02. 2015年1月09日 19:48:16
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「キーパーソンに聞く」 女は「ガラスの天井」、男は「ガラスの地下室」 男性の「生きにくさ」は性差別ゆえかもしれない 2015年1月9日(金) 秋山 知子 男性はなぜ寿命が短く、病気になりやすく、自殺率が高いのか。兵士、消防士、炭鉱労働者など危険な職業に就くのはなぜ男性が大半なのか。アメリカの男性解放運動を先導してきたワレン・ファレル氏の著書『男性権力の神話』の訳者である久米泰介氏は、女性差別の解消が進む一方、男性は「使い捨てられる性」として差別を受け続けているにもかかわらず問題視されることは少ないと指摘する。これまで「男性の権力」と思われていたことは、実は性役割による刷り込みに過ぎなかったのか。 久米 泰介(くめ・たいすけ)氏 1986年、愛知県生まれ。関西大学社会学部卒業後、米ウィスコンシン大学スタウト校で家族学のMS(修士)取得。訳書に『男性権力の神話』(ワレン・ファレル著、作品社)(写真:都築雅人) 女性差別に比べて、男性差別という言葉自体あまり聞くことがありませんが、久米さんは家族学をアメリカで研究されて、女性の社会進出が進むほど男性差別の問題が表に出てくることに気付かれたそうですね。まず、そうした研究をするようになったきっかけを教えてください。 久米:大学では社会心理学を専攻して、もともとジェンダーには興味がありました。特に僕ぐらいの世代だと男女平等は当たり前と最初から思っていたので、女性側の視点からのフェミニズムに関する研究や著作はたくさんあるのに、男性側の視点のものは一つもないことを疑問に思いました。男性学というジャンルはあるんですが、これは基本的には「女性差別をなくすために男性を変えましょう」というもので。 男性の方が割を食っているというか、不利な部分もあるんじゃないかと。 久米:そうです。女性が不利になることについては、既に差別として言及されているので改善される見込みがあるんです。しかし男性側の不利な部分についてはこれまで誰も声を上げなかった。頼みのフェミニズムも男性側のことには興味がないんです。やはり男性自身が声を上げていかないと変わらないでしょう。こういうことは、特に若い世代には共感されるという印象があります。 男ばかりが押し込められる「ガラスの地下室」 その、男性が不利になっている部分なんですが、久米さんが翻訳された『男性権力の神話』(ワレン・ファレル著)では、実にありとあらゆる事例を検証しています。原書は1993年に出版されたので、20年ほど前のアメリカの状況を反映しているわけですが。 まず印象的なのが「ガラスの地下室」という言葉ですね。女性の一定以上の昇進を阻むのが「ガラスの天井」ですが、「ガラスの地下室」は男性が、収入と引き換えの危険な職種や長時間勤務、自殺、病気や事故による高い死亡率、徴兵、死刑といった過酷な状況に押し込められ、「使い捨てられている」現実を表現しています。 久米:性役割からくる常識が社会にまだまだ根強いことがその背景にあります。例えば、男は家族を養うために稼がなくてはならない。あるいは、女性は保護されるべきなので、危険を伴う仕事は男性が担うのが当たり前。これがたぶん逆だったら抗議するフェミニストがたくさんいるでしょう。 ある意味衝撃的だったのが、誰でも知っているはずの平均寿命の男女差ですね。アメリカ人の平均寿命は、男性が女性より6.9歳短い。ところが1920年にはその差はわずか1歳だった。日本も現在、平均寿命の男女差は6.4歳ほど(2013年)ですが、1920年頃はやはり約1歳。つまり差がどんどん開いている。 久米:自殺率も男女で顕著に違います。特に児童期から大人になるにつれて、男性の自殺率がどんどん上がって女性との差が開いていきます。男としての性役割のつらさがあって、それを抱え込んでしまうのが要因ではないのか、問題提起する必要があります。 日本では98年の金融危機を境に自殺者が急増していますが、増えたのはほとんどが男性でした。女性はあまり増えていない。自殺率で男性は女性の約2.5倍になっています。これは象徴的ですね。 暴力事件の被害者の多くは「男性」 犯罪において、一般に「男性は加害者、女性は被害者」のような先入観がありますが、現実には暴力事件の被害者の大半は男性。例えば本の中で引用されているアメリカのデータでは、殺人事件の被害者の74.6%が男性なんですね(1991年)。ちなみに日本では殺人被害者の60.6%が男性でした(2009年)。 ただ、特に性犯罪や性的虐待については、被害者は女性だと考えがちですが。 久米:日本の場合、例えば強姦は「男性への強姦」を想定していないので、被害者の統計に男性は全く入っていません。イギリスやアメリカでは90年代に、男性に対するレイプを対象に含めたので、そこからやっと男性のレイプ被害が表に出てきます。男性も性被害に遭うし、加害者は女性も男性もなり得るのですが、性犯罪として認識されていませんでした。 日本で特に問題になると思うのは少年の性被害です。これはどの国でもあるんですがなかなか認識されませんでした。被害を受けた人をちゃんとフォローする仕組みがないとレイプの連鎖が起きたり、自分を責めて苦しむという事態になってしまうのに、男性側が声を上げなかったり、真剣に取り合わないという状況がありますね。 一方で興味深かったのが、被害者ではなく加害者である場合、司法における女性バイアスがあるという指摘です。つまり罪を犯したのが女性だと、男性よりも量刑が甘くなる傾向があるという。 久米:司法側もいろいろな人がいるでしょうが、保守的な人ほど、女性はか弱いから保護するべきとか、たとえ犯罪を犯しても誰かに命令されたんだろうとか、ある意味男尊女卑と連動した古い通念があるので、それがバイアスになっているでしょうね。 例えばアメリカでも日本でも女性に対する死刑判決や執行は少なく、基本的に死刑囚は男性、というのが現実です。もちろん死刑反対の議論もあり難しいところですが、本来は、同じ罪を犯したならば量刑も同等であるのが公平でしょう。 20年遅れで問題が顕在化する日本 久米さんはアメリカで、父親の育児参加とその影響について研究されていますが、家庭における父親の権利についても男女平等を求める動きがあったわけですね。 久米:日本でもイクメンという言葉がありますが、同じ動きがアメリカでは70年代からあったんです。女性が社会進出している以上、男性も家事育児をやらなくてはという意識の変化があって、男性も育児参加していったのですが、いざ離婚という事態になると、子供の親権を得るのは母親が有利。男性側は慰謝料とか養育費の負担がある一方、子供にはなかなか会えないという状況がありました。それに対して、共同で養育する権利がもっと欲しいと父親運動が始まりました。男性も育児をすることが常識化した中で、実際に法律も変わってきました。 家事労働を含めた男性と女性の労働時間を比較すると、男性の方がより長時間働いている。それなのになぜ養育の権利は平等ではないのだ、というわけですね。そのあたり、日本は状況が違いますね。日本の男性の家事労働の時間は国際的に見て非常に短く、離婚する時も男は家事育児ができないから親権は母親へみたいなところがありました。 久米:まだそういうところはありますが、それは女性の変化と同時並行で変わっていくんじゃないでしょうか。 日本は女性の社会進出がアメリカと比較して20年ぐらいの後追いです。すべて20年分遅れて同じように進んでいると思います。例えば、DVに関する法律は、日本は2000年代の初めにできましたが、アメリカは80年代にできていたので、それに伴ういろいろな問題も先に経験しています。そういう意味では、女性の社会進出がある程度進まないと男性の問題も解決しないでしょう。 特に親権の問題は、日本はすごく遅れています。単独親権で母親の立場がすごく強い。ハーグ条約の国際的連れ去り問題でも批判されていますが、離婚調停中に子供を実家に連れて帰るというのが慣習的に黙認されていたので、父親はいきなり子供を取られてそれきり会えないと。 アメリカでも父親が不利な時期はあったんですが、全く会えないなんてことはなかったんです。 日本は、母と子供がセットみたいな意識がありますよね。 久米:アメリカでも昔はそうでした。でも徐々に、父親も育児ができるし、母親と一緒にいれば子供は幸福というわけでは必ずしもなくて、子供にとっては両親は両親だから、たとえ別居していてもちゃんと愛情交流すべきという考え方が今は主流になっています。 日本の場合、離婚した父親が養育費をちゃんと払っている割合が約2割と、非常に低い。 久米:それも、父親の権利が弱いことと裏表の関係だと思いますね。全く会っていないと父親も子供を育てているという認識がなくなってきて、養育費を払わなくなり、悪いスパイラルにはまってしまう。結局、父親は子供のことは忘れなさいみたいになってしまう。日本の父親が無責任というよりは、今までコンタクトを絶たれていたことも大きいでしょう。自分の子供にちゃんと愛情と責任を持つために、法改正を求めて頑張っている人たちもいます。 男性も声を上げて訴えていい 日本で就職する際、総合職か一般職かという選択がありますね。女性はどちらを選んでも問題ないのに、男性は一般職を選びにくい。実際には希望はできるんでしょうが、男なのになぜとか、低評価を受けかねない。 久米:男なのに情けないとか、それじゃ結婚できないとか。男性が女性を養わなくてはという考え方はまだまだなくならないし、それが男性を苦しめている部分はあるでしょう。 男性の年収と既婚率がリンクしているということはかなり知られてきていますが、特に正社員と非正規社員では男性は既婚率に大きな差がある。女性の社会進出が今の段階でアメリカほどまだ進んでいないにもかかわらず、男性側のそういう不利な面は顕著に見えてきているんじゃないでしょうか。 久米:今はちょうど転換期のような時期で、そのツケが男性に来ているのかもしれません。女性はどんどん社会進出させるけど、じゃあ彼女たちは収入の低い男性のパートナーになってくれるかというとまだそこまでは意識が変わっていない。そういうタイムラグのはざまにある男性は、世の中は女性の支援ばかりで、自分たちは社会から疎外されていると感じるかもしれません。 日本は日本なりのガラスの地下室があるのかもしれませんね。もし女性の問題であれば世の中から注目されやすいし、行政が取り組んだり、また「外圧」もある。OECD諸国の中で女性活用度が日本は下から何番目だ、と言われたり。男性問題にはそういう外圧もないですね。 久米:これからの問題ですから。男性側が、ジェンダーは決して女性だけの問題じゃないと理解して、どうしたら男性にとっても平等な社会になっていくのか考え、男性も息苦しいと思ったらそれを言っていいんだよということを認識していく必要がありますね。 久米さんが今おっしゃったように、男性にとって不利だと思ったことを言ってもいいというのは、割と新しい視点じゃないかと思います。ごく限定された部分について言っている人はいますが。 久米:限定的にはいますが、フェミニズムのようなレベルで、あるいは包括的な学問レベルで取り組んでいる例は日本ではまだありません。でもそれは必ず通過しないと本当の男女平等にはなっていかないので、21世紀は必ずそうした土壌ができてくると考えています。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150107/275935/?ST=print
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