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2012年03月01日12:18
西岡昌紀のブログより
内科医西岡昌紀(にしおかまさのり)のブログです。日記の様な物ですが、過去に書いた小説、単行本の文章、雑誌記事、ネット上の文章、などもここに収録する予定です。
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(書評)
放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)
中川 恵一著
エディション: 新書
http://www.amazon.co.jp/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E5%8C%BB%E3%81%8C%E8%AA%9E%E3%82%8B%E8%A2%AB%E3%81%B0%E3%81%8F%E3%81%A8%E7%99%BA%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E5%B7%9D-%E6%81%B5%E4%B8%80/dp/4584123586/ref=cm_cr-mr-title
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5つ星のうち 2.0
胃潰瘍を何でもストレスのせいにして居た時代を彷彿とさせる本, 2012/2/29
西岡昌紀(2012年2月29日)
内科の医者として、この本を注意深く読んでみました。多くの疑問を感じる記述が有り、更には、批判したい記述が多々有りますが、それらについて述べる前に、先ず、本書を含めたこの領域についての一般書で必ずと言っていい程言及される広島・長崎の被爆者に関する疫学研究と、チェルノブイリ原発の被災者に関する疫学研究について、それぞれが持つ重要な問題点を指摘したいと思ひます。
先ず、広島、長崎の被爆者に関する疫学研究では、被爆者が受けた放射線の線量が過大に推定されて居る可能性が極めて高い事に注意して頂きたいと思ひます。即ち、広島・長崎の被爆者の疫学研究は、例えば、100mSvの線量を被曝した、とされて居る被爆者が、実際には、それよりも低い数値しか被曝して居ないにも関はらず、100mSvの放射線を浴びたとされて、疫学研究が行なはれて来た可能性が非常に高い事に最大限注意をして、この本などが論じて居る「安全な被曝量」に関する議論を読んで頂きたいと思ひます。広島・長崎の被爆者に関する疫学研究で、何故、その様な線量の過大な推定が起きた可能性が疑はれて居るかと言ふと、被爆者が浴びた線量を爆心からの距離で推定する方法では、建物などによる遮蔽効果が度外視されており、線量が過大に見積もられた事が確実であるからです。これは、私の個人的見解などではなく、国連の「原子放射線の影響に関する国連科学委員会科学委員会(UNSCEAR)」が指摘した問題で、広島・長崎の被爆者に関する疫学研究には、その他にも、原爆投下から研究開始の間に5年間の空白が有る事など、複数の問題点が同委員敬から指摘されて居る事を強調しておきます。ですから、広島・長崎の疫学研究から、「100mSvまでは安全」と言ふ結論は科学的に導けません。この事を、先ずは、強調しておきます。
次に、チェルノブイリの被災者に関する疫学研究については、次の様な驚くべき事実の指摘が有ります。
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ロシア科学アカデミー・社会学研究所のB・ルバンディンは、チェルノブイリ原発に隣接するベラルーシ・ゴメリ州のホイキニ地区で、事故直後の状況について、医師からの聞き取りと当時のカルテの調査を行ない、1992年に発表している(「隠れた犠牲者たち」技術と人間、1993年4月号)。ホイキニ地区では、地区病院に加えて軍野戦病院が二つ設置されて住民の検診と治療にあたった。住民を収容する基準は、子城宣からの放射線量が1ミリレントゲン/時以上を示すか、白血球数が3000以下に減少した場合であった。急性放射線障害に対する治療マニュアルが医師全員に配布され、第T度の急性障害として治療にあたるよう指示があったが、放射線障害という診断を下すことは禁じられた。ルバンディンらが地区病院のカルテを調べ直した結果、第T度の急性放射線障害例75件と第U度の症例7件が確認された。原発周辺全体の住民では数1000件の急性障害があったであろうと彼は推定している。追記しておくと、1990年秋、ホイキニ地区病院の記録保管室から事故当時のカルテ3000〜4000件が盗まれたとのことである。
(今西哲二他『チェルノブイリ10年−−大惨事がもたらしたもの』(原子力資料情報室・1996年)39〜40ページより)
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今西氏がウソを書いて居ると言ふなら別ですが、事故当時のカルテが2000〜4000件も盗まれて居た状況の中で「疫学」研究など出来たのか?お考え頂きたいと思ひます。中川先生は、旧ソ連とソ連崩壊後のロシア、ウクライナ、ベラルーシに在ったこうした医学以前の問題を度外視して、「増えたのは小児甲状腺ガンだけ」と言ふ立場を取っておられますが、私は、この様な社会で、IAEAの事実上の検閲を経て書かれたチェルノブイリに関する疫学報告を信じる事は出来ません。
次に、この本の医学的内容ですが、先ず、2000年代に入って、発癌のメカニズムについて、根本的な見直しが起きて居る事が、本書の記述には全く反映されて居ません。即ち、「活性酸素がDNAを直接に損傷する」と言ふ従来の説明その物が、活性酸素の寿命が余りにも短い事や、DNAが意外に疎水性を持つ事の指摘によって、再検討されて居る事に、中川先生が言及して居ない事は、驚きでした。又、低線量放射線が人体に与える影響について、疫学的研究が相反する報告を重ねて来た事を、誰よりも良く知っておられる筈の中川先生が、本書において全く言及して居ない理由を私は理解出来ません。一例ですが、イギリスから、セラフィールドやドーンレイ等の核施設周辺に住む子供の間で、白血病と悪性リンパ腫の増加が認められるとする疫学研究が複数報告され、BMJの様な一流医学誌に掲載されて居る事を中川先生は知っておられるに違い有りません。しかし、そうした研究の存在に全く言及せず、医学界で続く低線量放射線の人体への影響についての論争の存在を読者に知らせようとしない中川先生の姿勢は、批判せざるを得ません。
そして、この本を読んで、私が何より驚いたのは、中川先生が、チェルノブイリ原発事故後の旧ソ連諸国における平均寿命の短縮について書いておられる「説明」の部分でした。(本書105〜110ページ)中川先生が、チェルノブイリ事故からソ連崩壊を経て、旧ソ連諸国で平均寿命が短縮した事に触れて、その原因は、ストレスや鬱(うつ)などの精神的要因であると断定して居る箇所です。一体、何を根拠に、この様な断定が出来るのか、私には、全く分かりません。原発事故が寿命短縮の原因だ等と言ふ積もりは有りません。しかし、ソ連崩壊の前後における、旧ソ連諸国では、インフラや医療の劣化が進んで居た筈です。当時の旧ソ連のそうした社会状況、経済情勢などを検証せず、何の根拠も示さずに、精神的要因を、ソ連崩壊前後の旧ソ連諸国における平均寿命短縮の原因だと言ひ切る中川先生の論理に、私は、到底ついて行く事が出来ません。ヘリコバクター・ピロリ菌が、多くの胃潰瘍の原因である事が判明する以前、多くの胃潰瘍患者が、「ストレス性胃潰瘍」と診断されて居た事を、中川先生は御記憶と思ひますが、中川先生のストレスに関する論法は、あの時代の「ストレス性胃潰瘍」の診断とどれだけ違ふ物でしょうか?病気を何でも「ストレス」のせいにするのは、藪医者が常套手段とする「説明」です。中川先生ほどの医学研究者が、胃潰瘍を何でもストレスのせいにして居た時代の藪医者たちと同等の「医学」を語って居る事に、私は、本当に驚いて居ます。
(西岡昌紀・神経内科医)
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