http://www.asyura2.com/12/warb10/msg/198.html
Tweet |
JBpress>海外>中東・アフリカ [中東・アフリカ]
「悪玉なのは反体制派の方」?
シリア内乱を巡る誤った言説を正す
2012年09月25日(Tue) 黒井 文太郎
9月17日、CNNは元シリア国営テレビの著名な女性キャスター、オーラ・アッバスさんのインタビューを放送した。アッバスさんは2012年7月に反体制派への合流を宣言して国外に脱出。現在はパリ在住である。彼女はこう語る。
「これ以上、嘘の言葉を語ることで、自分自身が殺人者と同じだと感じることに、耐えられませんでした」
「それまで1年半近く離脱を決断できなかったのは、怖かったからです」
彼女は婚約者と家族を本国に残したままだそうである。苦渋の決断だったことだろう。独裁政権の下で生きるということは、こういうことだ。
なぜか存在する「アサドは悪玉ではない」という認識
現在、シリアで続いている内戦は、独裁政権に対する民衆の叛乱である。
政府軍と戦闘中の自由シリア軍兵士。撮影場所不明。9月13日画像公開(写真:Local Coordination Committees of Syria)
当初、非武装の街頭デモを行っていた群衆を、アサド政権は銃弾で弾圧した。あまりにも苛酷な弾圧が続いたため、部隊を離脱し、反体制派に合流する兵士が出てきた。彼らを中心に反政府武装組織が結成され、やがてそこに一般住民の男たちも加わっていった。こうして反体制派のゲリラ部隊「自由シリア軍」が誕生し、政府軍との血みどろの内戦が開始された。
以上が、筆者が認識するシリア内戦の基本的な構図だ。筆者は2011年3月の民衆蜂起以後はシリア国内の取材を直接行なっていないが、それなりの情報収集と分析でこのように判断している。
筆者の情報分析の元データとなっているのは、基本的にはシリア国内に今も住む知人たち、隣国レバノン取材で出会った活動家たち、メディア業界の知人たち、さらには様々な人脈を辿ってコンタクトした地元および国外の情報源から、スカイプやeメールなどを通じてもたらされる情報で、それにSNSやユーチューブで収集した現地情報、各種メディアの報道などを総合的に突き合わせるという作業になる。ジャーナリズムでは一般的な手法だ。
だが、こうした筆者の認識とは異なる認識に基づく、下記のような論調をときおり見かける。
「ネットに流れる情報など信用できない。ユーチューブで流されている虐殺映像は捏造だ」
「アサド悪玉論は欧米に創作された虚構イメージだ」
「シリア内戦は宗派間の権力抗争。政府側も反政府側もどっちもどっち」
「自由シリア軍や反体制派は外国の傀儡。シリア内線は外国の代理戦争だ」
「反体制派の主流はイスラム過激派。自由シリア軍はスンニ派で、アラウィ派を殺戮している」
大雑把に言えば、筆者がアサド悪玉論なのに対し、反体制派悪玉論を主張する声が一部にあるということだ。
この認識の違いはどうして生じるのか?
最大の原因は、シリア政府が海外メディアの自由な取材を一切認めていないため、この国の内部で何が起きているのかを外国人が知る術が限られているということだろう。
通常の紛争であれば、中立的な立場の外国メディアが大挙して現地に入り、取材競争を繰り広げる。それなりの数のメディアが参画すれば、それだけ多くの情報が外部に伝えられ、自ずと現実が見えてくることになる。
しかし、アサド政権はそれを許さない。「事実」を隠したいということだが、それによって情報収集の手段が限られる国外の人間は、漏れ伝わる情報のうち、どれを重視するかで分析が異なってくるのである。
アサド擁護論の3つのタイプ
アサド政権を擁護する見方には、大まかに次の3つのタイプがあるように見える。
まず、シンプルに「反米」を基準とするタイプだ。「アメリカが裏で糸を引いている」という陰謀論に陥りやすい考えで、この立場に立つと、自然に「アメリカと敵対するアサド政権は正しい」「アサド悪玉論はアメリカの陰謀だ」となる。これは個人の主義・信条の問題なので、そもそも情報分析の問題ではない。
政府軍の大弾圧の中、ハサカで行われた住民による反政府デモ。9月14日(写真:Local Coordination Committees of Syria)
次に、「メディア情報をそのまま鵜呑みにしてはいけない」と考えるタイプだ。実際、国際紛争関連の報道・言説には偏向的なものがしばしば見られるので、シリア情勢に詳しくない人にとっては、メディアを疑うという姿勢はむしろ健全だと筆者も思う。
シリア問題でも、様々な視点の解説がメディア上には存在する。情報の受け手は、それらの情報からどれを優先して分析材料とするか取捨選択しなければならない。
報道の主流はロシアのメディアや一部のWebサイトなどを除いて世界的にもアサド悪玉論だが、それを否定する少数派の情報を重視すると、「アサド悪玉論は操作されたものだ」という見方になる場合がある。これは情報分析の問題と言える。
3つめは、それなりの情報収集の過程で、むしろ反体制派悪玉論の情報を多く入手するタイプである。筆者の場合、自分なりの情報収集でアサド悪玉論を裏づける情報を多く収集しているが、むろん現地にも様々な立場の人がいる。親アサド派、あるいはアサド政権の監視下ないし強い影響下にある現地の人々に情報ルートがある人は、アサド善玉論を裏づける情報を多く収集することになるし、現地の政府系メディアを主な情報源とすれば、自ずと反体制派に対するネガティブな情報に重点的に接することになる。これはどちらかというと、情報収集の問題と言っていいだろう。
偽情報の比率は圧倒的に政権側が多い
1つめの反米バイアスについては、これは分析以前の問題なので放置するしかないが、残る2つに対し、インテリジェンス分析の観点から反論を試みたい。
まず、「ネットに流れる情報など信用できない」「ユーチューブで流されている虐殺映像は捏造だ」という指摘について考えてみよう。
理論上、匿名で誰でもアップできるネットの情報は、信憑性が担保されない。適当な誤情報、あるいは悪意を持った偽情報が流される可能性はあるし、実際に流されてもいる。
ただ、誰でも情報発信できるメディアであるがゆえに、ネットが有益な情報の宝庫であることも事実である。特にシリアのような情報統制国家では、マスメディアは政府のプロパガンダを発信するだけの道具だが、ネットには政治に統制されない住民の生の声が溢れている。当然、その中には悪質な成りすましもあるが、むろんそんな輩ばかりではない。シリアではネットも政府当局の管理を受けてはいるが、ユーザーの数が多すぎて、とても完全な監視には至っていない。実際、反体制運動の拡大の原動力になったのは、ネットでの自由な言論空間である。
シリア関連の情報は、ネット情報だけでなく、政府系のマスメディアや反体制派組織の発信する公式発表を含めて、政府側と反政府側が真っ向から対立している。特にネット情報では、親政府系ではアサド大統領支持コメントと反体制派批判、それにアメリカやサウジアラビアなど敵対している外国およびアルジャジーラやアルアラビーヤなど湾岸諸国系メディアへの批判、さらに反体制派による暴力に関する情報が大半を占める。対して反体制側は、デモ情報、政府側の弾圧による被害状況とその現場映像の紹介、反政府コメントが多い。
いずれの側にも、誇張、誤情報、偽情報が含まれるが、特に偽情報の比率は圧倒的に政権側が多い。
「反政府活動は一部のテロリストのみだ」「弾圧ではなく、テロリストから住民を守っているのだ」といったプロパガンダは、洪水のように発信される現場映像の山に完全に凌駕されている。「情報」だけなら外部の人間には判断が難しいが、「映像」の証拠性は非常に高い。
それに比べて反体制派の側は、実際にデモや弾圧が頻発していたこともあり、偽情報は格段に少ない。ただ、特に2011年秋頃までは、「××の政府軍部隊が反体制側に寝返った」という誤情報がしばしば流された。希望的観測から来る噂の垂れ流しなのだろうが、事実であれば映像が発信されるはずなので、こうした未確認情報は一両日中に誤報と確認された。「映像」は政権側の嘘を暴露するだけでなく、反体制側の誤情報の確認にも有効だった。
陰謀論を吹き飛ばす膨大な映像の数々
反体制派は最初から、ユーチューブでデモや弾圧の場面を発信することに力を入れていて、2011年3月の蜂起の早い段階から映像が発信されてきた。それに対して私たち外部の人間が初めに戸惑ったのは、「これらの映像は本物なのか?」という点だった。
筆者はその最初の段階から主な映像発信をリアルタイムでフォローしてきたが、初めの頃は確かに真偽不明の映像がいくつもあった。明らかにイラク戦争の映像が混じりこんだこともあった。
しかし、結果的にはそれは、ほんの一部の例外的なものだった。デモや弾圧の現場は日々大量にアップされ、その場所や日付も現地の人々によって確認された。圧倒的な数の「証拠」に、政権側の主張は崩壊した。量が、勝負を決めたのである。
8月26日、ダマスカス近郊で政府軍が320人を「虐殺」したと反体制派が発表。ユーチューブに投稿されたシリア・ダラヤの病院で手当てを受ける順番を待つ女性。(c)AFP/YOUTUBE 〔AFPBB News〕
しかも、それは地元の人しか知ることのない情報であり、結果的に「ネットの情報発信者は国外居住者ばかり」との政権側の主張も崩れることになった。
だが、政権側はそれでも「映像は捏造されたものだ」と主張。中には「カタールの撮影所で撮られたヤラセ映像だ」などという陰謀論もあった。筆者はそうした主張のいくつかの根拠を追跡したことがあるが、ほとんどのケースでは、1つの偽映像の存在を、あたかも映像全体のことのように拡大解釈しているか、あるいはもともと出所不明の未確認情報を根拠に偽映像説を拡大再生産していた。陰謀論でよく使われる手法である。
インテリジェンス分析のセオリーでは、「情報は無数にあり、どんな仮説でもそれを裏づける情報が存在する」と考える。数々の仮説を組み立て、そこから蓋然性の高い仮説の順位をつけるのがインテリジェンス分析の基本だが、それを無視して自説に都合のいい情報だけを繋ぎ合わせると、どんな仮説でも組み立てられる。甘い果実だけを拾い集めるという意味で「チェリーピッキング」と呼ばれているが、この場合はその典型例と言える。たとえ3つか4つの偽映像が存在したとしても、同時に300も400もそれを覆す映像が存在すれば、何が現実に起きているのか疑う余地はない。
もっとも、こうした情報戦の攻防は、2011年春の早い段階ですでに決着が着いていたもので、国際メディアなどは、反体制派が発信する映像を「自分たちは映像の信憑性を確認していない」との注釈付きで放送した。理論的に100%の責任は持てないものの、本物であると判断したということだ。
それでもBBCやアルジャジーラなどの著名な国際メディアでも、ごく稀に誤った映像を確認ミスで放送してしまうことがある。それで現在に至るも「アサド悪玉論は外国メディアに創作された虚構イメージだ」という見方があるが、数を比較すれば、そんなものは誤差程度ということが一目瞭然である。
アサド支持者も多くが反政府派に
アサド善玉説には、過去の古い情報が先入観(アンカリングと言う)となっているケースもある。初代独裁者の死後に権力を世襲した現大統領が、古株の腐敗した幹部を追放したり、社会の改革開放を進めたりしたため、かつてはそれなりに国民に支持されていたのは、筆者の過去の取材経験でも、おそらく事実である。しかし、それはあくまで過去の話だ。
しかも、その「国民の支持」などというものも、強力な秘密警察国家の枠内での支持だということを考慮する必要がある。冒頭に紹介したオーラ・アッバスさんの例もそうだが、恐怖体制下にある人々が本音で話すことはあり得ない。民衆蜂起が始まった後も、政権の強い影響下にある人々は本音で話すことはない。
さらに、こうした環境下に置かれた人々が、惰性でアサド支持を公言することもある。長年の強制的なアサド支持が身体に染みついていて、それが急には抜けきらないのだ。
実は筆者のシリア人の知人でも、最初から全員が明確に反アサドを自覚していたわけではない。しかし、国民の大規模な蜂起と、政権の残虐な弾圧を目にして、2011年夏までには全員が反アサドに転じている。これは筆者の周辺のほんの小さなサンプル内でのことだが、いろいろ情報を集めると、こうしたケースは実際に非常に多い。
もちろんシリア国民にも様々な立場・主張の人がいて、現在もアサド支持派は存在するが、ここで重要なのはやはり数の比率だ。あらゆる情報ソースを検討しても、親アサド派はいまや明らかに圧倒的少数派である。
国外メディアの想像が生んだ「宗派間抗争」説
「シリア内戦は宗派間の権力抗争。政府側も反政府側もどっちもどっち」「自由シリア軍や反体制派は外国の傀儡。シリア内戦は外国の代理戦争だ」といった見方も、「思い込み」から来ている。
キリスト教徒が結成した反政府部隊「神の信奉者旅団」。9月18日(写真:The Syrian Revolution 2011)
アサド大統領は少数宗派のアラウィ派の出身であり、政権幹部もアラウィ派が中心だから、反体制運動は多数宗派であるスンニ派による宗派闘争だと考えたくなる気持ちはわからなくはない。だが、現地から伝わる反体制派情報には、宗派対立を伺わせるものは非常に少ない。筆者の情報収集・分析では、シリアの主要な対立軸は宗派間抗争ではなく、「アサド一族と側近グループ vs その他の国民」である。
付随的な対立項目としては、地域によっては宗派間抗争も多少は生じているようだが、現地からの情報では、むしろアサド政権側がアラウィ派を焚きつけているケースが多い。
親アサド派はさかんに「反体制派はスンニ派の過激派であり、アラウィ派を虐待するに違いない」との情報を流しているが、実際のところ、情報が出ている事件は、ほとんど政府軍かアサド派民兵によるスンニ派住民の虐殺であり、スンニ派側によるアラウィ派一般住民の虐殺例はない。
シリア内戦を宗派抗争とする見方は、筆者の見るところ、ほとんどが国外メディアの想像から出ている。隣国イラクが各宗派の過激派陣営による殺し合いになってしまった例が、先入観の原因になっているようだ。
もちろんシリアの反体制派には、モスレム同胞団やサラフィスト(イスラム復古主義者)も含め、スンニ派色の極めて強い勢力が存在する。また、親族や友人を殺害された人の中には、強い復讐心を持つ人も少なくない。しかし、少なくとも現時点までのところ、反体制派サイドからアラウィ派一般住民の排撃を主張する声は高まっていない。
ただし、反体制派が同じスンニ派のサウジアラビアやカタールから支援されていることは事実である。しかし、外国の思惑のためにシリア国内の反体制派は叛乱をしたわけではない。宗派対立の下地は確かにあるが、現時点でそれは回避されていると言っていい。
「シリア人同士の戦い」か、「外国の代理戦争」か
サウジやカタール、さらには欧米からの支援などがあるため、反体制派、特に自由シリア軍をそうした外国の手先だと決めつける見方もときおり見かける。だが、これも前述したチェリーピッキングの典型例だ。
現地からの情報を分析すれば、反体制派に対する外国の支援の総量は、住民自身の叛乱のエネルギーに比べれば、微々たるものでしかないことが分かる。例えば、自由シリア軍の貧弱な武器のレベルを見れば、一目瞭然だ。
他方、アサド政権はロシアとイランに支援されているが、それも限定的なものに留まる。反体制派の一部が主張するような、ロシアやイランの支援によってアサド政権が保たれているかのような分析も間違っている。
トルコとの国境を掌握する自由シリア軍。9月19日(写真:The Syrian Revolution 2011)
シリア内戦では、敵対する両サイドにそれぞれ外国からの支援があるのは事実だが、そのウエイトは非常に小さなもので、基本的にはシリア人同士の戦いである。「シリア内戦は外国の代理戦争」という見方は、現実の中の一部分が先入観となってアンカリングされ、全体像に拡大解釈されるという分析ミスの結果である。
なお、反体制側にはリビア人などの義勇兵、政権側にはイラン人の軍事顧問が参画しているのは事実だが、それらも数としては非常に少ない。特にアサド政権が盛んに「反体制派の中心は外国人テロリスト」と煽っているが、典型的なプロパガンダである。
アサド政権はさらに、盛んに「アルカイダ系のテログループの浸透」を強調しているが、その真偽は確認できていない。自爆テロが数回起きていて、それに対して政権側は「反体制派のテロ」と主張し、反体制側は「アサド政権の自作自演」と主張している。これは状況を考えると、反体制派の主張の方に根拠がない。可能性から言えば、アルカイダ系かどうかは不明だが、反体制派の中のサラフィスト勢力によるものと考えるのが自然だ。しかし、いずれにせよそういった勢力は反体制派の中ではごく少数である。
明らかにアンフェアな「どっちもどっち」という主張
反体制派悪玉論の中には、反体制派による暴力を指摘する声もある。「アサド政権による弾圧は非難されるべきかもしれないが、反体制派の暴力も同じように非難されるべきだ」というのは、ロシア政府の常套句だが、国際的な人権団体などもしばしば同様の主張をしている。
現在、シリアでは政権側と反体制側の内戦状態にある。その中で、政権側は住民への無差別爆撃を繰り返しており、さらには一般住民の大量処刑も行っている。これに対し、反体制派も、一般住民を虐殺した政府軍兵士や政権側民兵の捕虜に対し、拷問や即時処刑を行った例がいくつか報告されている。それを根拠に「反体制側も酷い」という主張がある。
反体制側によるこうした暴力は確かにあったようだが、これも数の比率の問題である。内戦の混乱の中で数回行われた捕虜虐待と、毎日数十人もの一般住民が殺害される大量殺戮を同列に扱い、「どっちもどっち」と主張するのは、明らかにアンフェアな印象操作である。
最近は、欧米や湾岸諸国系の国際メディアが政権側支配エリア以外の場所を、数多くリポートするようになっている。こうした報道からも、シリアで起きている現実は明らかだ。
また、勇気を持って語り始めたオーラ・アッバスさんの言葉にも、嘘はまったく感じられない。ちなみに彼女はアラウィ派である。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/36156
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。