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天命に遊ぶ小沢一郎の「最後の最後のご奉公」とは、、、。
2012年02月21日 :(「日本人」の研究!)
「最後のご奉公です。文字通り『最後』です」。
週間ポストで、このように小沢さんは語ったらしい。
このタイミングで小沢さんの「最後のご奉公」とは何なのか。
私は、けっこう年季の入った小沢支持者であるが、小沢さんの行動パターンからすると、一つしかないであろう。
それは「正面突破」だ。
付け加えるなら「捨て身(自己犠牲)」の正面突破だ。
それが小沢一郎の行動パターンだ。
どこと組むとか、どこと連携するとかでは、必ずやつら(既得権益側)から、あの手この手で、攪乱させられる。
小沢さんにとっても、日本にとっても、もうそのような時間は無い。
要するに、腹が決まってない人間と組んでもしょうがない。
それより、10月6日に裁判開始時の声明文のように、真っ正面からの正面突破しかない。
「現状の日本、本当にこれでいいのか」、
「シロアリどもに食い散らかされれば、必ず崩壊しますよ」
そのようなことを、訴えるであろう。
そして、最後通告のように「国民の生活が第一」に立ち返れと民主党執行部にも迫るであろう。
もちろん、執行部が飲むはずがない。
すでに民主党政権になって、二回も予算編成が行われた。
今度で三度目だ。
その三度目ですら、「国民の生活が第一」とはかけ離れたものになりそうだ。
それはどういうことを意味するかと言うと、民主党政権が、09年のマニフェストを完全に反故にしたことが決定的となる。
それは民主党政権が、国民に対する冒涜ということが決定的になるということだ。
それが、小沢さんにとってどれほど重いことか。
そして、誰に相談することなく離党する。
「相談することなく」というより、執行部が受け入れなければ、腹をくくると、仲間に宣言はするであろう。
これが小沢さんのやり方だ。
何人ついてくるか、とか小沢さんにとっては、もうどうでもいいことなのだ。
むしろ、ここまで日本の危機に直面している真っ最中で、仲間の議員に対して、「政治家」として一人一人に問いかけることになるであろう。
本当にこのままでよいのか。
俺は「必ず日本がつぶれるから行動する、君たちはどうするか、自分自身で決めなさい」というような感じだ。
これは、小沢派の議員だけではない。
他の国会議員にも同じことが言える。
こないだ自民党の脇氏は「判決が(有罪、無罪の)がどちらになろうと、もはや政治家としては失格であるということは自明だ」として、政治とカネ問題をめぐる追及を続ける考えを示したらしい。
まるっきり滑稽としか言いようがない。
「検察」とは、一官僚組織に過ぎない。
その検察が、主権者国民の代表である政治家を何人も、抹殺してきた。
田中角栄さん、鈴木宗男さん、村上正邦さん、元福島県知事佐藤栄作久さん、そして金権政治の代名詞のような金丸さんでも、あれはまったくの免罪だったという。
そんな検察の手のひらの中で、本当の改革ができるのだろうか。
自民党から共産党まで、誰でも「改革」と口にする。
しかし、無法者の検察をこのままの状態で果たして、「改革」など、出来るはずがない。
絶対安全と言われた原子力発電所。
絶対正義と言われた検察。
原発事故、そして今回の小沢事件、既存のマスコミの胡散臭さも浮き彫りにされてしまった。
国民の多くが、もうすでに気付いている。
検察、官僚、マスコミなど、日本にしっかりと浸透している「やつら」の支配体制が多くの国民がすでに気がついているとしか思えない。
最近では、マスコミが起こす「風」の威力もだいぶ落ちている。
目覚めた多くの国民の前で、国会議員一人一人に
「あなたが唱える改革とは本物ですか?
国民もお天道さんもしっかりと見てますよ」
というようなことを、問いかける行動になるであろう。
議員の先生方も、今後口先だけの改革は通用しなくなってきている。
そして、その本当に問いかけたいのは国会議員ではない。
それは我々国民一人一人にだろうと思う。
小沢改革の最重要課題は「国民の意識改革」だ。
主権者が変わらなくては、国会議員の質が上がるわけがない。
主権者である国民のしっかりと見識をもった監視がなければ、官僚はいずれ暴走する。
全て国民次第であり、国民の為の改革であり、国民の為の政治・行政なのだ。
主権者は国民であり、主権者である以上、権利も義務を、そして責任も持たなくては、「自立と共生」をベースとした大改革など出来るはずがない。
「本当にこれでいいんですか?
僕は今年で70歳、もう残された時間はそれほどありません。日本も、もう瀬戸際です。
やるなら、今しかありませんよ。
もし、皆さんが決断しないのなら、それはそれでしょうがない。
僕も、だんだんとくたびれてくる。
とりあえず、僕は立ち上がりますから、やるなら、僕と一緒に行動してください」
そんなように語っているように思えてならない。
誰も決断しない、誰も責任を取ろうとしない、そんな状態でこの国難など乗り切れるはずがない。
決断しないまま、福島の原発事故収拾することができるのだろうか。
誰も責任を取ろうとしない人たちが、TPP交渉などできるのだろうか。
主権放棄としかいいようがないような交渉内容になるであろう。
決断できない人たちに政治を任せていては、本当に国の借金が1000兆円になってしまう。
検察も転けた、マスコミも転けた。
本気で日本を建て直すなら、やるなら今、このタイミングしかありません。
時はとうとう熟してきたような気がしてならない。
元記事リンク:http://cpt-hide-cook.seesaa.net/article/253429275.html
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