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シェール革命、安保にも波及
2012年10月17日(水) 北爪 匡 、 細田 孝宏
米国の「シェール革命」が新たな段階に入ろうとしている。天然ガスや原油の大幅な増産で米国のエネルギーの自給自足が現実味を帯びてきた。米国が中東への関与を薄める見方もあり、世界のエネルギー安保に大きく影響しそうだ。
米国のシェールガス開発のための掘削機(リグ)は、採算の悪化で原油開発向けへとシフトしている
「2020年までに北米大陸でエネルギー独立を果たす」
佳境を迎えている米大統領選で、挑戦者である共和党のミット・ロムニー候補はこう宣言した。オバマ政権下の雇用低迷を批判しながら、公約として掲げる1200万人の雇用創出プランの柱としてエネルギー産業を発展させるとともに、エネルギーの輸入依存を脱却する方針を示した。
エネルギーの自給自足を意味する「エネルギー独立」は、1973年の石油ショック以降、歴代大統領が掲げてきた。これまでは実現性の低い“空手形”であり、今回のロムニー候補の「2020年までの達成」についても疑問符をつける向きがある。しかし、従来の「独立宣言」とは違った現実味が今回はある。背景にあるのはここ数年北米で急速に進んだ「シェールガス革命」だ。
地中の頁岩層から産出されるシェールガスの開発によって、米国は天然ガスの一大産出国に変貌した。供給が大幅に増えたため米国の天然ガス価格は急落。2008年秋のリーマンショック以前は100万BTU(英国熱量単位)当たり6〜14ドル(現在は1ドル=約78円)で推移していた天然ガス価格が、現在は同3ドル前後に下がっている。
米国の天然ガス価格は世界の中でも極めて低い水準で、製造業の燃料や原料にうまく活用すれば国内産業の競争力を高められる。ロムニー候補の掲げる雇用対策の切り札にもなる。
化学産業に低価格ガスの恩恵
その恩恵を最も受ける見通しなのが化学産業だ。米エクソンモービルや米ダウ・ケミカルは、ガスの副産物を精製して作る基礎化学原料のエチレンを増産する計画。これらの化学大手による米国内でのエチレンの総生産量は、2020年までに現在より3割増える見通しだ。原料コストは「石油から作るナフサと比べて4〜5分の1」(日本の総合商社)という。
米国経済に大きな影響を与えている安価なシェールガスだが、その価格動向は流動的な面もある。その要因の1つが、米国内での火力発電燃料を巡る攻防だ。安価でCO2(二酸化炭素)排出が少ないシェールガスを発電に活用しようとする米環境保護局(EPA)と、需要減を危惧する石炭業界が激しく対立している。
今年3月にEPAが石炭火力発電所の新設を事実上不可能にするCO2の排出規制を打ち出した。これに猛反発した石炭業界はロビー活動を積極的に展開してきた。巨大な雇用を抱える石炭業界の反発によって、ある商社関係者は「CO2排出規制の導入が遅れかねない。そうなればガスの発電需要は思ったほど伸びず、当面は現在の低価格が続く」と見る。
ただ、CO2の排出規制は遅れたとしても2015年頃には導入されるとの見方が強い。その頃にはシェールガスを液化して米国から輸出する計画が相次ぎ始動する予定だ。米国内で石炭火力からガス火力への移行が加速し、内需増加と輸出開始が重なれば、ガス価格が急騰し始めると見る向きもある。日本企業が計画する米国産ガス輸入の採算性を悪化させる恐れがある。
開発はガスからオイルへ
一方、足元ではシェールガスの価格低下が新たな動きを生み出している。天然ガス開発の損益分岐点となるガス価格は100万BTU当たり4ドルとされる。現在の同3ドル前後の水準では開発企業の採算が悪化するため、新規のガス開発のペースを落とす企業も出てきた。開発鉱区によってはシェールガスと同じ頁岩層からシェールオイルと呼ばれる原油も産出する。開発対象をシェールガスからシェールオイルへシフトする開発企業も目立つ。
北米でのシェールオイルの生産コストは1バレル当たり40〜70ドル程度。原油価格が1バレル=100ドル前後という現在の水準であれば、十分な収益を確保できる。そこに開発企業が目をつけているわけだ。
日本の総合商社も動き始めた。住友商事は米石油開発大手、デボン・エナジーが保有するテキサス州のシェールオイルの開発権益を取得することで合意した。20億ドル(1600億円弱)を投資し権益の30%を持ち分とする。住商の持ち分だけで原油生産量は2020年代に日量10万バレルと、日本の今の輸入量の3%に当たる規模になる。
丸紅もテキサス州で、石油ガス開発大手のハント・オイルが主導するシェール開発計画へ参画する。13億ドルを投じる丸紅は35%の権益を獲得、丸紅の持ち分で数年内に日量1万バレル以上の生産を計画している。
こうした「オイルシフト」によって、米国の原油生産量見込みは「最も多い場合、日量50万バレルのペースで毎年増え続けていくとの予測がある」(住商の高井裕之エネルギー本部長)。米国エネルギー情報局も、2013年の米国原油生産量は今年に比べ日量で約50万バレル増えると予測している。
米国は年間700万〜800万バレル(日量ベース)の原油(一部石油製品含む)を輸入しているが、このペースで増産が進めば2030年までに原油の完全な自給自足が可能になる計算だ。ロムニー候補の独立宣言も、時期の目標を除けばあながち空手形とは言いにくい。
世界のエネルギー生産の底上げ要因となるシェール革命だが、米国がエネルギーの自給自足に転じれば、各国のエネルギー安全保障体制へも大きな影響を及ぼしそうだ。
エネルギー問題の権威とされる米ケンブリッジ・エナジー・リサーチ・アソシエーツ会長のダニエル・ヤーギン氏は、「カナダのオイルサンド、米国のシェールオイルが合わされば、西半球にとって東半球産の石油の必要性は落ちる。その分、中東の石油が中国などアジアに向かう。経済面だけではなく、政治面でも大きなインパクトを持つことになる」と述べる。
ある大手商社の首脳も、「ただでさえ米国の関心はTPP(環太平洋経済連携協定)などによってアジアへ向いている。中東の戦略上の意義は薄れかねない」と見る。巨額の財政赤字に苦しむ米国にとって、中東での軍事費膨張は悩みの種。エネルギーを自給自足できれば、調達先としての中東の安全保障に気をもむ必要も薄れる。
中東ではイランやシリアで情勢不安が続く。「米国が中東での軍縮に動けば(中東情勢が流動化し)原油価格の高騰リスクは一段と高まる」(日本エネルギー経済研究所の田中伸男・特別顧問)。不安定な中東情勢の影響を最も受けるのは、ほかでもなく原油輸入の8割強を中東に依存する日本だ。米国発のシェール革命が日本のエネルギー調達戦略を揺さぶる。
今月3日には石油資源開発が秋田県でシェールオイルの採取に成功するなど、日本でもシェールオイルや次世代の燃料とされる「メタンハイドレート」の資源開発に期待がかかる。ただ、これらはまだ実験や研究の段階で、本格的な実用化には時間がかかりそうだ。
原子力発電所の事故を引き起こした東日本大震災から1年半を経てなお政府はエネルギー戦略策定で迷走を続ける。国際情勢の変化を見据え、調達地域の多様化など戦略の立て直しが急務だ。
細田 孝宏(ほそだ・たかひろ)
日経BP社入社後、経済誌「日経ビジネス」を振り出しに、建築誌「日経アーキテクチュア」、日本経済新聞証券部(株式相場担当)で記者活動に従事。「日経ビジネス」では主に自動車、流通、商社などの各業界を担当し、現在、米国特派員として、ニューヨークに駐在している。
北爪 匡(きたづめ・きょう)
日経ビジネス記者。
時事深層
“ここさえ読めば毎週のニュースの本質がわかる”―ニュース連動の解説記事。日経ビジネス編集部が、景気、業界再編の動きから最新マーケティング動向やヒット商品まで幅広くウォッチ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20121015/238054/?ST=print
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