03. 2014年11月21日 06:37:11
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生活保護のリアル みわよしこ 【政策ウォッチ編・第86回】 2014年11月21日 みわよしこ [フリーランス・ライター] 生活保護世帯の冬の暖房費、本当に3000円多い? 「ざっくり」すぎる冬季加算見直しの議論 ――政策ウォッチ編・第86回 社保審・生活保護基準部会は、12月にも議論の取りまとめを行い、結果を2015年度予算編成に反映すると見られている。現在は、住宅扶助と生活保護費のうち冬の暖房費として支給されている「冬季加算」をめぐる議論が佳境だ。冬季加算については「現状でも3000円高すぎる」とする報道もあるが、実際にはどのような議論が行われているのだろうか?これで「取りまとめ」? まだ議論の入り口にも立っていないのに? 第20回生活保護基準部会は、前回と異なり、省議室ではなく会議室で開催された Photo by Yoshiko Miwa 2014年11月18日、厚労省において、社会保障審議会・第二十回生活保護基準部会が開催された。2014年10月21日に開催された第十九回(当連載政策ウォッチ編・第82回参照)から、約1ヵ月後である。
取材に来ていたマスメディアは、筆者が気づいた限りではNHKのみであった。そのNHKは、今回の基準部会の様子を下記のように報じている。 生活保護費の冬季加算で厚労省が試算 11月18日 22時42分 生活保護費のうち冬の暖房費として支給されている「冬季加算」について、厚生労働省は所得の低い世帯の暖房費より1か月当たりの平均で3000円余り上回っているという試算をまとめました。厚生労働省は、今回の試算を基に冬季加算の水準を見直すかどうか年内に結論を出すことにしています。 (略) 冬季加算が所得の低い世帯の暖房費を上回ったことについて、厚生労働省は、生活保護の受給世帯は木造住宅に住んでいたり、病気などで働くことができず家にいる時間が長かったりして、暖房費がより多くかかるケースもあるとしています。 (略) この報道に接した人の多くは、 「生活保護世帯の冬季加算は、1ヵ月あたり3000円も『もらいすぎ』だったのか、やっぱり」 という納得をしてしまったのではないだろうか? よく読むと、「3000円余り上回っている」という厚労省のまとめは未だ「試算」の段階である。また、冬季加算引き下げについても、「冬季加算の水準を見直すかどうか年内に結論を出すことにしています」とある。「見直すかどうか」に関する結論も、年内に「出る」と決まったわけではなさそうだ。 第20回生活保護基準部会、開会前のようす。放送局ではNHKのみが取材を行っていた Photo by Y.M. 一連の議論を傍聴し続けている筆者は、
「今の段階で、どういう結論が出せるというのだろう?」 と思う。生活保護利用者たちの「住」の実態に関する調査は、住宅扶助の見直しに関する検討に伴って、本年8月に初めて行われ、生活保護基準部会委員の一部をメンバーとする作業班によって集計が行われつつある。現在の生活保護基準部会での検討は、その結果を踏まえてのものだ。現在の段階では、住宅扶助の上限額に関する何らかの提言を行うどころか、「上げるべきか」「下げるべきか」という議論が可能になる段階にさえ立っていないのではないか? 生活保護の「住」、すなわち「健康で文化的な最低限度の住」の具体的内容についてのコンセンサスが、たとえば、 「設備も含め、閣議決定された国交省の最低居住面積水準に従う」 と明確にされているわけではないからだ。それが明確にならない限り、「いくら必要なのか」「現状はいくら足りないのか(多すぎるのか)」を明らかにすることはできないはずだ。 そう考えているのは、おそらく、筆者だけではない。11月18日の部会では、厚労省の事務局が提出した資料に対し、委員たちから数多くの疑問や疑念が発せられた。その資料の中では作業班の集計結果も使用されているのであるが、「何のために何と何を比べているのか」さえ明確でない比較が多いのだ。 それでも、議論が取りまとめに向かうことは間違いなさそうだ。今回の基準部会の終わりに、部会長の駒村康平氏(慶応義塾大学教授・経済学)が、 「(委員たちからの重要な指摘や必要な議論を踏まえて)取りまとめの議論へ」 と述べたからだ(以下とも、委員発言は筆者のメモによる。議事録は未公開)。 筆者は「マジぃ!?」と絶叫しそうになった。「何らかの結論を出すにはアレとコレとソレが足りないので、今回は具体的な金額の見直しにつながる結論までは出せない」という取りまとめなら、まだ納得できるのであるが……。 冬季加算は本当に 必要なはずの光熱費より「3000円高い」のか? 今回の基準部会では、最初に住宅扶助に関する事務局からの資料説明と委員たちによる議論が行われ、ついで冬季加算について同様の進行となった。しかし現在は冬季加算が焦点となっているため、今回は冬季加算を中心として資料・議論の内容を紹介したい。 まず、NHKが 「所得の低い世帯の暖房費より1か月当たりの平均で3000円余り上回っている」 と報道した内容は、厚労省作成の資料にはどのように記載されているだろうか? この内容は、厚労省社会・援護局保護課が作成した資料「生活保護基準部会検討作業班における作業について(冬季加算関係)」の12ページに、「検証(7)(地区別の冬季加算の水準の妥当性について)」としてまとめられている。この上部に、「現行の冬季加算地区区分」としてまとめられた表がある。ここで最下部の「合計」を見ると、2人以上世帯において、12月〜4月の光熱費支出と5月〜11月の光熱費支出額の差は、1ヵ月平均で 年間収入第1・十分位(下位10%・生活保護世帯を含む) 5783円 年間収入第1・五分位(下位20%・生活保護世帯を含む) 6040円 年間収入第1〜3・五分位(下位60%・生活保護世帯を含む) 6539円 となっている。対して冬季加算は、 冬季加算額 9067円 である。もしもこの比較が妥当なものであれば、現行の冬季加算額は必要と考えられる額に比べて3000円程度高いことになる。 「生活保護基準部会検討作業班における作業について(冬季加算関係)」の12ページに記された「現行の冬季加算地域区分」の表 拡大画像表示 しかし筆者の頭の中は、この表を見た時点で「?」だらけだ。冬季の光熱費需要が、寒冷地と温暖な地域で、これほど「違わない」ということがあるだろうか? たとえば年間収入第1・五分位を見ると、VI区(概ね南関東以南の比較的温暖な地域)で5117円であるのに対し、I区(北海道・青森県・秋田県)で1万0436円、II区(岩手県・山形県・新潟県)で9657円。I区にあたる地域で冬を生き延びるに必要な光熱費が約1万円? 現在の価格であれば概ね灯油90リットル? 「それで足りるわけがないのでは?」というのが正直なところだ。それに、冷え込んでもせいぜい最低気温はマイナス2℃程度の東京都と、冷え込めば最低気温がマイナス20℃以下にもなる北海道との差が、1ヵ月あたりたった5000円? 灯油で、たった45リットル程度の違い? これは納得しがたい。
さらに見ていくと、他にも不思議な点がいろいろと目に入る。 たとえば第1・十分位では、「I区(9991円)よりII区(1万0673円)の方が光熱費が高い」という傾向がある。他の所得層では見られない傾向だ。もしかすると、II区に在住している低所得層特有の居住環境があり、その影響で光熱費を多く必要としているのかもしれない。「北海道の住宅は寒冷に対する配慮を行って建設されているが、東北にはそうではない住宅が多いため屋内は北海道よりも寒い」という話はよく耳にする。 またII区では、第1・五分位(9657円)が、より世帯収入の少ない第1・十分位(1万0673円)よりも、より世帯収入の多い第1〜3・五分位(1万0836円)も低い。同様の傾向はIV区(石川県・福井県)でも見られる。 これらを除くと、概ね 「温暖な地域ほど冬季の光熱費の増大は少ない」 「収入が増えるほど冬季の光熱費支出も増える」 という傾向が見られる。だから「納得」して、「現在の冬季加算は高すぎるんだな」と考えてしまう方も多いだろう。 でも、この比較は何かがおかしい。寒冷地と温暖な地域の比較で差がなさすぎることといい、容易に理由が思い当たらない謎の傾向が見られることといい。意図的に結果をねじ曲げた統計でなかったとしても、データの偏り・不足などの問題が隠れているのではないだろうか? この点については、委員たちからも「サンプルサイズは十分か」「根拠付けを行えるだけの信頼性は出せるか」という懸念が表明された。部会長である駒村氏も、事務局に対して、冬季加算を都道府県単位ではなく市町村単位で見直す可能性について尋ねた。事務局は「都道府県に限定するものではない」と答えた。 少なくとも 「生活保護世帯および漏給層のデータを収集し、市町村単位で月別に見る」 「生活保護基準以下の生活をしていると考えられる層の影響を除外した比較を行う」 といった検討が行われなければ、現在の「冬季の光熱費の増加」を評価することは不可能であろう。冬季加算が実際に高すぎるのかどうかは、それらが判明してからはじめて検討可能になるはずである。 なお、厚労省はこの資料で、「省エネ基準(「エネルギーの使用の合理化に関する建築主及び特定建築物の所有者の判断の基準(平成25年経済産業省・国土交通省告示第1号))」を援用し、省エネ基準による8つの地域区分ごとに冬季の光熱費増加と冬季加算の関係も検証した。省エネ基準では、九州南部や沖縄県のように夏季の冷房に関する需要が高い地域の需要も考慮することが可能ではある。しかし、この基準を用いた検討については、部会委員の園田眞理子氏(明治大学教授・建築学)より 「省エネ基準とは、『この地域ではこの程度の省エネをしてほしい』と、経産省と国交省が出した基準です」 という指摘があった。冬季加算に関する議論では「必要性をどのように見積もるか」が焦点となっている。必要性をむしろ抑えることを目的とした省エネ基準を持ち込むこと自体が不適切であろう。壁に大きな穴のあいた、省エネ基準どころではない劣悪な住居に住んでいる人に対して、もしも「省エネ基準に基づいた分の燃料しか使ってはいけません」ということになったら、その人はどうなるだろうか? 寒冷地ならば本当に凍死してしまいかねない。 建物が劣悪ならば光熱費もたくさん必要 厚労省も明らかにした当然の傾向 では、生活保護の「住」によって、冬の光熱費はどの程度増加するのであろうか? 同資料の11ページには「検証(6)(住宅の状況等による冬季増加支出額の違い)について(原文ママ)」として、住宅の構造・住宅の所有関係・築年数・就業/非就業別に、冬季にどれだけ光熱費が増加するかを確認している。このページからは 「築年数による違いは大きくはないものの、新しい住宅ほど光熱費がかかりにくいようだ」といった傾向(同ページ右上)や、 「家族全員が就業・就学しているとしても、家族全員が就業・就学していない世帯の75%程度の光熱費はかかるようだ、『昼間は家にいない作戦』で光熱費を節約しようとしても25%程度しか節約出来ないらしい」 といった興味深い結果(同ページ右下)を読み取ることも可能なのだが、住宅の「出来」そのものによる違いを見てみよう。対象となっているのは、誰の目にも明らかな寒冷地であるI区〜III区(北海道・東北・新潟県・富山県・長野県)である。 11ページ左上の図には、木造(防火木造を含む)家屋では、鉄骨・鉄筋コンクリート造りの家屋の約1.7倍の光熱費が必要となることが示されている。これらの家屋には、生活保護世帯の約86%が居住している。また、比率は「0.5%」と少ないものの、ブロック造りの住宅では、鉄骨・鉄筋コンクリート造りの家屋の約2.7倍の光熱費が必要となることが示されている。 拡大画像表示 11ページ左下には、持ち家か賃貸か、公営賃貸かによる違いが示されている。光熱費は、持ち家(一戸建て)・民間賃貸住宅(設備専用)・借間で高くなる傾向がある。一戸建ての持ち家で光熱費が高くなるのは、生活保護受給にあたって保有を認められた住宅であることによっているのではないだろうか? それは「資産価値が低い」、すなわち「古く老朽化している可能性が高い」ということである。
拡大画像表示 また光熱費は、民営賃貸住宅(設備共用)では低くなる傾向がある。しかし総数が少ない(0.2%)上に、寮のような特殊な住宅を含んでいる可能性もある。ここから「共用住宅なら安くなる」と考えることは行わないほうがよいと思われる。公営賃貸住宅・UR・後者等の賃貸住宅に関しては、サンプル数は十分と思われる。これらの住宅では、概して光熱費が安くつく傾向があり、民間賃貸住宅の概ね半分程度である。
この点については、委員の園田眞理子氏が 「最初の住宅の質が保障されており、断熱性が高いと、あとでランニング(コスト)でかかる部分はそれほどでもなくなります」 「初期値の状態が良い状態をキープされていないのを、月々のお金で辻褄を合わせる構造になっています。『そもそも』が良くないと、月々の追い銭、フローが大きくなります。そういう関係にあることを前提において、どうするか議論する必要があるのでは?」 という指摘を行った。園田氏は住宅扶助においても、 「(公営受託とURでは)一定の質のところに安い家賃で入居できます。住宅扶助はフローです。でも公営住宅は、別の形で税が投入されています。建設補助によって(住宅の)質が保障され、しかも税なので見える形の(月々の)住宅コストが減ります」 と、結局は税の投入なくして「最低限」の保障はできないことを指摘している。さらに民間賃貸住宅との本質的な違いについて、 「公営住宅に入れている保護世帯は15%です。残りの85%は、民間賃貸住宅に住んでいます。(民間賃貸住宅は)建てられたときに税が入っていません。だから、フローで高い家賃を払わないと、大家さんが納得する家賃になりません」 と、「生活保護の『住』はゼイタク」と流れがちな世論に釘を刺した。また、建築学者である自らが生活保護基準部会に参加していることについて、 「『何らかの形で困窮している人に対して、ボトムを保障するということであれば、お金がかかるんだ』ということを共有すべきだと思います。私としては、『厚労省の』住宅扶助(の検討)に参加しているつもりはありません。一国民として困窮した時に何が保障されているのかを議論したいです」 と述べた。住宅政策や建築の実際を熟知し、公共のプロジェクトでも実績を上げてきた園田氏の発言には、今後も注目していきたい。 開会前、配布資料に熱心に目を通す岩田正美氏(部会長代理) Photo by Y.M. また、一連の集計に対して、部会長代理の岩田正美氏(日本女子大学教授・社会福祉学)からは、「エンゲル係数が高すぎるのでは?」という疑義が表明された。岩田氏は、厚労省側の事務局に対して丁寧に労をねぎらいつつ発言したのであるが、即座に筆者の脳内で「何かやらかしてない? 何かデータいじってない?」と変換された。いずれ、この集計内容も詳細に検討されるであろう。生活保護基準の成り行きに関心を持っている専門家は、生活保護基準部会の委員たちだけではない。
冬季加算に現物給付の可能性はないか? 正直なところ、 「ここまでのデータと議論で冬季加算の『上げる』『下げる』が検討されて何らかの結論が出されたら、凍死者が出るのでは?」 というのが筆者の印象である。 そもそも、生活保護利用者の住環境にはバリエーションがありすぎる。比較的良好な公営住宅に在住している人もいれば、掘っ立て小屋のような劣悪な民間賃貸住宅に在住している人もいる。その両者が「同一地域だから」という理由で同一の冬季加算、というのが最大の問題であろう。 いずれは「住」の最低ラインとして、すべての人が国交省の最低居住面積水準以上の住居に住めることが目指されるとしても、「来年度からすぐに」というわけにはいかない。すべての人に、居住する地域を選択する自由がある。劣悪な民間賃貸住宅であっても、家主自身の生活設計への影響も考えないわけにはいかない。 であれば、冬季加算については現物支給も検討されてよいところではないだろうか? 「屋内の気候を一定以上に保つために必要な電力・灯油等については、現物または実費を支給する」ということである。ときどき指摘される「冬季加算は現金なので他用途に転用されることがある」という問題は、これで解決する。「電力や灯油を転売する」ということは、全く考えられないわけではないけれども、現金の他用途への転用・あるいは処方薬の転売に比べれば、はるかに可能性が低いであろう。もちろん、性能の劣る住宅に居住している世帯に対しては多く、性能の優れた住宅に居住している世帯に対しては少なく支給されることになる。もしかすると、全体では若干の節約が可能になるかもしれない。また、 「ある年に住宅補修によって断熱性能を高めておいたら、あるいは家賃は高めだが良質な住居への転居を指導したら、その後10年間にわたって光熱費が節約できて十分にペイするのかもしれない」 という検討も、実際にその住居に暮らす生活保護利用者とともに行えるようになる。 地域を限定してでも、試してみる価値のある社会実験ではないだろうか? 現在求められているのは、言葉本来の意味での「合理化」であろう。「合理化という名の削減」ではなく、信頼できる根拠に基づく、多くの人が納得しうる合理的判断に基づく「合理化」である。しかし2012年以後、財務省に主導されて厚労省が推進してきた社会保障削減、特に生活保護の削減は、貧困状態に陥った人に対し、さらに貧困という刑罰を与えているも同然である。筆者は、そこにどういう合理性も見出すことができない。 次回は引き続き、この基準部会で行われた住宅扶助に関する議論を紹介する予定である。 http://diamond.jp/articles/-/62539
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