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日本人はなぜ日本のことを知りたがっているのか
作家・旧皇族の竹田恒泰氏に聞く「日本ブーム」の背景
2013年10月18日(金) 秋山 知子
敗戦から68年、東日本大震災を経て時ならぬ「日本人による日本ブーム」が起きている。日本人は自分たちの何を知ろうとしているのか。歴史をたどれば見えてくる日本の強みを、旧皇族で作家の竹田恒泰氏に聞いた。
この10月、伊勢神宮で式年遷宮の遷御の儀が執り行われました。今年は、伊勢神宮と出雲大社の遷宮が初めて同じ年に行われたという事情もあったのでしょうが、関心を持つ人が非常に多かったという印象です。前回の式年遷宮は1993年でしたが、これほど話題にならなかった記憶があります。
竹田 恒泰(たけだ・つねやす)氏
1975年生まれ。明治天皇の玄孫に当たる。慶應義塾大学法学研究科講師(憲法学)、作家。2006年、『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で第15回山本七平賞を受賞。著書に『旧皇族が語る天皇の日本史』『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(以上、PHP新書)、『現代語古事記』(学研M文庫)など多数。(写真:都築 雅人)
竹田:ここ数年で、日本人が日本について知りたいという気持ちが高まっているんですね。東日本大震災で意識が変わった面もあるでしょう。昨年は古事記編纂から1300年の節目の年でした。「日本ブーム」が起きていると言っていいでしょう。国内で日本ブームが起きたのは初めてのことなんですよ。
自分たち日本人とは何者で、どのような国に生きてきたのか。歴史観のような何かが欠落していてそれを知りたいという思いが高まってきていると思います。実際、歴史観が助けとなる局面はたくさんあると思います。
例えば外国とのつき合い方です。2010年に中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位になりました。ところが竹田先生の『日本人はいつ日本が好きになったのか』(PHP新書)にありますが、過去の王朝を含めると、中国と日本は実に5回、近代以降だけでも4回もGDPの抜きつ抜かれつを繰り返しているんですね。
例えば日清戦争の当時、清はGDPで世界の3分の1を占める超大国だった。そうした過去の経緯の中で日本は常に、中国との適切な距離をはかろうとしてきた。これは新鮮な発見でした。
竹田:これは日本書紀に書いてありますが、第21代雄略天皇が初めて、中国と距離を取る外交政策を実行したんです。それまでやっていた朝貢をやめて、日本の自立を明確にしたんですね。その後、聖徳太子の時代になって中国文化が著しく発展したので、日本としてはそれを取り入れたい。でも属国にはなりたくないということで、有名な「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という手紙を書き、対等外交を試みます。朝貢はするけども冊封は受けないという態度を取るんです。中国は超大国で力があるため、いいものは取り入れるけれどものみ込まれないようにするための立ち位置を一生懸命築いてきたのが、日本と中国との関係史なんです。
冊封体制に組み込まれて中国の属国になった国々は中国の軍事力で守られますから、軍事面も、経済面も文化面もおんぶに抱っこになる。居心地はいいけども国としての足腰は弱っていきます。中国と深くつき合った国ほど早く滅びてきたというのが歴史の事実です。
中国は敬して遠ざけよ、と竹田先生はおっしゃっていますが。
竹田:中国とのつき合い方は、歴史を見ればやはり変わっていないんです。利用できるところは利用し、取り入れるところは取り入れるにしても火の粉をかぶらないよう細心の注意を払う、というつき合い方でしょう。政策としての日中友好という時代はもう終わっていると思います。別に喧嘩を売る必要はないですから、敬して、いい感じの距離感を保っておくのが政治的には必要だと思います。産業的にも、人件費が安かった時代は世界の工場としての役割を担ったでしょうが、中国の労働人口は2016年から減少しますから人件費はこの先上がることはあっても下がることはありません。市場としてはともかく、モノ作りの拠点としては既に色あせてきている。中国の経済成長にあやかって稼ぐというのは魅力的でしょうけど、むしろ中国経済の発展が日本にとって脅威になるという面も考える必要があります。
日本人の「気質」が2度の奇跡を生んだ
竹田:震災の次の年の正月でしたが、テレビで企業トップの方が年頭所感を述べる企画がありますよね。その時、シャープのトップの方が「うちは円高対策で工場の海外移転はもう終わっているので平気です」ということを言っておられた。それを聞いて、大丈夫なのかなとすごく違和感がありました。
その次にトヨタのトップの方が出てきて、私たちはこれから国内生産、国内販売に力を入れて、震災でダメージを受けた日本経済を牽引しますということを言ったんですね。
その後、円高は修正基調になりましたし、シャープは苦境が続いています。
竹田:円高だとか人件費が安いとかで工場を右や左に動かして上手に経営してるつもりになっても、そこに日本の強みなんかないですよ。
戦後、世の中の意識がずっと欧米化や効率化という方向に行っていたために、その裏で価値があるのに意識されなくなってしまったものがたくさんあると思うんですね。その1つが日本人の精神的な気質だと思います。日本人や日本企業がいったんそうした気質を発揮すると、素晴らしいものを生み出す原動力になるはずなんです。
イラク戦争開戦直前の2003年に、ヨルダンからイラクへ向かう砂漠の中の高速道路を車で走りましたが、イラクに入ったとたんにものすごくいい道になりました。それは80年代に日本の商社がODA(政府開発援助)で建設を手がけた道路でした。海外の人から見ても日本人が作る道路や橋は手抜きしない、立派だという評価なんです。
あるいは中央アジアの国、ウズベキスタンの首都タシュケントにナヴォイ劇場という立派な劇場があります。これは第2次大戦末期に、シベリアで抑留されて連行されてきた約500人の日本人の強制労働によって建設されたものです。抑留されて強制労働なんて手抜きするのが普通だと思うんですけども、むしろそこで日本人の意地を見せてやるという感じで、実に完璧な仕事をしているんですね。1966年にタシュケントで大地震が起き、市内のおよそ3分の2の建物が倒壊した時もこの劇場は全く無傷で、市民から称賛されたそうです。
手抜きをしないモノ作りの気質が日本の競争力の源泉であると。
竹田:単にお金のことや自分のことだけを考えていたら、まあこの程度の仕事でいいかとなると思うんですが、そういう損得じゃないんですね。日本人の原点をなす価値観の1つだと思いますが、日本人にとって働くということは幸せであり喜びなんです。一方、欧米では労働というのは人間の「原罪」に対する償いであり、神から与えられた罰なんですね。だから70歳や80歳を過ぎてまだ第一線で仕事をしている人は、日本では羨ましがられるけれど、欧米では気の毒がられる。
確かにそういう面はありますね。
竹田:過去、日本は2度の奇跡を起こしているんです。1度目は幕末維新から大正時代にかけて、日本は世界の5大国の1つにのし上がったわけです。それまで、江戸時代を通じてほとんど経済成長がなかったのが、開国させられたのを逆手に取って富国強兵、強い国になると目標を定めてその通りになった。それまで列強の国とそれ以外の国々は分厚い壁で隔てられていて、列強は昔からずっと列強。それ以外の国が列強に加わった例というのは近現代では日本だけです。
その後、第2次大戦で日本は負けて、多大な犠牲を払い、もう終わったと言われた。ところがその後20年ぐらいの間に帰り咲いて再び大国に上り詰める。1度ならず2度もなぜできたかというと、これはただ頑張ってできることじゃないですよ。日本人の働くということに対する姿勢、精神的気質がそうさせているのです。これさえ失わなければ、どんな荒波が来ても必ず乗り越えていけるはずなんです。
長寿企業が異様に多いのは“安全・安定”な社会ゆえ
日本人の気質の話で思い出しましたが、長寿企業が海外に比べて異様に多いというのも日本の特徴ですね。創業数百年の企業が何百社とあります。
竹田:長寿企業が世界一多いと言いますよね。それは社会が安定しているからですね。戦争に明け暮れるような国だと企業活動など続いていかないですから。先の大戦は別にして、教科書に出てくる「何とかの合戦」とか「何とかの戦い」というのは、基本的には職業軍人だけの戦いで、一般市民を巻き込むようなものではなかったんです。
応仁の乱では京都の町が焼けてしまいましたが。
竹田:応仁の乱では結果的には焼けたんですが、別に市民を殺すためのものではなかったんです。むしろ応仁の乱の教訓を踏まえて、関ヶ原の合戦はわざわざ平原でやっています。鳥羽伏見の戦いだって流れ弾に当たった住民はいたかもしれませんが、基本的に日本では住民を片っ端から殺戮していくような戦いはほとんど経験していない。
関ヶ原の戦いでは、近隣の農民たちが弁当を持って山の上から見物していたという有名な話もありますね。
竹田:そうなんです。壇ノ浦の戦いでも民間人の犠牲は出ていませんし。企業が長く続くというのは戦争のない、安定した社会が長かったということでしょう。世界の歴史は戦争、特に宗教戦争の歴史です。異教徒を次々と殺していくような戦いは何百年も遺恨を残したりしています。一方で日本は民間人を巻き込むような戦争がなく、社会が安定していたからこそ国が2000年以上も続いてきた。企業が安定して仕事をするためには何よりも社会の安定が必要です。安定した社会なんて、普段からそうだと特に価値も感じないし、安心安全なんて当たり前で面白味もないですけど、そうした社会があるからこそ商売ができるわけで。
ちなみに、ビジネスマンの方が伊勢神宮に行かれるとだいたい商売繁盛をお願いされるんですが、本来はそうした場所ではないんですよ。伊勢神宮というのは天皇が天照大神に国民の幸せを祈るところであって、本来は国民が参拝するような趣旨の場所ではないんです。じゃあ私たちがそこで何をすればいいかというと、守っていただいていることへの感謝を申し上げる。もし何かお願いするとしたら、祈ってくださっている陛下のご健康を祈るとか、日本という国があることへの感謝を述べるとかが神宮参拝の趣旨だと思います。
普通の神社ではお願いしてもいいんですよね。
竹田:地元に根づいた普通の神社ではいいんですが、神宮は趣旨が違うんです。ただ、商売繁盛のお祈りは禁止ですよと言うとかえって感謝されることもあります。初めて神社参拝で自分の利益を祈らなかったが、あんなに清々しい気持ちは初めてだったと。しかもあれ以来会社の売り上げも伸びたと(笑)。ガツガツ利益を求めるより、心の底から感謝の念を抱いた時にいい仕事ができる、ということもあるようですね。
「一見非効率」が実は日本の強み
竹田:欧米式の経営というのは効率を徹底的に追求しますけど、日本的経営の本当の強みというのは、目先の効率を超えたところにあるんだと思います。
伝統的な日本企業の労使関係は、家族のようなつながりがあります。例えば、新卒の一括採用なんてやっているのは世界でも日本と韓国だけです。なんで韓国がやっているかというと、日本の統治時代に始まった習慣が残っているだけなんですけども。
新卒一括採用というのは、家族を新しく迎え入れるといった感覚です。採用する側は一生面倒を見る、就職する側も一生お世話になるという前提で。もちろんあくまで前提ですからそうならない場合もありますが。そんなやり方は古臭くて非効率に見えますよね。ところが、実は目先の利益や効率を追求したがために膨大な非効率を生んでしまうこともあるんです。
例えばアメリカの上場企業の年間の転職率は30%を超えています。一方、日本の上場企業の転職率は3%以下です。 つまりアメリカの企業は社員が1万人いたら、3000人は1年以内に入社したばかりの人。別の3000人は1年以内に辞めていくであろう人。実質的にしっかり稼働していると言えるのは1万人のうち4000人しかいないわけです。一方、日本企業は1万人中9400人が実質稼働している計算になる。
計算上はそうなりますね。
竹田:労働に対する価値観の違いも先ほど話に出ましたが、例えば欧米のレストランに行くと店員の仕事の担当が細かく分かれていて、ワインのお代わりとかお会計とか頼むと、私の担当ではないと言われます。決められたことをちゃんとやるのが正しくてそれ以上やってはいけないし、他人の仕事を奪ってしまうことにもなりかねない。だけど日本のレストランではそんなことはありませんね。仮に担当でなくてもやりますよね。言われたことしかやらない社会と、言われた以上の仕事をやり続ける日本の社会は、まるっきり違うわけです。
こういう日本的なものの考え方や価値観は日本企業の特色になっていますし、欧米の経営手法を取り入れようとする企業はたくさんありますけど、世界基準に合わせるのが必ずしもすべてではない。いいものはもちろん取り入れればいいけれども、日本企業が本来持っている宝があるのだから、育んで強みにしていけばいいと思います。
仕事ができる人というのはどういう人かと考えてみると、自尊心のある人というのが典型だと思うんですよ。日本人は敗戦後、民族としての自尊心を失ってしまいました。占領時代に受けた教育の影響が大きく、しかも一度出来上がった空気はなかなか変わらないですから。にもかかわらず、これだけ豊かで安定した社会を築いているわけですから、将来もし日本人が誇りを取り戻すことができたら、もっと大きく成長できる伸びしろがあるでしょうね。日本が一番力を発揮できる条件というのは、長い目で見ればそこにあると思います。
このコラムについて
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
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