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尖閣諸島国有化に端を発する反日デモは現代の文化大革命
日本との関係で「愛国派」と「売国奴」を線引き
2012年11月1日(木) 肖 敏捷
尖閣諸島(中国名:釣魚島)の国有化を発端に、9月15日に中国全土で大規模な反日デモが起きてから、そろそろ2カ月が経過しようとしている。この間、筆者は講演会やテレビ出演などでこの件についてコメントしたことはあるが、机に向かって原稿を書こうとすると手が止まっていた。
また、最初は日中双方の論者たちが書いた論評を真面目に読んでいたのだが、だんだん目に入れたくなくなり、テレビでこうした内容が映っても、すぐチャンネルを変えてしまうようになった。
中国の友人だけでなく、日本の友人との間でも、この問題に関する議論はタブー視されている。日中の政治や経済などについて本音で語り合ってきた友人との間で、明らかにこれまでと異なる距離感が生じているのは、決して気のせいではない。ナショナリズムほど破壊力の強いものはないと改めて痛感した。
中国の関係者もまた反日デモの被害者
「日本が悪い」「中国はけしからん」のどちらの立場に立つにせよ、はっきりと怒りをぶつける対象を持っている方々はむしろ羨ましい。48年間の人生で、中国と日本で過ごした年数がちょうど半分ずつとなった筆者は沈黙を守るしかない。
両親が喧嘩した際、自分の部屋に逃げ込む子供の気持ちがよく分かる。物わかりの良い夫婦なら、子供の一言で喧嘩を止めるかもしれないが、今回は結婚記念日とも言うべき国交正常化40周年記念式典すら中止されてしまった非常事態の中、子供が何を言っても無駄だ。あまり適切ではないかもしれないが、こういった例えしか浮かんでこないのというのが、筆者の現在の心境だ。
「あの島は誰のもの」という「踏絵」を前に強い無力感を味わっている人は、日中関係に携わっている皆さんの中にも少なくないはずだ。
反日デモの影響で、中国での日系メーカーの自動車販売台数が大幅に減り、日中双方を訪れる観光客が急減し、経済や文化など様々な人的交流も中断するなど、その被害が広がっている。
日本だけでなく、中国の関係者もまた被害者である。ご存じの通り、中国で販売されている日本車のほとんどは日中の合弁企業が生産しており、いわば一蓮托生の関係にあるからだ。毎年、観光やビジネスなどの目的で中国を訪れる日本人の渡航者数は、日本を訪れる中国人の3倍にも上る。また、東京国際映画祭への参加を中止せざるを得ない中国の映画関係者の無念さも痛いほど分かる。
丹羽前駐中国大使は先日の名古屋大学の講演で、日中関係の修復には40年以上かかるかもしれないとの危惧を表明した。時間がたてば、日中間のヒト・モノ・カネの交流はいずれ回復に向かうだろう。しかし、日中双方の関係者の心に残った傷跡はそう簡単には癒えない。
領土問題に端を発する反日デモは、現代の文化大革命と言っても過言ではない。ナショナリズムによって、日中、あるいは中国人同士の信頼関係が見事に分断されたという点で、今回の反日デモは文化大革命時の「出身論」と同じような破壊力を持っている。
新たな「出身論」の台頭
1966年から76年まで続いた文化大革命は、中国の経済発展を著しく停滞させたのみならず、信頼関係という社会発展の礎を完全に破壊してしまった。何のための文化大革命すら分からないまま、「反革命」と決めつけられた者と一線を画するため、人々は職場の同僚や近所だけでなく、肉親まで裏切るという狂気に駆られた。
「重慶事件」ですっかり有名になった薄熙来氏は当時、自分が革命派であることを証明するため、公開批判大会で反革命のレッテルを貼られた父親の薄一波氏に殴る蹴るの暴行を加え、肋骨を折ってしまったというエピソードが伝えられている。
しかし、このような悲劇は薄氏一族だけでなく、数えきれない家庭で起きていた。「反革命」と決めつけられた者の中には、毛沢東氏との政治闘争に敗れた正真正銘の「反革命」人物もいたかもしれないが、大半はいわゆる“出身の悪い”一般の国民であった。言い換えれば、多くの国民が「出身論」の犠牲者となった。
49年に社会主義中国が誕生して以来、農民や工場労働者など、いわゆる無産階級出身者は共産党から絶大な信頼を受けられた。その一方で資本家や地主などの有産階級、あるいは国民党政権時代の有力者は、就職や進学、昇進から結婚まで、あらゆる面で徹底的に差別を受けた。どんな家庭に生まれ、どんな親や親戚を持つかによって、人生が大きく狂わされてしまう暗黒時代だった。
文化大革命中は海外、とりわけ香港や台湾に、親戚などの「海外背景」を持つだけで、米国や国民党のスパイとの疑惑を持たれ、厳しい監視を受けた。とにかく、あの時代、中国人は出身によっていろいろな階層に分断され、「出身論」という踏絵を前にして、生き残るためには理性、信頼、良心を捨てざるを得なかった。中国がいまだにその後遺症に苦しめられているのは言うまでもない。
文化大革命が終息し、改革・開放政策が導入されたことで、中国人はようやく「出身論」の重圧から解放された。そればかりか、過去に没収された資産の一部を政府から返還された資本家や地主などの出身者は、周りから羨望の眼差しでみられるようになった。
「海外背景」を有する人々も「一等国民」となり、海外の家電製品を手に入れたり、海外留学を斡旋してもらったりするため、これまでとは手のひらを返したような待遇を受けるようになった。
反日デモを契機に、中国では新たな「出身論」が台頭している。今度は日本と関係を持つかどうかによって、「愛国派」と「売国奴」に大別される。
デモの中、日本車や日系デパート、日本料理店を壊したり、東京で開催するテニスの国際大会に参加する中国人選手や熊本に旅行した中国人観光客を「漢奸」と罵倒したりする行為は、文化大革命時代に「悪い出身者」を懲らしめた手法とまったく同じである。
それだけではない。日本企業と資本や技術などの提携関係にある、いわゆる「日資背景」を持っている企業も攻撃のターゲットとされている。その自衛策として、一部企業は自分が日本と関係のない「民族企業」だと主張せざるを得なくなった。
また、これまでマンション販売のセールスポイントとして日本製エレベーター使用を大々的に掲げていた不動産デペロッパーたちは、日本のものを一切使用しないと宣言した。これは、文化大革命時代に自分の「潔白」を証明するため、出身の悪い親族と関係を断った行為と同根だ。
ライバル企業を倒すため、国民のナショナリズムを煽る一部企業の悪質行為かもしれないが、数多くの日本企業が中国の改革・開放に応じて中国に進出し、また数多くの大陸や台湾企業が政府の呼びかけに応じて日本企業を含む海外企業と提携したのである。「日資背景」を持っている企業を排斥する行為は、中国の改革・開放そのものに対する否定であり、「海外背景」を持つ人間を排除する文化大革命への逆戻りにほかならない。
文化大革命が再来する土壌は最大の中国リスク
今年3月の全人代閉幕後の記者会見で「重慶事件」に触れた際、温家宝総理は厳しい表情で「文化大革命の再来」を断固として防がなければならないと強調した。中国の次期最高指導者と有力視されている習近平氏も、陝西省の農村への下放経験があり、身を持って文化大革命の怖さを知っているはずだ。しかし、78年に三中全会が「文化大革命の終了」を宣言してから30数年以上経過したにもかかわらず、今回の反日デモを通じて、文化大革命の後遺症がまだ根強く残っているのが改めて確認された。
80年代後半、日本で不動産や株式などの大バブルが発生した。バブル崩壊後には、株式や不動産市場に対する過剰ともいえる慎重論がすっかり定着した。日本人があのバブルを完全に忘却するには少なくとも60年間かかる、とある年配のエコノミストからうかがったことがある。そうすると、中国で文化大革命の影響が完全に除去されるまでに、少なくとも後30年はかかるのだろうか?
日中関係が直面している難局は、双方の知恵でいずれ打開されると信じている。中国の消費者も日本製品を再び受け入れる日が来るだろう。しかし、文化大革命がいつ再来しても不思議ではないような土壌を浄化しないと、本当の中国リスクが消えたことにはならない。
日中友好という空虚な精神論を捨てて、お互いに安心して喧嘩ができるような大人同士の日中関係を再構築するには、数世代にわたる日中双方の関係者の辛抱強い努力が不可欠であろう。
肖 敏捷(しょう・びんしょう)
中国武漢大学を卒業後、バブルの最盛期に文部省(当時)国費留学生として来日。福島大学や筑波大学に留学した後、証券系シンクタンクに入り、東京、香港、上海と転々しながら、合計16年間中国経済を担当。その後の2年間、独立系資産運用会社に勤務。現在、フリーのエコノミストとして原稿執筆や講演会などの活動をしている。「日経ヴェリタス」の2010年3月の人気エコノミスト・ランキング5位に。中国経済のエコノミストがベスト5に入るのは異例。現在、テレビ東京の「モーニング・サテライト」のコメンテーターを担当中。著書に『人気中国人エコノミストによる中国経済事情』(日本経済新聞出版社、2010年)などがある。
肖敏捷の中国観〜複眼で斬る最新ニュース
これまで20年間、東京、香港、上海における生活・仕事の経験で培ってきた複眼的な視野に基づいて、 中国経済に関するホットな話題に斬り込む。また、この近くて遠い日本と中国の「若即若離(つかず離れず)」の距離感を大事に、両国間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを追っていく。中国情報が溢れる時代、それらに埋没しない一味違う中国観の提供を目指す。随時掲載。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20121027/238648/?ST=print
中国とは絶縁し東南アジアと生きる
「反日国家に工場を出すな」と言い続けてきた伊藤澄夫社長に聞く(上)
2012年11月1日(木) 鈴置 高史
「反日国家」中国とは商売すべきではないと主張、東南アジアに生産拠点を広げてきた経営者がいる。金型・プレス加工を手掛ける伊藤製作所(三重県四日市市)の伊藤澄夫社長だ。中韓と日本が鋭く対立する「新しいアジア」を鈴置高史氏と論じた(司会は田中太郎)。
16年前から対中ビジネスに警鐘
鈴置:16年以上も前から伊藤社長は「反日国家に進出してはいけない」と講演や講義で説き続けてきました。2004年に出版した著書『モノづくりこそニッポンの砦 中小企業の体験的アジア戦略』(注)の中でもはっきりと書いています。
(注)現在、この本の新本を書店で買うのは困難です。購入希望者は伊藤製作所のホームページをご覧下さい。
伊藤:今年夏、日本人への暴行、日本企業の打ちこわしが中国で起きてようやく「伊藤さんの言う通りでしたね」と言われるようになりました。日本企業の中国ラッシュが続くなか「中国へは行くな」なんて大声で言っていたものですから「極右」扱いされていました。
「大事な社員を反日国家には送れない」
伊藤澄夫(いとう・すみお)
金型・プレス加工の伊藤製作所代表取締役社長。1942年、四日市市生まれ。65年に立命館大学経営学部を卒業、同社に入社。86年に社長に就任、高度の金型技術とユニークな生産体制による高収益企業を作り上げた。96年にフィリピン、2012年にインドネシアに進出。中京大学大学院MBAコースなどで教鞭をとる。日本金型工業会の副会長や国際委員長など歴任。著書に『モノづくりこそニッポンの砦 中小企業の体験的アジア戦略』がある。
(撮影:森田直希、以下も)
私は反中派ではありません。若い中国人の親友もたくさんいます。私の本にも書いていますが、敵の子供である日本の残留孤児を1万人も育ててくれた中国人とは何と見上げた人たちかと心から感嘆し、深く感謝しています。当時は食糧が不足し、養父母とて満足に食べられなかった時代なのです。
でも「中国人の70%は日本人が嫌いだ」といいます。中国では子供の時から徹底的な反日教育を施すからです。反日の人々の国に巨額の投資したり、大事な社員を送り込んだりすべきではないと私は考えます。中小企業はただでさえ人材不足というのに、社員を強引に海外に赴任させた結果、辞められた会社も多いのです。
ことに金型作りはチームプレーです。海外工場で、“政治”が社員を分断するようなことがあってはなりません。愛社精神を持ち仕事が面白くてしょうがないと思う社員ばかりでないと競争力ある企業には育ちません。給料が少しでも高ければ他の会社に移る社員には技術を教えられない。日本企業が利益を出すことを不快に思う社員がいれば、経営はうまくいきません。
でも、市場が縮む日本に留まっていては会社は伸びません。
伊藤:ですから東南アジアに行くのです。中小企業は全世界に出ることはできません。そもそも、そんな必要はありません。世界市場でのシェア極大化を目指さざるを得ない大企業とは異なるのです。
中小企業は安全な国だけに出ればいい
中小は1カ所、多くても2、3カ所に進出すればいいのですから、安全な国に絞って投資すべきです。納入先に依頼されたのならともかく、わざわざ危険な国を選ぶことはないのです。
アジアに駐在したビジネスマンなら誰でも知っていますが、東南アジアの人々の日本に対する親密感や信頼は、日本人が考える以上に大きい。彼らとは、我々が謙虚に接しさえすればうまくいくことが多いのです。ここが中国や韓国と完全に異なる点です。
90年代初め、海外進出しようとアジアを歩き回りました。その結果、私が「投資に最適な国」と判断したのはタイとフィリピンでした。この2つの国とインドネシアは世界でも無類の親日国です。
結局、投資先としてフィリピンを選んだのですが、それは優秀な人材を得やすいからでした。また、英語国だから日本人のカタカナ英語でも従業員とコミュニュケ―ションがとれることも評価できました。鈴置さんは5年前にウチのフィリピン工場を見て下さったでしょう。
鈴置:確かに、私の英語も聞き取ってもらえました(笑)。従業員一人一人の向上心が強いのには驚きました。そして、実に和気あいあいとした雰囲気の工場でした。
古き良き日本の中小企業経営――親父さんは従業員の面倒をとことん見る。従業員もその意気に感じてついて行く――という空気が見事にフィリピンの地で再現されているな、と感心したものです。
フィリピンの技術者をインドネシアへ派遣
伊藤:まさに、そこなのです。フィリピン人は家族愛が深い。日本の本社と同じように、家族的雰囲気を経営に取り込んだところ、予想以上に士気の高い会社になりました。社員は皆、本当に一生懸命、そして楽しそうに働きます。進出して16年になりますが、日本でも通用する技術力がつきました。
伊藤社長(右)と筆者
8年前に日本人技術者は帰国し、今では設計から製作まで、フィリピン人の社員だけでやっています。フィリピン人の技術者が転職せず、腕を磨き続けてくれたからです。
日本人2人の年間経費は合わせて2500万円かかっていました。現地化が利益に大きく貢献しています。反日国家でこうした経営を実現した会社は見たことがありません。
鈴置:中国でも“現地化”に成功した会社はあります。でも、話をよく聞くと、現地化と並行して中国側に事実上、経営権をとられてしまっていることが多いですね。
伊藤:インドネシアの多くの企業からも進出依頼があり、合弁で出ることにしました。来春の稼働を目指し工場を建設中です。フィリピン工場から技術者4人を派遣してモノづくりの技術を移します。
このため、設備を入れれば直ちに精密金型の製作にかかれます。当面は日本、あるいはフィリピンから設計図面を送りますが、いずれはインドネシアでも設計できるようにするつもりです。
フィリピンへの進出で利益も出ましたが、いい技術者が育ってくれたことが一番の収穫でした。これも国と国の関係がいいおかげなのです。
「日本企業追い出し」はこれから本格化
中国に進出してしまった会社はどうすればいいのでしょうか。
伊藤:これから中国で日本車が売れなくなるでしょう。暴徒は日本の量販店を焼き討ちし、日本車に乗っている中国人を暴行しました。もう、中国人は怖くて日本車は買えません。
日中両国のために早く元の姿に戻って欲しいと思いますが……。中国や韓国と正反対に、東南アジア各国は我々が驚くほどの親日国家です。日本企業にもっと来て欲しいと言ってくれる東南アジアに改めて目を向ける必要があります。
鈴置:中国が日本人と日本企業を敵視し、追い出しも辞さない空気に変わったことに注目すべきです。これまでは日本に言うことを聞かせるために、人質である日本企業を苛めてみせるというのが政府の作戦でした。ですから「イジメ」にも限度があった。
でも、日本から資本や技術を貰う必要はなくなったと中国人は考え始めました。資本は輸出するほどになりましたし、技術も退職者やネット経由で容易に盗める時代です。
そして中国に会社が育ったことが大きい。彼らにとって日本企業は邪魔ものです。中国の政府よりも企業が熱心に日本叩きに乗り出すでしょう。
『在華紡と中国社会』(森時彦編、京都大学学術出版会、2005年)という研究書があります。在華紡とは第一次大戦後に日本資本が中国に設立した紡績工場のことです。
第一次大戦後の「日貨排斥」を読む
当時の世界の主力産業は繊維で――現在の自動車産業のようなものでしたが――中国市場では民族資本と英国、日本の資本がしのぎを削っていました。
この本には、日貨排斥運動で日本の在華紡の売上高が半減したり、反日をテコに労働運動が高揚するなど、今、読んで参考になるくだりが多々あります。日本の対中ビジネスは昔から「外交」に揺さぶられてきたことがよく分かります。
伊藤:私は今まで「中小企業は反日の国に行くべきではない」と言い続けてきました。でも、今夏の反日暴動以降は「大企業も中国に行くべきではない」と言う声があちこちであがり始めました。
鈴置:大企業でさえ、会社が揺らぐほどの打撃を受けることがはっきりしましたからね。
伊藤:今後も中国で生産拠点を維持するには、技術力や経営力を背景に主導権をしっかり握れる企業でないと、難しいのではないでしょうか。「中国市場は存在せず」という前提で経営する覚悟が必要になります。
企業によって事情は異なるでしょうが、中国からの撤収や東南アジアシフトを考える会社が増えるのは間違いありません。経済界もようやく「反日リスク」の存在に気づいたのです。東南アジアの市場だって中国に負けず劣らず大きい。中国から締め出されれば、日本人が東南アジアやインド重視になるのは当然です。
妥協してびくびくするなら黙って我慢
日本政府に対し「尖閣」に関し中国政府と対話するよう求める経営者が出始めました。鳩山由紀夫元首相もそうです。話し合えば中国政府が「反日」を止めるとの期待からです。
伊藤:それが一番、危険な道です。「日本人に暴行すれば日本政府は言うことを聞く」という悪い先例を作ってしまう。今後、何か日本から得ようとする時、中国政府は日本企業と日本人を襲撃させることになるでしょう。
鈴置:サラリーマン経営者は目先のこと――自分がトップである4−6年間だけを考えればいい。確かに中国と「話し合い」に入れば瞬間的には日本人への暴行や日本企業打ちこわしは止むかもしれない。
伊藤:しかし、そうすれば中国はいずれ日本人と日本企業、そして日本をもっとひどく苛めるでしょう。中小企業の親父は終身、借入金の保証人となることが求められます。大げさに言えば生きている限り、社員と会社の安全を図らねばいけないのです。
今、相手の顔色を見て妥協した結果、永い将来に渡ってびくびくせざるをえなくなるのなら、短期的には苦しくても黙って我慢した方がまだいい。
「尖閣で対話」は中国のワナ
鈴置:そもそも、下手に「尖閣」での話し合いに応じれば、中国の仕掛けたワナにはまってしまいます。日本人は話せば何らかの妥協ができると無意識に思っている。一方、中国は日本が話し合いに乗ったら、武力を使って「尖閣」を奪取する可能性が高い。
なぜなら、話し合いに出た瞬間、中国は「日本が中国の領有権も潜在的に認めた」と見なし、軍事力を行使しても世界から非難されなくなる、と考えるからです。
今まで、中国が武力を使わなかったのは米国が空母打撃部隊を「尖閣」周辺に送って中国を牽制していたことが大きいのです。日中が尖閣を巡り対話し始めた後に米空母が送ろうものなら、中国は「今後は日本と2人で話し合うことになったのだ。第3者はどいていろ」と米軍を追い出すでしょう。
米国は日本への信頼を、日本は米国への信頼を一気になくしますので、この段階で日米同盟は破綻します。「尖閣」奪取よりもそちらの方が、中国の狙いかもしれません(「『尖閣で中国完勝』と読んだ韓国の誤算」参照)。
確かに日本人は「話し合いが一番大事」と信じています。だから中国の仕掛けたワナに思わず乗ってしまうのでしょうね。
鈴置: 2005年に日本の国連安保理常任理事国入りを阻止しようと、中国が反日暴動を繰り広げました。直後に中国の金型業界の団体が日本を訪れ、金型工場を見学しようとしました。あの時、伊藤社長の会社を含め、金型メーカーほぼ全社が見学を断りましたね。
「殴っても来る」からまた殴られる
伊藤:そのとおりです。金型企業の経営者たちは、見学を受け入れれば日本人への暴行を容認することになると判断したのでしょう。今回の反日暴動だって、2005年にあれだけ日本が攻撃されても日本企業が投資を続けたことが遠因と思います。
鈴置:2005年の反日暴動の後、日本の役人に中国の役人が不思議そうな顔で聞いてきたそうです。「普通、あれだけ殴られれば来なくなるものだが、なぜ、日本人は投資し続けるのか」と。
伊藤:日本人にはプライドや根性がなくなったのでしょうか。私がこういう話をすれば「政治好きな親父だなあ」とか「中小企業のくせに政治を語るとは生意気な」と思われるかもしれません。でも、中小企業だからこそ政治に関心を持たざるを得ないのです。大手のように政府が守ってくれるわけではないのです。
鈴置:危ない国には投資しない。自分が投資していない国で反日暴動が起きても抗議の意思を示す。日本と言う国が軽んじられれば、いずれは自分の身も軽んじられるのだ――。これが、自分の力だけを頼りに生き抜く経営者の発想ですね。
伊藤:ことに今は、政治家も役人も日本全体の利益を考える人が少ないのです。偉そうなことを言うようですが、今、我々、普通の人間が――モノづくりをする人間が――底力を振り絞って日本のために動かないと、この国は立ち枯れてしまいます。
レアアース同様に金型で反撃
「モノづくりの人々が動く」とは、どういう意味でしょうか。
伊藤:具体例をあげます。この2つの金属部品を比べて下さい(下の写真)。いずれも同じプレス機械で打ち抜いたものです。左の方は従来の製法の部品で、歯の部分がだれて――ぼやけている、というか尖っていないでしょう。一方、右の方は歯が、よく切れる刃物ですぱっと切ったように鋭角的です。
右の部品は日本でしかできません。左の部品を右のように鋭角的にするのは、「磨き」が要ります。時間とコストが恐ろしくかかります。
従来の製法でプレス加工した部品(左)に比べ、伊藤製作所の新技術で製造した部品(右)の切断面は刃物ですぱっと切ったように鋭い
先ほど「中国人が、もう日本企業と良好な関係を結ぶ必要はないと考えている」と鈴置さんは言われました。少なくともプレス金型の世界では、それは誤った認識です。
確かに中韓とも、日本が作ってきたものは真似て作れるようになりました。でも、独力で新しい技術を創り出す能力はまだ乏しいのです。もう一度、2つの歯をよく見比べて下さい。これが現状です。
わが社だけがこうした技術を持つわけではありません。多くの日本の金型企業は海外の企業がノドから手が出る技術を持っています。今後、新しい技術が中韓に流れないようにすべきです。もちろん、私も教えません。それにより、中韓両国の経済が相当大きなダメージを受けるのは間違いありません。
「モノづくりこそ ニッポンの砦」
日本の技術者たちは、中国のレアアース(希土類)輸出打ち切りに技術開発で対抗し、中国の意図――日本への威嚇――を挫きました。日本の鍛冶屋だって同じことができると思うのです。
中国で作れば安いから、あるいは中国に市場があるから中国に行く。そのためには中国に新しい技術を持っていく――。これが今までの対中投資ブームの本質でした。
でも、日本企業は余りに中国に深入りし、その工場は中国の政治的な人質となってしまいました。今や、日本を脅す時の材料にされています。
尖閣や沖縄、ひいては日本を中国にとられないためには、日本経済が中国市場に頼りきりにならないよう、東南アジアとがっちり手を組む。そして新しい技術を中韓には教えず、彼らに対する優位を保つ――これしかない、と思います。
日本をおとしめる国々に反撃するには、日本がまだ優位を保つモノづくりを担う人間が立ちあがるべきです。「モノづくりこそ ニッポンの砦」なのです。
(明日に続く)
「中国が仕掛けた尖閣のワナ」に関しては、著者の鈴置高史氏がシミュレーション小説『朝鮮半島201Z年』の「プロローグ」で詳しく説明しています。
鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)
日本経済新聞社編集委員。
1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。
77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87〜92年)、香港特派員(99〜03年と06〜08年)。04年から05年まで経済解説部長。
95〜96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)ジェファーソン・プログラム・フェロー。
論文・著書は「From Flying Geese to Round Robin: The Emergence of Powerful Asian Companies and the Collapse of Japan’s Keiretsu (Harvard University, 1996) 」、「韓国経済何が問題か」(韓国生産性本部、92年、韓国語)、小説「朝鮮半島201Z年」(日本経済新聞出版社、2010年)。
「中国の工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121030/238785/?ST=print
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