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生活保護のリアル〜私たちの明日は? みわよしこ
【第6回】 2015年4月24日 みわよしこ [フリーランス・ライター]
子と過ごす時間もない、働くシングルマザーの暗鬱
2015年2月、川崎市で発生した中学1年男子殺害事件で犠牲となった少年の母親は、朝から夜まで働き続けて子どもたちを養育するシングルマザーであった。この事件をきっかけとして、シングルマザーと子どもたちの苦境に注目が集まり始めている。
子どもたちと過ごす時間も確保できないほど働き続けるシングルマザーたちを自己責任と責め、あるいは美談として賞賛するとき、見落とされているものがある。シングルマザーと子どもたちの心身の健康だ。
健康への配慮を欠いた就労支援は、どのような結果へと結びつくのだろうか?
平均年収はわずか181万円
シングルマザーの厳しい就労状況
徳丸ゆき子さん(大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)代表)。事務所の庭で遊ぶ子どもたちを見る目が優しい
Photo by Yoshiko Miwa
「今、シングルマザーに対しては、とにかく『経済的に自立しましょう』ということで、彼女たちや、彼女たちのもとに暮らす子どもたちの状況を考慮しないような『自立支援』が行われています。『自立支援』イコール『就労支援』、なんです」
シングルマザーに対する支援の現状は、充分ではないことは間違いない。それでは、どこが特に手薄なのだろうか? そう質問した私に向かって、大阪子どもの貧困アクショングループ(CPAO)代表・徳丸ゆき子氏は、難しい表情で語り始めた。
「でも、シングルマザーたちはもともと、働きに働いているんです。81%が働いています」(徳丸さん)
夫がいても大変な育児と職業生活の両立を、一人で果たしている。
「でも、問題は働き方と収入です。就労しているシングルマザーの約39%が正社員、約52%が派遣とパート・アルバイトなんです。そういう非正規雇用のシングルマザーの約80%は、養育費ももらっていない中、ダブルワーク・トリプルワークで、家計を一身に担っています」(徳丸さん)
シングルマザーの典型は、人数で見れば「働いているお母さん」。それも、「低賃金の非正規雇用を掛け持ちして、必死で子どもたちを養っているお母さん」ということになりそうだ。
シングルマザー自身の就労収入は、年間平均で181万円。単身でも「ワーキング・プア」に分類される収入で、子どもたちと自分を養っている。児童扶養手当・もと夫からの養育費・親からの仕送り・生活保護を利用しつつも就労している場合には生活保護費などを加えると、シングルマザー自身の収入は平均223万円となる。平均3.4人となる世帯全体で見ると、収入の平均は291万円。2人か3人の子どもがおり、うち1人は高校生にあたる年齢でアルバイトもしているとすれば、不自然さを感じる状況ではない。しかし、子どもの高等教育が可能なのかどうか、懸念されてしまう収入レベルだ。
ちなみに父子世帯の場合、就労している父親は91%、うち正社員が67%。父親自身の平均収入は360万円、その他の収入を加えると380万円、世帯全体の収入は455万円。世帯人数は平均3.8人なので、母子世帯より子どもの人数はやや多い。しかし、それを考慮しても、母子世帯よりは収入面では条件が良さそうだ。
「まず、雇用形態の違いですね。シングルファザーは男性で、正社員の比率が高いですから」(徳丸さん)
背景には、さまざまな理由がありそうだ。たとえば正社員だった女性が、妊娠・出産を機に退職し、あるいは「マタハラ」で失職し、その後シングルマザーとなり、最低賃金に近い非正規雇用の掛け持ちで子どもを育てることになれば、「年間平均181万円の自身の収入と手当等によって」ということになるだろう。
正社員に限っても、シングルマザーの平均年収は270万円。シングルファザーの平均年収は426万円。「収入面での性差別はない」と見ることは難しい。
「自立支援、就労を支援する以前の問題として、女性の社会的地位の低さの問題が大きいのではないかとも思っています」(徳丸さん)
以上、紹介した数値は、現在のところ最新の「平成23年度全国母子世帯等調査結果報告」によっている。ひとり親世帯の状況を示す、胸の締め付けられる数値の数々を、ぜひ直接ご覧になっていただきたい。
シングルマザーには、ひとり親ゆえの困難に、女性であるゆえの困難が加わる。それらの困難は、女性・ひとり親であるシングルマザーだけではなく、子どもたちをも直撃する。
子どもの生活・子どもとの生活は?
あるDV被害世帯に対する「支援」
もと助産院だった古い建物の中にあるCPAO事務所。夕食の準備が整ったところ
Photo by Y.M.
徳丸さんは、ある40代のシングルマザーの事例を話し始めた。
「その方は結婚するまでは、正社員として働いていました。結婚して以後は10年間ほど専業主婦で、ずっと夫から、ひどい身体的暴力・精神的暴力を受け続けていました。小学校中学年と幼稚園年長の子ども2人がいるんですけど、夫は子どもたちも虐待していました」(徳丸さん)
経済力がないから、逃げられない。働こうとすれば夫からのDVが激化するし、子どもたちのケアを誰かに依頼できるのかという問題もある。
「お母さん、1人で逃げるのだって大変だったと思うんですけど、必死で子どもたちを連れて逃げてくれて。親子3人でシェルターに入って生活保護を受けて、アパートで暮らし始めたんです」(徳丸さん)
母親も子どもたちも、心身とも傷ついている。目に見える身体の傷は、1ヵ月もすれば治るかもしれない。しかし心の傷を治すには、年単位の時間がかかる。
「見た目ではわからないんですけど、ちゃんと話を聞くと、しんどさが分かります。『身体が思うように動かない』とか。すぐに寝込んでしまう方も少なくありません」(徳丸さん)
DVや虐待によるトラウマが引き起こす心身の問題は、「そういうものである」としか言いようがない。暴力に怯える必要のない、本来ならば当たり前であるはずの日常が1ヵ月ほど過ぎたころ、それまで心の奥に押さえつけてきた痛み・苦しみ・悲しみが表面化してくることは珍しくない。むしろ、典型的なパターンだ。
CPAOの入居している建物のあちこちに、助産院だった時期の名残がある。この写真は、平成元年(1989年)の助産料金 Photo by Y.M.
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「でも、福祉事務所のケースワーカーは、生活保護を利用し始めた翌月から『自立しましょう』と就労指導を始めたんです」(徳丸さん)
といっても、10年間、専業主婦としてDV被害を受け続けているうちに、母親は年齢を重ねて40代になってしまっている。職歴は途切れたままで、資格もない。ハローワークで仕事を探しても、面接にこぎつけることもできない。その母親に対し、ケースワーカーは毎月、「今月は、何日、何時間、仕事を探したんですか?」と迫りつづけた。
「お母さん、さらに追い詰められて、『生活保護をやめたい』と言い出したんです」(徳丸さん)
心身ともに追い詰められた母親と子どもたちが生き延びる方法は、生活保護以外にはない。徳丸さんは母親に付き添って福祉事務所に行き、ケースワーカーに状況を説明したが、ケースワーカーは「財源が足りない中で、働ける方には働いてもらいます」という紋切型の回答を繰り返すだけだったということだ。
そこで母親は、ヘルパーの職業訓練を受けることにした。
半年間の母親の職業訓練の間、下の子どもは保育園に通うことができていた。就労への圧力をかけられずに過ごしているうちに、母親の精神状態は少しずつ安定してきた。
「その半年間の職業訓練が、今年の1月に終わったんです。すると保育園から『やめてほしい』と。3月に向けて、卒園ムードが高まっている中で『やめさせる』という選択があるとは、私も思っていませんでした。お母さんが職業訓練を受けて、下のお子さんも保育園に入れて、小学校に入るまでは安定した生活ができるのではないかと思っていたんですが、そうはいかなかったんです」(徳丸さん)
母親は、下の子どもの保育園生活を守るために、まだ回復しきっていない精神状態で、ヘルパーとして就職した。1週間働いたところで倒れ、入院し、また仕事に復帰した。
「保育園の次は、学童保育の問題があります。学童保育に入れるために、お母さん、今も働いています。でも、フラフラです」(徳丸さん)
小学1年生になった下の子どもは、放課後は学童保育を受けている。母親はフラフラになりながら働き続けている。毎日、夜の7時や8時に帰宅しては倒れ込んでしまい、子どもたちの食事を作ることもできない状態だ。
「対人援助は、自身がしんどい状況にあるお母さんには、しんどい仕事なんです。でも、切羽詰まった中で、お母さんはその仕事を選ばざるを得なくて、子どもたちにシワ寄せが来ています。私、行政の無理解に、腹が立って仕方がありません。社会が、なんでこんなに、親子を追い詰めるようなことをするんでしょうか」(徳丸さん)
「出口がない」母子の貧困問題
なぜ、調査研究をしないのか?
この日夕刻、母と子4組・きょうだい1組・CPAOスタッフ・来訪者など合計15人が夕食をともにした。メニューは、ご飯・里芋のポタージュ・ハンバーグ・フルーツサラダ
Photo by Y.M.
母親が疲弊しているだけではない。子どもたちも虐待トラウマに蝕まれたまま、充分なケアを受けられない状態が続いている。
「小学校中学年の上の子も、『死にたい、死にたい』と言っている状態です。お母さんはフラフラになりながら働き続け、離婚調停も進め、親権も争っています。今、お母さんが倒れたら……子どもたちは、虐待していたお父さんのところに戻ることになるかもしれません」(徳丸さん)
もし、そういう成り行きになってしまったら、子どもたちはどうなるのだろうか?
「暴力の中で育ってきた子どもたちが、暴力的になりやすいのは当然です。その子どもたちの父親も、子どもの頃、父親から虐待を受けていたそうです。何のケアもされない子どもたちに、暴力の連鎖が引き継がれていくことは避けたいです」(徳丸さん)
ともあれ今、母親と子ども2人が必要としているのは、まず、安全・安心が保障された日常生活。それから治療。トラウマ障害の治療を熟知し充分な経験を積んだ精神科医を見つけ、母親が安心して治療と子どもたちのケアに専念できる状況を用意しなくては、治療効果も上がらないだろう。しかし、福祉事務所のケースワーカーに理解と対応を求めることは不可能そうだ。
「なぜ行政は、もっと親をサポートしないんでしょうか? 子どもたちの様子を気にかけないんでしょうか? お母さんと子どもたちが、どういう悪いことをしたというのでしょうか? 全部、自己責任だというのでしょうか? 私たちは問題を解決するために、どこに、何を言っていけばいいのか……思いつきません。ですが、子どもたちと、ずっと付き合っていきたいと考えています」(徳丸さん)
私は、ゴールとして目指すべき状況を想像してみた。
DVや虐待のトラウマは、一応の治癒をみたと言えるまでに、少なくとも5年は必要だろう。「下の子どもが小学校を卒業するまでの6年間で」として治療目標を一応設定し、その間、母親と子どもたちが平穏な日常を送り続けられるように配慮することはできないものだろうか? もちろん、母親の回復の状況によっては、「慣らし運転」的な就労は考慮されてよいだろう。
むしろ母親自身の貧困は、子どもたちが高校を卒業して自分たち自身の人生・家庭を築き始める12年後、母親が50代前半となるころから、いっそう深刻な問題となる。単身となる母親の生活保護からの脱却は、その時期を目標として、12年かけて緩やかに着実に準備すればよいのではないだろうか? その後、母親が65歳あるいは70歳まで就労を続けて年金保険料を支払い続けることができれば、結婚していた時期の年金加入の状況によっては、老齢年金を受給できる老後もありうる。結局は生活保護を併用せざるを得ないとしても、「生活保護100%」とはならずに済む。
母親のそのような老後のために、今、何をすればよいのだろうか?
「……そんな単純な問題ではないです。お母さん、自分ができることは精一杯やっておられます。でも心身ともにしんどくって、子どもたちも荒れていて、困っておられるんです。お母さんたち、充分すぎるほど、状況の中で合理的な判断をされているんです。でも、多様で複雑な数々の問題を一身に抱えていて、貧しいだけではなく、困っているんです。だから、『貧困』なんです。出口がありません」(徳丸さん)
子どもたちの大好きなハンバーグには、キャベツの千切りと豆腐がたっぷり入っていた。ヘルシー、美味、かつ大いに満足感を覚えるハンバーグだった
Photo by Y.M.
あえて、どこかから解決していくとすれば?
「就労支援の前に、まず、生活の視点、福祉の視点がなければ。生活が安定していない状態で『自立』『就労』と言うから、お母さんたち、倒れていきます。ストレスと関係のある甲状腺疾患も多いです。すると医療費がかさんでいき、お母さんたちは一生働けなくなります」(徳丸さん)
生存あっての生活、生活あっての就労。この順序は、疑いようがないだろう。生存と生活に困難があるのなら。生活保護「も」利用しながらの半福祉・半就労が、最大の効果につながりそうに思える。
「私たちも10代から60代までの女性と接していて、そう思います。『この年代で無理をして働くと、この年代で働けなくなる』ということが、よくわかります。だから、半福祉半就労の費用対効果、エビデンスが欲しいです。明らかにする研究がされてほしいです」(徳丸さん)
事業を具体的に構想する前に、マーケティングリサーチ。それはビジネスの常識でもある。2014年8月に閣議決定された「子どもの貧困対策大綱」のメニューにも、調査研究は含められていた。しかし確保された予算は、0円だった。
次回は、母子世帯の支援・調査・政策提言と幅広い活動を長年続けている「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子氏に、別の角度から「子どもの貧困」に対する対策の問題点を聞く。
やや異なる活動と立場から見える生活保護制度の姿は、どのようなものだろうか?
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