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独居と同居、老人はどちらの孤独がつらいのか?
日本のスタンダードではなかった仲睦まじい3世代同居家族
2015.5.21(木) 鶴岡 弘之
「昔の日本はよかった」という幻想が巷にあふれている。
よく言われるのが、昔の日本人は道徳心が強く、ルールやマナーをきちんとわきまえていたというものだ。
はたして本当にそうだろうか。実際には、少し前まで日本人は街中でタバコの吸い殻やゴミをどこでもポイポイ捨てていた。旅館やホテルで備品を持ち帰ってしまう人も数知れず。少年凶悪犯罪だって実は1950〜60年代のほうが今より圧倒的に多かった。
『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(大塚ひかり著、草思社、1620円、税別)
家族のあり方についても「昔はよかった」という人がいる。「日本では伝統的に3世代が1つの家に住んでいた。老人は家の中で大切にされ、敬われていた。おじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒を見るから教育も行き届いていた。それが今ときたら・・・」と嘆くのである。
しかし、日本の古典文学に精通する古典エッセイストの大塚ひかりさんは、きっぱりと「それは幻想です」と言う。
大塚さんは、著書『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社)において、日本の昔話、古典文学の中で老人がどう描かれていたかを紹介している。昔話や古典文学を通して歴史を振り返ってみると、長らく日本では結婚して家族をもつことができるのは一部の特権階級だけだった。たとえ子や孫がいたとしても、大切にされたり敬われはしていなかった。むしろ、蔑まされ、邪魔者のように扱われていたのである。
昔話や古典文学は、それらが語られ書かれた当時の現実を反映している。いくつも作品を通して浮かび上がってくるのは、昔の老人の悲惨でみじめな境遇だ。一言でいうと、老人の社会的地位はきわめて低かった。
かつての日本で老人はどう扱われていたのか。そして私たちは、ますます高齢化していく世の中をどのような心構えで生きていけばいいのか。大塚さんに話を聞いた。
昔の日本は一生独身の人が多かった
──日本では一般的に、老人は大家族の中で大切にされてきたというイメージがありますよね。
大塚ひかり氏(以下、敬称略) 全然そんなことはないんですよ。古典文学を読んでずっとそう思っていたんですが、今回この本を書くために大量の昔話を読んで、やはり昔の老人は大変だったんだということを確信しました。「子や孫に囲まれて、左うちわで隠居生活を楽しむ」などという昔の老人像は幻想なんです。
大塚ひかり(おおつか・ひかり)
1961年生まれ。古典エッセイスト。早稲田大学第一文学部日本史学専攻。個人全訳『源氏物語』(全6巻)、『源氏の男はみんなサイテー』『快楽でよみとく古典文学』『本当はひどかった昔の日本』など著書多数。
──本書を読んで、日本では独居老人が多かったということを初めて知りました。
大塚 そもそも古代、中世では家族を形成できる階級は限られていました。経済学者の鬼頭宏さんの著書『人口から読む日本の歴史』によれば、「下人」と呼ばれる使用人や下層階級の人たちは一生独身の人が多かったそうです。「皆婚社会」になったと言われる16、17世紀以降も日本人の独身率は高かった。幕末になってからも、江戸の男性の半数、京の男性の6割近くが独身だったそうです。
また、昔は早死にだったというけど、それもちょっと違っています。20歳まで生きることができれば、60〜70歳まで普通に生きてたんですよね。やはり鬼頭さんによれば、死亡率の高い危険な年齢を過ぎれば70歳以上の長寿者もまれではなかったといいます。だから日本には独居老人が多かったんですよね。
衝撃の事実! 一人暮らしより同居老人のほうが自殺する
──老人が「社会のお荷物」だったというのも意外でした。
大塚 古典文学を読むと、古代・中世では老人は「役立たず」で「醜い」ものだと捉えられていたことがよく分かります。
例えば鎌倉時代に兼好法師が書いたと言われる『徒然草』には、「長生きすると容姿が衰えるのみならず、欲ばかり深くなって、“もののあはれ”も分からなくなる」とあります。
有名な童話「舌切り雀」にしても、老人は見下されているんですよ。今では、おじいさんとおばあさんの話になっていますけど、鎌倉初期の『宇治拾遺物語』の中にある原話とおぼしき「雀報恩事」では2人のおばあさんの話になっていて、2人とも子や孫から疎まれているんです。
まず、片方のおばあさんが雀を助けた恩返しでお金持ちになります。もう1人のおばあさんは、「同じ年寄でも、隣のおばあさんはあんななのに、こちらは大したこともできやしない」などと子や孫に言われるものだから、褒められようとしてマネをする。雀の腰をわざと折って介抱しようとするんですが、結局は雀に恨まれてドツボにはまり、最後は死んでしまうという話なんですよ。
──古典文学では老人が馬鹿にされたり笑われていたりする。ひどく疎外されていたんですね。
大塚 なんと言っても捨てられちゃいますからね。日本には老人を遺棄する「姥捨て山」説話というのが全国津々浦々にあります。老人遺棄は実際にはなかったという説が主流なんですが、飢饉とか非常時には似たようなことがあったんじゃないのかなと思います。その記憶があるから、いろいろな説話が生まれて語り継がれてきたんじゃないでしょうか。
──老人が厳しい境遇に置かれているのは“現代も同様”だとのことですね。本書で紹介されている「一人暮らしより3世代同居の老人のほうが自殺する」というデータはショッキングでした。
大塚 そうなんですよ。福島県の調査によると、2002年の自殺者の4割が老人で、そのほとんどが家族と同居していたそうです。一方、1人暮らしの老人の自殺の割合は全体の5%以下だったといいます。
また、検死医の上野正彦さんが、昭和51年から53年までの老人の自殺統計をまとめた際、最も少なかったのは独居老人です。逆に最も多かったのが3世代同居の老人で全体の60パーセント強を占めていたといいます。
家族のなかの孤独のほうが、1人でいる孤独よりもきついんですよね。身内から疎外される孤独のほうが耐え切れない。家族に迷惑かけてるんじゃないかという気持ちもあるんでしょう。私もそのデータはショッキングでした。
日本人の道徳心や倫理観は最近生まれたものだった
──「老人を大切に」という儒教思想が普及していなかった平安時代は、老人は邪魔者扱いされ、バカにされる傾向が強くあったと書かれていますね。江戸時代に儒教思想が普及したことで、日本人の道徳心や倫理観は大きく変わったということですね。
大塚 確かに儒教の影響はありました。江戸時代には徳川幕府の支えもあって、儒教思想が支配階級にかつてないほど普及しました。ただし、儒教思想が広まったのはせいぜい武士の階級までです。庶民にまで今のような道徳心が広がったのは明治維新後と戦後じゃないでしょうか。
明治維新では、一夫一婦制とか「家族を大切にしましょう」といった西洋のモラルが入ってきました。キリスト教の影響は大きかったと思います。
また戦後になってからも、日本人はかなりお上品というか“優等生”になりましたよね。昔話からも残酷性や性的な要素がかなり削ぎ落とされています。
例えば有名な「かちかち山」にしても、昔と話が変わっているんですよ。現代のかちかち山では、たぬき汁にされそうになった狸がお婆さんに哀願して縄をほどいてもらい、おばあさんを殺して逃げるところから話が始まります。でも明治時代のかちかち山では、たぬきがお婆さんを殺したあと、お婆さんの肉を「婆汁」にしてお爺さんに食べさせてしまう。そして「婆食った爺やい」と罵って逃げるんですよ。戦後になって、その残酷なシーンがカットされているんです。
──現代の道徳心や倫理観が、実は最近つくられたものだということですね。
大塚 現在は普通だと思っていることは、長い歴史のなかで見ると普通じゃないかもしれない。私たちは往々にして高度経済成長期を基本にして今を考えがちです。けれども、あの時代がちょっと異常だと思っていたほうがいいかもしれません。物事を長い歴史のなかで見たり、欧米の価値観を取り払って捉えると、いろいろなことが見えてくるということです。
──昔も今も、老人は厳しい境遇に置かれているということがよく分かりました。私たちはどのような心構えで老後を迎えればいいでしょうか。
大塚 この本を書いてみて改めて思ったのは、老人というのは社会の弱者で、孤独で、貧しいものなんだということを前提に考えたほうがいいんじゃないのかということです。昔はもっとひどかったと思えば、身の振り方とか気の持ちようが違ってくるんじゃないのかなと。
人間は生まれたときも死ぬときも一人なんだ、自分は一人でやっていくんだ、という覚悟を持てると、心身ともに楽になるのではないかと思います。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43803
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