05. 2013年9月14日 11:54:50
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http://www.hgpi.org/report_events.html?article=264 i 経済的要因に起因する自殺への取り組み 2013年9月 特定非営利活動法人 日本医療政策機構 i 日本医療政策機構について 日本医療政策機構(HGPI)は 2004 年の設立当初より、市民主体の医療政策を実現すべく、独立のシ ンクタンクとして、それまで行われていなかった幅広いステークホルダーの結集を実現し、社会に新し い政策議論の場を提供してきた。多様な価値観を尊重し、グローバル社会における個人の責任ある行動 に基づく、持続可能でより豊かな社会を実現するために、新しいアイデアや価値観を提供し、グローバ ルな視点で社会にインパクトを与え、変革を促す原動力となることを目指している。HGPI は特定の政党、団体の立場にとらわれず、独立性を堅持するという行動指針に基づき、将来を見据えた幅広い観点から、政策に関心を持つ市民に選択肢を提示し、調査分析のみならず他分野のステークホルダーを終結し、創造性に富み実現可能な解決策を示すべく活動している。 ii 日本医療政策機構 経済的要因に起因する自殺への取り組み 目次 1. 序論 .......................................................................................................................................................................1 2. 日本の自殺の現状 ...............................................................................................................................................1 2−1.男性の自殺者数は女性の倍以上 ........................................................................................................... 1 2−2.中高年男性と若年層の自殺増加 ........................................................................................................... 2 3. 自殺の危機要因 ...................................................................................................................................................4 3−1.日本における経済危機による失業・就職難と自殺の関連性 ........................................................... 4 3−2.海外における経済危機による失業、就職難と自殺の関連性 ........................................................... 6 3−2−1. スペイン、英国、米国の状況 〜 高い失業率と低い自殺率 (日本との比較)〜 .............6 3−2−2. スウェーデンの状況:失業率が増えても自殺率は減少 ...........................................................7 3−3.経済・生活問題を取り巻く多様な危機要因 ....................................................................................... 9 4. 日本の自殺対策の実態 .....................................................................................................................................11 4−1. 国レベルの総合的な自殺対策 .............................................................................................................. 12 4−2. 失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者の自殺に対する自殺対策 .................................. 12 4−3. 日本の各地域での自殺対策活動の例 .................................................................................................. 14 4−3−1. 秋田こころのネットワーク(秋田県).....................................................................................14 4−3−2.つなぐシートとパーソナル・サポーター(東京都足立区) ................................................16 4−4−3. 事例からわかること ....................................................................................................................18 5.まとめおよび提言 ............................................................................................................................................18 5−1.ゲートキーパー、パーソナル・サポーター育成と官民連携体制の促進で多面的アプローチを ............................................................................................................................................................................. 18 5−2. 職業支援窓口とその他の多様な相談窓口の連携を .......................................................................... 19 5−3.相談の窓口の拡充を ............................................................................................................................. 19 5−4.具体的取り組みの調査・評価を ......................................................................................................... 20 5−5.データの収集・分析による各地域でのきめ細かい対応を ............................................................. 20 6.引用文献 ............................................................................................................................................................211 1. 序論 日本の自殺者数は、1998年に前年より8,472人増加し3万2,863人となり1、その後、2011年まで14年連続で3万人を超えていた。2012年の日本の自殺者数は2万7,858人2と1997年以来15年ぶりに3万人を下回ったものの、異常な事態は続いている。 1990年以降の主要国における人口10万人当たりの自殺率の推移を見ると、日本は常に高い自殺率3を示している(図1)4。1998年以降に増加した自殺者数は、金融危機の影響による中高年の男性の失業者が多くを占め、近年では、就職に失敗した若者の自殺者数も増加している。本レポートでは1998年以降の金融危機による経済的苦境やそれに付随する社会的要因による増加に焦点をあて、まず、日本人の自殺者統計と動機・原因について海外の事例と比較しながら述べる。その後、海外の自殺対策に貢献でき得る社会政策の例、また近年活動が活発になりつつある日本の各地域での対策事例を参考に、日本での自殺対策の取り組みについてまとめる。 資料: OECD Health Data 2013 - Frequently Requested Dataに基づき日本医療政策機構作成 2. 日本の自殺の現状 2−1.男性の自殺者数は女性の倍以上 日本の自殺者数は金融危機直後の1998年から急増し、2011年まで14年連続で3万人を超えてきた(図2)5。自殺者数を男女別にみると、1997年まで男性は女性の1.65〜2倍程度で推移しており、1998年から2012年まで、男性の自殺者数は常に女性の2倍以上、時には2.5倍以上を示している。 1 内閣府, 平成25年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30日アクセス)2 内閣府 自殺対策推進室・警察庁 生活安全局生活企画課, 平成24年中における自殺の状況, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/h24.html, 2013年 3月14日(2013年8月22日アクセス)3 自殺率とは一般に人口10万人当たりの数を示す。 4 OECD統計, OECD Health Data 2013 - Frequently Requested Data,http://www.oecd.org/els/health-systems/oecdhealthdata2013-frequentlyrequesteddata.htm, 2013年6月 (2013年8月2日アクセス). 米国・英国・ギリシャは2010年までの統計。英国は2000年の統計がOECD統計にはない。 5 内閣府 自殺対策推進室・警察庁 生活安全局生活企画課, 平成24年中における自殺の状況, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/h24.html, 2013 2 資料:平成25年版 自殺対策白書
2−2.中高年男性と若年層の自殺増加 1998年から2012年の男女別年代別の自殺者数の推移(図3-1、3-2)6を見ると、金融危機直後の1998年に各年齢層男女共に増加しているが、特に40代後半から60代前半の男性が急増したことが分かる。40代後半から60代前半の男性中高年男性は1998年の急増後、2003年までその自殺者数で高止まりし、その後減少している。1998年の値を100とした年齢階級別の自殺率推移(図4)7によると、50代の人口の自殺率は1998年以降、減少傾向を示し、2011年の時点では1998年よりも低かった。一方、若者の自殺率は増加している。1998年以降の自殺率の増加幅は20代が最も大きく、次いで30代が大きい。また2012年の15〜34歳の年齢階級別人口10万人対死亡者数を国際比較すると、死因の第1位が自殺であったのは先進7か国間では日本のみであった(表1)8。なお、日本と同様、死因の第1位が自殺であった国には韓国があげられている9。このように、中高年男性の自殺者数は1998年の急増後高止まり、あるいは減少しているものの、全体におけるその数は依然として大きい。さらに、若年層の自殺率は2002年以降増加の一途をたどっており、中高年男性と並び大きな問題となっている。 年 3月14日(2013年8月30日アクセス)6 内閣府, 平成24年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2012/pdf/, 2013 (2013年8月30日アクセス)7 内閣府, 平成24年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2012/pdf/, 2012(2013年8月30日アクセス)8 内閣府, 平成25年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30日アクセス)9 韓国の自殺率は過去10年で急増、高齢者の自殺率が最も高い(藤原 夏人, 韓国の自殺予防法, 外国の立法250, 2011年12月)3 注)2006年までは「60歳以上」だが、2007年の自殺統計原票改正以降は「60〜69歳」「70〜79歳」「80歳以上」に細分化された。資料:内閣府 平成24年版 自殺対策白書 4 注)2006年までは「60歳以上」だが、2007年の自殺統計原票改正以降は「60〜69歳」「70〜79歳」「80歳以上」に細分化された。 資料:内閣府 平成24年版 自殺対策白書 表1. 先進7か国と韓国の15〜34歳に おける総死亡者数および人口10万人対死亡率(死因の上位3位) 3. 自殺の危機要因 3−1.日本における経済危機による失業・就職難と自殺の関連性 前述の中高年男性と若者の自殺の主な原因・動機は何であろうか。まず総人口あたりの原因・動機別自殺者数の推移を見ると(図5)、健康問題が1位、経済生活問題が2位であり、1998年の金融危機後に両方とも増加したことが分かる10。 10 内閣府, 平成25年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30日アクセス)5 中高年男性と失業 1998年は特に3月決算期前後の倒産・失業の増加と並行して中高年男性自殺者数が急増しており、中高年男性の自殺は倒産やリストラによる失業によるものという見方が強い11。経済・生活問題を原因・動機とする自殺者数は、2009年以降は全体としては減少している(図5)12が、依然として中高年の男性にとって主な原因・動機となっている。2012年の中高年男性自殺者のうち、40代では1,138人が経済・生活問題、1,211人が健康問題、50代では1,264人が経済・生活問題、1,200人が健康問題を主な要因として抱えており、どちらの年代も健康問題あるいは経済・生活問題が自殺の主な原因の1位、2位を占めている13。 20代、30代の若者と就職失敗 2007年9月のリーマンショック以降、2008年1年間に自殺した32,249人の内、30代の自殺者数は4,850人であり、統計を取り始めた1978年以降最多となったことが分かっている14。また内閣府によれば20代の自殺に多い原因・動機は「経済・生活問題」のうち、「就職失敗」が特に多く、原因・動機が「就職失敗」による20歳代自殺者数は2007年以降、増加している15。以上の事から、20代、30代ともに、景気悪化の影響が背景にあると見られる。 注)2007年に自殺統計原票を改正し、遺書等の自殺を裏付ける資料により明らかに推定できる原因・動機を自殺者一人につき3つまで計上することとしたため、原因・動機特定者の原因・動機別の和と原因・動機特定者数とは一致しない。 資料:内閣府 平成25年版、自殺対策白書 このように、中高年男性は1998年の経済危機による失業、若者は2007年のリーマンショックの影響による就職難というように経済・生活問題が自殺の背景にあると考えられる。 11 澤田 康幸, 崔 允 禎, 菅野 早紀, 不況・失業と自殺の関係についての一考察, 特集 失業研究の今, No. 598, http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2010/05/pdf/058-066.pdf, 2010年 (2013年8 月13日アクセス)12 内閣府, 平成25年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8 月30日アクセス)13 内閣府, 平成25年版 自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8 月30日アクセス)14 警察庁生活安全局生活安全企画課, 平成20年中における自殺の概要資料,http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki81/210514_H20jisatsunogaiyou.pdf, 2009年5月 (2013年8月13日アクセス)15 内閣府, 平成25年版自殺対策白書, 特集 自殺統計の分析, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30日アクセス)6 3−2.海外における経済危機による失業、就職難と自殺の関連性 3−2−1. スペイン、英国、米国の状況 〜 高い失業率と低い自殺率 (日本との比較)〜 ここまで、日本社会における経済・生活問題を原因とした自殺者の増加について述べた。ここでは海外の先進国における経済・生活問題と自殺の関係について述べる。不況が引き起こす解雇や就職難に起因する自殺は諸外国でもある一定数存在する。 スペイン、英国、米国、日本の失業率推移(図6)16をみると、失業率の上昇は特にリーマンショック以降顕著である。しかし、スペイン、英国、米国では、日本に比べ、低い自殺率を保っている。スペインでは総人口失業率が2007年の8.28%から2010年には20%を超え、2012年は25%17であったのにも関わらず、自殺者数は若干の増加傾向を示したものの、人口10万人当たりの自殺率は2007年から2010年の間では6.7、7、6.9、6.318と一定の推移であり、日本の自殺率の3分の1にとどまっている。英国の失業率は2007年の5.4%から徐々に増加し2012年は8.02%であった19。人口10万人当たりの自殺率は2007年から2010年まで、6.3から6.7と若干の増加傾向はあるものの、スペイン同様、日本の約3分の1である。米国では、失業率は2007年の4.62%から2009年の9.28%へと増加、2012年は8.06%(推計値)であった20。人口10万人当たりの自殺率は増加しているものの、一部(テネシー州)を除き、増加幅は2〜3となっている21。経済的な状況の悪化でも日本ほど自殺率の急増はみられない。 一方、日本の失業率はというと、1997年の3.38%以降若干上昇したが、いずれの年も5%前後を維持しており、2012年は4.35%であった22。このように日本の失業率は、ヨーロッパ諸国の失業率と比べ、比較的低く抑えられている23。ここで注意しておきたいことは、日本の失業率は、諸外国よりも低い値であるものの、失業者以外に、「その他の無職者」(主婦及び年金生活者を除く)が大勢おり、実質的な失業率はもっと高いということである24。2012年における職業別自殺者数の構成を見ると、失業者が全体の5%を占めているのに対し、主婦や年金生活者を除く「その他の無職者」25が第1位で全体の24.9%を占める26。 16 International Monetary Fund - World Economic Outlook Databases, http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2013/01/weodata/index.aspx, 2013年4月版, (2013年8月30日アクセス)17 International Monetary Fund (IMF), 統計データ, http://www.imf.org/external/data.htm, 2013 (2013年8月13日アクセス)18 OECD統計, OECD Health Data 2013 - Frequently Requested Data,http://www.oecd.org/els/health-systems/oecdhealthdata2013-frequentlyrequesteddata.htm, 2013年6月 (2013年8月2日アクセス)19 2007年の5.40%から2008年の5.56%、2009年の7.46%へと増加、2012年は8.02%、2013年現在も7.83%(推定値)。International Monetary Fund (IMF), 統計データ, http://www.imf.org/external/data.htm, 2013 (2013年8月13日アクセス)20 International Monetary Fund (IMF), 統計データ, http://www.imf.org/external/data.htm, 2013 (2013年8月13日アクセス)21 岡田 尊司、働き盛りがなぜ死を選ぶのか -<デフレ自殺>への処方箋-, 株式会社角川書店, 201122 International Monetary Fund - World Economic Outlook Databases, http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2013/01/weodata/index.aspx, 2013年4月版, (2013年8月30日アクセス)23 ここでいう失業率は完全失業率を指す。2012年の完全失業率は285万人、それに対し、非労働人口は4534万人、ちなみに就業者は6283万人であった(総務省統計局, 労働力調査に関するQ&A(回答)http://www.stat.go.jp/data/roudou/qa-1.htm, 2013年3月 (2013年8月30日アクセス))。 24 政府機関が示す「完全失業率」は、「ハローワークから失業給付金を受けている人、失業給付金の受給期間が過ぎても、ハローワークに求職票を提出して仕事を探しに行っている人をカウントした数値」のことである。ハローワークに通っても仕事にありつけない人たちがあふれている中で、実際にはかなりの人たちがハローワークに行っていない状況を考慮すると、完全失業率の実態は公表されている数値よりもかなり大きいと推測される (全国地域人権運動総連合, 失業率これからどうなる, http://zjr.sakura.ne.jp/?p=508, 2009 [2013年8月29日アクセス].)。一方総務省統計局によると、完全失業者はハローワーク登録者以外のその他の求職者も含まれ、失業率が諸外国よりも低く出ていることはないとしている [総務統計局, 労働力調査に関するQ&A(回答)http://www.stat.go.jp/data/roudou/qa-1.htm, 2013年3月 (2013年8月30日アクセス).]。 25 2012年における職業別自殺者数の26.6%を被雇用者が占めているが、この中には、非正規労働者も含まれており、仕事はしているが、給料や待遇が悪い、労働時間が少ないなどの理由から、充分な収入を得る事が出来ず、生活苦を強いられていること可能性を示している。失業者に加え、非正規労働者や長期的に無職にある状態の人々が経済問題、生活苦を一つの要因として自殺に追い込まれているとみられる。 26 内閣府, 平成25年版自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30アクセス)7 資料:IMF - World Economic Outlook Databasesに基づき日本医療政策機構作成 3−2−2. スウェーデンの状況:失業率が増えても自殺率は減少 スウェーデンでは1990年代から経済状況が厳しくなり失業率が上がったが、自殺率は減少傾向にある。失業率は1990年の1.73%、1992年の5.55%、1994年の9.37%と上昇、一時減少し2001年には4.89%となったが、それ以降再び上昇し2010年には8.56%まで達した(図7)27。一方、人口10万人当たりの自殺率は1990年の16.9から2010年の11.7常に減少してきた(図8)28。では、その背景にはどのような対策や社会的政策があるのだろうか。 (図7)資料:IMF - World Economic Outlook Databasesに基づき日本医療政策機構作成 (図8)資料: OECD Health Data 2013 - Frequently Requested Dataに基づき日本医療政策機構作成 27 2007年の5.40%から2008年の5.56%、2009年の7.46%へと増加、2012年は8.02%、2013年現在も7.83%(推定値)。International Monetary Fund (IMF), 統計データ, http://www.imf.org/external/data.htm, 2013 (2013年8月13日アクセス)28 OECD統計, OECD Health Data 2013 - Frequently Requested Data,http://www.oecd.org/els/health-systems/oecdhealthdata2013-frequentlyrequesteddata.htm, 2013年6月 (2013年8月2日アクセス) スウェーデンでは、1990年前半から国家的自殺対策プロジェクトとして包括的に自殺対策に力を 8 入れてきた。スウェーデンでは早くから予防医学が支持されており、様々な疾病に対する予防対策の理念が国の政策及び国民に根強く行き渡っている。そのため、自殺に関しても、個人を取り囲む環境要因に働きかけ、未然に防ぐよう取組みを行ってきた。その基本モデルとして、1)自殺予防のために心理・教育・社会的な対策による一般自殺予防、2)うつ病治療や自殺リスクが高いと認識された者へのケアなどの間接的自殺予防、3)自殺未遂者(や遺族)に対するケアという直接的自殺予防があり、これらは予防医学の一次、二次、三次予防におおむね対応している29。そして、この基本概念を基に、自殺未遂者へのアウトリーチ型の危機介入を行ったり、学校や職場等多様な状況に対応した自殺対策に過去20年程に渡って取り組んできた。 また、失業者へのセーフティネットや、きめ細かい再雇用促進体制を実施していることが挙げられる。スウェーデンにおける雇用政策として「積極的労働市場政策」がある。この政策では、個々人に応じた支援プログラムにより、就労優先を第一原則とし前職とは違った新たな職種にも就けるよう職種転換訓練の機会を提供している。それと同時に、長期失業者を雇う企業に対して補助金を提供など雇用主への施策も積極的に実施している30。このように、雇用市場のミスマッチに対応するため職業訓練を迅速かつ実効的に雇用につなげている。また「積極的労働市場政策」下で実施されている就職支援プログラムに参加することが、求職活動給付金を受け取ることができる必要条件となっており、その額は300日以降65%に減額される。就労失業給付金の受給開始100日後には、職種と地域を拡大し、就職活動しなくてはならず、再就職のインセンティブが失業者本人に働くように意図された雇用政策となっている。 加えて、スウェーデンにおいては女性の社会参画が進んでおり、夫が失業しても経済的基盤が崩壊することが少ないことも自殺率が低い一つの要因であろう。日本でも女性の社会進出を促進し、家計の安定を実現する社会をつくることが働き盛りの男性の自殺を減らすことへつながると考えられる。 以上、スウェーデンでは、男女社会参画が進んでいること、社会福祉的包括的セーフティネットとしての失業者などの求職者が就労に結びつきやすい雇用制度が背景にあり、経済危機および失業者増加という状況でも自殺は増加していないと考えられる。 一方、日本でも失業者をはじめとする求職者は、ハローワークを通し、職業訓練の及び訓練コースのための給付金を受けられる。しかし、2010年頃よりこの職業訓練が実際の就労と結びつかないことが多く指摘されてきた。例えば、神奈川県東部ハローワーク職業訓練校の就職率は2010〜2012年の間に約90%から約70%に低迷した31。その要因として2つの点があげられる。1点目は、職業訓練として提供されているコースの職種求人が一件もなく、求人のニーズと合っていない。例えば、ある訓練コースではネイルアートのコースが設けられ、人気であったが、その地域ではネイルアートの求人は全くなく、実際の就労につながらないことが指摘された。2点目は、職業訓練は実践経験とは違い、雇用側にとっては即戦力にならない人材であるとの認識が挙げられる。 日本の失業給付金に関しては、金額は通常失業前の給料の50~80%、期間は90~330日となって 29 本橋 豊, 中山 健夫, 金子 善博, 高橋 祥友, 川上 憲人, STOP!自殺―世界と日本の取り組み, 海鳴社, 200630 小川 晃弘, スウェーデンの若年者失業問題就職氷河期世代のきわどさ: 高まる雇用リスクにどう対応すべきか, NIRA研究報告書, 総合研究開発機構, http://www.nira.or.jp/pdf/0801ogawa.pdf, 2008年4月 (2013年8月30日アクセス)31 クローズアップ現代, 職業訓練で雇用を生み出せ, http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3042.html, 2011年6月19日(2013年8月30日アクセス)9 おり、これらは前職業の連続勤務年数および月収、年収によって変動する32。問題は実際にどれだけの割合で失業者がこの制度を利用しているかである。日本には正規雇用、非正規雇用という分類があり、いわゆる派遣切りの恐れのある非正規労働者は、失業保険の受給条件を満たす事が少ない。2009年の失業給付金の失業者全体の受給率は、日本が約25%であったのに対し、スウェーデンでは70%近くであった33。 若者の就職に関してはどうだろうか。日本は新卒一括採用の慣習があり、就職の応募対象が限られるなど、新卒で就職に失敗するとその後の挽回が難しい仕組みになっている。こういった慣習は、スウェーデンをはじめ欧米諸国にはない。日本の若者にとって、再挑戦が難しい社会であることが指摘できる。 3−3.経済・生活問題を取り巻く多様な危機要因 以上見てきたように、日本における自殺の主な原因・動機の一つとして、失業や就職難などの経済・生活問題が挙げられるが、それが唯一の原因でないことが多い。3−1.図5.で見たように、自殺者が急増した1998年の自殺の主な原因・動機は、経済・生活問題だけでなく、健康問題など、その他の問題も増加している。これは、経済・生活問題と他の問題の間に相関関係があることを示唆する。ここで重要となるのは、失業や就職失敗などの経済・生活問題と自殺の関連要因の徹底調査と分析である。 NPOのライフリンクは合計1,000人の自殺者の遺族や友人へのインタビュー解析を行い、平均4つの危機要因が自殺背景にあり、それらが複雑に連鎖しているという見解を示している(図7)34。多要因の複雑な連鎖による自殺防止には1つの支援機関が関わるだけでは有効性に乏しく、様々な面からの介入が必要だと言及している。図9の「失業」を例に見ると、失業後、非正規雇用となり生活苦を強いられ自殺するパターンや、失業以前に身体疾患を患っていたが、失業により身体疾患だけでなくうつ病も患い自殺するパターンなど、さまざまである。つまり、失業者や就職失敗者に、就職支援をするだけでは有効な自殺対策とは言えない。20代の若者の就職失敗の例では、これによる経済的不安や引きこもり、家族との不和などを経て、結果自殺につながることも考えられる。この場合、就職支援、経済支援だけでなく家族を交えたカウンセリング支援やうつ病の治療機関への紹介といった多方面からの支援35が必要である。 自殺で亡くなった人の約7割が家族、友人、相談機関など何らかの形で亡くなる前に悩みの相談をしていたことが分かった。相談した相手が、その悩みを解決するに当たっての専門知識を持っていないなどの理由で解決できなかったことが指摘されている。自殺に追い込まれる人々の持つ個々の要因にそれぞれの専門家が介入する必要がある。 32 日向 咲嗣, 第6版失業保険150%とことん活用術, 同文館出版株式会社, 201233 International Labour Organization, World Social Security Report 2010/11, Providing coverage in times of crisis and beyond, International Labour Office, Geneva, http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---dgreports/---dcomm/---publ/documents/publication/wcms_146566.pdf, 2010 (2013年8月30日アクセス)34 特定非営利活動法人 自殺対策支援センター ライフリンク,自殺実態白書2013, http://lifelink.or.jp/hp/Library/whitepaper2013_1.pdf, 2013 (2013年8月13日アクセス)35このアプローチは、初めて世界で国家プロジェクトとして自殺対策を実施し、1990〜2000年の間に自殺率を約30%減少させたフィンランドの理論モデル「相互影響モデル(インタラクディブ・モデル)」に共通する。フィンランドのプロジェクトもライフリンク同様、自殺者遺族にインタビューを行った。その結果、自殺者の約3分の2がうつ病を患っていた事が判明したが、うつ病を自殺の唯一の原因とした単純なうつ病疾病モデルで自殺対策をするのではなく、うつ病を引き起こす可能性のある連鎖要因にも介入するべく、社会の様々なネットワークを広げ、相互に影響を及ぼし合う自殺対策活動を広めた。 10 図9.「自殺の危機要因」及び「危機要因の連鎖図」 資料:自殺実態白書2013, 特定非営利活動法人 自殺対策支援センター ライフリンク 社会的孤立度 一度の失業や就職失敗で、その後の人生の軌道修正が難しくなってしまう社会の問題点に触れたが、他にも日本に特有と見られる自殺関連要因があると見受けられる。日本の特徴的な自殺関連要因として、社会的孤立度が指摘できる。図10 36は‘友人・同僚、その他宗教・スポーツ文化グループの人との付き合い’をOECD諸国で比較、人と人とのつながりを数値化したものである。これによると日本は、社会的孤立度が第1位である。つまり、日本では人と人とのつながりが他国に比べ弱く、一昔前は、三世代が一つ屋根の下に住み、兄弟も多く、近所との付き合いも頻繁であった。しかし、近代化に伴って核家族化が生じ、自分以外の他人と触れ合うことが少なくなった。この「他者との関係の希薄化」が高い自殺率と関連性があるとも考えられる。以下4−3.の秋田、足立区の自殺対策事例で詳しく述べるが、心の悩みを抱えた人々が気軽に相談できる相手が身近にいることや 36 OECD, Society at a Glance 2005 - OECD Social Indicators, http://www.keepeek.com/Digital-Asset-Management/oecd/social-issues-migration-health/society-at-a-glance-2005/social-cohesion-indicators_soc_glance-2005-8-en, 2005 (2013年8月30日アクセス)11 人々のつながりを地域の中で再構築していくことが有効な自殺対策になるとされている37。実際、自殺を思いとどまった理由として誰かに相談した、という回答が男女ともに多く、相談することの大切さを示している38。それでも、日常生活で女性に比べて男性は悩みを相談することが少ない。そのような中、非対面性であるいのちの電話39は相談しやすい環境を作り出すことに重要な役割を持つ40ため、男性にとっても利用しやすいと考えられる。 資料: OECD, Society at a Glance 2005 - OECD Social Indicators (2005) このように、失業や就職難が自殺の唯一の原因ではなく、孤立化や、すでに家庭不和や金銭問題などのいくつかの背景要因を抱えている個人に突然の失業や就職失敗という直接要因(きっかけ)が降り掛かる、あるいは、失業、就職失敗をきっかけに、生活苦とうつが引き起こされる、というように、自殺の動機・原因は複数かつ複雑に関連している。したがって、経済・生活問題を抱える人々のための有効な自殺対策を講じるには、個々人の抱えているあらゆる問題を多面的にアプローチし、解決策を講じていく必要がある。 4. 日本の自殺対策の実態 様々な要因が複雑に関連している自殺問題に対して、日本ではどのような対策が取られてきたのであろうか。1998年の自殺者数急増とその後3万人超の自殺者が続いたことを受け、日本も国レベルの対策を講じるようになった。しかし、1998年の金融危機や2007年のリーマンショックという経済的・生活苦境に起因して急増した自殺者数に対する、的確かつ実効的な対処が遅れている。 37 本橋 豊, 自殺が減ったまち 秋田県の挑戦, 岩波書店, 200638 内閣府自殺対策推進室,「自殺対策に関する意識調査」について, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/survey/report_h23/pdf/gaiyo.pdf, 2012年5月2日 (2013年8月13日アクセス)39 いのちの電話連盟は全国41都道府県において49センター5か所設置されている。電話相談員数は約7,000名、電話設置台数126台、2012年の年間相談件数は75万8,247件となっている(2013年5月時点)。 40 日本いのちの電話連盟, 自殺予防 いのちの電話 理論と実際, ほんの森出版, 200912 以下では、まず日本の国レベルでの総合的な自殺対策、続いて、失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者による自殺に焦点を絞った国の対策、地域レベルの対策の事例を述べる。 4−1. 国レベルの総合的な自殺対策 日本において国レベルの自殺対策のガイドラインは、2006年6月「自殺対策基本法」の成立後、2007年6月の「自殺総合対策大綱」(以下大綱)として作成された。2012年には大綱見直しが行われ、1)自殺は追い込まれた末の死、2)自殺は防ぐことができる、3)自殺を考えている人は悩みをかかえながらもサインを発している、の3点の基本認識を示した。その上で1)社会的要因も踏まえ総合的に取り組む、2)国民一人ひとりが自殺予防の主役となるよう取り組む、3)自殺の事前予防、危機対応に加え未遂者や遺族等への事後対応に取り組む、4)自殺を考えている人を関係者が連携して包括的に支える、5)自殺の実態解明を進め、その成果に基づき施策を展開する、6)中長期的視点に立って、継続的に進める、という自殺対策を進める上での「6つの基本的考え方」41を設定した。日本においても自殺防止の総合的な取り組みのガイドラインは整ってきているものと見受けられる。自殺対策基本法施行で自殺予防は国の公共団体及び地方自治体の責務となり、都府県と政令市に自殺対策部署が設置されている。しかし、現実にはガイドラインで提示された項目に関して、実効的対策を講じている自治体は僅かであるとの指摘がある42。都府県と政令市に設置された自殺対策部署の担当者は通常1人で、運営にまで手が回らず、自殺防止対策活動の多くは非営利団体による自主活動またはNGOなどボランティア任せである43。政府・行政側の全面的協力がなく、多くの相談室での人材・予算不足や、大綱ではカウンセラーによるサポート強化を提示してはいるものの、日本ではカウンセラーの数が圧倒的に少ない、自殺未遂者のケアが十分ではない等の指摘もある44。また、毎月10日にフリーダイヤル相談を実施しているいのちの電話45があるが、かかってきた電話のうち、実際につながったのは2010年においては4%にとどまった46。つまり、ニーズに対して著しくリソースが不足していることがわかる。 4−2. 失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者の自殺に対する自殺対策 日本の国レベルの、失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者への支援体制はどうであろうか。3−2−2.でも触れたが、ハローワークが主な支援機関となっている。厚生労働省では、ハローワーク等の窓口においてきめ細かな職業相談を実施するとともに、早期再就職のための様々な支援を実施しているとしている。以下は2013年の内閣府による自殺対策白書記述の支援の主なポイントである。 全国のハローワークに「就職支援ナビゲーター」を配置し、キャリア・コンサルティングの技法等を活用、長期失業に至ることのないよう支援。 41 内閣府, 平成25年版自殺対策白書, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2013/pdf/index.html, 2013 (2013年8月30日アクセス)42 河西 千秋, 自殺予防学, 新潮社, 200943 河西 千秋, 自殺予防学, 新潮社, 200944 2013年4月11日(木)に開催された、日本医療政策機構の朝食会において、映画『自殺者1万人を救う戦い(Saving 10,000: Winning a War on Suicide in Japan)』を監督したレネ・ダイグナン氏が、日本の自殺問題における現状について課題を指摘し、より積極的な自殺防止の取り組みを提言した。http://www.hgpi.org/en/report_events.html?article=246, (2013年8月13日アクセス)45 日本いのちの電話連盟, http://www.find-j.jp/zenkoku.html, 2012 (2013年8月13日アクセス)46 総務省によると、いのちの電話は全国各地で民間団体がボランティアで実施。電話が集中するフリーダイヤル相談は話し中となることがほとんどで、2010年は延べ約85万6千件の電話に対し、つながったのは約3万5千件だけだった。相談員や経費の不足が理由という(日本経済新聞, “つながった相談4%だけ「いのちの電話」通話無料日” http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG22019_S2A620C1CR0000/, 2012年6月22日 (2013年8月23日アクセス)13 非正規労働者総合支援センター及び主要なハローワークにおいて、臨床心理士、弁護士等による相談を実施。 「ハローワークインターネットサービス」において、失業に伴う公的保険等の変更手続等失業に直面した際に生ずる様々な生活上の問題に関連する情報提供を実施。 2009年度より民間事業者に委託し、ハローワークの求職者を対象に、リーフレットによるこころの健康に関する情報ストレスチェックシート、メール相談の案内等の周知のほか、自殺等に係る悩み、不安等の相談に対し、カウンセラーによるメール相談を実施。 弁護士、司法書士、精神保健福祉士等の専門家による巡回相談に関して、ハローワークが求職者への周知、相談場所の提供。 総合相談の実施、及び住居・生活に困っている求職者に対して、心の健康や多重債務等の関係機関へ円滑な誘導・連携が図れるように、各地域に設けた生活福祉・就労支援協議会の活用 ニート等の若者の職業的自立支援として、 1)地方自治体との協働により、地域の若者支援機関からなるネットワークを構築、 2)そのネットワークの拠点となる「地域若者サポートステーション」の設置箇所を全国116か所(2012年度)に拡充し、専門的な相談やネットワークを活用した誘導、高校中退者等を対象とした訪問支援(アウトリーチ)による学校教育からの円滑な誘導体制の拡充、を通した職業意識の啓発や社会適応支援を含む包括的な支援、および各人の置かれた状況に応じて個別的、継続的な支援。 このように、失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者に対して的を絞った自殺対策ガイドラインはできている。しかし、問題は上記の取り組みの評価がされていない事である。例えば、前述した2009年度から実施されているというハローワークの求職者対象の民間事業者委託事業について実際にどれだけ効果があったかという報告書は出ていない。また、2012年度のハローワークでのメール相談件数は約6,000件、対面での相談実施回数は5,000回あったという。だが、このような支援を受けたことで、相談者の悩みが軽減されたか等の評価がしっかりされていない。ビジネスモデルで有名な、PDCAサイクルでいう、Plan (計画)、Do(実施)どまりで、Check(評価)が不十分なのである。それ故、当然、次のAct(改善)のステップへはつながらず、ハローワークでの取り組みの、どの部分を、どのように改善するべきかということが明確にならない。 また、失業、就職難に対する国家の問題解決対策としての手段が、ハローワークにほぼ限られている。上記の支援も、ハローワークに登録47していることが条件であるが、失業等による心理的不安を抱える個人が必ずしもハローワークに登録するとは限らない。さらに、ハローワークと多重債務の相談に応じる機関、心の相談や治療にあたる保健・医療機関などとの連携が十分でなく、様々な要因を同時に抱え込んでいる人を救いきれていないとの指摘がある48。例えば、失業者が抱える共通の問題として、生活苦や多重債務、うつ病などがあるが、これらの問題に対しては、職業支援を専門とするハローワークでは十分な支援ができない。その問題の解決窓口となり得る、弁護士や社会福祉事務所、カウンセラーへ迅速かつ適切な紹介などの対応が手薄なのである。 一方で、徐々にではあるが自殺防止事業に対する行政の取り組みや姿勢には、改善の兆しもある。大阪府の事例では、自殺未遂者が救急搬送された病院と行政が連携して行う自殺防止事業が2010年1月から始まっている49。行政が精神保健福祉士などの専門家を救急病院に配置し、自殺未遂者のカルテや面談を通して、自殺に至った背景を調査する。そして精神科医、福祉行政など適切かつ必要と思われる専門機関につなぎ、問題の解決を図っているという。2012年度にこの病院・行政連携事業を実施した大阪府内の5つの病院では、支援した529人のうち、33%が経済・生活問題を抱えていたことが判明した。2012年度のこれら5つの病院への自殺搬送者は、前年度より約2割減少した。 47 ハローワーク登録カードの有効期限は、原則として受理した日の翌々月の末日までであり、期限切れの場合、随時ハローワーク窓口で再発行を行う必要がある。 48 渥美 哲, NHK時論公論,「自殺を防ぐ 総合対策の強化を」, http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/129818.html, 2012年08月28日, (2013年8月23日アクセス)49 大阪読売新聞 夕刊 11ページ 2013年8月28日 「自殺未遂者 心のケア 病院と行政 連携支援 39自治体 大阪、搬送2割減」
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また、大阪府内の自殺者数は、2010年の病院・行政連携事業開始後、2年で自殺者が330人減り、減少率も全国平均を上回ったという。行政と病院の適切な連携が、自殺数減少に貢献していると見られている。 このような行政との連携網(ネットワーク)に、就職支援事業者や金融問題解決を専門に扱う民間事業者を加え、さらなる連携の強化を推し進める必要がある。しかし、自殺未遂者支援のための自治体の財源は、国の地域自殺対策緊急交付金であり、この交付金は2009年度から時限措置として出されたため2013年度いっぱいで打ち切られる見通しである。2012年の自殺者数は、14年ぶりに3万人を下回ったとはいえ、こういった取り組みにこそ長期的な資金を割り振る必要がある。 4−3. 日本の各地域での自殺対策活動の例 以上、国レベルでの自殺対策を見てきたが、これまでの日本の自殺対策には全国で画一的に行われてきた点に問題がある。日本の自殺対策への取り組みは、先進国と比べ遅れているとしばしば指摘されてきた。そのため、こうした反省を生かそうと、海外の取り組みを見習う動きが強く、日本の自殺に関する学会や行政関係者は、海外の自殺対策プロジェクトの多くについて調査研究を行い、日本の自殺総合対策大綱にも取り込まれてきた。しかし、海外の成功例を真似るだけでは日本社会における自殺問題を有効的に解決することはできない。日本の経済・生活問題関連の自殺課題に対しては、失業、就職難だけでなく、長期的に無職状態、非正規労働者の給料面での低待遇など日本社会特有の要因があり、海外の自殺対策成功例をそのまま当てはめるのみでは有効的な対策とは言えない。2010年より、政府は全国の市町村別の自殺統計の詳しいデータを公表しており、これを活用し、地域ごとにどのような要因の自殺が多いのか、どういう職業や世代の人の自殺が多いのかなどを分析し、それぞれの地域の実情に即したきめ細かな対策に転換していく必要がある。近年では日本の各地の草の根レベル、地域レベルでの活動が活発になっており、それらの事例を応用することが、日本社会における自殺対策に有効的である可能性が高い。以下では、自殺対策に特に力を入れてきた秋田県と東京都足立区の事例を紹介する。 4−3−1. 秋田こころのネットワーク(秋田県) 2013年6月厚生労働省発表の人口動態統計によると、2012年の秋田県の自殺率(対人口10万人)は、27.6と全国一位であった50。2012年まで18年間連続で自殺率が全国一高かったことになるが、自殺者数51は2003年の519人をピークに総じて減少傾向にある52。2009年に30代の若者の自殺者数が増えたため自殺者総数も増加したものの、2012年の自殺者数は293人へと減少(前年比マイナス53人)した。では具体的にどのような取り組みがされてきたのだろうか。 行政側では、2001年には「健康秋田21」のもと「2010年までに約3割の自殺者減少を目指す」という具体的な目標を立て、自殺予防モデル事業53を開始した。 50 厚生労働省, 平成24年人口動態統計月報年計(概数)の概況, 第10表 主な死因の死亡数・死亡率(人口10万対), 都道府県(21大都市再掲)別, http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai12/dl/h10.pdf, 2013年6月5日(2013年8月23日アクセス)51 秋田県の総人口は減少傾向にあり、2003年の人口1,167,365人から、2012年には1,063,143人へと約9%減少した (美の国あきたネット、秋田県の人口と世帯(月報)http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1132637923908/, 2013 (2013年8月2日アクセス).)。一方、自殺者数は2003年から2012年で約44%減少。自殺者数の減少幅は総人口の減少幅よりも有意に大きい。 52 特定非営利活動法人 蜘蛛の糸, http://www.kumonoito.info/shiten2.html#18, 2013(2013年8月13日アクセス)53 予防モデル事業:2001〜2006年にかけて、秋田県内の6つの町で行われたモデル事業。心の健康に関する基本調査、うつ病や自殺に関する正しい情報の提供と啓発活動、地域で気軽に相談ができる「ふれあい相談員」というボランティア育成などを住民と連携して行った。『自殺が減ったまち──秋田県の挑戦』に詳しい経緯が描かれている。 15 この事業のもと、2001〜2006年にかけて、県内の6つの町において、自殺に関する啓発活動と正しい情報の提供、心の健康に関する基本調査や、地域において気軽に相談ができる「ふれあい相談員」というボランティア育成などを住民と連携して実施した。特に重点を置いていることは、人と人とのつながりを広げていくことで、家族や友達だけでなく、地域の人々が相談窓口につながっていくような地域作りをしていくということであり、自殺予防リーフレットの全戸配布を行うなど地域住民を巻き込むアウトリーチ型の取り組みを行ってきた。県では、家族や友達だけでなく、地域の人々が、自殺を考えている人を相談窓口につなげられるような地域作りをめざしてきたのである。国の対策とは違い、県はより現場に近いところにいるため、具体的で実効性の高い取り組みを隅々にまで広げていくことが重視されている。 一方、秋田県では、民間主体での自殺対策運動も活発である。知人、友人の自殺など、多くの県民にとって自殺は身近な問題であると言う状況の中、様々な民間団体が立ち上げられていった。NPO法人「蜘蛛の糸」54は、中小企業経営者とその家族の自殺防止に取り組む。その活動のきっかけは、理事長自身の経営していた会社の倒産や知人の経営者の自殺であった。2002年に「蜘蛛の糸」を立ち上げた。2000年設立の「心といのちを考える会」55は、地域住民を対象に自殺対策に関わる講演やディスカッションの機会を設ける、あるいは、「コーヒーサロン〜よってたもれ〜」を毎週火曜日に開催するなど、地元住民の人々が気軽に立ち寄って話すことができる場を提供している。彼らはこのように、地域住民がそれぞれのつながりを強めより良く「生きていく」ための活動をしている。これらの民間団体は「秋田こころのネットワーク」56を形成した2006年以降、連携を強めてきた。当初の参加は9つの民間のみの団体だったが、2010年には秋田県や市などの行政、また医師会などを巻き込んで動かし、「秋田ふきのとう県民運動実行委員会」57を発足させた58。地域での地道な民間団体の活動が、行政を巻き込む成功例である。 また、「ふきのとうホットライン」59という相談網が設置され、秋田県の公式サイトで相談窓口の情報提供を公開している。この相談網では18種類の項目60のもと、60以上の相談窓口61が設けられ、電話やメールですぐに相談できるようになっている。さまざまな分野の相談窓口をネットワーク化し、例えば、失業や就職関連の悩みを持つ人々に対しては、失業や就職の問題の改善や解決を図るとともに、心の悩みや苦しみの緩和など、その他の関連する問題の解決ができるようしたものである。また18種類の相談窓口のうちの「さまざまな心の悩みと自殺問題の相談」には、いのちの電話の秋田支部も含まれる。いのちの電話はつながらない事が多いと先述したが、つながらない場合はその他の相談窓口という選択肢があることを提示している。 このように、様々な民間団体が連携して役割分担を行い、また、民間団体が行政の足りない部分を、行政が民間団体の足りない部分を補うようにして、草の根レベルに活動が広がっている。 54 特定非営利活動法人 蜘蛛の糸, http://www.kumonoito.info/shiten2.html#18, 2013(2013年8月13日アクセス)55 心といのちを考える会, http://www.kokoro-inochi.com/, 2013(2013年8月23日アクセス)56特定非営利活動法人 蜘蛛の糸,「秋田県の民間団体の紹介」, http://www.kumonoito.info/genbaryoku/8dantai.pdf(2013年8月23日アクセス)57 秋田ふきのとう県民運動実行委員会, http://fuki-no-tou.net/index.html, 2013(2013年8月22日アクセス)58 2011年2月22日の時点では、に参加する民間団体は40団体であった。秋田ふきのとう県民運動「一人ひとりを包摂する社会」 特命チームにおけるヒアリング, http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai2/siryou2.pdf, 2011年2月22日(2013年8月22日アクセス)59 ふきのとうホットライン, http://www.pref.akita.lg.jp/www/contents/1139734333745/, 2013(2013年8月22日アクセス)60 1. さまざまな心の悩みと自殺問題の相談、2. 倒産危機など企業主の相談、3. 法律に関する相談、4. 金融・経営に関する相談、5. 消費生活に関する相談、6. 暮らし・法律・介護など高齢者の相談、7. 認知症に関する相談、8. 女性の人権や被害に関する相談、9. 青少年・子どもに関する相談、10. 働く人の心の健康づくりや職業に関する相談、11. 一般保健・精神保健の相談、12. 障害や難病に関する相談、13. ひとり親家庭の相談、14. 生活安全・犯罪被害に関する相談、15. 薬物乱用に関する相談、16. 交通事故に関する相談、17. 人権問題の相談、18. 生活・福祉に関する相談。 61 秋田いのちの電話、あきたいのちのケアセンター、サラ金・クレジット相談センター、秋田メンタルヘルス対策支援センター、こころの電話相談、秋田県福祉サービス相談支援センター等60以上の相談窓口(2013年9月11日調べ)。
16 秋田県の自殺対策のその他の特徴に、『原因のわかる「経済問題」の対策を先行させる』として、経済問題での自殺を減らす取り組みに力を入れてきたことが挙げられる。図11 62をみると、「健康問題」や「家庭問題」による自殺者数はほぼ横ばいで推移している一方、「経済・生活問題」の自殺者数が2003年のピーク時の204人から2010年には58人へと72%減少している。この「経済・生活問題」による自殺者の減少率は全国平均(図5)を上回った。上記の2002年から活動を続けている「蜘蛛の糸」の経営者のため相談窓口の設置をはじめ、経済問題に焦点を当てた取り組みが大きく影響を与えたといえよう。
資料:特定非営利活動法人 蜘蛛の糸 4−3−2.つなぐシートとパーソナル・サポーター(東京都足立区) 足立区は、2006年に東京の市区町村で自殺者が最も多くなったのを受けて、2009年から区の自殺の現状に沿った自殺対策を進めている63。足立区のような人口の多い都市は地方である秋田県と違い、自殺対策の行政、民間の関係者が住民全戸を訪問するアウトリーチ型の対策は難しい。そこで足立区は都市型自殺対策モデルを構築した。都市型自殺対策モデルは、ライフリンクの平均4つの自殺への危機要因(図9)を重要視し、その連鎖を断ち切るため、自殺に至る問題を上流までさかのぼり、それぞれの要因を総合的に解決していくというものである。地方と違い、区内には、法律相談機関や福祉事務所、保健総合センター等の専門相談窓口は豊富にあり、それぞれの職員が各窓口でSOSを受け止め、問題に応じた関係機関と連携することによって、課題解決に導こうというのが、都市型自殺対策モデルの大きな特徴である。まず、地域の自殺データの詳しい分析を行い、失業した人の自殺者が多いことがわかった。失業した人が抱えがちな自殺のリスクとして、生活苦や多重債務、うつ病などがあるため、ハローワークだけでなく、福祉事務所、弁護士や保健師が連携して、1か所で相談に応じられる「総合相談会」を定期的に開いている。 まず、区の自殺データの詳しい分析を行い、失業した人に自殺者が多いことを把握した。 62 特定非営利活動法人 蜘蛛の糸, http://www.kumonoito.info/shiten2.html#17, 2013(2013年8月13日アクセス)63 足立区ホームページ, http://www.city.adachi.tokyo.jp/kokoro/fukushi-kenko/kenko/kokoro.html, 2013年5月 (2013年8月25日アクセス)17 失業した人が抱えがちな自殺のリスクとして、生活苦や多重債務、うつ病などがあるため、ハローワークだけでなく、福祉事務所、弁護士や保健師が連携して、1か所で相談に応じられる「総合相談会」を定期的に開いている。 また、区の職員全員が、自殺を考えている人の些細なサインに気づくための「いのちの門番・ゲートキーパー」の研修を受けている。ゲートキーパーは、相談窓口で区民の自殺の危機要因となり得る悩みに「気づき」、その悩みの解決のために必要な専門相談員などに「つなぐ」という役割を果たしている。またつなぐシートという紹介状があり、窓口で相談者が複数の悩みを抱えていることに気付いたゲートキーパーはこのつなぐシートを使い、次の相談機関への紹介を行う。しかし、ゲートキーパーが単に相談者に相談機関を紹介するだけでは、その相談者が実際に紹介先に行くかは明確ではない。そこで、確実に紹介先の相談機関に行ってもらうよう、2012年に「パーソナル・サポーター」制度を導入し、必要に応じてゲートキーパーとは別にパーソナル・サポーターが相談者に同行し、一歩踏み込んだ「寄り添い支援」が行われている(図12 64)。足立区役所自殺対策課の担当者は、少しお節介なくらいの介入が必要であると話す。 資料:足立区役所ホームページ 足立区ではこのような情報をYouTubeや、区のウェブサイト65に定期的に掲載するなど、区民に向けて発信している。その結果、足立区では2009年からの過去4年間、男性の自殺者数を確実に減らしている(図13 66)。一方で女性の自殺者は増加しており、今後の課題であると言えよう。 64 足立区ホームページ, http://www.city.adachi.tokyo.jp/citypro/fukushi-kenko/kenko/kokoro-j-cm.html, 2013年5月 (2013年8月25日アクセス)65 足立区ホームページhttp://www.city.adachi.tokyo.jp/citypro/fukushi-kenko/kenko/kokoro-j-cm.html, 2013年5月 (2013年8月25日アクセス)66 足立区ホームページ, http://www.city.adachi.tokyo.jp/kokoro/fukushi-kenko/kenko/kokoro.html, 2013年5月 (2013年8月25日アクセス)18 資料:足立区役所ホームページ 4−4−3. 事例からわかること 以上、秋田県と足立区の例でみたように、行政や民間の複数の相談窓口が連携し、自殺対策を促進していく必要がある。このような取り組みを広げていくことが肝要である。秋田県は2012年まで18年連続で自殺率が全国一位と課題は多い。しかし、人と人のつながりを重視した取り組み、及び様々な民間団体と行政の連携は、日本全国に共通して必要な自殺対策の要素である。 5.まとめおよび提言 日本では2006年以降にようやく自殺防止のための国家戦略としての具体的取り組みが始まった。しかし顕著な効果は見られず、2011年までの14年間、自殺者数は3万人超であった。2012年に3万人を下回ったが、今後どのように持続的に減少させていくかが課題である。1998年以降急増した失業者、就職失敗者、長期的無職者、非正規労働者などの経済・生活問題とそれに関連する要因に焦点をあてた対策を以下で提言する。 5−1.ゲートキーパー、パーソナル・サポーター育成と官民連携体制の促進で多面的アプローチを 自殺で亡くなった人の約7割が家族、友人、相談機関など何らかの形で亡くなる前に悩みの相談をしていたことが分かった。相談した相手が、その悩みを解決するに当たっての専門知識を持っていないなどの理由で解決できなかったことが指摘されている。また、自殺に追い込まれる人々は平均4つの危機要因も持っており、個々の要因にそれぞれの専門家が介入する必要がある。確実に自殺者数を減少させていくには、まず、自殺の危険を示すサインに気づく、話を聞く、必要とされる様々な支援機関・専門相談窓口につなげるゲートキーパーの育成が必要である。足立区では区の職員全員にゲートキーパー手帳なるものが配布されており、行政の職員がゲートキーパーとしての基礎知識を身につけるのに役立っている。また、相談内容が自分の専門でない場合は、必ずその専門相談窓口につなぐことが有効な策といえる。そのために、ゲートキーパーが中心となり、行政、様々な民間団体との強固な連携体制を整えることが重要である。さらに、パーソナル・サポーターの育成にも力を入れ、相談者が確実に紹介先の相談機関に行ってもらうよう必要に応じて相談者に同行するなどの、一歩踏み込んだ寄り添い支援を拡充する必要がある。 19 5−2. 職業支援窓口とその他の多様な相談窓口の連携を 失業や就職の悩みを持つ人が解決の糸口として向かう場所は、主にハローワークをはじめその他の職業支援窓口である。区役所のみならず、ハローワークやその他の職業支援窓口の相談員をゲートキーパーの役割を担うように育成したり、多重債務の相談に応じる機関、心の相談や治療にあたる保健・医療機関など多様な相談窓口とハローワークとその他の職業支援窓口の連携を図ることが必要である。このことにより、職業支援窓口を利用する相談者を必要な相談機関につなぐことが可能になる。 5−3.相談の窓口の拡充を 秋田県の事例にあったいのちの電話及びその他の電話相談窓口だが、電話による相談の長所として、匿名であること、対面性でないことが挙げられる。日常生活では女性より男性の方が、悩みを相談することが少ない。自殺を思いとどまった理由に、誰かに相談した、という回答が男女ともに多いことからホットラインが重要であることがわかる。前述したようにいのちの電話はつながりにくいことを指摘されるが、特につながりにくいのは毎月10日のフリーダイヤルの日である。無料であることと毎月10日の数日前に特に普及の宣伝を行うために、アクセスが集中する。それならば、まず日ごろから、いのちの電話の存在を宣伝しておき、10日以外の日に電話をしてもらうことも可能である。現在はスカイプなど、インターネットでインストールさえすれば無料で通話もできる媒体もあり、相談機関がスカイプを導入すれば、供給の幅が広まる。このようにいのちの電話のしっかりした基盤(インフラ)を作ることが大事である。 また人員不足がつながりにくい大きな要因であるが、人員不足解消のために単に相談員を増やしてしまうと、相談員の質が落ちてしまう。相談員は無償ボランティアとして活動しているとはいえ、自殺を考える人々を相手にするということは、十分な知識とトレーニングが必要とされ、実際に相談員になるには、最低60 時間、9ヶ月以上の研修を受けなくてはならない67。質を落とさず、人材不足を解消する方法は何か。例えば、いのちの電話連盟の各センターとの連携が挙げられる。実際、各センター間の連携は少ない。山梨在住の電話相談者ほとんどは、山梨のいのちの電話にかける。その山梨の電話窓口回線が混雑している一方、他の県では余裕のある電話窓口がある場合、そちらに転送することも一つの解決策である。新潟のいのちの電話は、遠距離通話料金を発生させないためにも転送サービスを行うなどしてきた。センター間での連携を強くし、シフト制度にするなど分担をすることで、人材不足によるつながりにくさを解消することが可能である。他のつながりにくい理由として、同じ人が長時間同じ話を繰り返している現実がある。このような場合、カナダやアメリカのホットラインでは、時間制限を設け、限られた時間内で相談に乗るという現実的な対応をとっている。また、秋田の例で見たように、いのちの電話だけでなく、労働110番や福祉サービス相談支援センターなど、その他の専門別電話相談口の整備及びそれらの機関の連携も、有効な解決策となる。 67 研修は短期集中型ではなく、長期で行われる。また、各地域に設置されているセンターより、研修期間及び研修内容に違いがある。例えば、横浜いのちの電話では、週1回2時間 及び宿泊研修2回の1年間の養成コース(横浜いのちの電話, http://www.yind.jp/ja_recruitment.html, 2012 (2013年8月9日アクセス))、東京多摩いのちの電話では、前期に週1回2時間の講義を10回、中期に週1回の小グループによる体験学習及び講義、後期に月2回の講義・実習及びボランティア学習と宿泊研修があり、こちらは修了まで約2年かかる(特定非営利活動法人 「東京多摩いのちの電話」, http://www.tamainochi.com/study.html, 2013 (2013年8月9日アクセス))。 20 5−4.具体的取り組みの調査・評価を 自殺対策のガイドラインを作り、取り組みを行うだけでは、有効な自殺対策を実施しているとは言えない。失業者及び長期無職者などに対するハローワークの就労支援プログラムに関して記述した際に触れたが、失業、就職失敗、長期間無職者や非正規労働者をターゲットとしたガイドラインはできているが、それらの取り組みの評価やその結果は公表されていない。自殺者数減少に貢献しうる取り組みを行ったとしても、その取り組みが計画通り実施され、その取り組みを必要としているターゲット層に活用されているか、またその取り組みを活用したことで、自殺が予防できたか、という調査をしなければならない。調査をし、効果が小さいのであれば、その取り組みの何が問題なのかを見出し、取り組みの見直しを定期的に行う必要がある。 5−5.データの収集・分析による各地域でのきめ細かい対応を 全国的に見て、自殺数は若年層が特に増加、中高年男性の数も減少傾向にあるものの未だ自殺者総数のうち多くを占める。しかし、必ずしも若年層と中高年男性の両方が自殺の大きな問題であるかは、各地域で違いがある。例えば若年層の自殺に関していうと、若者の多くが都会に住んでいるため、都会において特に問題である。2010年より、政府は全国の市町村別の自殺統計の詳しいデータを公表している。これを活用し、地域ごとにどのような要因の自殺が多いのか、どういう職業や世代の人の自殺が多いのかなどを分析し、それぞれの地域の実情に即したきめ細かな対策に転換していく必要がある。 自殺の問題は複雑であり、経済・生活問題抱え自殺に追い込まれた人も家庭問題等のその他の問題を抱えていたなど、問題解決は容易ではない。しかし、経済・生活問題を抱える人々の自殺は、しっかりした雇用体制の整備で失業や就職難の問題を解決し、ゲートキーパー育成と官民の連携体制で付随する問題に多面的アプローチをするなど、政策面での対応により自殺者数を確実に減らすことができると考えられる。まず、多様な相談の窓口の拡充、早い段階で予兆に気づき自殺予防のキーパーソンとなるゲートキーパー育成、一歩踏み込んだサポートを提供するパーソナル・サポーターの拡充、官民連携による各相談窓口の連携体制の強化が必要であろう。その際、各地域の自殺の背景や要因を分析・把握し、その地域の事情に合致した自殺対策を各地域、草の根レベルで広げていくことが求められる。そして、社会全体として検討すべきことは、正規・非正規の失業給付格差の解消や、新卒一括採用制度の見直しなど、失業や就職失敗をした際のセーフティネットを充実させることである。それによって、何度でもやり直しができる社会、つながりのある社会を実現していくことが必要である。 21 6. 引用文献 秋田ふきのとう県民運動「一人ひとりを包摂する社会」 特命チームにおけるヒアリング, http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai2/siryou2.pdf, 2011年2月22日(2013年8月22日アクセス)秋田ふきのとう県民運動実行委員会, http://fuki-no-tou.net/index.html, 2013(2013年8月22日アクセス)足立区ホームページ, http://www.city.adachi.tokyo.jp/kokoro/fukushi-kenko/kenko/kokoro.html, 2013年5月(2013年8月25日アクセス)渥美 哲,「自殺を防ぐ 総合対策の強化を」NHK時論公論, http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/129818.html, 2012年08月28日,(2013年8月23日アクセス)大阪読売新聞 夕刊 11ページ 2013年8月28日 「自殺未遂者 心のケア 病院と行政 連携支援 39自治体 大阪、搬送2割減」 岡田 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