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ナショナリズムという禁断の劇薬〜懸念される「終わりの始まり」
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投稿者 MR 日時 2012 年 11 月 05 日 22:54:07: cT5Wxjlo3Xe3.
 

執筆 : 田中 信彦(たなか のぶひこ)

− 第45回 −

ナショナリズムという禁断の劇薬〜懸念される「終わりの始まり」

「大きな問題」の始まり

 尖閣諸島の国有化に端を発する中国国内の反日デモと破壊行為、そして中国政府の一連の対日強硬策が打ち出されてから1カ月以上が経った。表面的には事態はかなり落ち着いてきたように見える。私の住まいがある上海でも、日本企業が経営する近所の「日式食堂」は中国人客で賑わっているし、路上では携帯電話を手に日本語で声高に話しながら歩いている人も見かける。少なくとも上海に関して言えば、日常生活は平穏で、特に変わった様子は見られない。

 しかし今回の問題は非常に複雑で根が深く、簡単に解決するものではないと私は考えている。「数カ月もすれば元に戻る」という人もいるが、私はそうは思っていない。先日一時帰国した丹羽宇一郎・中国大使が講演で「40年間の努力が水泡に帰するかもしれない。回復には40年かかるかもしれない」という趣旨のことを語ったと日本のメディアは伝えている。丹羽大使を引き合いに出すのはおこがましいが、私もそんな感覚でいる。今回の件は、そのくらいの大きな問題の「始まり」に過ぎないかもしれない。

 「大きな問題」とは、日中関係の問題というよりは、本質的には中国の国家・社会体制の問題である。中国の体制が不安定になり、その影響が日中関係を直撃し続ける。そういう構図だ。そのように私が考えるのは尖閣にまつわる問題の根底には現政権の統治能力の低下というマグマが横たわっており、事の本質はそこにあると考えるからである。今回の対立がこれまでのパターンと違うのもまさにその点だ。一党独裁国家の統治者にとっては政権=国家の崩壊という事態はいかなる犠牲を払っても防がねばならない。その大前提がまずあり、そのための方法論と「反日ナショナリズム」が結びついてしまった。これは日本にとっては極めて厄介な事態である。

 昨今の日本国内の報道には、中国の政権内部の路線対立に触れたものが目立つ。日本に融和的な姿勢を取ってきた現政権に対して、毛沢東主義を信奉する、軍に近い強行派が揺さぶりをかけているといったような指摘だ。それはそれで事実と思うが、それ以上に現在の政権が直面している深刻な事態は、前述したように統治の基盤そのものが崩れつつあるという問題だと思う。これは左右の対立とは別の、もっと根源的な話である。

「改革と革命の競争」

 中国版ツイッターなどでよく見かける言い方に「改革と革命の競争」というものがある。つまり、腐敗の蔓延や国有起企業の独占体質の肥大化などに対する国民の不満が爆発寸前で政治改革は焦眉の急だが、既得権益層の抵抗が強くなかなか進まない。このまま「改革」が進まないと「革命」に追いつかれてしまう。要するに民衆の行動で政権がひっくり返りかねないという意味である。

 もちろんこれは一種の比喩であって、「革命」がそんなに簡単に起こるものではないだろう。現体制の支配体制は強固で、とても簡単に覆るとは思えないし、代わりの担い手がいるわけでもない。しかし、こうした言い方がネット上で飛び交うような気分に、いま中国の社会がなっていることも事実である。もしかしたら「革命」はゆっくりとだが、もう始まっているのかもしれない。

 前回の連載で、江蘇省啓東市で7月末に起きたデモとその処理の話をした。そこで明らかになったのは中国政府の統治能力の明らかな低下である。威信の低下と言ってもいい。何ら法的根拠も事実の裏付けもなく住民が起こした抗議行動に対して、地元政府は外資の側に落ち度はないことを知りつつ、強引に相手に問題があることにして「民」の怒りや不安をなだめ、自己の保身を図った。外国企業との約束をホゴにすることの不都合は認識してはいるが、背に腹は換えられない。今回の尖閣問題における政府の対応はこうした構図の延長線上にある。

 政府の言うことを誰も信じず、「民」はもはや力で抗議するしかないと考える。政府は政府で、力で押さえつけるか、それが通じないと見るや全面的に譲歩して「民」におもねる。政府と人々が同じ目線に立って対話をする基盤が失われている。これは非常に危険なことである。

 中国政府にしたところで日本との関係が重要であることなどわかっている。国内のデモが過激化すれば世界に与えるイメージが落ちることもわかっている。しかし、それでもあえて、デモをけしかけ、あるいは容認する言動を取らざるを得ない。統治者の頭の中にあるのは人々の政府に対する不満をいかに抑制するか、その一点に尽きる。そのためには手段を選ばず、なりふり構わず。政権存亡の危機とあっては、法律も約束も関係ない。そういう状態に追い込まれてしまっている。問題はそこにある。

 こうした状況の行き着く先として出てきたのが、権力によるナショナリズムの利用である。

ナショナリズムという「禁断の劇薬」

 今回の尖閣問題に対する中国政府の行動には、「日本になめられるな」「100年前とは違うぞ。目にもの見せてやる」といったナショナリスティックな気分が溢れており、極めて内向きである。今回の一連の対日措置は、ナショナリズムという「禁断の劇薬」に政府自らがとうとう手を出してしまったものと私は理解している。このことの持つ意味は重大である。

 ナショナリズムには国民の精神を高揚し、国家という組織に対する帰属意識や忠誠心、求心力を一時的に高める効果がある。しかし、これは麻薬のようなものだから一度使ったら止められない。しかし、麻薬は麻薬であって、一時的な興奮はもたらしても根本的な状況は改善されていないのだから長期的にいいことは何もない。グローバル化した世界で中国のような大国が麻薬の濫用に走ることの危険性を、少なくとも政権の主流をなす人々はわかっているはずである。しかし、それにもかかわらず、「禁じ手」を使わざるを得ない。そういう状況に追い込まれたところに今回の事態の深刻さがある。

 日本との関係について公式に語る時、中国政府は「我々は日本に対して常に大局的な見地から抑制的な態度を保ってきた。にもかかわらず日本政府はその意図を理解せず……」といった言い方をよくする。こういう言い回しを多用するのは、もともと日本に対して「抑制的に」振る舞うのは大変なことだからだ。その原因はナショナリズムである。中国共産党の統治の正統性は抗日戦争に勝利して国をほぼ統一したと称する部分にあるので、日本の存在は常にナショナリズムの題材になる。日本との友好関係は正面切って唱えにくい雰囲気が常に存在する。この点は韓国と同様の状況にある。

 これまで中国の政権がとりあえず日本に対して「抑制的に」振る舞ってきたのは、一応はそれだけの余裕があったからである。ところが政権の統治能力が低下し、「民」を説得する力を失うにしたがって、その種の余裕がなくなった。その結果、副作用の恐ろしさは知りつつも麻薬に手を出さざるを得なかったということだろう。極めて残念なことだが、これは一種の末期症状と言うしかない。中国のひとつの政治体制がいよいよ「終わりのプロセス」に入ったと私は判断している。

「終わりのプロセス」の始まり

 もちろん、この「終わりのプロセス」がどのような形を取るのか、どのくらいの時間がかかるのかはわからない。特に現在は10年に一度の指導者の交代期という微妙な時期である。この先にどういう展開があるのか見通すことができない。さまざまな説が飛び交っているが、正直な話、先のことは誰にもわからないと思う。

 もしかしたら今回の指導者の交代で強力な政権が誕生し、自らの手で政治改革に取り組むことで国民の支持を回復するといったシナリオもあるかもしれない。一方で現政権に不満を持つ勢力が一種の政変を起こして権力を奪うというような事態もあり得なくはない。もちろんそのどちらでもなく、ずるずると曖昧な状態が続き、人々の不満という可燃性のガスがどんどん充満していくという状況が、最も可能性が高い。

 いずれにしても中国の現体制の統治能力が弱まれば弱まるほど、自己の責任を回避するために日本に対する圧力が強まるという悪循環が中国政治の世界に組み込まれてしまった。何らかの状況で中国の政治体制に大きな変化が起きない限り、この状態は長期にわたって続くと私は考えている。

「政府への不満」と「日本への反感」は両立する

 もちろん、これは政治の世界の話で、中国は大きく、政治からの物理的、心理的距離が遠い分野もある。中国の「個人」は懐が深く、こういう乱戦の時代に独自の粘り腰を発揮するので中国人と日本人のつきあいができなくなるとは思っていない。しかし、今後の中国は「国」として極めて付き合いにくい、コミュニケーションの難しい相手になるだろうと言わざるを得ない。それは、変わりつつあるとはいえ中国の社会の大きな枠組みが「政治」抜きでは動きが取れない仕組みになっているからである。

 こういう状況の中で、日本企業や日本人にとって大事なことは2つあると思う。ひとつは中国でも多くの人々が現状を変えたいと強く願っていることを理解することだ。個人差はもちろんあるが、尖閣問題も含め、全ての人が政府を支持しているわけではない。日本国内で起きた反中デモで「中国共産党は世界の敵」といった内容の横断幕が掲げられているのをネットで見た中国人の中には「これは全くその通りだ。魚釣島は中国のものだが、さすがに日本人は頭がいい」といった感想を書き込む人が少なからずいた。中国の人々は自分たちのやり方で権力の横暴との「闘争」を続けている。決して中国政府が中国の全てではない。そのことを理解し、中国の人々の理性を信じることが必要と思う。

 ただ、巨大な権力機構を変えることは容易ではなく、もし本当に政権に激変があれば、どのような混乱が起きるか想像もつかない。政治体制の変化を望む一方で、社会の混乱を人々は強く恐れている。それが現在の政権に対する消極的な支持につながっている。過激化したデモの映像ひとつ見ただけでわかるように、中国で社会が無権力状態になることは悪夢である。ここに難しさがある。

 もうひとつは、政権に対する不満とは別に、ナショナリズムは少なくとも現時点では多くの中国人にとって心地よい響きを持っており、多くの支持を得る基盤があることである。中国の人々は「実力を世界から認められたい」との強い思いを持っている。これは思想の左右、人柄の善し悪し、資産の多寡などを問わない共通した思いである。このことを軽視すべきではない。尖閣問題の根底に政府の統治能力の低下という問題があるのは事実としても、それが「親日」を意味するわけではない。中国の人々が政府に対して強い不満を持っていることと、中国を「軽く見た」日本に対して反感を持つことは決して矛盾しない。このことも充分に意識しておく必要がある。

「大変な時代」をどう生きていくか

 中国社会は大きく変わっている。長い目では良い方に向かっていると思うし、過去の連載ではそのことを積極的に説明してきたつもりだ。しかし、最後に残った「政治」の部分が変わらない限り、もはや限界が来たことが明確になったのが今回の事件の意味だと思う。それはこれまでの変化が無駄であったことを意味しない。もし中国の社会がここまでオープンになっていなかったら、日中の関係悪化はこんなレベルでは済まなかっただろう。ナショナリズムに燃え上がる人々がいる一方で、多くの人々が政府の言うことを盲信しなくなっていることが、権力に対する強い抑止力になっていることを忘れるべきではない。

 現時点では日本の、少なくとも大手企業は中国での事業を従来通り継続、拡大していく方針のところが多いようだ。その姿勢は立派だと思うし、民間の交流を活発にし、中国の人々の信頼と尊敬をこれまで以上に勝ち取ることが、日本企業と日本人の生きる道であると思う。その点に疑いはないが、そうした活動には従来以上の困難が伴い、強い決意と組織的な支えが必要になるだろう。率直に言って、誰でもできることとは思わない。

 私のように若い頃から中国語を学び、中国人と結婚して、中国で暮らしているというような人間はもはや考えるまでもなく、どこまでもおつきあいする覚悟である。しかし、そうは言っても地元を束ねている大親分が怒っている以上、庶民としてはそれなりの配慮をせざるを得ない。流れ弾に当たってケガでもしたら損である。親分どうしの間で手打ちが済むまでは、とりあえずはおとなしくしているのが上策だと私は思う。

 こんな状況ではあるが、もちろん個人としての中国人の魅力は、私の中でいささかも揺らぐものではない。先日、ある会食の席で、中国の友人が言った。「田中先生、今は大変な状況だが、中国人を甘く見ないでほしい。我々は簡単に政府に騙されるようなことはない。みんなわかっています。ただ、しばらくは我慢の時です。さあ、食べて食べて」。回りを見回したら皆がうんうんと頷いているので、涙が出そうになった。

 考えるに、日本も中国も、ともに大変な時代が始まったのかもしれない。そこをどうやって個人として生き抜いていくか。友人たちと一緒に考えたいと思う。

(2012年11月5日公開)
http://www.blwisdom.com/pr/china/45/?mid=w386h90500000492638  

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コメント
 
01. 2012年11月06日 00:15:28 : BmiF8heMLw
ナショナリズムという「禁断の劇薬」に
中国だけでなく今の日本も手を出している訳だが
石原とか安倍とかね

02. 2012年11月06日 12:00:53 : cBKeQVhTXo
原発が爆発して真っ先に逃げ出した官僚達が、おとなしく戦争をはじめるのかな?
それとも、戦争が始まったら、真っ先に逃げるのかな?

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