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高橋清隆
九州から台湾に連なる南西諸島と日本列島は黒潮に乗って交流した同じ文明を持つことを、随筆の形で表した本である。著者は郵政民営化に反対して総務省統括審議官を辞めた稲村公望中央大学客員教授。
同書は「文明地政学協会」が発行する旬刊誌『みち』に連載された「黒潮文明論」66編をまとめたもの。「文明地政学」という用語は国際政治学者のサミュエル・P・ハンチントン由来で、日本文明の本質的な解明を試みている。形式はエッセイでありながら、その内容は民俗学であり、政治学であり、歴史学であり、分類学でもある。
古代日本列島の遺跡には、太陽信仰の跡が見える。東の伊勢から淡路島にある伊勢の森まで、東西の一直線上に点在する。さらに視野を広げれば、常陸の鹿島神宮と諏訪大社、出雲大社もその延長にある。信濃の安曇野やわが国最初の本格的都城である藤原京も南の海洋民が内陸部に発展させたものであることが、地名や習慣からも分かる。
原始の神社は、黒潮の流れに沿った地域がひと続きの信仰形式を持つことを示す。沖縄の御嶽(うたき)と済州島の堂(たん)、奄美の拝山(おがみやま)は依り代となる森が茂る簡素な信仰施設で、相似形にある。そう指摘した上で、つぎのようにつづる。
「御嶽も堂も神社も、もともとは黒潮の滔々たる流れに往来を続けた、海神国の神々から生まれた兄弟と姉妹の子孫を祭る杜である。縄文以来、黒潮の道を往来した祖先崇拝の、堂や御嶽と鎮守の森こそが神社の原始の形態である」
黒潮の民の共通項は、食と住にも表れている。神社で供されるのはお神酒(みき)だが、奄美や宮古島で売られるアルコール発酵過程を抜かした酒を「ミキ」と呼ぶ。酒造りの技能者は杜氏(とうじ)だが、島々では女を刀自(とじ)と言う。女性がコメをかみしめて唾液で発酵させたのが酒の始まりだからだ。
泡盛は那覇の壺屋で作られる甕に入れられ、黒潮に乗って運ばれる。八丈島や伊豆、小笠原にもその甕が残る。これらの地域で見る高倉様式の住居は、奄美や沖縄で見られるものと同じである。
著者の稲村氏は、奄美群島の徳之島出身だ。自身の起源と世界第2の経済大国となった日本文明の本質について思いをめぐらすのは自然なこと。その目線には、黒潮の民全体を包む温かさがある。
「サケでもミキでも、飲むのは月の夜がよい。しかも、白砂の浜辺がよい。月が昇るまでは、漆黒の手元の暗さではあるが、月が照らし始めれば、珊瑚礁の割目に咲く百合の芳香が漂う。(略)…三線(さんしん)の音調や棹や撥の造りは微妙に各地で異なっていても、黒潮の流れる回路を伝って伝播してきたことは間違いがない。インド象牙製の撥を使うほどに、神の酒が民族の歌心舞心を高揚させ、音曲を広めたのである」
「黒潮に乗って蝶が渡る」と題する章では、田中一村(たなか・いっそん)という孤高の画家が紹介されている。明治41年生まれで中央の画壇で活躍し、晩年を奄美大島で過ごす。亜熱帯特有の自然の鮮やかさを描いた数々の作品を残した。「黒潮の風景を切り取ろうとした迫力が伝わる」と評ずる。
わたしは昨年、初めて奄美を訪れた。驚いたのは視界の明るさだった。空は青く、太陽が近い。海は透き通って輝き、木々はどこまでも緑色をしてる。生気を得るようなこの新鮮な感覚を、一村は描こうとしたのではあるまいか。記念美術館で氏の絵画を見て、そう直感した。
稲村氏は信義を貫き、人を大事にする自由人である。この心地よい平衡感覚の源泉を、次のくだりに見た。われわれの文化を大陸文化と対比させている。
「黒潮の民はチュンシマ(他郷)において必ずしも出生島(まありじま)の生活を再現することはしないが、さりとて同化する気風はない。数を超越した孤高の気風の持ち主で単なる追従・漂泊の民ではない。干渉せず、多元性を尊重して土地に縛られない。われら日本人も国家と文化と伝統の神髄を、黒潮の民として民族の源流である南方との関わりの中で、そろそろ取り戻したいものだ」
同書を読んだら、奄美や沖縄あたりの島々を巡りたくなった。潮の流れに乗った軽い心で。
http://www.yukensha.co.jp/books/kuroshio.html
『黒潮文明論』稲村公望(郵研社)紀ノ国屋http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4946429220_1.html
『黒潮文明論』稲村公望(郵研社)楽天http://books.rakuten.co.jp/rb/%E9%BB%92%E6%BD%AE%E6%96%87%E6%98%8E%E8%AB%96-%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%AF%E5%BF%83%E3%82%82%E5%A7%BF%E3%82%82%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%8F-%E7%A8%B2%E6%9D%91%E5%85%AC%E6%9C%9B-9784946429224/item/11667009/
高橋清隆記者のプロフィール
反ジャーナリスト
著書:『亀井静香が吠える--痛快言行録--』(K&Kプレス)
『偽装報道を見抜け!―世論を誘導するマスメディアの本質』(ナビ出版)
ホームページ:
「高橋清隆の文書館」
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