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【第62回】 2012年9月25日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役社長]
地政学から領土問題を考える
もうかれこれ半世紀近く前の話になるが、大学の原書購読の時間に、高坂正堯先生に、地政学を教えていただいた記憶がある。テキストは確か、マッキンダーだった。加えてハウスホーファーやマハンも一部読んだのではなかったか。領土問題を巡る昨今の報道を眺めているうちに、先生の教えを思い出した。
国は引っ越せない
偽善を嫌い、リアリストであられた先生は、よく学生の意表を突かれるのが常であった。いくつか記憶の糸を手繰ってみると、先生が学生に教えようとされたことは、概ね以下のようなものではなかったか。
●国は引っ越せない
「隣近所との庭先の境界線争いが長引いた場合、個人なら心機一転、引っ越せばいいが、国は引っ越せない。ここが、個人と国との大きな違いであって、引っ越せない以上は、例えいくら嫌な隣人であっても、どこかで折り合いをつけるしかない」
「日本は世界の歴史上、とても特異な状況に置かれている。境界争いが生じると、普通は、合従連衡を考え、隣近所のどこかと手を結ぼうとするのが常態だが、日本はソ連(当時)、北朝鮮、韓国、中国、台湾という隣近所全ての国と境界争い等、紛争の火種を抱えている」
「境界争いは、昔は戦争で片を付けた。戦争が出来なくなった現在では、知恵(外交)で解決するしかない。知恵がなければ、時間に託すしかない。たとえ根本的な解決にはつながらなくても、当面は現状を維持(ステータス・クオ)して、静かにしている方がいい。毎日スピーカーで互いにがなり立てていると、安眠すらできないではないか」
●日本の仮想敵国はアメリカではないか
「仮想敵国とは何か。それは、同じようなものを、同じ相手に売っている国のことである。原理的に考えれば、日本の仮想敵国はアメリカではないか。君たちは、そうしたことを一度でも考えたことがあるか」
「日本は、そのアメリカと同盟関係にある。いわば、仮想敵国同士が軍事同盟を結んでいる訳で、これも歴史上、あまり見られない現象である。共産圏(ソ連・中国)とは、イデオロギー的に対立しているが、経済的な対立は、実はほとんどないのではないか」
●覇権国家の悪夢は、2・3位連合である
「覇権国家の悪夢は、常に2・3位連合である。2・3位は合従して、覇権大国に対抗しようとする。これに対して、覇権国家は、2・3位を常に分断しようと試みるのが常だ」
「日米同盟は、覇権国家と(経済力)2位の国の軍事同盟である。これも歴史上、あまり見られない特異な現象である。このように、日米関係は歴史上、かなり特異なものであるのだから、より慎重に取り扱わなければならない」
●外交は内政であり、経済力である
「戦争と外交は、クラウゼヴィッツが言っているように、同じものである。血を流すか流さないかの違いだけである」
「外交は内政である。国内をしっかり治められない政権が、他国と上手く交渉できるはずがない」
「外交方針をコロコロ変えて、得になることは何もない。普通の商売を考えても、いつも言うことが違う相手とは、安心して商いができないではないか」
「血を流す戦争がそう簡単にはできない以上、外交力はその国の(軍事力だけではなく)経済力によって、大きく左右されるものである」
経済力を強化し、友人を増やせ
高坂先生の教えを念頭に置いて考えてみると、昨今の領土を巡る一連の騒動は、何れも、実効支配している側の動きが起点となったように思われる(何れも新聞報道等による)。
・ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土訪問
・韓国の李大統領の竹島訪問
・東京都(後に国)による尖閣諸島の購入
実効支配している側が、敢えて、池に石を投じるという行為は、知恵(外交)が出せない中では、どちらかと言えば、異例に属する行為である。こうした行為は歴史的に見ると、あくまで一般論ではあるが、国内に何らかの解決困難な問題を抱えている場合や、閉塞感が蔓延している場合等に、為政者が(例えば市民の目をそらすために、あるいはガス抜きをするために)取りがちな行動であると考えられる。
もちろん、歴史にifはあり得ないので、今更事態を元の鞘に戻すことはできない相談である。当面は、互いがcalm downするために何ができるかということに絞って、知恵を傾けるべきであろう。けだし、スピーカーで互いにがなり立てるばかりでは、安眠すら保証されず、睡眠不足で精神が不安定となり、国益に沿った冷静な判断ができなくなる恐れがあるからである。
筆者は、個人的には、北方領土、竹島、尖閣諸島、何れにおいても、わが国の主張は理に適っていると考えているので、舞台が国際司法裁判所であれどこであれ、堂々とわが国の主張を貫けばいいと思うが、外交は理屈だけではままならないことも、また歴史の教える通りである。中長期的に見て領土問題でわが国の主張を貫き通す(実現する)ためには、最低限、次の3点が(順不同ではあるが)必要だと考える。
先ず、現代の外交は経済力に他ならないのであるから、わが国経済の地力を高める(回復する)ことが、何よりも重要である。わが国は、海洋を含めると、面積でも世界第6位の(超)大国である。広い領海を護るための艦船についても、十分な予算がないと、その手当すらできないことを忘れてはならない。
次の表を見てほしい。
これは、購買力平価でみた実質GDPの推移であるが、この15年間のわが国経済の地力の低下は、明々白々ではないか。少子高齢化に歯止めを打ち(≒人口を増やす)、生産性を向上させ、広く世界と交易を行って、経済力を回復させなければ、正論すら通すことはできないという、冷徹な国際政治の現実を直視すべきである。
第2に、外交もまた、生きた(感情を持つ生身の)人間が行うものであるからには、友人を作ることの大切さを肝に命じるべきである。わが国が国運を懸けた日露戦争を、わが国にかなり有利な条件で講和に持っていけたのは、時のアメリカ大統領、セオドア・ルーズベルトと金子堅太郎のハーバード大学以来培われた厚い友情が与って力があったことは、夙に指摘されている通りである(ルーズベルトと金子の繋がりに着目して、金子をアメリカに派遣した伊藤博文の慧眼にも瞠目すべきではあるが)。
前述した通り、日米同盟は、歴史的に見て、かなり特異な関係である。普段からきちんと手入れをし続けなければ、この関係を長く維持することはできないという覚悟を持つべきである。
その点から言えば、わが国からアメリカへの留学生が年々減り続け、反対に中国や韓国からアメリカへの留学生が年々増え続けているという現状は、憂慮に堪えないものがある(2009〜2010学年度現在、日本人のアメリカ留学生は2万4842人、中国人のアメリカ留学生は12万7628人、韓国人のアメリカ留学生は7万2153人(出典: 徹pen Doors・Institute of International Education)。
周辺各国全てと領土問題をはじめとするナイーブな問題を抱えている現状では、当面、わが国には、日米同盟を堅持する以外の選択肢はあるまい。そうであれば、わが国は日米の人的交流を必死に図り、絆を太くするように懸命の努力を官民あげて傾けるべきである。理想を言えば、どの国とも胸襟を開いて、本音で語り合える(アメリカ向け、中国向け、ロシア向け、韓国向けの)第2、第3の金子堅太郎を1人でも多く産み出していかねばならないのだ。
最後に、国内政治の安定こそが、外交の礎であるということを各政党の領袖にはよくよく理解してもらいたいものだ。少子高齢化、財政再建(税と社会保障の一体改革)、競争力の強化(経済力の地力の回復)等、わが国が直面している政策課題は明らかである。
望むらくは、来るべき総選挙で選ばれるであろう次の首相には、次々回の解散まで首相の席に留まってほしい。そして、そうする為にも、少なくとも、少子高齢化、財政再建、競争力の強化の3つの大きな政策課題については、総選挙の後で、与野党で政策合意に努めてほしい。社長が毎年交代するような企業とは、誰も真剣に取引しようとはしない。国際政治でも事は同じである。
なお、より長期的な視点に立ち、周辺諸国との緊張緩和を図るためには、いくら時間をかけてもいいので、学者を中心に、全ての事柄の発端となった第2次世界大戦全体の共同通史を試みることが有効であると考えるがどうだろうか。
(文中、意見に係る部分は、すべて筆者の個人的見解である)
http://diamond.jp/articles/print/25251
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