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【第46回】 2012年10月24日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授]
「平和と繁栄の弧」+「戦略的互恵関係」
安倍自民党総裁の国際戦略を再評価する
安倍晋三自民党総裁は、かつて首相在任中、「美しい国、日本」を提唱した。「美しい国」とは、安倍総裁のこれまでの発言などから、「正直、勤勉、誠実、信義・約束を守る、親切、清潔、礼儀正しさという『美徳』を持ち、『愛国心』『公共の精神』『規範意識』『道徳』に基づいて行動し、『文化』『伝統』『自然』『歴史』を大切にする『美しい人』によって成り立つ国」と理解できるだろう。
「美しい国」という概念自体を否定するつもりはない。ただ、日本という国のごく一面だけを強調しすぎではないだろうか。日本はもっと多彩な面を持つ国だ。日本の「伝統」「文化」についていえば、「規範」「道徳」「礼儀正しさ」など美徳とされるものを破壊する、型にはまらない自由な発想から生まれてきたのではないだろうか。
例えば、「歌舞伎」とは、派手な衣装や一風変った異形を好んだり、常軌を逸脱した行動に走ることを指した「かぶく」という言葉を語源とする。また、能や狂言の原型である「猿楽」は、民衆の間に広まった滑稽な笑いの芸・寸劇である。世界最古の長編恋愛小説ともいわれる「源氏物語」や「浮世絵」なども、道徳ばかりが強調されては生まれなかったものだろう。
J-POP、アニメ、オタク文化など、「クールジャパン」と世界から評価される現代文化も、勤勉で礼儀正しい優等生が生み出したものではない。むしろ、社会から低俗、キワモノなどのレッテルを貼られ、後ろ指を指されてきたものだ。社会の「規範」「道徳」などへの反発が爆発的なエネルギーを生み、優れた文化を生み出しているといえないだろうか。
また、日本が世界に誇る「ものづくり」も、礼儀正しさ、勤勉さだけから生まれたものではないだろう。本田宗一郎、盛田昭夫などの個性的な起業家は、時に役所の行政指導や規制に逆らって、世界的企業を築き上げた。現在でも、世界的な企業買収を繰り返す孫正義のソフトバンク、「英語公用語化」を打ち出した楽天、ユニクロなど日本型の慣習を打破する企業が急成長しているのだ。役所から礼儀正しさを褒め称えられる企業が成長したという話は聞いたことがない。
歴史的に見れば、日本が興隆したのは「元禄時代」に代表されるように、庶民による多様な文化が花開いた時代だ。世界が認める「日本の美しさ」は、既存の常識に捉われず、自由な発想でそれを破壊するエネルギーを持つ多様な人材が、次々と多彩な分野に出現し、新たなものを生み出して、国に活力を与え続けてきたことだ。
逆に、戦前のような権力者による統制が強い時は、日本の衰退の時代だった。「礼儀正しさ」「規範」「道徳」が過度に強調され、自由と多様性が奪われた画一的な日本人を、世界は「美しくない」と考えているのではないだろうか。
安倍総裁登場による
自民党の世代交代を評価する
本題に入りたい。ここからは一転して、安倍総裁にエールを送ることになる。自民党総裁選の最大の成果は、安倍総裁の指導者としての資質はともかくとして、自民党の世代交代が達成されたことだ。
この連載では、自民党の世代交代が遅れていることで、公共事業によるバラマキへのノスタルジーが捨てられないベテランが跋扈し、「沖縄基地問題」「エネルギー政策」でも明確な方針を持てないでいることを批判してきた(第35回を参照のこと)。かつて「お友達内閣」と呼ばれた若手中心の内閣を組織した安倍総裁は、今回も「世代交代」の方針を明快に打ち出し、ベテランは後方に下がった。これは高く評価すべきことだろう。
この連載では、「野田世代」に対する国際的な評価が高まっていることを指摘した(第35回を参照のこと)。米露は政権基盤がぜい弱で不安定な野田政権を相手に外交を進めようとしており、それは民主・自民の「野田世代」「安倍世代」を「話せる相手」だと考えているからだ。米露は、たとえ野田政権が退陣しても、同じく「話せる相手」である自民党の「安倍世代」が政権を引き継げば、外交の継続性が保たれると考えているのだ。
現在、「沖縄基地へのオスプレイ配備問題」「米兵の女性暴行事件」「中韓との領土問題」などの発生で、外交は難しい局面にある。だが、基本的に海外からの「野田世代」「安倍世代」への信頼は揺るいでいないと考える。特に、安倍自民党が政権を奪取した場合だが、「右傾化」の懸念はあるものの、基本的に前・安倍政権の外交方針は米国の国際戦略と基本的に一致したものであるからだ。
米国の国家戦略:
「地政学」を基に考える
以前指摘したように、米国の国際戦略は政権の交代によって若干の変化はあるものの、基本的には「英米系地政学」の理論に基づいてきたといえる(前連載第64回を参照のこと)。地政学とは、地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的な影響を巨視的な視点で研究するもので、米国、英国など海洋国家(シーパワー)がユーラシア大陸中央部(ハートランド)に位置するロシア、中国など大陸国家(ランドパワー)の拡大を抑止するための理論である。
具体的には、ハートランドの周縁に位置する地域を「リムランド」と名付ける。リムランドには、フランス、ドイツ、東欧など欧州諸国、中東、インド、東南アジア、中国沿岸部、韓国などが含まれる。このリムランドをランドパワーが統合すると、シーパワーにとって巨大な脅威となると警告する。逆にシーパワーは、リムランドを形成する国々と共同して、ハートランド勢力を包囲し、その拡大を抑止すべしと強調する。
東西冷戦期に米国など西側陣営は、地政学の理論に基づき「フランス+英国+米国の三段構え戦法(カウンターハートランド戦略)」を採用した。また「日米安全保障条約」は、共産陣営に対する楯として日本の「再シーパワー化」を目指したものであったと考えられる。
冷戦終結後からブッシュ政権までの米国の戦略も地政学に基づいたものだ。具体的にいえば、東欧・バルト諸国の民主化、NATO加盟と、東欧への米軍の常駐はドイツとロシアの2つのランドパワーの分断である。一方、中央アジア諸国の民主化の取り組みは、ロシアと中国の分断を狙ったものだったといえる。
安倍外交に対する誤解:
「自由と繁栄の弧」+「戦略的互恵関係」は
包括的国際戦略だった
前・安倍政権の外交は、麻生太郎外相(当時)が提唱した「自由と繁栄の弧」がという方針がベースであった。
「自由と繁栄の弧」とは、地理的には『北欧諸国から始まって、バルト諸国、中・東欧、中央アジア・コーカサス、中東、インド亜大陸、さらに東南アジアを通って北東アジアにつながる地域』である。前・安倍政権は、この地域の民主主義市場経済体制の国々との積極的な政治・経済の協力を通じて、テロの温床をなくして平和を構築しようと試みた。これは、リムランド諸国と協力関係を築いて、ランドパワーを大陸に封鎖し、ランドパワー同士を分断する、地政学の戦略そのものであったといえる。
しかし、「自由と繁栄の弧」は、「価値観が異なる」中国やロシアに対する包囲網とも解釈でき、日本に対する疑念や警戒心を与えると批判された。2007年9月に前・安倍政権が倒れると、後継の福田康夫政権は中国・韓国を中心とする東アジア外交に軸足を移し、2009年9月の政権交代後、鳩山由紀夫政権によって、ほぼ完全に否定された。
だが、前・安倍政権の外交を「価値観外交」とみなすのは、誤解だったのではないかと考える。前・安倍政権には、もう1つの外交方針として中国との「戦略的互恵関係」の構築があったからだ。「戦略的互恵関係」とは、小泉政権下で冷え込んだ日中関係を仕切り直すために、2006年10月の安倍晋三首相・胡錦濤主席の首脳会談で打ち出された概念だった。
「戦略的互恵関係」とは、日本が積極的に中国の経済発展に関与することによって、急激な経済成長を続ける中国沿岸部の諸都市を、欧米ルールに従う市場経済圏として発展させることを狙ったものだ。これはナショナリストが批判するような、中国に対する弱腰による妥協ではなく、中国をハートランドから切り離し、「経済リムランド」の一部とする明確な戦略的行動であったと解釈できる(前連載第64回を参照のこと)。
要するに、前・安倍政権の外交を「自由と繁栄の弧」+「戦略的互恵関係」とみれば、それが米国の戦略のベースである「地政学」に基づく包括的な国際戦略であるということがわかる。これまで、この2つの戦略を包括的に見ることができなかったのは、「自由と繁栄の弧」がいわゆるリベラル系から、「戦略的互恵関係」が保守系から、それぞれ別の観点から批判されてしまったからだろう。
前・安倍政権退陣後:
「中国への遠慮」から戦略的外交が後退した
前・安倍政権が退陣した後、「中国の機嫌がよい」だけで日中関係は良好と手放しで喜ぶ政治家たちが再び台頭した。福田政権以降、日中関係が前進する一方で、中央アジア、インド、ロシア、中南米などへの外交が停滞したのだ。
日中が尖閣列島を巡って対立を激化させる中、ロシアも北方領土問題への態度を硬化させた。だが、本来領土問題に関してロシアは、中国と単純に手を組んで日本を牽制できる状況にはない。
ロシアはシベリアでの中国の影響力拡大に強い警戒感を持っている。むしろシベリアの開発については、日本と協力して中国を牽制したいのだ。しかし、日本からなんの提案もないために、ロシアは日本への不満を募らせているのが現状だ(前連載第59回を参照のこと)。日本がロシアの極東・シベリアの開発に積極的に技術と資金を投入して関与することは、ロシアに対する交渉力を強化するし、ロシアと中国を分断することもできる。しかし、完全に日本の動きは鈍ってしまっている。
また、日本は中央アジアの資源開発への投資、民主化の支援への情熱も失ってしまったようだ。繰り返すが、米英によるロシアと中国・東欧・中央アジアの分断は、ランドパワー(ロシア・中国)が一体化してユーラシア大陸を統合することを防ぎ、ランドパワーをユーラシア大陸に封鎖することにもつながる。
これは、同じくシーパワーである日本の国益と合致するものだ。しかし、それはロシアや中央アジアとの関係強化を狙う「上海協力機構(SCO)」を結成した中国と完全に利害が対立する。日本はここでも「中国への遠慮」で国益を失っているのではないだろうか。
目先だけの強硬姿勢はいらない:
「自由と繁栄の弧」+「戦略的互恵関係」の
戦略性を再評価せよ
要するに、日本は「中国への遠慮」から、本来追求すべき国益の確保に消極的になっている。それは、中国の経済リムランド化を後退させ、政治的膨張と海洋権益強奪の動きを許す結果となっている。その反動として、中国に対する「強硬路線」を打ち出す安倍総裁への期待が高まり、今回の復活劇につながった側面がある。だが、中国への口先だけの政治的強硬路線は、中国をますます「政治的」にし、中国のランドパワー化と海洋への大々的な進出を加速化してしまう。シーパワー・日本にとって最悪の状況である。
安倍総裁は、「チーム安倍」の中にいる祖父の代からの古株後見人のナショナリスティックな発想を排除すべきだ。海外から「話せる相手」と評価を得る同世代(「野田世代」+「安倍世代」)で集まり、「自由と繁栄の弧」+「戦略的互恵関係」の戦略性の再評価をすべきだろう。
「近いうちに」断行されるだろう総選挙後、野田政権が継続しようが、新・安倍政権が誕生しようが、外交については若い世代で一致して、強力な戦略を構築してもらいたい。安倍総裁は、そのリーダーシップを取るべき経験・実績を持つ政治家ではないだろうか。
http://diamond.jp/articles/print/26759
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