10. 2014年12月25日 22:14:40
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「宗教崩壊」 「戒名」が重複、「布施」が減額 被災寺院の復興、道険し 2014年12月25日(木) 鵜飼 秀徳 東日本大震災で被災した寺院が窮地だ。寺の再建の前に「政教分離の原則」が立ちはだかり、資金調達に支障をきたしている。「戒名」が重複したり、非常時に定めた低額の「布施」の相場がいまだに「元に」戻らないなどの混乱状態が続き、寺院経営を圧迫している。岩手県・陸前高田の現場を回った。 土壌をかさ上げするために設置されたベルトコンベア 津波に飲み込まれた街はあれから4年近くが経ち、街全体が巨大工場と化していた。 岩手県・陸前高田市。今、かの復興のシンボル、「奇跡の1本松」を目視することが難しくなっている。 訪れた2014年10月、市内の居住地を最大12.5mかさ上げする工事の真っ最中だった。周辺の山を切り崩して土砂を運ぶために、総延長3kmのベルトコンベアが高所に張り巡らされている。 大型トラックが絶え間なく走り回り、轟音が響き渡る。あたかもSF映画に出てきそうな光景が広がっていた。 2011年3月11日、押し寄せた津波は市の西側を流れる気仙川に沿って7km以上も遡上。沿岸に甚大な被害を与えた。その気仙川沿いに車を走らせると、山の斜面に立派な寺の屋根が見えてきた。地図上では、龍泉寺(曹洞宗)とある。 破壊された龍泉寺 縁起によれば龍泉寺の開山は1315年(正和4年)で、元は市内の別の場所(旧矢作村)にあった。ところが寛文年間(1661年〜1672年)に起きた山津波(土石流)によって寺が破壊されたことで、現在の高台に移転したという。
陸前高田市の震災前の地図を見れば、古い社寺はいずれも海抜10m以上の山手に集まって建てられているのが分かる。『岩手県災異年表』によると、岩手県沿岸部は、869年(貞観11年)に発生した大地震以降、幕末までの間で計8回の津波に見舞われている。 このことから、当地の社寺は災害を避けるように自ずと「安全地帯」へと移転が繰り返され、現在の位置関係になったと推定できる。確かに多くの宗教施設は、沿岸部を避けるように点在している。 では今回の大震災でも、陸前高田市内の寺や神社は、大津波から逃れることができたのだろうか。 全壊寺院の現実 龍泉寺の境内に入ってみて、その惨状に言葉を失った。 一見、しっかりと建っていると感じられた、お堂の屋根の軒先が無惨に破壊されている。 陸前高田市の津波の最大遡上高は21.5m(東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する調査会調べ)とされている。津波は、お堂の壁を駆け上がって、下から跳ね上げるように軒部分を破壊したのだろう。 震災前、龍泉寺の境内には鐘楼を兼ねた山門と、樹齢400年を誇り市が天然記念物に指定した「唐傘もみじ」が寺のシンボルだった。まるで唐傘のように枝葉が広がる老木のその先には、立派な本堂や庫裏、東司(便所)があったが、それも跡形もない。 現在、唯一残っている施設は、位牌を納めた位牌堂だ。この位牌堂だけでも、本堂と見紛うような堂々たる仏教建築物である。 地域の人に話を聞くと、「陸前高田は雪が少ないこともあって、(大きな屋根が造れるため)市内の寺の伽藍の規模は大きい」という。在りし日の龍泉寺も、相当な規模だったと想像できる。 無人化した寺には墓参りの人影も見えず、しんと静まり返っている。現在、住職は陸前高田を離れて暮らしているという。果たして龍泉寺の再建には今後、相当な時間と費用が必要になることは間違いない。 神社も破壊された。手前には津波で流された灯籠などの巨石が転がる。 政教分離が阻む再建
被災寺院――。 東日本大震災における宗教施設の被害については、取り上げられることは少ない。しかしながら、寺や神社が津波に飲み込まれ、跡形もなく消えた施設は少なくない。 伽藍や墓が流されただけでなく、住職やその家族が亡くなったケースもある。 そうした宗教施設は、震災から3年半以上が経過した今でも、ほとんど再建できていないのが実情だ。 というのも、一般家屋であれば、被災の程度によって自治体などから住宅再建のための助成金を受けることも可能だが、宗教団体は公の支援を受けることはできない。 いわゆる「政教分離の原則」があるからだ。政教分離は、日本国憲法20条第1項・3項と同89条を根拠にしている。 「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」(日本国憲法20条第1項) 「国及びその機関は、宗教教育その他、いかなる宗教活動もしてはならない」(同第3項) 「公金その他の公の財産は、宗教上の組織、若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは、博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」(同89条) そこで、各仏教教団は独自に被災寺院に対し、震災後、震災対策事務局を立ち上げ、義援金等や無利子の貸付金などの援助を実施している。 だが、東日本大震災における被災寺院数は少なくとも287カ寺(全日本仏教会『東日本大震災支援中間報告書』における寺院支援先)にも及ぶ。到底、宗からの義援金で全てが賄えるものではない。 手前は浄土寺。奥に見える災害公営住宅には浄土真宗の寺があった。 陸前高田における被災寺院の1つ、浄土宗・浄土寺を訪れ、住職から話を聞くことができた。
浄土寺は、NPO法人「桜ライン311」(岡本翔馬代表)が2012年から実施している津波の到達点に桜の苗を植え、後世の教訓とする事業における、最初の植樹場所でもある。 本堂が建っている地面より数m高い斜面に、4本の桜が植えられている。その位置関係を見るだけで浄土寺が大きな津波被害を受けたであろうことを、容易に想像させる。 「隣に災害公営住宅が見えるでしょう。そこは震災前には浄土真宗の寺があり、うちとも遠縁の関係でしたが、住職と奥さん、副住職の奥さんの3人が亡くなっています」 住職の菅原瑞秋さんによれば、浄土寺は隣寺よりも7mほど高所にあったため、本堂は床上浸水したものの、辛うじて崩壊は免れた。だが、本堂は使い物にならなくなり、支える大きな柱が押し流され、柱は約30m離れた山門近くで発見されたという。 浄土寺は「全壊」の次に被害が大きい「大規模半壊」と認定された。ちなみに市内20数カ寺のうち、全壊したのは先述の龍泉寺を含めて、3カ寺であった。 浄土寺は1574年(天正2年)開山。本堂脇には樹齢300年以上の老松が存在していることから、少なくとも過去300年間で最大の被害であったことが伺える。 浄土寺の菅原住職。菅原さんの前の桜のある場所が津波の到達点 301人の檀家が犠牲に
菅原さんは3年半前の悲劇を、昨日の事のように話してくれた。 「あの日、301人、220軒に当たる檀家さんの命が一瞬にして奪われました。301人というのは過去帳に記載した数ですから、実数はもっと多いと思います。震災直後は、私自身が被災者になっていましたから、中学校の体育館に避難していたんです。うちの檀家は600軒ほどあり、400軒が同じ高田町内にあります。ちなみにその400軒のうち、被災した割合はおよそ75%に上ります。体育館では『ご住職は目立つところに居てほしい』ということで、私は体育館の舞台の上に陣取ることにしました。『ご遺体が見つかった』という知らせを受ければ、火葬場に向かうという日々を暫く送っていたのです。震災から1週間も経った頃、戸板に載せられた人や軽トラの荷台に載せたご遺体が火葬場にどんどん届き出しました。(他宗の檀家さんだろうが)片っ端から供養していく。そうした修羅場が6月くらいまで続きました」 菅原さんは3.11から数えて「四十九日」を経て、ようやく合同葬儀を実施。檀家を地区ごとに3つ分けて、3日間連続で執り行った。浄土寺の本堂は被災していて参列者を収容できないため、菅原さんが兼務していた同じ市内の正覚寺の本堂で実施した。正覚寺の本堂は手狭であったので、檀家1軒につき3人までという制限付きであった。 だが菅原さんは、この時のことを「まずかった」と振り返る。檀家から「親戚、みんな参加したかった」という声が上がってきたからだ。 その反省もあり、一回忌と三回忌の法要は個別に対応。2012年1月から5月までの間の休日祝日を全て使って、1日あたり6座から7座も務めた。 「三回忌が終わってようやく、一息ついたという印象です」 震災後、相当な時間が経過してから、DNA鑑定の結果が出て、ようやく身元が判明した檀家もいた。 「この人は絶対に見つからないだろうという人が、震災から1年後に判明したケースもありました。子供がいない70代の女性で、兄弟も既に亡くなっていました。この人は筆まめで、よく知人に手紙を出していたんです。その時、切手を舐めて張っていたおかげで、唾液からDNAが採取でき、照合が可能になりました」 それでもまだ見つからない人もいる。浄土寺の檀家のうち、12名が行方不明のままだ。 戒名が重複 非常事態は仏教の現場に多くの問題を生じさせた。1つは戒名の問題だ。 浄土寺の場合、ひとときで301人もの檀家が死亡したのである。 平時ではこの地域では人が死んだ際、死亡→枕経→火葬→通夜→葬儀といった流れが基本。東京や関西とは違い、通夜や葬儀の前に火葬するのが特徴だ。 菅原さんは檀家の戒名を301人分、一気に付けることになった。 戒名は通常、住職が過去帳を見ながら先祖代々の戒名と照らし合わせ、信仰の厚さ、寺への貢献度なども鑑み、本人に適した文字を考える。 基本的には経典の中から文字を選ぶが、故人の趣味や仕事にちなんだ文字を、あえて選択することもある。 「もちろん、そういう手順は踏めませんでした。過去帳は流れてしまい、照合するなんて到底、無理でした。そこで例えば、高校生以上ならば(最もグレードの高いとされる)『居士(こじ)』、『大姉(たいし)』にし、全て6文字に統一しました。つまり『安誉○○居士(大姉)』というフォーマットを決め、○○のところの1文字は、亡くなった人の名前から文字を拾いました。浄土宗の場合、通常『誉(よ)号』を付けられるのは、五重相伝(※)を受けた檀信徒だけです。しかし、当時のような混乱状態では誰が五重相伝を受けているのは分からない。特例的にルールに従って、機械的にやらざるを得なかったのです」 しかし後日、菅原さんが戒名を精査して見ると、過去、別人に付けた戒名と同じになったケースがあったという。 ※ごじゅうそうでん=浄土宗の念仏の教えを、5つの順序に従って伝える儀式。この儀式を受けた檀信徒には戒名で『誉』の1字が与えられる。 行政も決断できない 浄土寺ではいまだ、ハード、ソフトの両面で震災前の状態には戻っていない。そもそも安全面が担保されていない。浄土寺も将来を考えれば、隣の災害公営住宅と同じ高さ12.5mまでかさ上げが必要だが、行政の判断待ち状態だという。 「当初はこの場所も浸水したということで、かさ上げ対象区域に指定されて、行政も『工事をやります』と言っていました。ですがその場合、今建っている本堂を一時的に移動させなければならず、巨額の費用がかかかる。うちの寺の場合は、かさ上げの高さは数10cm程度。行政も、その費用対効果を考えているようで、やるかやらないか一向に話が前に進んでいません」 これが一般住宅であれば、難なく工事に着手しているだろう。だが、先述した「政教分離の原則」があり、宗教法人ということで行政が決めかねている側面はありそうだ。 このままでは、「庫裏の再建もできず、やりたい事業も何もできない」と菅原さんは憤る。 布施の相場が戻らない ハード面の再建は厳しいが、もっと大きな問題は寺院の経営面だ。 浄土寺の場合、震災以降、都会などへ引っ越しを決めたおよそ10軒が離檀。一方で、震災由来で新たに30軒が浄土寺の檀家になったという。 檀家は増えたが、資金面での苦境は続いている。 本堂の修繕には多額の費用がかかり、うち1000万円を菅原さんが拠出し、さらに支援金や、共済から下りた資金で何とか修復を終えた。震災後、檀家も経済的に逼迫したことから、寄付を募ることは心情的にできなかった。 だが、もはや菅原さん側にも、余裕はない。浄土寺で寺院活動を再開するためにも、流された庫裏を新築しなければならない。だが、その際には、檀家に寄付を募らざるを得ないが、被災した檀家も同時に苦しく、容易ではない。 さらに菅原さんは「こんなこと言うのは、本当に嫌な気持ちになるんだけれど」と前置きしながら、震災後の寺院収入の原則が崩壊している実情を話してくれた。 浄土寺では震災後、最初の合同葬儀は非常時であったため、1軒当たり一律5000円と供養料を定めた。だが、それがその後、「何かにつけて5000円」になってしまったという。本来であれば震災前のこの辺りの1軒の葬儀の布施相場は、20万円〜30万円の水準である。 布施の中身は「お気持ち」であることは確かだが、地域には「常識的な布施」の相場感があって、寺院経営を維持してきた。 震災直後、一時的に布施や葬儀代の金額が下がるのは致し方ないにせよ、時間が経過した今でも「元に戻っていない」(菅原さん)と嘆く。収入面が安定しなければ、寺院活動を継続するのは不可能だ。 浄土寺のような問題は、東北沿岸の多くの被災寺院で見られることだ。 「地域の氏子が支える神社の再建はさらに厳しいだろう」(菅原さん)。 街は復興が進み活気を取り戻しつつある。しかし、宗教施設の復興は完全に置き去りにされている実情がある。東北沿岸の街から、物的にも精神的にも、宗教が消えようとしている。 震災後、荒廃が進む神社の社殿
このコラムについて 宗教崩壊
多くの寺や神社が存続の危機を迎えている。少子高齢化や地方の過疎化、後継者不足など、ありとあらゆる要因が大波となって宗教界に押し寄せている。「このままでは10年後、日本の寺や神社が半減する」。危機感を抱いた一部の仏教教団は、対策に乗り出している。だが、抜本的な策は見えてこない。「宗教崩壊」は一般庶民に何をもたらすのか。また、社会全体として、どんな影響が出るのだろう。寺や神社が消えることでの「物的崩壊」は既に進行中だが、同時に「心の崩壊」へと広がっていく危険性もある。日経ビジネスオンラインでは、「宗教崩壊」の現場に足を踏み入れ、実態を調査。各宗教教団本部にも取材し、複数回にわたってリポートする。いざという時に役立つ仏教知識、教養も得られるような構成にしてあるので、参考にして頂きたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141224/275550/?ST=print
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