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「自分から勉強できる子」に育てることは可能か?
ビッグデータ分析によるeラーニング革命
2013年10月7日(月) 田中 知美
近年、アメリカやイギリスをはじめとする先進国で、大学のコースを無償でオンライン上に提供する動きが始まり、eラーニングが大きなブームを迎えている。3大オンライン講座と言われるコーセラ(coursera)、エデックス(edX)、ユーダシティー(Udacity)の利用者は、それぞれ400万人、100万人、75万人にのぼる。日本でも東京大学と京都大学がそれぞれコーセラとエデックスに参加し講義を無料提供し始めることが決まり、注目されている。
大学生・成人を対象としたeラーニングが世界的に注目を浴びる一方、日本では、小学生・中学生・高校生を対象としたeラーニング学習塾が急速に発達している。従来の学習塾に比べ、eラーニング学習塾には以下のような利点がある。
課題は、いかに自己管理を促すか
第1に、それぞれの生徒の理解度にあわせたレベルで学習指導ができるため、理解が遅れている生徒も気後れすることなく学習に取り組める。4年生の生徒が2年生の算数からつまずいていたとしても、従来の集団指導型の塾では、その生徒だけ2年生の教材に戻って指導することは難しかった。
第2に、学習時間と学習場所に自由度があり、自宅からオンラインの教材にアクセスして学習することができる。したがってやる気のある生徒は自宅での学習時間を増やし、どんどん先に進んでより難しい課題に取り組むことができる。
第3に、個々の生徒の学習行動や成績のデータがすぐ得られるため、教師はつまずいている生徒に早期に気づくことができ、それらの生徒に対するタイムリーな個別指導が可能となる。第4に、個々の生徒の学習行動や成績のデータを分析することで教材の内容が改良でき、個々の生徒のレベルに教材の難易度を自動調整することも可能である。これら数々の利点がある一方、生徒の自主性にその利用が大きく左右されるeラーニング学習塾は、自己管理が難しい生徒や学習意欲のない生徒に対していかに学習するよう促すかという点で、大きな課題をもつ。
筆者は、小中高生向けオンライン学習教材「すらら」を運営するすららネットと計量経済学を専門分野とする東京大学の萱場豊氏とともに、生徒の学習行動や成績のデータを分析する「ビッグデータ分析研究プロジェクト」を立ち上げた。すららネットは各生徒ごとにカスタマイズされた学習内容を自動的に提供する「アダプティブ・ラーニング」で既に特許を取っている、最先端のオンライン学習教材サービスである。
この研究プロジェクトでは、オンライン学習教材「すらら」を利用する生徒の日々蓄積される膨大な学習履歴情報のログデータから、生徒の学習行動を詳細に分析し、成績が伸びる生徒と伸び悩む生徒の学習行動の差を明らかにする。伸び悩む生徒の学習行動のパターンを把握した上で、その行動を修正し成績向上に導くようなサポートシステムの構築を目指す。また、生徒に学習時間の自己管理をいかに促すことができるか、学習の習慣性をいかに身につけさせるかについて研究する。
行動経済学では、自己管理(self control)、意欲(incentives)、習慣性(habit formation)について様々な研究がなされてきた。行動経済学においては、自己管理(self control)問題は、一般的に時間割引率(time discounting)から生じる問題として議論される。時間割引率が高いほど現在を重視した行動をとるため、目先の欲求(遊び、お菓子等)が、努力を要する行動(学習等)より優先されがちになる。
4歳時点の自己管理能力が、その後の人生を左右
子供の時に自己管理の態度を身につけられるかどうかがその後の人生に大きく影響することは、1972年に米スタンフォード大学のウォルター・ミシェル氏が4歳の子供達を被験者にしたいわゆる「マシュマロ実験」とその追跡調査で明らかにされている。72年の最初の実験では、子供達は個室に入れられ、それぞれの子供の一番お気に入りのお菓子(マシュマロ、クッキーあるいはプレッツェル)が机の上に置かれた。子供達はそのお菓子をすぐに食べることもできるが、もし15分間食べずに我慢すれば、ご褒美に2倍のお菓子が与えられた。その後行われた追跡調査の結果、子供の時にお菓子に手を出さずに15分我慢できた人達は、大学進学適性試験(SAT)の点数が高く、両親から優秀で自己管理ができる人間だと高く評価されていることが明らかになった。
また、コーネル大学のB.J.キャセイ氏らがfMRIを用い、40歳代になった「マシュマロ実験」の被験者の脳活動を計測した結果、子供の時にすぐにお菓子に手を出さずに我慢できた人と我慢ができなかった人では、腹側線条体(Ventral striatum)と前頭前皮質(Prefrontal cortex)の活動に明らかに差異があることが分かった。
こうして、子供の時に待てずにお菓子に手を出した人は短期的報酬に反応する腹側線条体が過剰に活発で、子供の時にお菓子を我慢して待つことができた人は、短期的な満足感を犠牲にして長期的に満足のいく結果を得るための行動を制御する前頭前皮質が活発に活動することが明らかになった。
マシュマロ実験とその後の追跡調査の結果から、子供の時に培った自制心・自己管理能力は、その後の将来に大きく影響することが明らかにされた。しかしながら、自制心・自己管理能力は果たして学習によって身につけることができるのか、もしできるのならば、どのような方法で身につけさせることができるのかは、いまだ研究課題として残されている。その理由の1つは、長期間にわたって子供の自制心や自己管理能力に影響を与えるようなプログラムを実行することは難しく、またその成果を長期的に測定することも大変困難なことにある。
すららネットは、生徒の学習行動をログデータとして長期間保存し、定期的にテストを行うことで学習の効果も測定している。このような詳細な学習・学力データをもっている組織は世界的にも稀である。
では、どのようにして生徒に自己管理能力を身につけされることができるのだろうか。すららネットは今までの指導経験から、学習時間と成績には強い正の相関関係があると考え、学習時間に最も注目し、学習時間を競うコンテストを行ってきた。成績ではなく学習時間を競うコンテストにすれば、成績のよくない生徒にも積極的な参加を促すことができる。それが、成績ではなく学習時間を競わせる利点の1つでもある。
一時的なインセンティブで習慣性は身に付くのか?
本研究では、実際に学習時間と成績に関連があるのか、また学習時間の増加がどれくらい成績向上に寄与するのか、またどのような学習方法を選んでいる生徒は成績向上に成功しているのかを、ログデータを分析することで明らかにするとともに、学習時間コンテストの参加による一時的な学習時間の増加によって、学習の習慣性(habit formation)が身に付くのか、つまり、コンテストの後も学習の習慣を継続できるのかを明らかにする。
近年、行動経済学者は、様々な分野で習慣性(habit formation)の研究を行ってきた。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のギャリー・チャーネス氏とカリフォルニア大学サンディエゴ校のウリ・グニージー氏や、カリフォルニア大学バークレー校のダン・アクランド氏と米ハーバード大学のマシュー・レヴィ氏が行った研究によると、一定期間金銭的なインセンティブをもらってジムに通った人は、ジムに行く習慣を短期間は持続できるが、その習慣を長期的に継続することはできないことがわかっている。
筆者がホームレスシェルターで行った貯蓄実験でも、貯蓄コンテストに参加したホームレスの人達は短期的に貯蓄率を増やすことはできたが、その習慣を長期的に持続することはできなかった。このように、努力を要する習慣は長期的に継続することが大変困難であることが、既存の行動経済学の実験結果で明らかにされている。学習時間コンテスト期間中の学習時間の増加が、その後の学習の習慣形成に結びつく、そしてそれが学力向上につながるとの結果が出れば、世界中の子供の成績向上のために大変重要な政策提言が出来ると考えられる。また行動経済学の実証研究に大きく貢献する。
行動経済学者は自己管理における計画の有効性も議論してきた。すららネットでは先生が生徒一人ひとりのために毎日学習計画を立てる。計画の立て方によってどう学習行動や学習時間が影響されるのか解明することは、子供達の成績向上のメカニズムを解明するための重要な一歩となる。
米コーネル大学のテッド・オドノヒュー氏とカリフォルニア大学バークレー校のマシュー・ラビン氏は先延ばしの行動を理論化し、大きな課題を達成しようとするとすべてを先延ばしにして結局何も達成できなくなるので、小さな課題のみを与えた方がいいと提案している。課題の大きさ、難易度が違うと目標達成にどのような影響ができるのかを実証研究として明らかにすることは、大変意義があるだろう。
学習時間を増やさせ、学習の習慣を持続させるためには、教材のコンテンツの面白さと、意欲を向上させるメカニズムのデザインが鍵となる。すららネットは、教育に「ゲーミフィケーション」を導入したことでも注目されている。生徒は、小さな課題をクリアする度に「クリアユニット」を手に入れ、勉強時間のコンテストの他にも、クリアユニット数を競うコンテストも開催されている。コンテストが意欲を向上させるのに大変有効であることは、様々な行動経済学の研究で明らかにされてきた。
成人女性はコンテスト参加を避ける傾向
しかしながら、スタンフォード大学のムリエル・ニーデルレ氏とピッツバーグ大学のリス・ヴェスターランド氏が大学生に対して行った実験結果からは、女性はコンテストの参加を避ける傾向にあることが明らかにされている。その理由は、男性と比べて女性は自信がないことが挙げられる。このコンテストに対する男女の態度の違いは、子供の時から存在するのか、あるいはある程度の年齢になってから発達するものなのかは、既存の研究で明らかになっていない。
また、成績等の能力を競うコンテストと、能力ではなく努力を競うコンテスト(例えば勉強時間コンテスト)では、競争に対する態度が違うのかどうかも明らかになっていない。すららネットを利用する生徒は主に中学生、高校生なので、本研究では、既存の研究では明らかにできなかった10代の発達時期における男女間の競争への態度の違いの解明が期待できる。
行動経済学・脳神経経済学では、好奇心と記憶の関係についても実験研究をしてきた。米カリフォルニア工科大学のミン・ジョン・カン氏らの実験によると、好奇心を持っている話題について自分の答えが間違っていた場合は、答えが合っていた場合よりもかえって学習や記憶を司る脳の部位が、より活発になることが明らかにされた。
さらに好奇心が強い人ほど、答えを間違えた問題の正しい答えを長期間に渡って覚えていることも明らかにされた。これらの実験から、生徒が答えを間違えた時は、それは正しい答えを長期的な記憶として残すチャンスであること、そして好奇心を持たせることが、正しい答えを長期間記憶させるうえで重要な役割を果たすことが分かった。これらの研究成果を参考に、生徒にどう好奇心を持たせるか、また問題を間違えた時に正しい答えをどうやって長期的な記憶として保存させることができるか、その学習メカニズムを研究することは大変重要な課題である。
世界銀行や国連を始めとする国際機関も、途上国における劣悪な学校教育問題の解決策として、eラーニングに注目している。しかしながら、教師のトレーニングなどの問題もあり、効率的な利用方法はいまだ模索中だ。本研究は、日本の子供達の学力向上だけではなく、世界中の子供達の学力向上に貢献する教育システムを構築することに貢献できる、大きな可能性を持っている重要な研究だと思っている。
このコラムについて
最前線! 行動する行動経済学
どんどん進化する行動経済学。米国の大学院の教員を辞め、バングラディシュなどの女性に雇用を創るため起業した経済学者の田中知美さんが、行動経済学を生かした教育支援、貧困層の自立支援などについて最前線の話題を提供します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20131002/254110/?ST=print
現代日本の教育と社会問題
http://okwave.jp/qa/q2958681.html
http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/kyouikukaikaku/mondai.html
日本の教育が直面している問題点
これまでの日本の戦後教育が機会均等の理念を実現し、国民の教育水準を高め、社会・経済発展の原動力になってきたなどの点は評価できる。
しかし、1980年前後を境にして、日本は経済的な豊かさを達成し、国民の多くが物質的な豊かさを享受できるようになったが、一方で、進学率の上昇や豊かな社会で育った子どもの増加など、子どもと教育をめぐる環境は大きく変化し、社会や経済の発展にともなった、構造的とも言える新たな教育問題を抱えることになった。
特に、近年の社会・経済の変化や子どもをとりまく環境の変化にともなう子ども自身の意識の変化に、現在の教育は十分対応していない。また、今後、日本が本格的な“生涯学習社会”に向かっていくなかでの、新しい時代を担う人材の育成や学びの場の拡大・多様化等を進めていく観点から見た場合の問題点も、次のとおり指摘できる。
家庭教育と子育て・子育ちの面から見た問題点
母親任せの子育てと家庭の教育機能の低下
子どもの体験不足と社会性の欠如
小・中・高校での学校教育の面から見た問題点
学ぶ意欲や主体性の欠如した子どもの増加
学級崩壊、校内暴力、不登校等の増加
閉鎖的な学校対応と教師の負担増
政府の教育投資の低下と学校施設の老朽化の進展
高等教育と職業教育の面から見た問題点
二極分化と学生の学力低下が進む高等教育機関
高等教育機関での重い学費負担
地域の教育と生涯学習の面から見た問題点
過度の年齢主義による入学・就職システムの弊害
遅れている地域の体制づくり
十分機能していない教育委員会
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