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内心、「医者は酷使されていい」と思ってない?
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
「聖職」視の陰で酷使される勤務医の実態
2016年6月14日(火)
河合 薫
「せがれが過重労働とパワハラで、体調を壊してしまいましてね。……真面目にやってきたのに、かわいそうで。『人の命は何よりも重い』と教育されてきたけど、医者の命だけは軽いのかもしれません」
この男性の息子は、某病院の勤務医の34歳。昨年、電車の中で意識を失い、病院に搬送。そこでギリギリつながっていた“糸”が切れた。
病院を辞め、現在、自宅で療養しているのだそうだ。
大学病院などの医師を取り巻く環境に激しい“雨”が降っていることはわかっていたけど、実際に雨にびしょ濡れになった方の話を聞くのは初めて。改めて、事態の深刻さを痛感した。
つい先日も、長崎市の長崎みなとメディカルセンター市民病院に勤務していた男性医師(当時33歳)が2014年に死亡したのは過重労働が原因として、妻ら遺族3人が病院に約3億7000万円の損害賠償を求め提訴した。
男性は14年4月に同病院に採用され、心臓血管内科医師として勤務。毎月100時間を超える時間外勤務が続き、同12月に自宅で心肺停止の状態で見つかった。死因は著しい疲労の蓄積による、内因性の心臓死だった。
半年以上、ずっと100時間超って。ひどすぎる。つい先日、「過労死ライン」と呼ばれる月80時間を超えて残業をした従業員がいる企業が2割以上あることを書いたばかりだが(長時間残業放置の俺サマ社長は殺人未遂で問え!)、病院も例外ではない。欧米と比較しても医師の勤務時間は突出して長く、尋常ではないと批判されているのだ。
ところが、医師の過労死や長時間労働の報道熱は低く、医療ミスとは対照的。件のニュースの扱いも、大きくなかった。
ひょっとして、「医者はカネをたくさん稼いでるんだから。低賃金で酷使されてるブラック企業の末端労働者とは、ちょっと違うでしょ」的なまなざしが、どこかにあるのでは? などと思ったりもする。
そこで今回は、「酷使される勤務医の実態」を取り上げ、アレコレ考えてみようと思います。
上司のパワハラ、患者家族の理不尽な要求…
「息子は夜間の当直のあとも、通常の勤務を行うのが日常茶飯事でした。
連続36時間勤務だけでも尋常じゃないと思うのですが、家に帰ってからも勉強していた姿が忘れられません。妻が息子の身体を心配すると、『勉強しないと知識がアップデートされない』って、言ってました。
息子が倒れるまで知らなかったんですが、上司からのパワハラもあったみたいです。本人が言わないので、具体的にどういったことがあったのかはわかりません。でも、医者の世界は、完全に年功序列で、上の人は絶対的な権力を持っています。私は医薬品メーカーに勤めていたので、まぁ、なんとなくわかるんですよ。
若い医師に理不尽な要求を突きつけたり、ぞんざいな態度で接したりする場面に度々遭遇しました。私も、医師からファイルを投げつけられて、メガネが壊れたこととかありましたから(苦笑)。
いやいや、もちろんそんなひどい人ばかりではありません。でも、一般の企業とはちょっと違いますよね。息子もずいぶんと我慢していたんじゃないでしょうか」
「患者の家族とのコミュニケーションには、ずいぶんとストレスを感じていたようで、それに関しては、よく愚痴ってました。見舞いに来ない家族ほど、クレームが多いって。
倒れる半年くらい前だったと記憶していますが、そのときのトラブルには相当まいっていました。
たまたま家族が来た時に、息子は他の病院の勤務日でいなかった。そしたら『なんで担当医がいない。これじゃ、家族には親の病気の状態がどうなっているかわからないじゃないか!勝手な治療は許さん。医者を呼べ!』って、怒り出した。
そのあともことあるごとに些細なことでクレームを言われて、かなり大変だったようです」
「退院するときにいないと、不機嫌になる家族も多いって言ってましたね。医者は24時間365日働いて当たり前とでも思っているんでしょうか。真面目にやってきたのに、かわいそうで。『人の命は何よりも重い』と教育されてきたけど、医者の命だけは軽いのかもしれません。
私たちの世代は、『お医者さま』でしたけど、今は『患者さま』。もっと私も息子のストレスをどうにかしてあげられればよかったんでしょうけど。近くにいながら、彼が極限状態まで追いつめられていることに気付いてあげられなくて。かわいそうなことしてしまったな、と反省しています」
以上が、冒頭で紹介した、自宅療養している医師のお父さんが話してくれた内容である。
研修開始直後は、4割がうつに?
医者の命だけは軽い――。
この言葉を聞いて、「そうだよ。そのとおりだよ」などと言う人は、いないはずだ。
だが、そう言わずにはいられない現状がある。医師も人間だし、鉄人ではないことくらい、誰だってわかっているはずなのに。
病院も、上司の医師も、患者の家族も……、すべて加害者。そして、息子の状態に気付いてあげられなかった自分への怒りも、お父さんを苦しめているようだった。
今は落ち着いてきて、ゆっくりと回復に向かっているそうだが、生気を失った息子が、このまま生きる力を失ってしまうのではないかと、目を離すのが心配な時期もあったと語っていた。
実は医師の過労自殺は、一般の労働者より多い。
ただ、これは日本に限ったことではなく、米国では一般の労働者の4倍ほど高く、デンマークでも、医師の自殺は、看護師や教員など他の20以上の職種に比べて高いとの調査結果がある。
“自死”という選択は、健康問題、経済問題、勤務問題など、いくつかの要因が絡み合った結果である場合がほとんどだが、医師のケースでは、長時間労働と、周囲からの要求の過度な高さ(責任の重さ、高い技術など)からうつになり、それが引き金になると考えられている。
その傾向は研修医のときが最も顕著で、ある調査では研修開始から1〜2カ月後、4割近くが抑うつ状態にあることがわかっているのである。
20代医師は総じて「過労死基準」オーバー
医師の長時間勤務が常態化している背景には、医師不足、深夜勤務、36協定などの要因があるが、医師を「管理職」扱いにし、長時間残業が正当化されているケースも少なくない。二重の抜け穴があるために、長時間労働のブレーキが機能しにくいのだ。
実は、先日も、気になるアンケート結果が明らかになった。なんと勤務医の半数を超える56%が、「過労死の危険性を感じたことがある」というのだ(医療ニュースサイトm3.com調べ)。
また、勤務医の労働時間は、年齢や性別で大きな差があるということが明らかになっている(医師の需給に関する検討会報告書より)。
ご覧の通り、見事なまでに年齢と逆相関にあることがわかる。
20代後半の男性勤務医で、1週間の平均勤務時間(滞在時間)が約75時間であるのに対し、50代では過労死ラインを下回り、週60時間弱。女性の医師は、男性よりも勤務時間が短く、20代で70時間弱、40歳代で約57時間。
若い勤務医は、医局からの指示や、不足している専門科の病院からの要請で、複数の勤務先で働く人が多い。「1つの勤務先だけでは生活自体が営めない」医師も3割以上いる(労働政策研究所調べ)。
最近は、女性活用の観点から、非常勤の女性医師を増やしている病院も多く、それが男性医師の負担をより増やしたとの指摘もある。また、女性医師を嫌う医局もあり、それが結果的に人員不足を深刻にしているという意見も存在するのである。
今後は医師の高齢化が進むが、「時間の振り分け」はどうなってしまうのか?
ますます、若手に負担がかかるの?
あるいは、高齢化した医師も長時間労働を余儀なくされるのか?
人の命を預かる「責任」の重さ、過労死ラインを超える長時間労働、深夜勤務、患者や家族との人間関係……。そのすべてが、医師たちを追いつめる。
「身を削って働いて当たり前」といった旧態依然とした聖職者信仰も、医師の労働環境を複雑にしているように思う。
2040年に「医師」が1.8万〜4.1万人過剰?
厚生労働省は今年3月、2040年に「医師」が1.8万〜4.1万人過剰になるという推測を明らかにした。その後の議論で、2008・2009年度から行われ、2017年度に終了する医学部の定員増の暫定措置は当面延長する、2020年度以降の医学部定員数については引き続き検討を続けるという結論に至った。
国が示す人口当たりの医師数でみた充足感と、現場での不足感がかみ合っていないと、これまでにも医師側から散々指摘されている。ただ、「医療費削減」という大義名分のもと、医師数をシビアにコントロールするという流れが大きく変わることはおそらくない。
高齢化社会、核家族化、共働き世帯の増加……、などなど、さまざまな社会構造の変化がクモの巣のごとく絡まっている状態を紐解かずして、「数字」だけで議論をするのは、得策ではないように思う。
だって、いつの時代も、どこの世界でも、そのしわ寄せは末端の労働者に来る。それは翻って“私”たちの問題でもある。
人間が持つ、「疲れる→休む→回復する」という「回復のサイクル」が機能しない環境が、何をもたらすか?
質の低下とミス。らくそうな職場を選ぶ若者が増え、ストレスの多い外科医はますます人材不足に陥り、ヒヤリハットをもたらすリスクが高まり、大きな事故につながっていく。
いや、もちろん一般の企業がそうであるように、病院経営が上手くいっている現場では、医師も看護師も生き生きと働き、患者の満足度も高い。
そういった病院では、例外なく、ヒト・モノ・カネ・情報という資源を有効に活用するマネジメントのプロが存在している。
そこでひとつ提案である。医学部の中で医療現場のマネジメント人材を養成する仕組みを整えていったらどうだろうか?
医師の何気ない言葉や表情に、患者は一喜一憂する
医療や労務制度に関する深い知識を有し、さらには、人間の心身への影響を心理や社会学の観点から理解できる医療マネジメント層が増えれれば、“現場”も変わるはずだ。
以前、医薬関係の講演会に呼んでいただいたときに、千葉大の医学部が、大学病院と看護学部、薬学部と連携して、講義や研修を行っていると聞いた。学生時代から横とつながれば、専門外の理解も深まるし、知識も自ずと増える。人的ネットワークも育まれ、“つながり”がもたらす利点も多い。
病院経営のプロとなる人材を「医学部の中で育てる」という発想への転換を、是非とも議論してもらいたい。
私は…、医師というのは、医療現場が考えている以上に、患者や家族にとって大きな存在だと考えている。
そのつまり、なんというか、やっぱり患者にとっても家族にとっても、お医者さんって全てで。先生の何気ない言葉や表情に一喜一憂するのですよ。
個人的な話だが、昨年旅立った私の父親は、「お医者さま」の言葉を、何よりも頼りにしていた。
「○○先生から運動していいって言われた!」「○○先生が“血液検査の結果も良好!”って言ってた」「○○先生から“順調ですね!”って言われた」などなど、入院中も通院しているときも、先生の言葉に父は勇気をもらっていた。
医師は聖職ではない。でも、「残された命」に、光を与えてくれる存在なのだ。
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このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/061000057/
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