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http://bylines.news.yahoo.co.jp/kawaikaoru/20140522-00035507/
河合薫 | 健康社会学者
2014年5月22日 15時21分
著者:PhoTones_TAKUMA
「助けて」と言えずに孤独死する、“就職氷河期世代”の存在が、以前、問題視されたことがある。
そんな彼らも、40代。
正社員化や、賃金アップなど、“非正規社員に光”があたり始めたような報道が、最近、増えつつあるが、ミドルの非正規社員を取り巻く環境の厳しさは、あまり知られていない。
先日、独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った「壮年非正規労働者の仕事と生活に関する研究」の結果が、公表された。
「若年非正規労働者(25〜34歳)の相対的貧困率が、23.3%と5人に1人であるのに対し、壮年男性(35歳〜44歳)では3人に1人(31.5%)。つまり、40代に突入した“氷河期世代”は、若い人たちより貧困率が高い」
こんな厳しすぎる状況が明らかになったのである。
なぜ、壮年男性のほうが、若手よりも貧困なのか?
その理由は、「誰が家計を支えているのか?」にある。
若年層の7割が、「親」が家計維持者であるのに対し、壮年層では58.2%が「自分」。親のすねをかじれる若手と、一家の主として支えなければならない40歳前後とでは、生活に苦しさが異なる。
また、壮年非正規の身体的な不健康の割合は、若年層より高く、壮年非正規の15.9%は、「過去にお金がなくて病院にいくのを我慢したことがある」と答えているのである。
以前、フィールインタビューに協力してくれた、非正規で働く40代の男性が、次のようにこぼしたことがあった。
「今はまだ、母の面倒を見なきゃならないんで、なんとかなってますけど。自分1人になったら……ヤバいなぁって思うんです。生きてる意味あるのかなぁ?って」
氷河期世代のこの男性は、二度のリストラを経験し、現在は、製造業関連会社の非正規社員だ。
最初の会社は、業務縮小で、大幅なリストラを慣行。彼の所属部署は消滅し、必然的に彼はターゲットになった。
二つ目の会社は、外資系に買収された。日本社員の約半数がリストラされ、彼もその一人だった。
「やっぱり正社員になりたいですよ。でも、『あきらめるしかない』かなって。うん、あきらめるしかないなと思っています。40過ぎを正社員で雇ってくれる会社は、ありません。連敗が続くと、まるで底なし沼にいるようで。あがけばあがくほど、沈んでいく。そういう自分しかイメージできなくなってくるんです」
「世の中、なんやかんやいっても仕事。40過ぎて、母親と2人暮らしで非正規だと、世間はまともな職につけない、どうしようもない『パラサイト中年』だっていう目で見ます。『しっかりしなさいよ』とか、『お母さんも心配してるぞ』とか周りから言われると、相当キツイ」
「すると、だんだんと人と関わりたくなくなるんです。同級生にも会いたくないし、昔の会社の同僚とも連絡はとらない。人と会えば会うだけ、他人が妬ましくなる。だから会わない。今は、母の面倒を見なければならないんで、なんとかなってますけど、1人になったらヤバいです。さびしいとか、そういうんじゃなくて。孤独感というより、疎外感に近いかな。すみません。暗い話で。ネガティブ過ぎて自分が怖いです」
彼は苦笑いしながら、そう話した。そして、「でも、なんか自分の話、聞いてもらったら、少し楽になりました。ありがとうございました」と、頭を深く下げたのである。
経験した人でしかわらかない重い言葉の数々に、私は、どう返していいのかわからなかった。情けない話だ。ただ、そのあと、彼が、
「河合さんは、毎日が楽しいですか?」と聞いてきたので、「そんなことはないです。特に、最近は自信喪失してて………」とモヤモヤしている出来事を話した。そしたら、「そっか……。河合さんも戦ってるんですね。応援してますよ」と言ってくれた。
とんでもなくしんどいはずなのに、「応援してます」だなんて。うれしい気持ちと申し訳ない気持ちが入り乱れ、インタビューを終えたのである。
いったんつまずくと、どんなに頑張ったところで、力を発揮する機会が激減し、負のスパイラルに入り込む。そんな厳しい状況に、彼は生きてる力までをも、失いかけていたのである。
40を過ぎると、両親や家族の問題も加わり、じっくりと就職活動する時間的余裕も、スキルや資格取得に費やす時間も金銭的余裕も制限される。
厳しい。とんでもなく厳しい。だからこそ、彼は、
「もう、あきらめるしかない」――。そんな気持ちになってしまうのだろう。
件の労働政策研究の調査結果によれば、同じ壮年層でも、正社員の場合の収入は、500〜700万が最も多い(26.15%)。一方、非正規では、100〜150万が20.7%で、その格差は年齢とともに広がっていく。
また、担当職務に、「部下やスタッフの管理」「会社の事業などの企画」「意思決定・判断」「専門知識・スキル」「部下や後輩の指導」が含まれるかどうかを尋ねたところ、若年より壮年層のほうが、すべての項目で「まったく含まれない」と回答する人が多かった。
さらに、「悩みを相談したり、助けを求めたりできる人」の人数を、「家族・親族」「地域・近隣の人」「仕事関係の人」「学校時代の友人」「趣味・社会活動などを通じた知り合い」「その他の人」に分けて尋ねた結果……、若年層よりも、壮年非層の方が少なく、孤立している状況が示されたのである。
生活が苦しくて、身体的にも精神的にもしんどくて、孤独な彼らの生活を、いったいいかほどの人たちがイメージできただろうか?
正直に言うと、私には彼らの“日常”を、具体的にイメージできなかった。頭では理解できる。が、彼らがどんな気持ちで、日々を送っているのか? そのリアリティを持てなかったのだ。
ただ、前述した男性が、「河合さんは、毎日が楽しいですか?」と聞いてきたのを思い出すと、おそらく彼らの日常には、一つも楽しみがないのかもしれないと思ったりもする。いや、実際は、あるのかもしれない。でも、それを楽しいとか、うれしいとか、感じ取るセンサーが機能しない。
ホントは、彼だって学生時代の友人や同僚たちと会いたいのかもしれない。でも、世間の無責任な言葉を浴びて、自尊心が傷つくのが怖い。
俺の努力が足りないのか?
俺は能力が低いのか?
そんな風に思いたくないから、人付き合いを避け、自分の世界に籠る。孤立することでしか、自分を守れなくなる。
しかしながら、“人間付き合いのシャッター”を下ろすと、ポジティブな感情を抱く瞬間は、果てしなく激減する。その結果、ますますネガティブ思考が高まり、孤立し、人嫌いになり、生きる力が失せていくのである。
一旦失職すると、まるで“前科人”のように、厳しいまなざしが向けられ、這い上がるチャンスが奪われていく。それが、今の日本社会の実態なのだ。実に、悲しい現実だが、おそらく厳しいまなざしをむけていることにすら、気が付いていない人たちのほうが多いんじゃないかと、思ったりもする。
ただ、件のこの調査では、少しだけ“光”を感じる、興味深い結果が認められている。
仕事上の悩みがある時や、経済的に困っている時に、仕事関係の人と相談したり助けを求めたりできる非正規労働者の年収は高く、賃金が増加する傾向が認められたのだ。
かつては、単なる調整弁として扱っていた企業が多かったのだが、最近は、専門知識や特殊なスキルが求められる業務を、非正規社員に任せる企業も増えた。それらが一般化出来ないスキルであればあるほど、職場に精通した人材からのサポートが不可欠となる。
そんなとき、相談や助けに丁寧に応じるサポート体制のある職場では、それがスキルの習得につながるだけでなく、仕事を超えた人と人との関係構築にも役立つ。
この必然的に生まれた“人間関係”があれば、経済的に困っている時にも相談できたり、助けを求めたりすることができ、ほんの少しだけホッとできる。すると、非正規労働者の生産性向上につながり、“人との関わり”がある職場を作れば、非正規社員でも、賃金の増加につながっている可能性が示されたのである。
2008年に、経済学者の玄田有史先生が行った調査でも、上司を除く正社員、リーダー(非正社員)、非正社員(リーダーを除く)などの相談者がいると年収や賃金増加し、正社員と、業務終了後の宴会・懇親会・食事等や職場のレクリエーションなど、仕事を越えた関係があることも、年収や賃金を増加させる効果のあることを見出している。
つまり、正社員化が難しくとも、上司部下関係、同僚との関係、正社員との関係など、ありとあらゆる人間関係の壁のない、「シャッターが全開」の職場があれば、ミドルの非正規社員の人たちに、ポジティブスパイラルに引き込むチャンスができる。
人が前向きに生きていくのに、信頼できる他人の力は欠かせない。ストレスの雨が降っても、信頼できる人がたった1人いれば、どうにかなる。私がこれまで行った調査でもそうだった。たった1人、何か困った時に、傘を貸してくれる人がいれば、なんとか雨をしのぎ、前向きのエネルギーを充電できる。
どんな大企業に勤める正社員であっても、40を過ぎると、一歩前に踏み出す勇気を持てなくなるもの。
「ホントにがんばっているのか?」とか、「もっとできることからやってみなよ!」と彼等を責める前に、
「自分1人になったら……やばいなぁって思うんです」――。
そう語る男性のような人がいるということも、どうか忘れないでいてほしいです。
河合薫
健康社会学者
健康社会学者(Ph.D.,保健学)。 千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。 気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。 2004年東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了(Ph.D)。 産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究。 フィールドワークとして行っている働く人々へのインタビュー数は600人に迫る。 医療・健康に関する様々な学会に所属し、東京大学や早稲田大学で教鞭を取る。
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