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・この炎熱!きょうも貧しくてからだの弱いひとびとから順番に、ポッポッと命の火種を消していくことだろう。3年前の夏にも、たくさんの貧しいひとびとが亡くなった。そのとき「ツユクサの想い出」というエッセイを書いた。じぶんで書きながら、石を呑んだような衝撃を受けたのでまだ憶えている。いま反芻し、ふたたび予感している。
3年前の夏、76歳の老人が熱中症で死んだという“よくあるできごと”について調べていておどろいた。なににおどろいたかというと、「フツウ」にであった。あるいはどこにでもよくあるだろう日常というものの、そのじつ、 尋常ではない惛がりと灼熱と孤独に、絶句した。
老人には月額7万円ほどの年金があった。妻をなくし、腰痛ではたらけない息子と家賃5万5千円のアパートでくらしていた。不幸ではあるが、この不幸せはきわめて例外的とまでは言えない。大別するならば、極貧にちかいけれども、他にもあるフツウの貧しさだろう。老人は役所に生活保護を申請し、あっさり断られた。これもよくあるケース。生一本の老人は節約のため、みずから電気、ガス停止の手つづきをした。したがって、エアコンがあっても冷房はできない。電球があっても真っ暗。懐中電灯とカセット・コンロだけの穴居生活みたいなくらしが、死ぬまで10年ほどつづいた。
2013年8月8日のいま現在も、そのようなひとびとが暑熱のなかで息もたえだえになっているだろう。「てきせつにエアコンを使用してください」といわれても、そうできないひとびとがいくらでもいる。あの76歳の老人は、死後1時間以上が経過していたのに、検死時、直腸内の温度が39度もあったという。
わたしは書いた。「この死はとうてい尋常ではない。まったく同時に、この死には私たちの居場所と地つづきのツユクサのようなふつうさが見える。異様とふつうが、ほの暗い同一空間にふたつながら平然となりたっている。それが怖い。たぶんこの国の日常とはそういうものだ。ふつうが反転して、ある日とつぜん悪鬼の顔になる」(『水の透視画法』)。
あれから3年。大震災、原発炉心溶融、政権交代・・・。どうだろう、悪鬼の顔は、いまはっきりと見えているだろうか。貧しい者はフツウによりいちだんと貧しくなり、いっときあれほど反省された原発がフツウに再稼働に道筋をつけ、極右政権の夜郎自大はますますフツウにとどまるところがない。すべてをフツウに見せているなにか。とてつもない異常を、ごくフツウと見てしまう目、目、目・・・。わたしはけふもエベレストにのぼった。ツユクサが3年前とおなじく花びらを閉じて合掌していた。わるい予感がする。
(2013/08/08)
・東京の病院にいく。眠剤、精神安定剤、血圧降下剤2種、抗血栓剤もらう。例によって、9年間、例のごとし。これもいわゆるフツウだ。医者はいちおうヒトの顔をしているけれども、じつは脳に問題のあるまだ若いヤギが眼鏡をかけて白衣を着ているにすぎない。それはきょうびもはや病気とも言えない、あまりにフツウの障害であり、症状は〈すべての痛みへの無感動〉〈政治、社会状況、とりわけ患者の内面や固有の脳血管障害への無関心〉〈前記のことがらへの不干渉〉〈同無提案〉〈同不介入〉〈心にもない微笑〉〈曖昧な微苦笑〉〈言辞、動作、気配全般における無気力〉〈あらゆる局面における完璧な非暴力〉・・・などをもって特徴とするらしい。まったくフツウである。ただし、あのヤギがだれも見ていないところでなにをしているかは、わかったものではない。
自動料金払い機で薬代を見たら、2か月分で1万3千円ほどだった。ギョッとする。払えないひとだって少なからずいるだろう。払えないひとびとは降圧剤も抗血栓剤ものまず、「自己責任」で脳溢血を再発し、自己責任でヨイヨイになり、自己責任でのたれ死ぬほかない。
この病院にほどちかい歩道橋のたもとに老婆のホームレスがいるのを以前、見たことがある。ほんとうは老婆ではないのかもしれないが。いつも汚れたふとんを敷いて横向きに寝ていた。枕元にお茶の紙パックを置いていた。少し離れてとおるだけですごいにおいだった。あんなに小さなからだからはげしい悪臭をはなっていた。存在の芯が黙って叫んでいたのだ。タスケテ、タスケテ、タスケテ! 何百人、何千人が、ろくに彼女を見もせずに、ただ息をつめてとおりすぎたことか。すぐそばに病院があるというのに、だれかが飛びだしてきて助けようとしたか。人間ほどすさまじくにおう生き物はない。ホームレスの体臭ではない。通行人の腐れた心が鼻も曲がるほど臭いのだ。
いま、気温34度。彼女はどうしているだろう。もう死んだろうか。灼熱の路上でまだきれぎれの夢を見ているのだろうか。いや、こときれただろう。ここは満目の廃墟だ。ruin・・・砂漠ですらない。時々刻々、ひとがむきだされていく。化けの皮がはがされていく。人生の中身も、ひとがらも、こころざしも、理想も、そんなもの、なんのかんけいもございません。支払い能力がすべて。ひととはすなわち、支払い能力のことです。こまめに水分を補給し、エアコンをてきせつに使用して、夏を快適におすごしください。ただし、電気代を払えなかったら、自己責任で直腸内温度39度になって死んでもらいます。そのような死も、もうひとつのシステマティックな死刑執行である。
内閣法制局長官の超弩級デタラメ人事に怒ることができる(いかにも怒ったふりをしてみせる)のは、しごくまっとうであり、かつ、まっとうそうではあるものの、炎熱のこの廃墟にあっては、なにか高級で贅沢な仕儀のようにさえ見えてくる。じかの路面に、老いて病んだひとの横たわる、その低く熱く臭くむきだされた地平からかすむ風景を見あげるならば、ほとんどすべてのことがらに殺意をおぼえるほかはない。
こうなったらしかたがない、せめては睨めることだ。わたしにだってひとを睨めつける意思くらいはまだある。睨めてうごかざる殺意。はたと睨めて世界を刺しつらぬく、目のなかの青い刃。それをふりまわすくらいの殺意がないとはいえない。けふは駅についてからアパートに直行はせず、エベレスト*1にのぼった。いつかはかならず斃れるだろう。しかし、いま斃れるわけにはいかないのだ。だからエベレストにのぼる。麓の芙蓉の花が閉じて結ぼれていた。
若い、顔の大きな男に後ろからいきなり声をかけられた。「熱いね。死ぬね」。男がとおりこし、ふりむいた。心底うれしそうに笑っている。「みんな死んじゃうね・・・」。気持ちがほどけ、わたしも痴れた顔で笑いかえした。 (2013/08/09)
・久しぶりにK君からメールをもらった。わたしよりおそらく40歳は若い友人(友人と、わたしはかってにおもっている)である。と言っても、数年前に1回しか会ったことはない。自宅でだ。ずいぶん遠いところから前置きなく私を訪ねてきたかれと、まずインターフォンで話し、なにも疑わず、部屋にきてもらった。なにを話したかはあまり憶えていない。いまもいっしょに暮らしている犬が、まだ子犬だったころである。K君は、華奢で色白でもの静かな青年というより、少年から青年になりかけの、人間がものごとにいちばん敏感で、頭が最も活発にはたらく時期にあって、だからこそ当然、いくぶん思い迷っているようにも見えた。そう見えるかれをわたしは好感した。
かれは学生運動をしているようであった。わたしもなにせ半世紀ほど前のことだが、学生運動をしたことがある。K君はかつてわたしがいた党派とはちがうセクトで活動しているようであった。2つの党派(他の党派もだが)は過去に凄惨な殺し合いをしたことがある。それは、この国の学生運動だけでなく、政治、文化、思想の各面に、いまだに視えない死の影を投げている。わたしはそうおもっている。友人のひとりは脳漿が周囲に飛びちらかるほど鉄パイプで頭を打ち砕かれて死んだという。母親を亡くしたとき、母を悼む短歌を詠み、部屋中に短冊をはりだして慟哭しつづけた男であった。報復がまた報復を呼んだ。変革をめざすというひとつの政治的党派が、変革をめざすという他の党派の者の殺害または殺害を結果することになるかもしれない暴力と身体の破壊を容認するということ。これはどういうことなのか。それは究極的に死刑容認の思想とまったく、全的に無関係でいられるものなのだろうか。そのことをK君と話してはいない。話せば、かれはかれの言葉で、かれじしんのかんがえを話してくれるかもしれない。脇道にそれた。ほんとうはあまりそれていないが、一応、脇道にそれたと言っておく。
K君のメールは、しばらく前にわたしが毎日新聞のインタビューに答え「…日本でもホモ・サケルに近い層、言わば人間以下として放置される人たちが増えている。80年代までは、そういう貧者が増えれば階級闘争が激しくなると思われていたけど、今は彼らがプロレタリアートとして組織化され立ち上がる予感は全くない。それどころか保守化してファシズムの担い手になっている。例えば橋下徹・大阪市長に拍手をし、近隣諸国との軍拡競争を支持する層の多くは非受益者、貧困者なんです」と話したことになっている箇所への反論であった。話したことになっている、などともってまわった書き方をしたのは、同紙の引用がわたしの言葉と多少のずれがあり、話の全体のコンテクストと必ずしも合わないからだが、わたしがおおむねこのような趣旨の話をしたことは事実である。K君はこれにたいしメールで「じつはこの箇所に引っかかりを感じていました。貧困者ほどファシズムに走っているというのは本当なのかと」と反論してきた。貧困者ほどファシズムに走っているというのは本当なのか? わたしは文字どおり「貧困者ほどファシズムに走っている」と言った憶えはないが、K君の「引っかかり」は、わたしの疑問そのものでもあるから俄然身をのりだした。
勉強家のK君は、大阪市長選挙において、平均世帯年収と橋下市長に投票した割合の関連をさぐった客観的データやグラフなどを添付して、平均世帯年収が高い区ほど橋下に投票した割合が高かった事実を教えてくれた。さらに「富裕層が橋下市長を支持していると結論づけるのは早計だが、低所得者が支持層の中核という一般的なイメージと違うのは明らか。中流層のいっそうの分析が必要」とする研究者のコメントも紹介して、「生活に追われて政治的なことを考える余裕もない人たちよりも、新自由主義と右翼的な知識を身につけた中間層とその予備軍(学生)が、維新の会や安倍政権と潜在的に意識を共有している主体ではないか」と問題提起。「いまむしろ一番警戒すべきなのは、橋下市長の慰安婦発言や在特会のような『行き過ぎ』には眉をしかめ『ああいうのを支持する人間は低学歴の貧乏人』と距離を置きながら、それと本質的には変わらない安倍首相の外交姿勢や朝鮮学校の無償化排除を『正論』、『まとも』だと支持するような『普通の人たち』の動き、増大する一方の貧困層に対して、自分だけは堕ちたくないという意識から『自己責任論』を振りかざすような『普通の人たち』の動きであって、いまおこっていることは、貧困者ではなく没落の危機にひんした中間層が保守化・ファッショ化するという古典的な『ファシズム』と捉えるほうが適切なのではないでしょうか」ーーと疑義を呈してきた。
わたしはK君に感謝する。そして「これ以上ないくらい無邪気な装いで、原ファシズムがよみがえる可能性は、いまでもある。わたしたちの義務は、その正体を暴き、毎日世界のいたるところで新たな形をとって現れてくる原ファシズムを一つひとつ指弾することだ」というエーコの言葉をおもいだす。原ファシズムはよみがえるのではなく、よみがえったのだ、とおもう。
今日もエベレストにのぼった。右足の調子が昨日よりよくない。意思に従わず、どうしても前にでようとしない。大きく踏みだしてくれない。よろける。目眩がする。息があがる。が、もう慣れている。動作の不如意にではなく、この甲斐のなさには、とくと慣れている。山頂でふとクロイツベルクのことを想った。約20年前、ドイツのネオナチ勢力による外国人排斥が行動化したころ。北部のメルンやゾーリンゲンでトルコ人の家が次々に焼きうちに遇い、人びとが無残に殺された。わたしはそのころ『もの食う人びと』の旅の途次にあり、トルコ人たちが多く住むベルリンのクロイツベルク地区にいた。そこで知りあったトルコ人青年の言葉をいまでも忘れない。「ほんとうのネオナチって、貧しいスキンヘッズじゃなくて、ほら、立派な背広を着て、革のソファーに座っているような、上流のドイツ紳士の心のなかにもあるんじゃないかな」。外国人排斥などぜったいに口にはしない笑顔のドイツ紳士。現実に排斥運動が起きれば、眉をひそめ、首をふりながらも、心中ひそかに快哉を叫ぶ医者やジャーナリスト。「かれらのほうがよほど怖い」と青年は語った。約20年前、わたしはベルリンから原稿を送った。「ばかげた仮定かもしれない。しかし、ドイツで私はくりかえし自問した。日本にも、ドイツのように、650万人もの外国人が住んでいるとする。…景気は低迷、失業率も高いとする。それでもゾーリンゲンの放火殺人事件のような犯罪が絶対に起きないか。ネオナチに似た民族排外主義は高まらないか。あってはならぬという主観と、起きる可能性があるという客観は別物だ。可能性を、私は否定できない」。20年前、そう書いた。K君は『もの食う人びと』を読んでくれただろか。わたしは高さ1メートルもない土盛りのエベレストをそろそろとおりた。(2013/07/18)
http://yo-hemmi.net/
*1:自宅近くにある1mほどの高さの土盛り。ガンとともに脳梗塞を患っている彼は、不自由な身体で今夏の講演を乗りきる体力をつけるためエベレストに登ることを日課としている。(ダイナモ注)
文中改行挿入:ダイナモ
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私が最初に読んだ辺見庸の著書が1998年のエッセイ集である「眼の探索」だった。それには様々なエピソードが彼独特の用語使いで語られていた。ともすればニヒリズムとも受け取られかねない独白ではあるが、その根底には確かな希望が感じられた。彼がその著書で「新しいファシズム」と名付けた情況は今ますます増殖し、拡大し続けている。
8.31講演
image.jpg◎辺見庸講演会
辺見庸は2013年8月31日夕から、東京・四谷区民センターで死刑とファシズムに反対する講演(約2時間)を行います。
8月31日(土)
主催 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
場所 四谷区民ホール・地下鉄丸ノ内線 新宿御苑前 2番出口より徒歩5分
開場 18時15分
開演 18時45分
入場料 1500円(前売り/当日共)
前売り予約
fax 03-3585-2330
メール stop-shikei@jca.apc.org
◎8.31講演について
この酷い夏をどうやって堪えるのか。骨もとける炎熱と愚者たちの祝祭=選挙の結果、何人が死に、いったいなにが立ち上がってくるのか。わたしは年来の断念癖と気鬱症のなかで、ずっとぐずぐずと想いまどっておりました。現状は、私見によれば、すでに堪えがたいものであります。わたしや皆さんが多少これに抗ったところで、明日がどうなるというものでもないことは言うまでもありません。しかし、堪えるべきではない現在にじっと堪えるのと、どうかんがえても勝ち目がなく、きわめて悲観的で不確実でもある未来のために、ここで現状に抗ってみることーーのふたつは、さしたる異同がないようでいて、この酷い夏の実存の過ごし方としては、大きなちがいがあるようでもあります。で、わたしは前者よりも後者、すなわち、沈黙と忍従よりも不確実な反抗に賭けてみることにしました。今回の講演は、これまでのように主催者側の要請によるものではなく、わたしがはじめて(年がいもなく)衝動的に志願し、主催者側がこれを快諾して、多忙ななかを慌ただしく準備してくれているものです。「フォーラム90」の友人たちに心から感謝するとともに、わたしは8月31日、いま語るべきこと、語ってはならないとされていること、語っても詮ないとみなされていること、語ろうとして語りえないこと、とりわけ、死刑とファシズムについて、心中の解けない塊を吐こうとおもいます。状況の全般的悪化のなかで、わたしはいま、次の絞首刑の執行が用意されていると予感せざるをえません。国家はかつて以上に暴力化しつつあります。これにただ口をつぐみ、目をそむけ、すべてを冷殺するだけでよいものかどうか・・・。わたしたちの日常が、真剣に想いをいたすべき大状況から、いまほど断絶させられているときはありません。生身の個が大状況に突き刺さり、沈黙と忍従よりも不確実な反抗に賭けてみることとは、いったいどういうことなのか。それは可能か不可能か。8月31日夜、拙いながらも必死でお話しいたします。講演ポスターを添付しますので、皆さんの周辺にお知らせいただければ幸いです。
辺見庸
2013/07/11
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