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『福島県の小児甲状腺ガンを憂える』
福島県において甲状腺の悪性所見をもつ小児が10人発見され、3人がすでに手術を受けた。県は精密なエコー検査によって将来発病する甲状腺ガンが前倒しで発見されただけとしているが、有病率的にもすでに異常な事態であるとする意見もある。チェルノブイリでは4年後から小児甲状腺ガンが増加し、発症には潜伏期間があるというのが公式見解だが、実際には事故の翌年から小児甲状腺ガンは微増していたし、チェルノブイリ事故から30年もの間に発達したエコー機器の精度が、4年を待たずにその予兆を捉えているのかもしれない。しかし、どれも推論の域を出ることはなく、非情ではあるが、 事実は、これからこの数がどのように変化していくのかを真剣に見つめていくことによってしか明らかにならないであろう。
しかし、事故発生4年後の2015年に備えるという意味でも、これまでの知識と情報をまとめておくことは有用であるだろう。今回は、子どもを持つ福島県民にとって最重要の関心事と言っても過言ではない放射性ヨウ素による被曝について若干の考察を試みる。
まず、根本的な疑問。
チェルノブイリ事故では、隣国のポーランドが迅速に安定ヨウ素剤を内服させたことから小児甲状腺ガンが発生しなかったとされるが、同時に放射性ヨウ素に汚染された牛乳の流通をストップさせたことが奏効したとも言われている。放射性ヨウ素による甲状腺被曝は大気中からの吸入によるものなのか、食べ物からの摂取(とくに牛乳)によるものなのか。日本では事故初期から汚染牛乳を厳しく制限(それでも300Bq/kgだったが)したから甲状腺被曝の心配はないと流布されていたことがあるが、呼吸による内部被曝は無視していいのだろうか。
もちろんそんなことはない。
国際原子力機関(IAEA)が 2006年に発表した「チェルノブイリ原発事故による環境への影響とその修復:20年の経験」(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/kiroku/3-250325.pdf 注PDF)に次のような記載がある。
プリピャチの住民は、事故の約1.5日後には避難させられたので、放射性ヨウ素による被曝が事故直後の吸入によるものに限られ、(中略)甲状腺の総被曝線量は、汚染食品を摂取した住民と比較して、相対的に小さいものであった。(188p)
つまり、経口による内部被曝に比して空気中からの吸入による汚染は小さいとしている。
ではその被曝量は実際にはどれくらいのものであったのか、2006年に Journal of Radiological Protection に掲載された E. Cardisの論文「Cancer consequences of the Chernobyl accident : 20 years on」(http://iopscience.iop.org/0952-4746/26/2/001)を見てみる。(表も含めて完全な論文はこのページからPDFでダウンロードすることができる)
表3にあるように、プリピャチの0〜7才の子どもの甲状腺被曝量の平均値は970mSv(0.97Gy)で、ベラルーシやウクライナの他の地域からの避難者に比べて3分の1ほどではあるものの、ベラルーシの州の中で最高度に汚染され、国内で一番多く小児甲状腺ガンの発生をみたゴメリ州の平均値610mSvの1.5倍もの数値である。このことからも、放射性ヨウ素に関しては、大気からの吸入だけでも高度の甲状腺被曝を被る可能性があるということは明白である。
(老婆心ながら、これから文中によく出てくる甲状腺被曝量とは、甲状腺等価線量のことであり、日常よく見かける実効線量とは異なる。甲状腺の組織加重係数は0.04なのでもし実効線量に換算したいのなら、たとえば甲状腺等価線量500mSvは実効線量20mSvに相当する)
それでは福島の子どもたちはどうなのか。当然ながら、甲状腺被曝の実態がわからなければ話にならないのだが、次のようないきさつによって福島の子どもたちの、計測による甲状腺被曝量というものは残念ながら存在しない。
まず、原子力災害現地対策本部が2011年3月26〜30日に行ったいわき市、川俣町、飯館村の0〜15歳の小児1080人に対する甲状腺線量調査は、測定バックグランドが高く、使用した測定機器が簡易型のシンチレーション式サーベイメータであったことから、スクリーニングレベルでしかなく、結局、原子力安全委員会が追加検査を要請したような代物であり、取り上げるに値しない。ちなみに、原子力安全委員会が要請した追加検査は国と福島県によって拒否されてしまった。
つぎに、弘前大学の床次眞司教授らが、2011年4月12〜16日に浪江町津島地区の住民らを対象に行った甲状腺被曝調査は、たしかに放射性ヨウ素を核種分析できるスペクトロメータを使用したものだったが、被験者数が62人(そのうち0〜9才の子供は5人)とあまりに少なく信頼性に欠ける。後日、調査精度を上げようとして床次教授も追加検査を計画したが、これもまた福島県によって拒否されてしまった。
よって、信頼に足る初期甲状腺被曝の実測値というものは、国と福島県の怠惰と不誠実によって存在しない。余談だが、次のような史実を前にしては、社会体制が異なり、その目的も決して被災者救済のためばかりではなかっただろうとはいえ、日本とのあまりのコントラストには唖然とするしかない。
1986年の5月から6月に、放射性核種の沈着が多かった地域の住民を対象に、甲状腺内のヨウ素131の計測が行われた。被害がもっとも大きかった3カ国では合計300,000以上実施され、他のヨーロッパ諸国でも相当な数が実施され、特に小児や若者に重点が置かれた。こうした大規模測定のデータは、注意深く較正された上で、甲状被曝線量の再構築の際に、中心的なデータとなった。(「チェルノブイリ原発事故による環境への影響とその修復:20年の経験」185p)
では、甲状腺被曝の実測値を用いずに、その実態を把握するにはどうすればよいのであろうか。
2011年8月25日、国立環境研究所から、「福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動」(http://www.niph.go.jp/journal/data/60-4/20116004003.pdf 注PDF)という報告がなされ、この中に、放射性物質の放出量および大気シミュレーションから算出した、ヨウ素131の積算沈着量の推測値が示されている。この報告の図8には、福島県の海岸地域、いわゆる浜通りは、グレースケール最大値の1000×1000MBq/km2(=1000kBq/m2)で、福島市や郡山市が含まれる中通りは大雑把ではあるが400〜800kBq/m2のグレースケールで汚染度が示されている。具体的な数値表記がないのでグレースケールからおおよその汚染度を把握するしかないのだか、中通りおよび、浜通りから避難した住民の所在地の汚染度の平均を400〜800kBq/m2の中間値600kBq/m2としても問題はないだろう。
このシミュレーションによる推測値を、実際の甲状腺被曝量を反映すると考えられる別の数値を援用して検証してみる。ここで用いるのは、放射性ヨウ素による被曝を被った住民が所在していた土地の放射性ヨウ素による汚染、つまりその土地への放射性ヨウ素の沈着量である。
使用するデータは文部科学省が2011年9月21日に発表した「ヨウ素131の土壌濃度マップ」(http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/6000/5047/24/5600_0921.pdf 注PDF)である。マップ上のポイントから、福島第一原発30キロ圏内および計画的避難区域を除いた287ポイントを抽出し、その平均値を求めると747Bq/m2となる。しかしこの数値は6月14日時点の値なので、 放射性ヨウ素の放出拡散日時と考えられている3月15日からは11.5回の半減期を経ている。11.5回の半減期によって放射能は約2500分の1となっているので、放射性ヨウ素の土壌沈着は減衰補正によって、
747×2500=約1870kBq/m2
と推定できる。
この方法については以下のように、「ヨウ素129の測定を通じたヨウ素131の土壌濃度マップの精緻化」を行っている学習院大学理学部化学科 村松康行教授によって保証されている。
なお、ヨウ素の土壌への吸着力は強いことが知られており、土壌-溶液間の分配係数(Kd)は通常、数百〜数千である(Muramatsu et al. 1990, Yoshida et al. 1992)ことが確認されている。このことから地面に沈着した放射性ヨウ素のほとんどが表層土壌に吸着されて留まっていると推定される。その為、第 1 次分布状況等調査のヨウ素131の土壌濃度マップの作成時点である平成23年6月14日の表層 5cm のヨウ素131 の沈着量のデータからヨウ素131が沈着した平成23年3月後半の値に戻すには、物理的減衰を補正することである程度評価できると考えられる。(http://www.jaea.go.jp/fukushima/kankyoanzen/mapping_report/2nd-japanese/01-05.pdf 注PDF)
前述のシミュレーションによる600kBq/m2と実測値からの推定1870kBq/m2との間では3倍の開きがあるものの10倍までのオーダーの開きはないので、福島県におけるヨウ素131による土壌汚染濃度は、
600〜1870kBq/m2
の幅で、一定の蓋然性を持つ数値として考えることができるだろう。
念のため、原子力規制委員会ホームページの放射線モニタリング情報にある、2011年4月5、6日に福島県内の小学校で採取された土壌サンプルの測定結果(http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/5000/4135/24/1304930_0406.pdf 注PDF)から、放射性ヨウ素の土壌沈着を求めてみる。20地点のうち、計画的避難区域に含まれる俣町立山木屋小学校と浪江町立津島小学校および汚染レベルの低い会津の3校を除外して平均を求めると3441Bq/kgとなり、これを面積単位に換算すると223.7kBq/m2となる(Bq/kgからBq/m2への変換方法については、http://radi-info.com/q-759/を参照)。3月15日から4月6日までに放射性ヨウ素の半減期は2.75回経過しているので減衰補正によって、ヨウ素131による土壌汚染は1505kBq/m2となり、上記の範囲内であると確かめられる。
この数値 600〜1870kBq/m2 を、チェルノブイリ事故で最も被害の大きかったベラルーシにおける放射性ヨウ素の土壌沈着(http://www.psvensson.se/images/BelarusI131-1986.gif)と比較してみる(注:このマップは、ヨウ素131の限られた実測値の他に、セシウム137をガイドとしてヨウ素131の汚染度を割り出している)。
福島県での土壌沈着 600〜1870kBq/m2 は、この汚染マップでピンク色で表される370〜1850kBq/m2の汚染レベルにほぼ当てはまり、ベラルーシ各州の汚染レベルとその各々の面積から、MOGILEV(モギリョフ)州もしくはGRODNO(グロードゥノ)州の土壌汚染と同等であるとみるのが妥当だろう。GOMEL(ゴメリ)州は高い汚染レベルを示す地域が大部分を占めているので福島との比較には相応しくない。
ではこの二つの州における小児甲状腺ガンの発生はどの程度であったのだろうか。菅谷 昭、ユーリ・E・デミチク、エフゲニー・P・デミチクによる報告(http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Sgny-J.html)を見てみると、図1において1986〜1996年の10年間の小児甲状腺ガンの患者数はモギリョフ州で26人、 グロードゥノ州で29人となっている。表2から二つの州の人口はそれぞれ127万人、116万とわかるので、福島県の人口を中通り約110万人、浜通り約50万人で計160万人として(会津以西は汚染レベルが低いので除外する)、2013〜2023年の10年間に福島県下では、33〜40人の小児甲状腺ガンの患者が出ることになる(年齢分布を考慮すれば、小児の割合が福島県の方が低いことから、実際はこれより若干少なくなるだろう)。
しかし、問題はBREST(ブレスト)州である。汚染マップではそれほど高い放射性ヨウ素の土壌沈着がみられないにもかかわらず、小児甲状腺ガンの発生率が他の地域と比較して高い。152万人の人口で122人の患者数なので、福島県では128人となり、これも結果に含めれば、10年間で33〜128人となる。
つぎに事故後5年経った1991年から1996年にかけて、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの12万人の子どもたちを対象にして行われた小児甲状腺検診(チェルノブイリ笹川プロジェクト)の結果を見てみる(http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/bunka5/siryo5/siryo42.htm)。1991年といえば、小児甲状腺ガンが急増を始めて2年目であり、1996年は患者数がピークを迎えたあたりの時期である。
表1からベラルーシのモギリョフ州での小児甲状腺ガンの発生率は0.01%であり、これを福島県民健康管理調査の対象である18才以下の子ども36万人に当てはめると(正確には調査対象の年齢が両者では異なる)、事故後5年の2018年から5年間に調査を行えば、36人の小児甲状腺ガンが発見されることになる。
モギリョフ州での患者数が2人と少なく、統計誤差が多く含まれてしまうと考えるならば、他の地域を参考にすることが必要になる。ロシアで最も放射性ヨウ素による汚染が大きかったのはブリヤンスク州、ツーラ州、オリョール州であったが、 前出の Cardisの「Cancer consequences of the Chernobyl accident : 20 years on」表3を見ると、ブリヤンスク州の小児の甲状腺被曝線量は160mSvであり、ベラルーシ国全体の150mSvとほぼ同等であることがわかり、参考値としてロシアのブリヤンスク州の数値を使用することにする。上の表1からブリヤンスク州での小児甲状腺ガンの発生率は0.04%であり、この数値を福島県に当てはめれば144人となり、モギリョフ州から得られた数値と合わせて、36〜144人と推定される。
以上をまとめると、福島県においては、
◎ 事故後10年の間に33〜128人の小児甲状腺ガンが発生する。
◎ 小児甲状腺ガンが増加を始める2016年からピークを迎える2021年までの5年間で、甲状腺検診によって36〜144人の小児甲状腺ガンが発見される。
ということになる。
しかし、これらの試算はいくつかの仮定により成り立っているので現実はこれらの結果から大きく逸脱する可能性もある。 それを検証するためにも本当に大切になってくるのは、やはり甲状腺被曝の実測値なのだが、前述したように、この、他に代え難い大切な記録が日本には存在しない。シミュレーションとしては、文部科学省が発表したSPEEDIによる甲状腺等価線量の積算線量の試算(http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/mext_speedi/0312-0424_in.pdf 注PDF)があるが、これによると、100mSvの線量等値線の輪郭は、30キロ圏外では主に飯館村、川俣村といわき市の北部を通っており、人口が集中する福島市や郡山市などを含む中通りでの等価線量は、100mSvより低い数値になる。
ここでもう一度、Cardisの「Cancer consequences of the Chernobyl accident : 20 years on」表3の ベラルーシの数値を見てみる。国全体の平均値は150mSvであるが、この数値から、汚染が高度で福島県との比較には適さないゴメリ州の数値610mSvを差し引いた場合の甲状腺被曝線量を求めると、平均値は60mSvとなる。ゴメリ州以外でも小児の症例が多数みられたことから、このような比較的低い甲状腺被曝線量でも確実に小児甲状腺ガンは増加することがわかる。
1998年、Natureに掲載されたP. Jacobの論文「Thyroid cancer risk to children calculated」の表1(http://www.nature.com/nature/journal/v392/n6671/fig_tab/392031a0_T1.html)を見る。チェルノブイリ事故時に0〜15才であったウクライナ、ベラルーシ、ロシアの子どもの事故後5〜10年間の甲状腺ガンの患者数が示されているが、キエフでは甲状腺被曝の平均値が50mSv(0.05Gy)であったにもかかわらず、581000人中67人( 0.01% )が甲状腺ガンを発症した。
このような50〜60mSvという甲状腺被曝線量が福島県の人口密集地においても確認されるかどうかは、「ヨウ素129の測定を通じたヨウ素131の土壌濃度マップ」が発表されればある程度明らかになるだろうが、前述のセシウム137からヨウ素131の汚染度を推測したベラルーシの汚染マップのように、航空機モニタリングによる線量マップ(http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/5000/4858/24/1305819_0708.pdf 注PDF)とSPEEDIによる甲状腺等価線量の試算を重ねあわせて福島市や郡山市の小児の甲状腺被曝量を推定すると、詳細は省くが、20〜60mSvという結果になる(かなり粗雑な試算ではあるが)。
今回の検討で得られたすべての結果は、放射性ヨウ素による福島県の汚染が子どもたちにとって危険なレベルであることを指し示している。そして、ベラルーシやウクライナのデータからわかるように、子どもにとって甲状腺被曝がどんなに小さな値であっても甲状腺ガンのリスクが付きまとうのである。これらのことから残念ながらあと2年ほどで小児甲状腺ガンは確実に増加すると考えざるを得ないが、幸いなことに日本には最先端の医療機器があり、手術痕の残らない甲状腺内視鏡手術などの高い手術技量を持つ医師も多く存在する。真の意味で「子どもたちを見守る」検査・医療態勢をこれからも高いレベルで維持し、子どもたちの未来を決して損なわないよう努力していかなかればならない。
最後に、国と福島県は、甲状腺被曝の精密な測定を、まったく理由にならない自分たちの身勝手な都合により妨害し、福島県民にさらなる不安と不信感を与える結果を招いてしまった自らの怠惰と不誠実を深く恥じるべきである。そして、失った信頼を取り戻すためにも、これからは誤った先入観や一連の隠蔽体質を完全に捨て去って、福島県(のみならず日本のすべての)の子どもたちの健康と命と未来に、誠心誠意、重大な責任感を持って向かい合うべきである。
Divina Commedia
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