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「尖閣で中国完勝」と読んだ韓国の誤算
「従中卑日」に動くも「黄海のEEZ」で中国から脅し
2012年10月4日(木) 鈴置 高史
「日本を叩く時は中国の後ろをついて行く」という韓国の戦略が揺らぐ。「尖閣」で日本が韓国の予想を裏切って善戦しているうえ、共闘しているはずの中国から韓国自身が脅され始めたからである。
中韓も専門家は「法律論では自国が不利」
韓国の金星煥・外交通商相は9月28日、国連総会の一般討論演説で日本に対し「従軍慰安婦への補償」を求めた。さらに「独島(竹島)問題の国際司法裁判所での協議拒否」を強調した。ただ、いずれも日本を名指しせず、間接的な表現をとった。
金星煥・外交通商相は「歴史の暗い面に向き合い、過去の過ちを正せ」とも説教。「歴史」を持ち出したのは「慰安婦」でも「独島」でも「日本=戦犯国」を強調すれば世界の理解が得られるとの判断だ。
ことに「尖閣」で激しく日本と対立する中国の歓心を買え、「独島」での対日圧力を増せると韓国は期待したのだろう。中国も「尖閣」は「日本=戦犯国」が奪ったもの、という理屈を掲げている。
実際、その4日前の9月24日に金星煥・外交通商相は中国の楊潔篪外相とニューヨークの国連本部で会談し「歴史」を掲げて対日共同戦線を張ることに改めて合意した。中韓両国とも専門家は法律論で日本と争えば自国が不利と知っている。
「対日歴史カード」で共闘する中韓
聯合ニュースは以下のように報じた。「東北アジアの未来志向的な協力を推進するには、何よりも関連国家の正しい歴史認識が担保されねばならないと両外相の間で意見が一致した。これは国連総会で日本が歪曲した歴史観を土台にして中韓両国を挑発せぬよう圧迫を加えると同時に、日本が挑発を強行した場合には中韓両国が共同で対応しうるとの警告である」。
9月26日、野田佳彦首相は「尖閣」や「竹島」を念頭に「国の主権、領土、領海を守ることは国家として当然の責務だ」、「領土や海域を巡る紛争は国際法に従い解決するべきだ」と演説した。ただ、対立の先鋭化を恐れてであろう、中国や韓国の国名はあげなかった。
しかし、9月27日の一般討論演説で中国の楊潔篪外相は尖閣諸島(中国名・釣魚島)について「日清戦争末期に日本が中国から釣魚島を盗んだ歴史的事実は変えられない」と異例の表現で日本を非難した。
翌日の9月28日に、冒頭で示した金星煥・外交通商相の演説となったわけだが、中国外相とは異なり日本の名はあげなかった。日韓関係の悪化を懸念する米国の圧力があったことに加え、韓国の国際情勢の読み違いが次第に明らかになったからと思われる。
日本も中国に領海を踏みにじられるといいのに
韓国の誤算は3つあった。まず、日本が韓国の予想、あるいは期待と異なって中国にすぐさま屈服しなかったことだ。「尖閣」での摩擦が始まったころ、韓国のほとんどの識者は「中国の漁船や、海軍艦艇など公船が尖閣をとり囲めば日本はすぐに白旗を掲げ、中国が周辺海域を実効支配するようになる」と語っていたし、新聞もそのトーンで書いていた。
理由は「2010年の尖閣での衝突」で、初めは強気だった菅直人政権が、中国に少し脅されると直ちに腰砕けになった経緯からだ。韓国を含め周辺国家は「日本にはもう、昔日の力はない。押せば日本は後退する」と見るに至った。李明博大統領の竹島上陸もこれが遠因である。
もうひとつの理由は韓国人の希望的観測だ。韓国のEEZ(経済的排他水域)はもちろん領海内に至るまで、千隻を超える中国漁船が日常的に不法操業している。警察官が中国の漁民に殺される事件が何度も発生、韓国の海洋警察は取り締まりを事実上、放棄している(「中国ににじり寄る韓国」参照)。
この問題を韓国人に聞くと一様に不快な顔をする。そして「攻撃は防御なり」とばかりに「2010年の尖閣での日本の屈辱」を話題にしたがる。彼らの言説からは「日本も同じ目に合って欲しい」との密やかな願いが感じとれる。
いずれにせよ「尖閣で日本はたちどころに中国に屈服する」との「読み」の上に立って韓国人は「勝ち馬の中国と共同戦線を張ることにより、独島でも日本の要求を跳ね付けられる」と願った。
フィリピンも中国に対し強気に転じる
ところが、中国の漁船は大量には来なかった。これまでのところ中国は本格的軍事衝突は避けている。ある日本の安全保障専門家は、米国の強力な支援のおかげと明かす。
「尖閣での衝突が起きそうになるや否や、米国は世界最強のステルス戦闘機、F22を22機、沖縄に緊急配備した。さらに、空母『ジョージ・ワシントン』と同『ジョン・ステニス』をそれぞれ中核とする空母打撃群を2個も沖縄周辺海域に派遣。そのうえ、米海兵隊と陸上自衛隊が合同で上陸訓練を実施するなど中国の海空軍の侵攻を強力に牽制した」。
大陸国家であるせいか、韓国人は米国の海洋覇権にかける決意を軽く見がちだ。海軍力が皆無に等しいフィリピンでさえ、今や中国との領海紛争では後ろに引かなくなった。もちろん、米海軍が全面的にバックアップする姿勢に転じたからだ。
中国の領土・領海拡張政策に対抗、米国は日本やフィリピン、ベトナムなどとともに、軍事的な中国包囲網を作り始めた。その最中に、韓国が「日本とのケンカ」を言い訳に中国と共闘すると言い出しても米国は賛成しないだろう。
空母を送り「海洋科学基地の撤去」を要求か
韓国の誤算の2つ目は、韓国が実効支配している暗礁を取り戻す姿勢を中国が明確にしたことだ。9月23日、中国政府は無人航空機を利用した遠隔海洋観視システムのデモンストレーションを実施。韓国各紙によると、中国はこの場で「釣魚島(尖閣諸島)と蘇岩礁(韓国名・離於島)を監視対象に含める」と明らかにした。
蘇岩礁は黄海の入り口の、中韓両国のEEZが重なる海域にある。韓国は、自国の方が近いという理由をあげて2003年に一方的にこの暗礁の上に「海洋科学基地」を建設、実効支配に乗り出している。
これに反発する中国は今年3月、蘇岩礁も念頭に「今後、中国が管轄する海域を海洋観視船と航空機で定期的に監視する」と宣言。9月23日のデモンストレーションにより韓国人は「中国がいよいよ奪り返しに来る」との恐怖を抱いた。
2日後の9月25日には中国初の空母「遼寧」が就役、黄海ににらみを利かせ始めた。ソ連の空母「ワリャーグ」を改装したもので、まだ固有の艦載機も載せていない。護衛部隊も編成されていない模様だ。
しかし、韓国人の空母恐怖症は根深く、昨年この空母が試験公開した際には「韓国は軍事的にも米国・中国と等距離であるべきだ」などという弱気の主張が新聞紙面を飾った。
朝鮮日報のユ・ヨンウォン軍事専門記者は9月25日付の記事「尖閣の次は離於島、中国が地域紛争化の動き」で「中国は海洋科学基地の撤去を韓国に要求してくる可能性がある」との専門家の意見を紹介している。その要求は、空母「遼寧」を「離於島」海域に送りつつのものになるかもしれない。
韓国が「反中連帯」の音頭をとったら中国は……
韓国が中国と対日共同戦線を組んでも、中国が「蘇岩礁」などで韓国に譲歩するわけもない。だが、韓国人の心の片隅には「中国の前で日本を悪者にし、自分はいい子になれば中国の風当たりは弱くなる」という奇妙な期待感があった(「日韓関係はこれからどんどん悪くなる」参照)。
だから今、韓国の世論は混乱する。朝鮮日報は9月26日付の社説の見出しを「中国の領土にかける野心が過ぎれば“反中連帯”を加速する」とした。
内容も興味深い。まず、中国が「離於島」に関心を高めるのは黄海から東シナ海を経て南シナ海に至るシーレーンを確立するためだろう、と分析。
さらに中国の、南シナ海での東南アジア各国との領有権争い、尖閣諸島における日本との紛争、「離於島」を巡る韓国との摩擦の3つを一体のものと見て、「国力向上に伴い、周辺国に対する領土拡張の野心を持つ中国」を批判した。
中国人がこれを読んだら「韓国人は竹島では『日本に苛められそうだから助けてくれ』と中国に泣きついたくせに、釣魚島(尖閣諸島)では日本に味方して中国を非難し、反中連帯の音頭をとるのか」と怒りだすに違いない。
日本の“良心派”も、もう韓国を助けられない
3つ目の韓国の誤算は、9月26日の安倍晋三氏の自民党総裁就任である。韓国各紙は「『独島』と『尖閣』が、当初は見込みが薄かった極右の安倍氏を当選させた」と分析したうえで「首相に就任すれば韓国や中国に対し強腰に出るだろう」と警戒感をあらわにした。
安倍氏は産経新聞のインタビューで「過去に自民党政権がやってきたことも含め、周辺国への過度の配慮は結局、真の友好につながらなかった」(8月28日付)と語っている(注)。多くの日本人がこのくだりには同感するであろうし、一部の韓国紙もこの部分に注目し、記事に引用している。
これまで韓国紙は「日本の右派が反韓的な言動をしても、日本の良心派がそれを抑えてくれる」という単純な日本観をもとに紙面を作って来た。
今回の中韓との争いに関しても、日本の左派が中韓両国の主張に沿って日本に反省を求める声明を発すると、韓国各紙は「日本の良心派も日本を厳しく批判した」と大喜びした。東亜日報は社説でもそうした視点で取り上げた。日本の左派メディアさえもこの声明を無視したのと対照的だった。
ただ最大手紙で、現実主義的な紙面づくりの朝鮮日報だけは「少数の知識人が右傾化する日本を変えることができるか(いや、できない)」という見出しの社説を載せた。
ついに、一部とはいえ韓国メディアも「普通の日本人も韓国や中国には嫌悪感、あるいは敵対心を抱いている」という事実に気が付いて、日本の反撃に備える必要があると訴え始めたのだ。
(注)産経新聞のネット版の記事では安倍氏のこの発言は削られている。
韓国の「従中卑日」は2005年から
巨大な隣国の台頭という厳しい国際環境の中で、韓国は中国と同じ価値観・歴史観を表明し日本を叩く――「従中卑日」戦略を採るようになった。
2005年、「靖国神社参拝反対」をテコに日本の国連常任理事国入り阻止で中国に追従した際にその効果がはっきりと確認され、以降、「従中卑日」戦略が定番化した。韓国はこの戦略は以下のように外交上の利点が多い、と考えている。
(1)中国と一緒になって日本のイメージを落とすことで、その効果を大きく増せるうえ、日本からの反撃を減らせる――。今回、中国と一緒になって「戦犯国=日本の強欲な領土要求」を世界で宣伝しているのは、まさにこの狙いからだろう。
(2)「従中」が米国の不興を買いそうな時は「卑日」で言い訳できる――。典型的な例が、中国が不快感を示す日韓軍事協定を結べと米国から迫られた際に「戦犯国、日本の反省が足りない」という理由を掲げて拒否したケースだ(「中国に『日本と軍事協定を結ぶな』と脅される韓国」参照)。
(3)中国にとって「韓国は日本よりいい子」になるので、中国から日本よりは大事にされる――。実際、今回の中国の日本製品ボイコット運動で韓国製品の売り上げが伸びると韓国人は期待している(「漁夫の利か『とばっちり』か――『尖閣』で身構える韓国」参照)。
こんな曲芸的な外交が長続きするのか、と思う人も多いだろう。だが、この「大国の間を泳ぎ渡る優れた新戦略」を得意げに説明してくれる韓国人がいるのも事実である。
「尖閣のワナ」を中国の肩越しに見守る韓国
ただ、「曲芸」は「曲芸」だ。中国と共闘するほどに「韓国は、日本人への攻撃を政府が指導する中国と似たような国」と世界が見始める。それに、“殴られっぱなしだった日本”も、ついに韓国や中国に本気で反撃に出そうな気配だ。
米中対立が深まれば、米国も「日本の謝罪が足りない」などという言い訳などには耳を貸さなくなり「日本の過去よりも、今、韓国は米中どちらの味方をするのか」と踏み絵を突き出すだろう。同時に中国も同じ踏み絵を取り出すに違いない。
これまでそれなりの効果をあげてきたものの、少々怪しくなって来た「従中卑日」戦略を韓国は続けるのか――。韓国は、日中間の対立に見えて実は米中の覇権争いである「尖閣」の成り行きを必死で見守っているだろう。
第1ラウンドでは、韓国の予想に反し日本は即座には白旗を掲げなかった。しかし、これから中国が対日経済制裁を強めつつ「領土問題の存在の認定」を迫れば、日本は思わずそれを飲んでしまうかもしれない。
すでに橋下徹大阪市長らが「裁判すれば勝てる」との判断により問題の存在を認めようと言い出した。日本人は「領土問題の存在の認定」→「国際司法裁判所での審判」と考えている。
しかし、中国人民解放軍は「存在の認定」→「軍事侵攻」のシナリオを描いているだろう。領土問題が存在する地域で軍事力を行使しても非難される筋合いはない、と彼らは考えるからだ。一方、米国は、日本が安易に中国に妥協すれば「尖閣」や「日本」を守る意思を失うだろう。
中国は「尖閣のワナ」に陥り始めた日本を「シメシメ」と見ているに違いない。そして韓国も、中国の肩越しにそれをのぞいていることだろう。
「尖閣問題を中途半端に勉強した人が陥るワナ」に関しては、著者の鈴置高史氏がシミュレーション小説『朝鮮半島201Z年』の「プロローグ」で詳しく説明しています。
鈴置 高史(すずおき・たかぶみ)
日本経済新聞社編集委員。
1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。
77年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(87〜92年)、香港特派員(99〜03年と06〜08年)。04年から05年まで経済解説部長。
95〜96年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、06年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)ジェファーソン・プログラム・フェロー。
論文・著書は「From Flying Geese to Round Robin: The Emergence of Powerful Asian Companies and the Collapse of Japan’s Keiretsu (Harvard University, 1996) 」、「韓国経済何が問題か」(韓国生産性本部、92年、韓国語)、小説「朝鮮半島201Z年」(日本経済新聞出版社、2010年)。
「中国の工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として02年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。
早読み 深読み 朝鮮半島
朝鮮半島情勢を軸に、アジアのこれからを読み解いていくコラム。著者は日本経済新聞の編集委員。朝鮮半島の将来を予測したシナリオ的小説『朝鮮半島201Z年』を刊行している。その中で登場人物に「しかし今、韓国研究は面白いでしょう。中国が軸となってモノゴトが動くようになったので、皆、中国をカバーしたがる。だけど、日本の風上にある韓国を観察することで“中国台風”の進路や強さ、被害をいち早く予想できる」と語らせている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121002/237541/?ST=print
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