに対外政策において妥協する能力があるのであれば、政治体制は安定的であると考えら
れる。
B オーディエンス・コスト
もう一つ検討しなければならないのは、「オーディエンス・コスト」をめぐる議論である。
オーディエンス・コストとは、国家が行動をとる際、国内・国外の聴衆(国民や外国政府)
による監督がある場合、行動を変更する(強硬姿勢から後退する)ときに生じる政治的コス
トのことである。このコストが高い場合、国家は後退することができない13
。ジェイムズ・フィ
アロン(James Fearon)はこうしたコストは民主主義体制において発生すると考えた。コス
トの発生は、政策転換することを難しくするがゆえに、逆に対外政策の信頼性を高める。よっ
て、民主主義体制は対外政策の信頼性が高いといえるのである。
12 Brian Lai and Dan Slater,“Institutions of the Offensive: Domestic Sources of Dispute Initiation in
Authoritarian Regimes, 1950-1992,”American Journal of Political Science, Vol. 50, No. 1, January 2006,
pp. 113-126.
13 James Fearon,“Domestic Political Audiences and the Escalation of International Disputes,”American
Political Science Review, Vol. 88, No. 3, September 1994, pp. 577-592.72
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
これに対して、非民主主義体制においてもオーディエンス・コストが発生しうるとの議論
もある。ジェシカ・ウィークス(Jessica Weeks)によれば、エリート層の多元化が進み、
リーダーが政策の失敗で罰せられる可能性が高まれば、オーディエンス・コストが高まりう
るとされる14
。この議論によれば、個人独裁の体制よりは、より制度化された一党体制の方
がオーディエンス・コストは高いということになる。このことから、指導者層が多元化すれば、
オーディエンス・コストは発生しうる、ということが言える15
。また、指導部内の対立が深まり、
リーダーに対する挑戦がある状況では、オーディエンス・コストはより高まると考えられる。
以上より、オーディエンス・コストの発生についても、政治体制の安定性が問題であると
いう点、および政治エリート層の多元化が、権威主義体制においてもオーディエンス・コス
トを発生させることが明らかとなった。
(2)政治体制に関する議論:非民主主義体制の安定性
では、政治体制の安定性を分析する上で重要なのは何か。それは政党を含む、社会か
らの要求を吸い上げる制度の存在である。制度以外では、リーダーのカリスマ性や伝統的
権威も政治体制を安定させる需要な要素である。しかし、リーダーのカリスマ性は持続性
に限界があり、また伝統的権威は変化する社会において柔軟性を保つことが難しい。
サミュエル・ハンチントン(Samuel Huntington)は古典的著作の中で、社会の急速な
変化と急速な政治参加の拡大に対し、国家が政治制度を作ることでこれを緩和・吸収でき
ない場合、その国家は政治的に不安定となると論じた16
。非民主主義体制の中では一党体
制が比較的安定的であるのは、何よりも政党の存在によって、社会の要求を個人独裁や軍
事体制に比べて制度化することができるからである。政党は政治参加を組織化するという
意味で重要性を持つ。すなわち、組織化された参加と動員を達成するために政党が機能す
ると言えよう。その意味で政党を制限するということは、参加を制限することである。ハン
チントンは「近代化途上の国家の安定性は政党の強さに依存する」と述べ、強力な党なき
支配は基本的に弱いもの、崩壊しやすいものであると論じた17
。またジェニファー・ガンディ
(Jennifer Gandhi)は、その独裁制の研究の中で、非民主主義体制における支配者は、
14 Jessica Weeks,“Autocratic Audience Costs: Regime Type and Signaling Resolve,”International
Organization, Vol. 62, Winter 2008, pp. 35-64.
15 エリート層の多元化により生じたオーディエンス・コストが、民主主義体制におけるオーディエンス・コストと同質
のものなのか否かは、現時点では判断できない。今後の検討課題である。
16 Samuel Huntington, Political Order in Changing Societies, Yale University Press, 1968.
17 Samuel Huntington,“Social and Institutional Dynamics of One-Party Systems”in Samuel Huntington and
Clement Moore eds., Authoritarian Politics in Modern Society: The Dynamics of Established One-Party
Systems, Basic Books, 1970, pp. 3-48.中国共産党の政治指導能力に関する研究
73
支配を継続するために、国民の服従と協力を必要とすると述べた18
。それによれば、服従を
確保するためには、物理的暴力と監視を必要とするが、常にそうした手段に頼るのは一般
に高コストであり、また効果的とは限らない。よって非民主主義体制は、国民の協力を得る
ために、国民の利益をある程度反映させることができるような制度を作る。
また、権威主義体制のオーディエンス・コストの議論の中で、リーダーシップの多元化がオー
ディエンス・コスト発生の条件となっていることを論じた。リーダーシップの多元化は、確か
にリーダーにとって、政策に失敗した場合の政治的危険性を高めることもありうる。しかし、
これはコントロール不可能な危険ではなく、各アクターを招集して調整するメカニズムが存在
していれば、必ずしもリーダーにとって多元化は大きな問題とはならないであろう。
以上の理論的検討より、次の点が理解できた。第一に、国内的不安定が国家の対外行
動にいかなる影響を与えるのか考える際に、その前提として政治体制の安定性を探る必要
がある。第二に、政治的エリートの多元化は、権威主義体制においてもオーディエンス・コ
ストを発生させうる。
2 中国の政治体制に関する検討
それでは理論的検討を前提にしたときに、中国の現状をどのように考えることができるで
あろうか。本節では、政治体制の安定性と政治的エリートの多元性を考察する。
(1)社会の多元化と中国共産党の対応
@ 経済発展と中国社会の変化
1990 年代以降の中国において、市場経済化と経済発展は、社会の多元化をもたらした。
市場経済化の中で私営経済部門が発達し、それに従い私営企業家が台頭した。また経済
発展の中で、次第に中間層が形成された。農村においては、村民委員選挙が開始されるなど、
ある程度の民主的メカニズムが導入されている。メディアもかつてに比べて多様化し、限界
はあるものの、かなり自由な報道ができるようになってきた。
その一方で、経済発展至上主義の中でさまざまな社会矛盾が深まったことも事実である。
こうした社会矛盾は時に暴動・抗議活動のような形で噴出してきた。こうした暴動・抗議活
動は、主に三つの社会的階層から来るとされる。すなわち、農民、都市住民、少数民族
18 Jennifer Gandhi, Political Institutions under Dictatorship, Cambridge University Press, 2008.74
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
である19
。農民は、主に過剰な徴税、開発に伴う土地の強制接収、環境汚染に対して、都
市住民は、開発に伴う土地の強制接収、労働者に対する解雇・賃金不払い、環境汚染に
対して大きな不満を抱いている。また少数民族は、経済格差や民族の自立性を侵害される
ことに反発する。
所得格差は、ジニ係数が 0.47〜 0.48で推移するなど、大きなものとなっている。格差
には都市・農村格差、地域格差(沿海部と内陸部)、都市内格差があるが、特に都市と農
村の格差は大きく、1992 年の所得格差が都市農村間で 2.4:1だったのが、2006 年には 3:
1となった 20

環境破壊も深刻な問題となっている。環境保護部環境規格院の発表したレポートによれ
ば、環境汚染コストは 2004 年の 5118 億元から2009 年の 9701億元まで増加した。ま
た 2009 年の環境汚染コストと生態破壊コストの合計は13916 億元(前年度比 9.2% 増加)
であり、その年の GDP成長率 8.7%を越えた 21

2000 年代に入り、地方政府が投資誘致などの目的で、農民から土地を安価で強制的に
買い上げるという現象が多発した。中国では社会主義体制という建前から、土地はあくま
で公有制であり、農民は使用権を有するのみである。そのため、地方政府による土地収用
に対し、有効な抵抗手段を持たない22

このような中国共産党をめぐる環境の変化は、中国の政治体制の将来について、二つの
予測を呼んでいる。それは a)漸進的民主化とb)体制崩壊である23
。いずれのシナリオに
も共通する前提は、中国共産党は、変化する社会の前に動揺し、変化を余儀なくされてい
るという見方である。
A 中国共産党の政策 I:エリート・中間層の抱き込み
しかし、一方で注意しなければならないのは、中国共産党は社会が変化していくのを受
動的に見守っていたのではない、ということである。中国共産党は社会の変化に適応して
支配体制を維持・強化しており、権威主義の弾力性(authoritarian resilience
24
)とでもい
うべきものを見せているのである。デイヴィッド・シャンボー(David Shambaugh)によれば、
19 三浦有史「中国の『和諧』はどこまで進んだか:成長、格差、社会不安定化の行方」『環太平洋ビジネス情報』Vol. 9,
No. 35, 2009, 4 〜34頁。
20 Thomas Lum, Social Unrest in China, CRS Report for Congress RL33416, May 8, 2006, p. 10.
21 「中国環境汚染損失増速已経超過 GDP 増速」『第一財経日報』2012 年 2月1日。
22 Albert Keidel, China’s Social Unrest: The Story behind the Stories, Policy Brief No. 48, Carnegie
Endowment for International Peace, September 2006.
23 唐亮『変貌する中国政治:漸進路線と民主化』東京大学出版会 2001年;Pei, China’s Trapped Transition.
24 Andrew Nathan,“Authoritarian Resilience,”Journal of Democracy, Vol. 14, No. 1, 2003, pp. 6-17.中国共産党の政治指導能力に関する研究
75
中国共産党は、ソ連・東欧の共産主義体制の崩壊やカラー革命を丹念に研究し、政権維
持のために自己を変革して市場経済へ適応する努力を継続してきた 25

前述の理論的検討で指摘したように、非民主主義体制は、その支配を継続するために、
国民の服従と協力を求めようとする。そして物理的強制力による服従のみではコストが大き
すぎることから、なんらかの協力を確保するメカニズムを作ろうとする。こうした観点に立っ
た時、中国ではどのような政策がとられているのだろうか。
協力については、制度化が重要であることはすでに述べた。中国共産党は多様化する社
会の利益や要請に対し、これを制度的に吸収する努力を続けてきた。ブルース・ディクソン
(Bruce Dickson)によれば、中国共産党は、市場化に伴って台頭してきた私営企業家に対
して、@共産党に入党させる(江沢民の「三つの代表」論)、A新たな集団とのリンクを構
築し、国家コーポラティズム的メカニズムを作り上げ、党との協力関係を維持させる、といっ
た対策を通じて、体制内に取り込む政策を取り、大きな効果をあげてきた。そしてその結果
として政治的エリートと経済的エリートの統合が起きていると論じている26
。経済発展に伴う
私営企業家や中産階級の台頭は、最終的に政治の民主化をもたらす、といういわゆる「リプ
セット仮説」は、少なくとも現段階では中国の状況にあてはまっておらず、むしろ一党体制
との協力関係を維持している、というのである27

以上のように、中国共産党は、エリートおよび中間層の取り込みを優先しており、それに
成功してきた。国分良成は、こうした状況を「中国型の『党国コーポラティズム』体制のも
とで、市場化のなかで生まれた新興エリートである私営企業家などは、共産党による「取り
込み」による癒着関係の結果、ますます強固な既得権益層として現体制の維持を最優先す
るようになると思われる」と述べている28
。またジャン・ピエール・カベスタン(Jean-Pierre
Cabestan)は、これら特徴を総括し、中国は共産党とエリートの同盟による「開明的であ
るが富裕層中心の権威主義体制」に移行しつつあると指摘した 29

25 David Shambaugh, China’s Communist Party: Atrophy and Adaptation, University of California Press,
2008.
26 Bruce Dickson, Wealth into Power: The Communist Party’s Embrace of China’s Private Sector,
Cambridge University Press, 2008.
27 Seymour Martin Lipset,“Some Social Requisites of Democracy: Economic Development and Political
Legitimacy,” American Political Science Review, Vol. 53, No. 1, March 1959, pp. 69-105; バリントン・ムーア
Jr『. 独裁と民主政治の社会的起源』(宮崎隆次・森山茂徳・高橋直樹訳)岩波書店、1986 年。
28 国分良成「中国における過渡期の政治体制」慶應義塾大学編『慶應の政治学:地域研究』慶應義塾大学出版会、
2008 年、92頁。
29 Jean-Pierre Cabestan,“Is China Moving towards‘Enlightened’but Plutocratic Authoritarianism?”China
Perspective, Vol. 55, September-October 2004, pp. 2-10.76
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
B 中国共産党の政策 II:農民・労働者などに対する政策
しかし、暴動や抗議活動は、体制の恩恵から漏れた人々が起こす。特に農民と労働者と
いう、本来中国共産党が階級政党として最も重視すべき階層は、上述のエリート重視の政
策の中で軽視される。暴動や抗議活動のほとんどがこうした階層から来ていることからも、
それは明らかであろう。では中国共産党はこうした階層に対してどのような政策をとっている
のであろうか。
第一に、物理的強制力による鎮圧である。前述のガンディの研究は、非民主主義体制は
人々の協力を求めると同時に、服従も求めることを指摘していた。服従を確保するのは最終
的には物理的強制力である。これは公安部、国家安全部、人民武装警察を中心とした治
安管理機構によって担保されている。特に大規模な暴動に対しては中央軍事委員会ならび
に中央政法委員会の管轄である人民武装警察が対応する。人民武装警察は 66 万人規模
の人員を有しており、2008 年のチベット暴動などにおいて大規模に動員された。こうした物
理的強制力の利用は、確実にコストがかかっている。2011年予算では「公共安全費」(治
安維持費 30
)が 6244 億元となり、国防費 6011億元を超えている。
第二に、限定的譲歩である。中国共産党は、個別イシューについて、要求を受け入れる
ことで懐柔策をとることがある。不満に対する対症療法的対応とも言える。中国共産党は、
住民との間の小規模なヒアリングや協議の場を作ったり、あるいは村レベルで村民代表選
挙を行ってある程度の政治参加を許容するなどしている。こうした協議や参加は、あくまで
国家の定めたアジェンダの中で行われ、その結果も国家のコントロール下にあることから、
必ずしも漸進的民主化をもたらすようなものではなく、むしろ「協議型権威主義」とでも呼
ぶべきものであるという研究もある31

第三に、地方政府の悪者化である。中央は、問題について地方政府の権力濫用を非難
することで、「中央政府は農民の側に立っている」というイメージを作ることに成功している。
中央政府から見て暴動やデモの脅威は現時点では限定的である32
。暴動やデモは、ほとん
どが地方政府や企業に対して起きており、中央政府に対して直接的行動がとられることは
少ない。暴動や抗議活動の分散性・非組織性・地域性といった特徴のため、こうした行動
30 ただしこの「公共安全費」は治安維持のみならず、様々な項目を含んでおり、一部で言われるような警察支出の
みだけではない。
31 Baogang He and Mark Warren,“Authoritarian Deliberation: The Deliberative Turn in Chinese Political
Development,”Perspectives on Politics, Vol. 9, No. 2, 2011, pp. 269-289.
32 角崎信也「『群体性事件』の発生メカニズム―『圧力型体制』の視点から」国際問題研究所コラム、2012 年 2
月22日<http://www.jiia.or.jp/column/201202/22-Kadozaki_Shinya.html>;角崎信也「『群体性事件』と中国
政治体制の『弾力性』」国際問題研究所コラム、2012 年 2月23日<http://www.jiia.or.jp/column/201202/23-
Kadozaki_Shinya.html>。中国共産党の政治指導能力に関する研究
77
が大量に発生しているからといって直ちに中央政府にとって脅威となってはいない。暴動や
抗議を引き起こす農民や労働者の階層間に組織的連絡はなく、また同一階層であっても地
域をまたぐことはなく、かつシングル・イシューについての行動であることが多い33
。また連
携しようという動きは、情報統制や監視によって遮断されているために、階層・地域横断的
になりにくいとされる34
。角崎信也によれば、民衆の不満は村や郷鎮といった地方政府ない
しは幹部を標的としたものであり、問題は個々の地方政府の問題に矮小化されるがゆえに、
地域横断的な行動が起きにくくなっている35

この問題は本稿にとって重要であるので、より詳しい検討を要する。中国は、改革開放
の開始以来、地方政府が経済発展において果たす役割を非常に重視してきた。地方政府
による地域経済や、工業企業への積極的なコミットメントは、中国の奇跡的経済発展の原
動力となってきた。地方政府における幹部の評価もどれほど経済発展に貢献したかであり、
具体的にはその省や県の域内総生産値をどれだけ向上させたかが評価の基準となる36
。そ
のため地方政府は、経済発展を至上命題として、地方政府間で熾烈な競争を繰り広げてき
たのである。
しかし一方で、経済発展至上主義は、地方政府に対する圧力にもなってきた。地方政府・
地方幹部への地域経済発展への中央からの圧力は非常に高い。しかし中央政府からの、
経済発展に必要な資金などの移転は非常に限定的であるために、地方政府は自助努力に
よって経済発展目標値を達成するほかない。栄敬本はこのような発展至上主義の圧力が地
方政府にかかる中国の特徴を「圧力型体制」と呼んだ 37

「圧力型体制」の帰結は、最終的に負担が農民の上にかかったことである。有力な産業
や企業を地元に有している地方政府は、それに頼って経済発展を達成することができるが、
多くの内陸部地方政府は、自己資金および外部からの誘致による投資に頼らざるを得ない。
このため多くの地方政府は、予算外資金の徴税と土地の強制的収用を積極的に行うことと
なり、その負担は農民に課せられてきたのである38

このような体制において、不満の矛先はまず現場の地方政府に向かう。地方政府に対
する異議申し立て・抗議行動は、ある程度まで中央政府にとって問題にならない。よって、
33 Keidel,“China's Social Unrest"; Lum,“Social Unrest in China.”
34 三浦「中国の『和諧』はどこまで進んだか」。
35 角崎「『群体性事件』と中国政治体制の『弾力性』」。
36 劉亜平・顔昌武「転型期中国地方政府間競争:策略選択与制度規範『」浙江社会科学』2006年第 6期、25〜30頁。
37 栄敬本『従圧力型体制向民主合作体制的転変:県郷両級政治体制改革』中央編訳出版社、1998 年;樊紅敏
『県域政治:権力実践与日常秩序』中国社会科学出版社、2008 年。
38 梶谷懐『現代中国の財政金融システム』名古屋大学出版会、2011年;Thomas Bernstein and Lu Xiaobo,
Taxation without Representation in China, Cambridge University Press, 2003. バーンスタインはその背景とし
て経済発展の圧力の他に、地方政府の肥大化という原因を挙げている(pp. 96-104)。78
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
様々な暴動などがただちに中央の安定性を揺るがしているとは言えないのである。
C 評価
以上より、中国の国内問題が、政治体制そのものを不安定にする程度は、現時点ではか
なり限定されていると言える。それは a)中国共産党はエリート層ならびに中間層をうまく抱
き込むことに成功していること、b)農民層・労働者層の不満は、物理的強制力による抑え
込み、限定的懐柔策が併用されており、また仮にデモや暴動が起きても、地域的・組織的
に限定されていることに示されている。
ただし本稿は、将来的変化の可能性を否定しているのではない。特に地域・階層横断的
なイシューは中国共産党にとって大きな脅威となりうる39
。例えば、2011年の温州における
高速鉄道列車衝突事故では、政府の初期対応の稚拙さに加えて、事故当初、報道が比較
的自由であったこと、微博などを通じて情報が拡散されたことで、政府に対するメディア・
民衆の批判と不信感が、幅広く共有された。また環境問題は社会階層を横断する大きな問
題となりうる。2011年、大連では化学工場から有毒物質が流出する恐れが出たことから、
市民 1万人以上による化学工場移転要求デモが行われた。他にも都市における出稼ぎ労働
者のデモ・暴動も大きな問題となりうる。2011年には広東省において、四川省出身者によ
る暴動が起きたし、2009 年の新疆における暴動も、元は広東省に出稼ぎに出ていたウイグ
ル族の現地での摩擦が発端となっていた。
そうした地域・階層横断的関心を作り出す媒体となりうるのが、インターネットと人口移
動である。インターネットについては、ネットユーザーが 5 億人を突破し、「微博」のような
ソーシャル・メディアが大きな影響を持つようになった40
。温州列車事故の際には、微博を
通じて批判の声が瞬く間に広まった。人口移動については、2011年 4月の人口センサスに
よれば、経済発展に伴い農村労働人口の多くが沿海都市部に移動した結果、都市在住の
農村戸籍者は 2010 年時点で 2.2 億人に達した。これは 2000 年との比較で1億人あまり
の増加、2008 年の 2 億人と比べても増加の流れは継続しており、従来の戸籍制度で管理
できない人口が大きくなったことが明らかである 41
。こうした流動人口は、社会保障・教育の
恩恵を受けられないことが多く、不満分子化しやすい上に、当局の監視を行き届かせるこ
とが難しくなっている 42
。中国共産党が「社会管理の強化」の方針の中で、流動人口とイン
ターネットに対する管理に重点を置いている点は、まさにこうした背景から理解可能である。
39 防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観 2012』防衛省防衛研究所、2012 年、83 〜 85 頁。
40 王晨「中国互聯網用戸已突破 5 億」『新華網』2011年 9月29日。
41 三浦「中国の『和諧』はどこまで進んだか」。
42 「我国経済社会出現四大変化」『人民日報」2011年 4月29日。中国共産党の政治指導能力に関する研究
79
(2)政策決定システムの変化
次に、中国の政策決定システムの変化と継続について検討する。ケネス・リバソル(Kenneth
Lieberthal)は、中国の政策決定において決定的に重要なのは、党内序列のトップ 25 〜
35 名であり、そうした特徴は 21世紀に入っても変化していないことを指摘した43
。しかし一
方で、もはや毛沢東の時代のように最高指導者が、自己の意思を国家の意思として押し付
けることができることはできなくなっている。リバソルはこの変化についてa)最高指導者
の権力は毛沢東、ケ小平に比べ非常に限定的となった、b)制度化が進展し、ケ小平のよ
うに地位はないがインフォーマルに権力をふるうことが少なくなった、c)トップグループは、
革命戦争をともに戦った世代よりも団結力が弱くなった。d)政治システム全体におけるトッ
プグループの権力が前の世代よりも低下した、e)引退幹部が影響力を及ぼすことがなくなっ
た、という点を指摘した。すなわち、決定の制度、システム自体は大きく変わっていない一
方で、中央の最高指導者グループの権力は毛沢東・ケ小平に比べて弱くなっている、とい
う特徴がうかがえる。それではこうした変化は、政策決定過程全体にとってどのような意味
をもつのであろうか。特に本稿において重要なのは、リーダーシップの多元化が、どの程
度進行しており、そしてまたそれがウィークスらのいうところのオーディエンス・コストを発生
させうるか否かである。
@ 専門化、多元化、分権化、グローバル化
経済発展に従って、党・国家・軍に必要な機能は多様なものとなり、それに合わせて党・
国家・軍は組織的にも分化していくと考えられる。組織はそれぞれ利益を持ち、互いに影
響力を競う。このようなボトムアップ型の政策決定は、近年の中国において明らかに顕著と
なってきている。
デヴィッド・ランプトン(David Lampton)は1990 年代以降の中国の政策決定過程の変
化について、専門化、多元化、分権化、グローバル化という特徴を指摘した44
。すなわち、a)
専門化:それぞれの政策領域における専門知識の重要性が上昇し、政治エリートもそれぞ
れの専門領域を持つ。特に日常的ルーティンワークなどにおいて、専門性のないアクターの
関与は難しくなった。b)多元化および分権化:アクターの多元化と分権化により、政策決
定過程が複雑化した。c)グローバル化:国際秩序への参加によって、国際規範の影響力
43 Kenneth Lieberthal, Governing China, 2nd ed., W. W. Norton & Company, 2004, pp. 206-211.
44 David Lampton,“China's Foreign and National Security Policy-Making Process: Is It Changing, and Does
It Matter?”in David Lampton ed., The Making of Chinese Foreign and Security Policy, Stanford University
Press, 2001, pp. 1-36.80
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
が増大した。
そして、政策決定に携わるアクターが多元化した結果、政治指導者間の合意形成が重要
となった45
。今日の中国においては、国内の多様な声が不協和音となって政策決定者に多様
な目的を追求するよう迫っており、そのため競合する諸課題を調和させねばならず、「党中
央政治局内部での合意形成が党の団結と政治的安定を確保する上で至上の命令となってい
る」46
。そして、党・政府・軍幹部、知識人、研究者、メディア、企業経営者は相互に、そ
して世論に影響を与えようと努め、ロビー活動を展開しているという。ヤーコブソンとノック
スによれば政策決定過程には、党中央の政治局常務委や外事領導小組、軍の中央軍事委
員会、国務院の外交部以外にも、党対外連絡部、商務部、国家発展改革委員会、中国
人民銀行、国家安全部などの諸部門や、実業界、地方政府、研究機関、メディアなどが
関与しているという。またシャークによれば、政策決定者は、他の指導者、軍、世論への
依存度が大きく、大きな影響を受けるという。
A 政策調整機能
ただし、中国の政策決定を、完全に分散化した、利益集団の寄り合いのようなものとと
らえるのは、明らかに誤りである。その意味で、ヤーコブソンとノックスや、シャークの議
論は分散化の程度をやや誇張化しすぎているきらいがある。
中国政治では、現在でも最高指導者の役割は大きく、重要問題においてトップダウン型
政策決定がとられる場合もある。リチャード・ブッシュ(Richard Bush)によれば、特に
戦略レベルの大きな問題において、外交・安全保障政策の最終決定権限は最高指導者に
ゆだねられる。戦略レベルの問題とは、ブッシュによれば、中国外交の根本的方向性、戦
争にかかわる軍事行動、大国関係と関わる地域政策、対台湾、対北朝鮮などの敏感な問
題についての政策決定であるという47

問題は、最高指導者や政治局常務委で行われるトップダウンの戦略的決定と、より具体
的政策を形成する各部門からのボトムアップ型決定とが、どのように関わりあっているか、
という点である。その意味で、最高指導者や政治局常務委と各部門をつなぐ政策調整が
非常に重要となっている。カベスタンは、外交系、経済系、軍系の利益は分化しており、
45 ヤーコブソン、ノックス『中国の新しい対外政策』92頁。
46 Shirk, Fragile Super Power, pp. 35-78.
47 Richard Bush, The Perils of Proximity: China-Japan Security Relations, Brookings Institution, 2010,
pp. 144-155.中国共産党の政治指導能力に関する研究
81
調整機能が必要となっていることを指摘した48
。その意味で、領導小組(指導グループ)の
重要性が増している。領導小組とは部門間の政策調整のために、いくつかの重要分野ごと
に作られた調整グループであり、そのメンバーは関連部門から分野横断的に集められ、トッ
プには政治局常務委 9 名の中から誰かがつく。外交・安全保障政策に関わるものとしては、
外事工作領導小組、国家安全領導小組、台湾領導小組などがありそのトップには現在胡
錦濤がついている。
領導小組による政策調整は、ある程度の有効性を発揮しているとされるが、しかし例え
ば兵器のテストなどをめぐる、軍と外交部門の調整不足などに見られるように 49
、限界を持っ
ている。このような政策決定過程における複雑さが拡大していくと、最高指導者にとっての
オーディエンス・コストは次第に増加していく可能性がある。
B 評価
中国の政策決定過程は、以前に比べて多元化が進展し、分散化した。それにより、エリー
ト内の最高指導者に対する監視機能は高まったと言える。各組織の利益・主張はかつてよ
り分散化し、その間の政策調整には限界がある。こうした趨勢は今後より顕著になってい
くと思われ、最高指導者にとって、政策の失敗が自己の地位の不安定化につながりうるよう
になるかもしれない。その意味で、将来的にオーディエンス・コストは増加する可能性があり、
次第に外交政策において妥協することが難しくなっていくであろう。ただし、同時に、少な
くとも現時点では最高指導者の役割はいまだに大きく、特に重要な決定において決定的な
役割を担っていることも忘れるべきではない。
3 結論とインプリケーション
中国は、少なくとも現時点において、「転嫁理論」が示すような、国内の不安定性が強硬
な対外政策を生み出すという状況にはない。それは中国の国内問題の、政治体制そのもの
を不安定にする程度が、限定されているためである。中国の政治体制が安定性を維持して
いるのは、a)中国共産党はエリート層ならびに中間層をうまく抱き込むことに成功している
48 Jean-Pierre Cabestan,“China's Foreign- and Security-Policy Decision-Making Processes under Hu
Jintao,”Journal of Current Chinese Affairs, Vol. 38, No. 3, 2009, pp. 63-97. また領導小組については、Alice
Miller,“The CCP Central Committee's Leading Small Groups,”China Leadership Monitor, No. 26, 2008,
pp. 1-21を参照のこと。
49 例えば、2007年の衛星攻撃兵器(ASAT)実験について外交部は何も知らされておらず、国際的反応への対処
が困難であったとされる。82
防衛研究所紀要第 15 巻第 1号(2012 年10月)
こと、b)農民層・労働者層の不満は、物理的強制力による抑え込み、限定的懐柔策が併
用されており、また仮にデモや暴動が起きても、地域的・組織的に限定されていることに示
されている。
一方、「オーディエンス・コスト」の議論が示すような、国内のエリートや社会の監視があ
るために対外政策において妥協できない、という状況については、現在のところ肯定する
要素と否定する要素の両方が混在している。しかし、将来的にはエリートの分化が進むこ
とで、オーディエンス・コストが増加し、危機時の対外政策において妥協することが難しくなっ
ていく可能性がある。すなわち中国は、公式に出す原則的立場に縛られ、これまで彼らが
得意としていた現実主義的外交操作術がとりづらくなっていくかもしれない50
。こうした特徴
は、エリート間の関係が対立的である時に、最も顕著となると考えられる。
本稿の分析視角を要約すれば、a)社会からの圧力・要求を和らげる党・国家の側から
の制度化の度合いと、b)政治的エリート層の多元化・分岐の度合いが重要であった。この
点はそのまま将来的に中国のどのような側面に注目すべきかを指し示している。この二点に
おける変化は、国内政治と対外政策の関係を変化させるであろう。
本稿は問題を提起し、議論の枠組みを作り出したものの、紙幅の関係もあり、十分に実
証することができなかった。この点を今後の課題としたい。
最後に、本稿のインプリケーションとして、以下の二点について述べたい。第一に、中国
の対外行動の源泉をめぐる問題である。本稿の議論は、社会的不安定と過激なナショナリ
ズムが直接中国の対外行動につながるという見方を否定している。そして、そこに媒介変数
として政治体制の安定性が介在しているとするならば、現在の中国共産党の体制の安定は、
中国の対外行動の安定性に寄与しているということになる。しかし同時に、外部から見た
中国に対する不信感の源泉となっているのも、不透明な一党支配体制を継続する中国共産
党である。ある種の多元化が進みつつも、一党体制が存続していることで、中国の政策は
非常にわかりづらいものとなっており、よって中国の意図に対する不信感をぬぐうことがで
きない、という結果がもたらされている。中国の政治体制が安定的であることは、一方で
対外行動の安定性に寄与しながら、他方で他国から見た不信感の源泉となっており、ここ
には大きなパラドックスが存在しているのである。
第二に、それと関連して、将来の課題として中国の国内政治体制の変化が、対外政策に
50 ただしこの点は逆の評価も可能である。フィアロンによれば、オーディエンス・コストが高ければ、指導者は対外
政策において妥協することが難しいがゆえに、その対外政策に信頼性がある、コミットメントが確実である、という
ことにもなる。中国共産党の政治指導能力に関する研究
83
どのような変化をもたらすか、について考えていかなければならない51
。本稿は現時点での
評価として、中国において民主化につながるような変化は起きていないという認識である。
しかし、将来的な変化の可能性を否定するものではない。改革的指導者が登場したり、政
治参加がさらに拡大することは、体制の変革をもたらす可能性がある。
ここではそうした思考実験の端緒として、以下のような想定を提起する。a)不安定化シ
ナリオ:都市・農村の社会的矛盾の更なる拡大と頻発する暴動が許容範囲を超え、現体制
がもはや効果的に抑えられなくなれば、「転嫁理論」のようなかたちで、暴発的対外政策に
つながる可能性がある。b)民主化シナリオ:民主的な中国の誕生は、体制が安定すれば
よりその政策を信頼できるようになる可能性がある。しかし一方でマンスフィールドらが指摘
したように、民主化途上の国家は体制が不安定であり、そのために対外行動も不安定とな
りやすい52
。将来中国が体制転換を遂げるとするならば、それが安定的過程を経ることが、
周辺諸国にとっても非常に重要であると言える。
(やまぐちしんじ 地域研究部アジア・アフリカ研究室教官)
51 以 下 の 想 定 は Aaron L. Friedberg, A Contest for Supremacy: China, America, and the Struggle for
Mastery in Asia, W. W. Norton & Company, 2011, pp. 245-252に負うところが大きい。
52 Mansfield and Snyder,“Democratization and the Danger of War”; Mansfield and Snyder,“Democratic
Transitions, Institutional Strength, and War.”
http://www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j15-1_4.pdf  

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